第27話 俺を認めろ

 セイルは基地内を走り続けてヘトヘトになりながらも、後ろを走る黒ずくめのパイロットにずっと喋り通していた。


「ねぇ、本当に大丈夫なの?」

「さっきから何度同じ質問をする……大丈夫だと言っている」

「だって信じられないんだもん! 迫真過ぎる。あのガサツなアーデルさんが、あんな蒼然とした顔をして死んだ振りなんて出来る訳がない!」

「いい加減に黙らないと君もこの銃で黙らせるぞ!」

 黒ずくめはイライラした口調でセイルの背中を銃でかるく突いた。

 拳銃は二丁持ってきている。一つは麻酔銃。もう一つは実弾入りの消音(サイレンサー)付き。


「しかしどう見ても本物っぽいですねぇ。こう言うのが出てくるドラマやったことないから初めて見ました」

「……」

 本当は、ハイジと対峙した時に殺すつもりで実弾の方の銃を使うはずだったが、腰のホルダーに入る銃の左右を間違って取り出してしまった。

 撃った後に銃声で違う事に気付くと、セイルが泣き叫んでしまって何とかなだめながら心配は無い事を説明をして逃走を続けたが、予定より三十分以上かかってしまった。


「着いたぞ、少し手伝ってくれ」

 立て付けの悪く重い鉄の扉を二人で開けた。

 潮風がふわっとセイルの顔を撫でる。やって来たのは海へと通じる船用の搬入口らしき停泊場だった。しかし、明かりも無くて所々が錆び付いている様子を見ると現在は使われていないのだろう。


「コレで逃げる」

「何コレ? 戦車? 海で戦車?」

 長い砲身、角張ったフォルム、海に浸かってる部分にキャタピラらしきものが見える。どこからどう見ても戦車にしか見えないものが港に停まっていた珍妙な光景。


「名は《チャリオッツ》と言う。旧式だがコレでもSVだ。現行機にも負けず劣らない改造を施している」

 黒ずくめは濃い緑色の戦車SV《チャリオッツ》に駆け寄って出港の準備に取りかかろうとした。


「待て……誰かコイツを触った奴がいる。靴と手の跡だ」

「わ、私まだ触ってないよぉ!?」

「そうじゃない。誰かが……居る」

 二人は周囲を警戒する。静かに観察してみるが、何かの物音もそれらしい人影も周りからは感知は出来ない。


「誰も居ないみたいだけど」

「既に出ていった後なのか、爆弾を設置している様子は……無いな」

 装甲の隙間などを隈無く探すが発信器の類いも見当たらない。どうやら取り越し苦労だと黒ずくめは安堵した。


「その戦車って二人乗れるの? 狭くない?」

「戦車はそもそも狭いものだよ。だが君一人ぐらいなら余裕。元は自分の上官が使っていたSVだからな。広さは保証する」

「そう、じゃあよかった。そうだ酔い止めは有る?」

「さっさと乗れ、追っ手が来る前に出なければいけないんだから」

「……残念ながら逃がすわけにはいかない」

 黒ずくめが声に反応して銃を構えた時には遅い。音も無く開いたハッチから伸びる長い腕に、銃を持った手を塞がれ引き込まれる。さらに、中からもう片方の腕が黒ずくめのヘルメットに手をかけた。


「……ふっ」

 《チャリオッツ》の中の声は軽く息を吸う。すると、ヘルメットが大きな破裂音を鳴らしヒビが入った。黒ずくめは力無く腕を下ろし沈黙する。その一瞬の出来事にセイルは何が起こったのかわからず唖然とした。


