第26話 ブラックリベンジャー

 雨が降りはじめた。

 《ゴーアルター》の掌に少年少女が二人。歩駆の顔を伝う涙混じりの雨水は、横たわる礼奈の顔に流れ落ちた。揺さぶっても反応がないし息もしていない。当たり前だ、左胸に穴が空いているのだ。絶対に認めたくはないが、礼奈は死んでいるようだった。


「……何でだ? こん……な事を……する必要は……ないだろ」

 声をつまらせながら歩駆は目の前に居る《尾張十式・改》のハッチに立つ男、楯野ツルギに訪ねた。ツルギは銃をホルスターに仕舞い、冷ややかな目でこちらを見つめた。

 ツルギと礼奈の初対面はつい先日の話だが、礼奈は献身的にツルギと織田の手伝いをして歩駆を取り戻そうと出来る限りの協力をしていた。

 短い間でツルギも彼女の優しさに心を打たれた事があったはずなのに、歩駆と対面して謝罪の言葉を聞いた瞬間、怒りの方が勝ってしまったのだ。


「言ったろ。オレがこんな姿に変わったのはオマエのせいだ。オマエがexSV(ゴーアルター)に乗らなければこんな事にはならなかったんだよ。オレが……オレがソイツに乗っていさえすれば!」

 あの日、ツルギも歩駆と同じ事を考えていた。パイロットが《模造獣》により殺されたの見て、自分のボロボロになった機体を捨て無人になった《ゴーアルター》に乗り込もうと考えていた。だが、ツルギが近付こうとした時には既に歩駆が搭乗していた。


「選ばれたヒーロー気取りか? オレだけじゃない、あの街に住んでた人間がどれだけ居たと思ってる?」

 歩駆の戦い方、その言動を聞いた時は不安しかなく、結果的に街は消滅してツルギのトヨトミインダストリーの延命手術により機械の体になってしまった。 


「その機体を破壊しろと依頼されてる。さっきの混乱に乗じてやることも出来たが……オレは勝ちが欲しい、絶対的な勝利だ。オレの強さを証明してやりたい。だから、オレと戦え! さぁ!」

「……さっきから……何を、何を分かんない事を言ってるんだっ!」

 歩駆は叫ぶ。


「俺だって考えてやった……一生懸命頑張ってやってるんだよっ! それをこんな……」

「ガキがっ! ソレで世界を救えたらなぁ苦労はしないんだぞ! 悔しかったらオレを倒してみろ!」

 ツルギはコクピットのハッチを閉じて乗り込み、《尾張十式・改》は突き放つように《ゴーアルター》から離れた。歩駆は落ちそうになるのを必死で礼奈を抱き止めながら装甲の溝にしがみついた。


「礼奈……れなちゃん………」

 悔しい気持ちと情けない気持ちが合わさり、心に大きな穴が空いた気分だ。


「ゴーアルタァーッ!!」

 救いを求めるように叫んだ歩駆の声に《ゴーアルター》は呼応するように目を赤く光らせる。掌をハッチまで移動させると、歩駆は礼奈を大事に抱き抱えてコクピットまで運んだ。


「……俺だってなぁ、絶対に……絶対に許さないからな」

 スペースが無いため礼奈を抱いたまま操縦席に座る。体がずぶ濡れでシートが水浸しになってしまったが今は気にしない。が、流石に冷えた体を暖めるため暖房のスイッチを押す。


「やってやる……やってやるぞ…………やる!」

 殺意の衝動が押さえられない。冗談でも普通は思ってはいけない事だと言うのに、今は不思議と感情に身を任せても構わないと言う気分になってくる。

 幼馴染みの礼奈を殺されたのだ。親しい人間が目の前で射たれるのを見れば誰だったそうするだろう。歩駆は、それをやるだけの力を持っているのだ。

 今の《ゴーアルター》はその為に使うと決めた。



「ダイナムドライブのレベルが下がって、えっマイナス?! マイナスレベル4になっています!」

 司令室でオペレーターの一人は初めて見る画面に驚きながら告げる。本来ならゼロから下は出るはずないはずだが、数値とメーターはドンドン急低下して赤く表示されていた。


「博士は……くそ駄目だ連絡が繋がりません。何をやってるんだ、こんなときに」

「どうしますか司令代理?!」

「真道歩駆君、返事をして。一体何があったの?」

 時任久音は心配そうに《ゴーアルター》の歩駆に呼び掛けた。前面の巨大スクリーンにコクピットの映像が写ると歩駆は血塗れの女の子を膝に乗せて一緒に座っていた。


『……礼奈が、射たれた』

「礼奈? 礼奈ってあの幼馴染みの子?」

『仇を打つ。あの黒い奴は自分が倒します』

「待ちなさい! まずは、その子の手当てが先でしょ?! 早く帰ってきなさい」

 帰投するように促すがそこで通信が途切れてしまった。映像は偵察機からの戦闘している二機の様子に切り替わる。それを見て時任は《ゴーアルター》の姿に絶句した。



 汚れのない白いカラーの《ゴーアルター》が黒に染まっていく。顔のマスクが閉じ、フォトンのエネルギーで光る体のラインは赤く発光して、そこから粒子が漏れ出している。

 歩駆はいつもと違う操縦感覚を覚えていた。〈ダイナムドライブ〉のレベルはマイナス5。これは雨のせいなのか何なのか、普段以上に《ゴーアルター》と一体化と感じているのに、このまとわりつく様な不快感はなんだろう。

