第28話 あなたに正義はあるの

 海面から現れた数十体の《イミテイト》はIDEALの基地周辺を取り囲む。ゆっくりと空を浮遊しながら進んで行くが、向かっている目標は基地ではない。

 それは《ゴーアルター》だ。


「何だぁ? また現れやがったかパクリ野郎、水を差しやがって」

 さらに激しさを増す雨の中、《ゴーアルター》の胸装甲の上でツルギは這いつくばる歩駆を足蹴にしながら言った。


「水と言えば人間は海から来たんだ。地球と一体になれるなんざぁスゴい事だろう? 後で幼馴染みも一緒で落としてやるから安心しろ。二人仲良く星の一部になれ」

 ツルギは大声で下卑た笑いをして見せる。


「おいどうした? 完敗宣言をオレはまだ聞いてないぞ。オマエは敗北者だ。勝者に対して何かあるだろ? そうだな…オレが代わりにコイツ(ゴーアルター)の操縦者になってやるぞ。強い者には強いSVが似合う、そうは思わないか?」

 歩駆は俯いたまま答えない。先程からずっと無反応の決め込む歩駆にツルギは苛立って後頭部を踏みつけた。


「何か言えよオイ!」

『五月蝿いぞ』

「……はあ? 何だ」

 その声は確かに歩駆の声だった。だが何故か反響して聞こえ、うつ伏せ状態の歩駆から発せられたモノじゃない。その声はツルギの後方から聞こえた。


『五月蝿い、と言っている』

「コイツか?」

『お前は……我を、怒らせてしまった』

 振り向くと《ゴーアルター》の真っ赤な瞳と目が合った。いつの間にかフェイスマスクがオープン状態になっていて人の様な顔が現れていた。口は動いてはいないが、確かに声はそこから発されている。


「怒った? だからどうだって言うんだ?」

『罰を与える』

 そう言った《ゴーアルター》の顔面から音も光もなく衝撃波が放たれる。


『彼方へ吹き飛ぶがいい』

「なにぃ!? うわっ」

 見えない壁に押し出される様な感覚に、ツルギは避ける事も出来ず、あっけなく空の彼方へ受け吹き飛んでいった。

 歩駆は一度ツルギの方向を見てフン、と鼻で笑いコクピットへ戻っていった。


『外宇宙からの侵略者……シンカのナレノハテか。貴様達にヒトの何たるかは理解できまいて!』

 周りを取り囲む《イミテイト》に《ゴーアルター》は仰々しく戦闘の構えを取る。攻撃の意思に反応して《イミテイト》らのコア結晶が赤く発光し変化を始めた。


『ほう、ヒトに成るつもりか? 形だけ真似た模造物などでは我には勝つ事は出来んぞッ!』

 いつもと様子が違った。人型に成れない《イミテイト》は、何と《ゴーアルター》に形を変わろうとしている。

 勿論、それを黙って見過ごすわけにもいかない《ゴーアルター》は《イミテイト》の群れに飛び込んだ。


『隙なのだ。わざわざ目の前で無防備な状態を晒すなど愚の骨頂よ!』

 両腕からフォトンの光線を射出しながら機体を回転させる。薙ぐ様に《イミテイト》を分断して次々と倒していく。


『骨を作れ! 血を流せっ! 五感を研ぎ澄ませッ! 本当のヒトに生りたくば、痛みを知れィ!! そうでなければシンカなど程遠いぞォ!!』

 次は扇状のフォトン剣を作りだして乱舞する。踊るように固まって集まる所へと駆け抜け《イミテイト》らを切り刻んでいった。


『容易い、容易いぞッ! だから、貴様達はヒトに負けた!』

 次々に数を減らしていく《ゴーアルター》の活躍に、怯えているのか《イミテイト》が人の形が保てなくなり不安定な変化を繰り返す。


『怖じ気づくか……貴様達は何の為に、この地球(ほし)に来たと言うのだ!  不完全で不必要な生命体である貴様達は、シンカする為にヒトに近付き、神を討つのでは無かったのか!?』

 既に攻撃の意思が有る様には見えない。残った《イミテイト》達は背中を見せて退散しようする。だが、その前に《ゴーアルター》が一瞬にして立ち塞がる。


『我は全てが変わったぞ! 器となりて、ヒトを装い、神を討つ! 貴様達にその気が無いのならば、今ここで存在を消し去ってくれる! この超常概念反転砲(イマジナリーブレイク)で……』