「……虹浦セイル」

「はい! て、貴方は」

 戦車SVから出てきたのはIDEALの司令官、天涯無頼(テンガイ・ブライ)だった。意外な人物の登場にセイルは目をぱちくりとさせ立ち尽くした。


「……もう、行っていいぞ」

「は? えっ、何が? 何?」

「……上の階へ行け。コイツの事は気にしなくていい」

 そう言われても気になる、とセイルは思ったが、天涯の威圧する目にとてつもなく恐怖を覚え、それ以上は何も言えなかった。


「は、はーい! ネタバラシ? 上ねぇーはーい!」

「……」

 逃げるようにセイルは出入り口に向かって走り去った。

 再び静まり返る停泊所。天涯は携帯端末で何かを確認すると、SVの装甲の上で気絶している黒ずくめに近付く。バイザーが割れたヘルメットを取り、投げ捨てた。

 額から血を流すその顔は十代前半の子供に見える。髪を短く切った少年の様に思えたが、顔立ちは何故かセイルにそっくりだった。

 今度はスーツを脱がして首筋を確認する。数字とアルファベットが混じった文字六桁が刻まれていた。


「……やっぱりか。」

 天涯は黒ずくめを脇に抱えて、その場を後にした。




「基地周囲10キロ、海底より高エネルギー反応を複数確認!」

「再びイミテイトの反応……えぇ?! 十や二十じゃない、数がどんどん増えてますっ!」

「黒のゴーアルター、ダイナムドライブのレベル測定不能……。副司令」

 IDEALの司令室、時任久音含むオペレーター達は成り行きをただ見ているしか出来なかった。


「真道歩駆くん、聞こえたら返事をして……真道くん!?」

 時任の呼び掛けに全く反応は無い。

 この悪天候のせいか、イミテイトの襲来のせいなのかは分からないが、先程から電波障害が起きていてコクピット映像も映し出されなかった。


「待機している量産型の戦人(イクサウド)小隊にも出撃させますか?」

「それは任せるわ。全く、これは一体何がどうなっているの? 司令も博士も何処にいるのよ!? 早く帰って来なさいよ、もう!」

 侵入者はまだ捕まってはいない。内も外も混乱状態で時任一人でどうにか出来る問題ではない。もうお手上げである。

 最早、一刻も早くこの状況が終わってくれるのを、ただ祈るだけだった。




 戦闘により機材が散乱し、煙が立ち込める演習場。

 雷鳴が轟く暗雲の空を背景に《ゴーアルター》は壊れた人形の様に倒れる《尾張十式・改》を仁王立ちしながら見下ろす。


「やっぱり敵、仇なんだよ」

 歩駆はまずツルギの怒りを受け止める事にしていた。

 《ゴーアルター》の魂や感情を感知する能力で見透して分かった事がいくつかある。

 ツルギは本気で歩駆を殺しに来ている、と同時に戦いを楽しんでいた。彼の中には渚礼奈を撃ったことに関して何も感じていなかった。

 歩駆には何故、礼奈とツルギが一緒になってやって来たのかは分からない。だが、礼奈はツルギを悪い人間だとは思ってはいなかったのだろう。自分を連れ戻す為に協力関係にあったと考えるが、ツルギは始めから自分に復讐をするために来たのである。

 つまり、礼奈は利用されたのだ。と、歩駆は結論に至った。


「お前は悪だったんだ……! よくも礼奈を……礼奈が何をしたって言うんだっ!」

 赤いフォトンの光を拳に宿し、倒れ込む《尾張十式・改》に目掛けて降り下ろす。壊す、と言うより溶けるように頭部が崩れさった。


「多少は良い子には見えたさ。だがな、オレはソイツみたいな保護者面して偉そうなバカがなぁ一番嫌いなんだ!」

「黙れよっ!」

「月影元隊長もそういうヤツだった。昔の栄光だけで隊長になって、後方から偉そうにベラベラと。今頃パニックでどうにかなってんだろ……昔」

「黙れって言ってんだっ!!」

 ボディを踏み抜こうとして《ゴーアルター》は脚を上げると、《尾張十式・改》は《ゴーアルター》の軸足を片腕で掴み、切り離して爆発させる。衝撃でよろけ倒れている隙にツルギは機体を空へと上げる。


「所詮は戦いの素人だ、機体がいくら高性能なスーパーロボットでも防戦一方じゃなぁ!」

「煩いッ!」

 《ゴーアルター》は目からフォトンのレーザーを幾度も放つが、半壊ながら宙を自在に飛ぶ《尾張十式・改》は易々と回避する。


「俺は絶対に貴様を殺す。俺は今、正義の味方をやっているんだよ! お前は敵なんだ!」

「だから正義の味方さんよぉ、オレがこうなったのはオマエのせいだと言っているだろうが!」

「やられたらやり返していいのかよ!」

「いいね!」

 ツルギは残った左の〈パイルランス〉を構えて機体を突撃させる。

 上空を見上げて、歩駆は落下するように向かってくる《尾張十式・改》にフォトンレーザーを連射させるが掠りもしなかった。


「何で当たらないんだよクソ!」

 焦る歩駆。敵機は半壊で、こちらはほぼ無傷の筈なのに攻められ、押され、圧倒されていた。それにより歩駆の心の中で隙が出来てしまう。


「取ったぞ、exSV(エクス・サーヴァント)!」

 《ゴーアルター》の右肩に〈パイルランス〉の槍が突き刺さる。《尾張十式・改》は更に加速を掛けて、右腕を体から分断させた。


「どうだ、クソッタレがッ!」

「くぅっ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!」

 体勢を崩しながらも《ゴーアルター》は直ぐ様、左腕にありったけの力を込めて振りかぶり《尾張十式・改》を殴った。真っ赤に光る拳がボディをぐしゃぐしゃに潰して《尾張十式・改》は吹き飛び、その先にある演習場の壁にめり込んだ。


