第29話 わかりあう気持ち

 皆、わかってないんだ。

 俺がどんな思いで戦っているのかを。

 わかってない、わかってない、わかってない。


 何で皆、俺の気持ちがわからないんだ。

 俺がこんなに頑張ってるのに。

 わかれよ、わかれよ、わかれよ。


 そんなに皆で俺を苛めたいのか。

 お前らは俺の苦しみを知らない癖に。

 わかるもんか、わかるもんか、わかるもんか。


 皆は俺に期待してないのか。

 俺は一体、どうしたら良いんだよ。

 わかりたい、わかりたい、わかりたい。





 あれから三日後。時刻は昼の十二時。

 格納庫の隅でIDEALの整備士達は頭を悩ませていた。


「どう何だ? いい加減、どうにか開けられんのか?」

「さっぱりだな、って言うか昨日よりもハッチらしき隙間が何処だか分からんくなってて」

 様々な工具で叩いたり、レーザーにドリルで穴を開けようとしたり、ありとあらゆる物を試してみるが、目の前のソレは針金一本も通らない程に頑丈だった。

 いい加減、昼食を取りたいとボヤく整備士達の前に時任久音が現れた。


「おはようございます。どうです真道君の様子は? 何か進展はありました?」

「ども副司令……見ての通りッスよ」

「呼び掛けても中から応答も無いし、外からこじ開ける事も出来ずウンとスンともって感じで早四十時間以上」

 あの日、戦闘を終えて帰還した《ゴーアルター》は幼馴染みの渚礼奈だけをコクピットから降ろすと、踞(うずくま)ったままの体勢で固まってしまった。

 歩駆は機体から降りようとせず、暫くすると《ゴーアルター》の姿が丸い球体の様な形に変化。そこからずっと閉じ籠ったまま三日が過ぎたのだった。


「丸くて卵みたいッスね」

「早く孵化してくれると良いんだけど……アーデル君はトレーニングルームに、月影さんも部屋に籠りっきり。IDEAL(ウチ)の戦力ガタ落ちね」

「敵さんの出現が無いってのは幸いッスね。軍もあれから何も言ってこないし」

「戦人(イクサウド)の量産も順調、もしもの時は控えのチームが頑張ってくれるだろう」

「そう言えばヤマダ博士の姿が見当たらないようだけど」

 《ゴーアルター》に関するあれこれはヤマダが全て受け持っている。

 最終的な機体の調整は整備士長でも出来ず、ヤマダと彼の付き人である男に一任していた。


「相見さんに連絡は?」

「さぁ……彼の所在はヤマダ博士しか居場所を知らないですし」

「その博士は地下のラボにずっと籠りきりッス」

「司令も一緒だそうで、立ち入りを禁止してるぞ」

「一体何なの、皆揃って反抗期なの? もう、みんな給料下げてやる」

 手持ちの端末に何やら書き込みながら時任はプリプリ怒った。


「何と言うか今回の戦いって負けちゃいないんだけど勝った感が全くないって感じが何とも」

「実質、月影の戦人に付いたトリモチを剥がすくらいか、苦労したの」

「私達の戦いに負けは許されない。イミテイト……模造獣は全て駆逐、その武器であるexSV(エクス・サーヴァント)ゴーアルターを私以外の組織に渡す訳にはいかない」

「だがそのゴーアルターがこうなっちゃよ、上層部に逆らって本当に大丈夫だったのか?」

 整備士長は眉をひそめて言った。


「それは心配なく。あの戦艦……と言うか、あの艦長は独自で計画、もしくはIDEALに何かしら恨みを持った組織による進攻作戦だって」

「本当なんスか、それ?」

「あくまで推測だけど。IDEALの上って……あっとコレ以上は聞かない事で」

「そこまで言っといて隠すんスかぁ?」

「止めておけ。俺達は一介の整備員だ、黙って整備をやってりゃいいんだよ。お偉方の事情に首を突っ込む意味は無えさ……行くぞぉ皆、昼飯の時間だ!」

 その号令に整備士達は作業を止めて、ゾロゾロと食堂へと向かっていった。ガランとした格納庫を時任も後にする。



 次に時任が向かったのは上階の個室。途中の自動販売機でジュースを買い、その部屋の前に来てコンコンと二回ノックした。

「どうぞ」

「身体検査お疲れさま。これジュース、オレンジとアップルどっちにする?」

「じゃあ……えーと、アップルで」

 中に居たのは、薄い青色の検査着を身に纏った少女、渚礼奈。缶ジュースを受け取るとテーブルの上に置く。時任は礼奈と向かい合わせの椅子に座った。


「体の調子はどう? 特別変わったなぁ、って事あったりする?」

「昨日も言われましたけど、視力が良くなった位しかないですよ?」

「ねぇ、貴方はどうやって“あの事件”から生きて帰ってこれたのか、もう一度聞かせて貰える」

「それも昨日と同じでよくは覚えてないですよ。助けてくれたレスキュー隊員の人曰く、瓦礫が上手く重なってガードしてくれたんじゃないかって……何回言わせる気なんですか?」