 前方から来る以上な程の高エネルギーを関知して、ブリッジは警報のアラートが鳴り響いた。

「目標(exSV)から攻撃来ます!」

「全速で回避だ、急げ!」

 戻ってきた隊長機のSVを収容し、後はユングフラウの帰還を待つだけだった戦艦アソシエイトだったが、《ゴーアルター》の斜線軸上に居たのが雲の付きだった。


「駄目です、もう……間に合わない!」

 操舵士は左へと思いっきり舵を切るが、船体の半分が迫り来る光に飲まれてしまった。

 轟沈した、とブリッジに居る全員が死を覚悟して顔を伏せた。

 しかし、


「…………ん? どうなった……」

 閃光から数十秒が経った。確かにブリッジは《ゴーアルター》の攻撃を直撃で受けたはずだった。何故、生きているのかと不思議に思うテイラーは、そっと目を開く。


「何だ……これは?!」

 異様な光景が広がっていた。

 ブリッジの右側の色彩が切り取ったみたいに反転していた。


「……おい、そこのお前返事をしろ!」

 返事はない。反転側に座るオペレーターは恐怖の表情のまま固まったまま全く動かなかった。その逆サイドのオペレーター達は無事であった。


「どうなってるんだ? 写真のネガみたい感じだが……」

 テイラーは恐る恐る反転した部分の床に触れる。


「触っているのに感覚が無い。足を……ふ、踏めない、浮いてるだと? 何なんだ一体これは」

「艦は、正常です。航行に問題はありません、不思議な事に……ですが艦長これは?」

「き……帰還するぞ、急げ!」

 ユングフラウを待っている時間は無い。このまま止まっていれば、また攻撃が来るかもしれなかった。

 任務は失敗である。テイラーは撤退と言う苦渋の決断をした。




 体が窮屈で、壁の振動の激しさに礼奈は目を覚ます。見知らぬ場所、いつの間に移動したのか、と思い出そうとするが頭がボーッとして記憶が混濁していた。


「ん……うぅ」

 何かの隙間に体が挟まっていて、上の方を覗くと誰かの足が見える。


『他愛もない。不完全な生命体め』

「あーくん……ねぇ、何をしているの?」

 聞きなれた声、よく見れば見知った顔であった。礼奈はまだクラクラする頭で身体を起こして立ち上がる。


『今度はヒトの鉄人器か。貴様達が我を覚醒させたとは言え、立ちはだかると言うのならば』

「ねぇ、あーくん」

 礼奈が真正面に立っている言うのに、歩駆は何処か別の場所を見てるかの様な虚ろな目で喋り続ける。


『あのツルギと同じくその神殿ごと海の藻屑となるか、それとも次元から存在を消されたいか?』

「聞いてるの? あーくんってば」

 もう一度呼ぶ。だが、全く聞こえていないのか再度無視された。


『我は変わり行く者、我の名は──』

「真道歩駆!」

 平手が飛ぶ。歩駆は壁に頭を打ち付けると、さっきまでのおかしな表情から変わり礼奈が見慣れた歩駆の顔に戻っていた。


「はっ? 俺は……」

「俺は……じゃないでしょ! しっかりしなさい!」

「て言うかお前は、何で生きてるんだよ?」

「生きてるって……死んでないし見たらわかるでしょ」

「でも血、あれ?」

 先程までは血で真っ赤に染まっていた礼奈のパイロットスーツは、血どころか銃で撃たれた穴も消えていた。


「貴方こそ、楯野ツルギさんは? 何処に言ったの?」

「アイツは俺が……ゴーアルターが倒した」

「倒した? もしかして……殺したの? あーくんが!?

「だってアイツはお前を撃ったんだぞ、銃で後ろから! 奴は頭がオカシイんだ! 死んで当然の」

 再び礼奈の平手。今度はさっきよりも強かった。


「何を言ってるの……オカシイのは貴方の方でしょっ!」

 礼奈は顔真っ赤にし、涙を浮かべて怒鳴る。


「相手が許してくれなかったからって人殺しはおかしいって」

「そんな事言ったってお前、向こうにその気が無いならどうしようもないだろ」

「心のそこから謝る気あった? あーくんいっつもそうだよ。ソレっぽいその場しのぎの言葉を並べるだけ並べて謝った振りするでしょ? さっきのも顔がそうだった。あーくんの叔母さんに怒られてる時と同じ!」

 昔の事を言われ歩駆は恥ずかしくもあり情けなかった。母親と礼奈の怒り方がダブって見え、段々と歩駆の声が小さくなる。


「だけど俺は」

「言い訳はいいの……あーくん、貴方は彼に許されない事をした。それを私は知ってる。私もあーくんがした事……許してないよ」

 その言葉で空気が凍る。言った礼奈も少し後悔したが、歩駆の為を思い、続けて問いかけた。


「ねぇ貴方は何の為に、そのロボットに乗ってるの?」

「そ、それは……俺が」

「昔さ、皆に認められるヒーローとか何とか言ってたよね? ロボットに乗って戦って、俺なら上手くできるとかどうとか言ってたよね?」

 眼前まで詰め寄られ、歩駆は目を反らしてしまう。


「今の貴方に、その資格があるの?」

「俺は……」

「答えなさいよ真道歩駆!」

「……ぁぅ」

 歩駆は、何も答えられない。

 ただ黙って俯き、礼奈の罵倒を浴びるしか出来なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る