 歩駆は眼前の敵を睨んだ。〈フォトンフラッシュ〉で狙い撃とうとして手を上げて構える前に、《ゴーアルター》の両目から赤い光が放たれた。不意の攻撃だったが矢の様に風を切って飛ぶ細い二条の光線を《尾張十式・改》は、すんでのところで回避する。


「いきなり不意打ちはやってくれるじゃないか正義の味方をさんよぉ?」

 先手を取られて苛立つツルギは機体を上昇させると、機体の全武装を一斉に展開させた。背部のミサイルに両肩の槍が砲問に可変。右手にスナイパーライフルと左手にハンドマグナムも構える。


「後ろには基地がある。よければ避けても構わんぞ真道歩駆!」

 卑怯な手に出るツルギ。正々堂々とはなんだったのか、と言いたくなる歩駆だが逃げるわけにはいかない。《ゴーアルター》は両腕を広げて待ち構えた。


「的になるつもりか、いいだろう! 跡形もなく木っ端微塵に吹き飛びやがれっ!」

 全ての武装を《ゴーアルター》にロックオンするとツルギはトリガーを憎しみを込めて力一杯引く。

 雨霰の様な弾丸やミサイルが《尾張十式・改》から吐き出され《ゴーアルター》に向かって集中的に降り注いだ。残りの残弾数など気にする必要なく全弾吐き出すつもりでいる。


「最後にくれてやるよ! 駄目押しだ…これはオマエが真芯(ましん)市で使ったのと同じ物だ、これは全てを破壊する」

 コンソールにバスワードを打ち込んで制限を解除する。その兵器は旧豊臣重工の地下に一つだけ厳重に保管されていた、ヤマダが作った対模造獣用の試作弾頭だ。


「超重力波弾頭(グラヴィティミサイル)……オマエもオレの苦しみを思いしれぇーっ!」

 《尾張十式・改》の腹部から一発の小型ミサイルが発射された。ミサイルは爆煙が渦巻く中を突き抜け目標である《ゴーアルター》に向かっていった。

 そして〈グラヴィティミサイル〉特有の黒い閃光が轟いた。渦を巻き、漂う大気を吸い込むブラックホールの様に見える巨大な爆発が起こる。ツルギは巻き込まれないように《尾張十式・改》を後退させる。完全に勝った、と勝利を確信した、かに思えた。


「……やってない」

 レーダーを確認。そこには《ゴーアルター》を示す光点が健在であった。前方を見ると、まだ〈グラヴィティミサイル〉の爆発は広がり続いているのに、相手はまだそこに存在している。


「おいおいおい、必殺兵器じゃねーのかよ織田のヤツ……」

 光はどんどん収縮していく。《ゴーアルター》の頭部が現れるまでに小さくなり、左右の掌に重力波エネルギーが全て吸い込まれていった。

 こんな時、普通ならば圧倒的な強さの敵を前に絶望する展開だが、ツルギはニヤリと笑って逆に心踊るのだった。未知の相手にどうやったら勝てるのか頭で必死にシミュレートする、それが楽しくてしょうがないのだ。


「ならさぁ、外が駄目なら中のヤツをって事だろうがっ!」

 ペダルを踏み込みブーストで限界まで加速し《ゴーアルター》に体当たりを仕掛ける。右肩の〈パイルランス〉がぶつかった衝撃で折れて外れてしまったが気にしないで突っ込んで押さえ込む。

 二機はIDEALの敷地内に入り、演習場へと落ちていった。障害物で並べられたコンテナを次々と崩していく。


「ぐしゃぐしゃに揺さぶられるだろう? トドメは高圧電流だ! 長時間、電子レンジに入れられた見たいに黒コゲになれや!」

 両腕のガードが降りて、拳がバチバチと鳴り響く。《尾張十式・改》は電気を帯びた左右の拳を《ゴーアルター》の腕の付け根に叩き込んだ。雨のせいで電流が周囲に伝わり、照明や何かしらの機械から爆発し煙が上がる。戦闘でガタが来ているのか僅かにだがツルギは痺れを感じていたが、気にせず電圧をフルパワーにした。


「……チッ、ダウンしたか。予備に切り替える」

 コクピットが真っ暗になる。電気の使いすぎで機体内部の電源が落ちてしまったらしい。ツルギは冷静になって予備電源に切り替える緊急時用のスイッチを押した。コンソールに明かりが灯り、『再起動中』の文字が画面に映り出された。


「いくら装甲が頑丈な機体でも、パーツの接地面に電流を流し込まれたりもすれば、中の人間は一溜まりもないだろう」

 深く深呼吸する。これでツルギの戦いは終わったのだ。この後、捕まろうがどうなろうが心残りは無い。どうせ変える場所も無いのだ、死んだって構わなかった。


「うおっ……痛てぇ、もう限界か」

 機体がバランスを崩したのだろうか、後ろに引っ張られる衝撃で後頭部を撃ってしまった。今ハッチを開けたら空が前で横から雨が入ってくるんだろうな、などと考えていると外を写すモニターが復旧した。


『終わりか、じゃあ次は俺の番だ』

 真っ赤な双眸を輝かせ《ゴーアルター》と歩駆は唸った。

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