 いい加減、礼奈は辟易としていた。朝昼晩、最低二回ぐらい同じ質問を聞いた気がする。


「あの、歩駆は?」

「真道君? まだ出てこないみたい」

「そうですか」

「幼馴染みだものね、心配よねぇ」

「えぇ、まぁ」

 時任はプルタブに指を掛ける。開いた飲み口から百パーセント果汁の甘酸っぱいオレンジの香りが鼻孔をくすぐる。


「歩駆って調子乗りな所があるんです。だから、ロボットで戦いなんて続けてたらきっと、今以上に取り返しがつかない事になりかねない」

「真道君はよくやってくれてるわ」

「それが心配なんです。昔からよくそうやって自分はスゴいと勘違いして大きなミスしたりする人なんですよ。人の忠告も聞かないし、今回の事だって。まさか人殺しを……」

 涙ぐむ礼奈は両手で顔を覆い、大きく溜め息を吐いた。


「でも真道君が戦わなかったら私達も死んでいたわ」

「それは、あーくんがやらなくてもいい事でしょう?!」

 机をバンッと叩き、立ち上がる礼奈。だが突然、大声を出してしまった事に自分でも驚き、恥ずかしく思いながら静かに椅子に座った。


「ごめんなさい、急に」

「別に、いいのよ。気にしてないわ」

「……私達は普通の学生で、宇宙人との戦いなんて関係ないんですから」

「でも彼は戦う事を選んだ。自分が壊してしまった物の為に償いをする事に」

「思ってるだけで口で言わないなら謝った内に入らないですよ…あの白くて丸いのを無理矢理壊して、あーくんを出して貰えないんですか?」

「壊すのは私達が困るし、そもそも壊せなかったわ。アレ(ゴーアルター)がこうなったのは真道君が望んだからなのかも知れない。あのSVは特別で人の感情を力として動かすの」

 この人はアニメか漫画の話をしてるのか、と礼奈は思ったが今は分かった振りをする。


「じゃあ、あーくんは出たくないって事ですか? 誰とも会いたくなくて引き籠ってるって事なんですか?」

「そう言う事になるのかな。私達で呼び掛けてはいるんだけどね…やっぱりあなたが」

「それは嫌です」

 礼奈は即答した。

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「どうして?」

「私は彼の保護者じゃないですから。甘い言葉で説得しても意味無いんです、あーくんの場合。誰かを待つんじゃなくて自分の意思でどうにかしないと駄目なんです」

 心配はしているつもりだった。しかし、歩駆の為を思って今は元気付けたり慰める事はしないと決めている。


「じゃあ、何であなたは危険を犯してまで真道君に会いに来たの?」

「それは」

「彼女として?」

「違います! そんな関係じゃありません!」

 顔を真っ赤にして否定する。分かりやすいな、と時任は微笑んだ。

 自分のジュースを飲み干し、時任は腕時計で時刻を確認すると立ち上がった。


「まあいいわ。まだ暫くは此所(IDEAL)に居て貰うから」

「帰れないんですか?」

「色々とあるのよ。基地内は立ち入り禁止エリア以外は自由出入りしてもオッケーよ、遊ぶところも有るし。じゃっ、そう言う事で…」

 栗毛の長い髪を靡かせて時任は礼奈の部屋から退室した。


「……若いって良いわね」

 ボソッと呟きながら廊下を進んでいると、前方に項垂れながら歩く一人のボーイッシュな少女に出会す。


「ここにも悩める子羊現る……マモルちゃん!」

「あぁ、任のお姉さん」

「お昼だけど一緒に来る?」

「うーん、行く」

 二人は食堂へ向かった。この時間、ランチタイムはピークを過ぎて、人の数も大分落ち着いているので席取りも非常に楽である。

 時任が選んだのは半熟の薄焼きタマゴにデミグラスソースがたっぷりとかかったオムハヤシ、エビフライとカニクリームコロッケもトッピングで付けた。

 マモルは大きな油揚げが乗ったキツネそばだ。


「「いただきます」」

 両手を合わせ、食材に感謝を込めて一礼。それが食物連鎖の頂点である人間の動植物に向けた礼儀作法だ。


「ボクならさ、分かってあげられるんだよアルクの事」

「どうして?」

 端からソースの掛かったタマゴとケチャップライスをスプーンで一緒に掬い口に運ぶ。ほっぺが蕩けそうなほど旨い、と時任は唸った。


「ボクはずっと近くでアルクの事を見てきたから。アルクの事は何でも知ってる」

「それなら幼馴染みの渚礼奈ちゃんの方が知っているんじゃない?」

「アレは……あの娘じゃアルクを理解してあげられない。苦しみを分かち合う事は出来ない。アレはヒトじゃないから」

 うどんを啜った。ツルツルでモチモチの麺が喉を通っていく。


「随分と自信があるのね、もっと具体的には?」

「それはボクが、ボクがアルクの事を大好きだから。それ以外に理由がいる?」

「礼奈ちゃんよりも?」

「よりも!」

 汁を吸ったジューシーな油揚げにマモルは大口を開けてかぶりついた。口の中一杯に鰹出汁の味が広がる。


「積極的なのねマモルちゃん。お姉さんにもその元気を分けて貰いたいな」

「だからさ、今日こそはアルクを出して見せる! 食べてたら何だか元気になってきた!」

 丼を持ち上げスープを一気に飲み干す。


「ぷはぁっごちそうさま!」

 マモルは爪楊枝を一本引き抜くと時任の皿のエビフライに突き立てた。


「じゃ」

「あぁっ! 私のエビフライ!」

 サクッと軽快な音。口にエビフライをくわえてマモルは走り去っていく。好きなものは後に取って置くタイプの時任は絶望して泣いた。



 エビの尻尾のサクサク感を味わいながらマモルは格納庫への道をひた走った。


「ねぇ君」

 誰かから声をかけられる。しかし、それは耳から聞こえた声ではなかった。


「そこの君だよ。同族の君」

 後ろを振り返る。声の主が、すぐ真後ろに立っていてマモルは驚き飛び退いた。

 その男、着ている制服はIDEALの物ではない青と白のカラーの軍服だ。


「これは統合連合軍の服だよ」

「誰、アンタ?」

「イミテイター。君と同じ、“ジンカ”したヒトさ」

 怪訝な顔をするマモルに対して、男は屈託のない笑顔を返した。

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