「はぁ……はぁ…………やったか」

 完全にコクピットを潰した感覚があった。はずだが、《ゴーアルター》には土煙の舞う壁の中に、イキイキとした魂の光を関知していた。ツルギはまだ生きていた。


「やれてねェんだよっ!!」

 煙の中から生身で飛び出すツルギ。パイロットスーツはボロボロで血が出ているにも関わらず、ピンピンしてこちらに全速力で走ってきている。人間のスピードではない。


「何でだよぉ……人を見たら撃てないだろぉ!」

「どうした! さっさと来いよ、オレを撃ってみろよ!」

 相手は不死身の様だが生身の人間である事には変わりない。殺す、と言っていた歩駆だったが躊躇してしまう。


「勝負は付いた! もう俺の勝ちだろうが!」

「ハッ、ふざけるな! オレはまだ生きているんだぞ!」

「認めろよ! お前のSV(サーヴァント)は壊したんだ、俺の勝利だ!」

 フォトンを撃つ構えて警告する《ゴーアルター》。だが、ツルギはそれを無視して走るのを止めない。


「生きるか死ぬかの勝負だ! お前こそオレが強いと認めたらどうだ!」

 互いに一歩も譲らない。いつの間にかツルギは《ゴーアルター》の足元まで来ていた。意図も簡単に胸の装甲板まで登りつめ、コクピットハッチの前までやって来た。


「うわぁぁぁぁぁぁぁーっ!」

 不敵な笑みを浮かべるツルギを見て恐怖した歩駆は《ゴーアルター》を上昇させた。

 無茶苦茶に飛び回って振り落とそうとするがツルギはガッチリとしがみつく。気がつけば《ゴーアルター》はIDEALの基地から大分離れた場所に移動していた。


「この腕と脚には今、強力な磁力が出ている。そしてそれはこんな風にも使える……」

 ツルギは装甲の隙間に指を入れる。持ち上げるように思い切り力を入れると、中の機械がバリバリと嫌な音が鳴り響いた。


「ある意味では感謝してるんだぜ。この体だから出来る事だってある…」

 ハッチが開いて激しい雨と風、雷の目映い光がコクピットに差し込む。歩駆はあまりの出来事に開いた口が塞がらなかった。


「人間じゃない…」

「行こうぜ、外」

 ツルギは歩駆の胸ぐらを掴み、シートから引き擦り出そうと無理矢理に引っ張る。抱えていた礼奈が座席の下に滑り落ち、歩駆は必死に抵抗するもツルギの力に全く抗えなかった。


「嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だァーッ!」

「ちょっとしたシーダイビングだ。泳ぎは得意か?」

「あ…………うっ……」

 ハッチに腹這いになって押さえつけられる歩駆。高さ数百メートルまで上昇した《ゴーアルター》から見下ろす気色は正に地獄だった。暴風吹き荒れる荒れた海、ここから落ちれば即死は免れない。


「オレは助かる確率は五分って程度だが、オマエはどうだろうな?」

 耳元で囁くように言うツルギ。恐怖で歩駆の顔から血の気が引き、身体中にびっしりと鳥肌が立つ。


「う……レナちゃっ……誰か……誰かァァーッ!」

 歩駆の悲痛な叫び声は誰にも届く事はなく、激しい雷雨が全てを掻き消した。




 ──こんな終わり? 俺はここで死ぬ? 何でこんな事になった?

 自問自答。その答えは明白、全ては自信が招いた自業自得であった。


 ──そんなはず無い! 俺は選んだ、正義のヒーローになるって!

 真っ赤な嘘である。心の中ではそんな事、一ミリも思っていない。所詮は漫画やアニメの受け売りでしかない、ポーズで言っているだけの台詞だ。


 ──あぁそうだよ。全部、真似事だ。それの何が悪い!?

 開き直る歩駆。そんなことを思っても状況は変わらないと言うのに。


 ──変わらない、俺は変わりたい。こんな情けないままの自分は嫌だ!

 ならば、どうすると言うのか。普通の人間である歩駆に一体何が出来る。


 ──ならアンタ、俺に力を貸してくれ。まだ、やらなきゃ事が沢山ある……。

 歩駆には無理な事だ。本当に変わりたいと求めるのなら“覚悟”が必要だ。例えそれが、自分の存在を否定される事になっても。


 ──今の自分には何も無い。だから、俺は誰にも負けない力が欲しい。

 それは何の為だ。


 ──自分の為だ。誰の為でもない、俺の邪魔する奴等全てを倒せる力を俺に貸せ!

 ……。

 本当に後悔しないと言うのならば、我を呼ぶと良い。

 人を装いし神の器たる我の名を。

 変わり行く者。その名は、


「その名は──────」



 あーくん。

 違うよ、そうじゃないんだよ。


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