第五章 覚醒!エゴアルター

第25話 想い出

「だからさぁ、俺は演劇やりたいって言ってんの!」

 真道歩駆は机から立ち上がり皆に訴えかけた。クラスメイト達は歩駆に呆れた表情を見せるが、それでも譲るわけにはいかない。

 時間は戻り今は五月。来月に行われる学園祭に向けて各クラスで催し物を何にするかを決めるホームルーム。

 全くやる気の無いクラスメイト達の中で一人、歩駆は必死にプレゼンをしていたが、


「アレは嫌だコレは嫌だって、さっきからそればっかりじゃん! で、お前やれお前やれで責任の押し付け合いだし。だから俺が責任持つって言ってるんだよ!? 具体的に決まってないなら俺の案をさぁ」

 必死に熱弁をすればするほど、教室の空気はしらけて悪くなっていく一方だった。


「そんなお遊戯会みたいなの高校生にもなってなぁ」

「演技とかやるの恥ずかしいし……」

「衣装は誰が作るんだよ?」

「お前が主役やりたいだけなんだろー!」

「居るよな、こういう時にだけ異常に張り切る奴」

 そして案の定、否定意見だらけだ。


「ちゃんと高校生らしい話を選ぶし、演じるってのはそんな難しく考えることはない。衣装は話に合わせるからドレスとか作るわけじゃないし、主役はそりゃあ経験ある人間が引っ張ってかないと駄目だろ!」

 歩駆は反論するがクラスメイト達の反応は最悪だった。


「やっぱ主役やりたいだけじゃんかー!」

「真道って演劇部だろ? もう無くなったんじゃなかった?」

「上が三年生だけだったから今は真道一人」

「それ廃部じゃん! そんなやりたかったら部員探せよバカ!」

「はいはい無し無し」

 罵詈雑言。クラスメイト達は歩駆の言葉に全く聞く耳を持ってくれない。そして結局ああでもないこうでもないと、平行線をたどるばかりで先に進まない。いい加減、歩駆もキレる寸前だった。


「いいんちょってさ料理得意じゃん? ここはクラスのリーダーが率先してやるのがいいんじゃね?」

 席が一番前の女生徒の一人が学級委員の片割れである眼鏡っ娘、渚礼奈に問いかけた。


「この前の調理実習で作ったクッキー超美味しかったし、それでカフェとかどうなん?」

「いやぁ……でも皆、真藤くんの意見も」

 礼奈は困った表情をするが教室のムードは早く帰りたいが為に一致団結する。


「私もやっぱカフェが良いでーす! 最近コーヒーの味に目覚めた!」

「余った菓子は後で食えるの?」

「クラス全員で参加する必要は無いだろうし楽だな」

「沢山お金稼いだらボーリングでも行こうぜボーリング!」

「副委員の鈴木くん投票箱はもういいから! すぐ決めよ挙手ですぐ!」

 そして多数決の結果は、

 カフェが28票。

 演劇が2票。


「はい、決定けって~い! さあ帰ろ帰ろー!」

「お疲れさあん……今日どこ行く?」

 圧倒的大差を付けられホームルームは解散、一分も経たずに教室は歩駆と礼奈を残して静寂に包まれた。



 下校の時間。歩駆は下駄箱で無駄話をする生徒達を追い抜き、誰よりも早く学校の駐輪場へやって来た。いつもならば帰って録画した深夜のロボットアニメを見る為、と言う理由があるが今日は気分がすこぶる悪い。


「あーくん!」

 さっさと帰ろうとマイ自転車を校門まで押していると礼奈が後から追いかけてきた。


「ねえ何で先に行っちゃうの? 一緒に帰ろうよ」

「もう寝たい」

「嘘。あーくん涙出てる」

 そう言われて歩駆は後ろに振り向き、袖で目を擦る。


「いやあ西日が眩しいな」

 天候は曇り。何事も無かったかの様に振る舞うが礼奈には全てお見通しだった。


「いつもそうやって自分のワガママが通らないと黙ってどっか行っちゃう」

「……うるせいよ。って言うかワガママじゃあないし。何時まで経っても決めないから案を出したのにクラスの奴等のあの態度は無いんじゃないでしょうか委員長閣下殿?」

「あーくんは自分が目立つ為に一番トップでありたいって考えが強すぎるの。それが勉強に活かせられないのが一番の問題よねぇ」

 言われたくない痛いところを付かれて歩駆は顔をしかめた。


「学級委員だって本当は俺がなるつもりだった!」

「どうせなら生徒会長になってやる、くらいの事は言えないの? そう言う小さな所で偉そうしたいって考えがあーくんらしいっちゃらしいんだけど」

 礼奈の馬鹿にするような発言に歩駆の体は震え、顔を真っ赤にする。しかし、反論出来ないのは全て図星だからであり、歩駆には精一杯に礼奈を睨むことしか出来なかった。


「あぁもう泣かない泣かない…もう高校二年生でしょ? ほら、スガキア寄ってこうよ。ソフトクリーム奢ったげるから、ね?」

「……肉入りラーメンも……頼んでいい?」

「いいよいいよ、味ご飯も付けてもいいからさ」

 二人は帰宅コースを少し離れてデパートへ寄り道していった。



 スガキアは中京地方を代表するラーメンチェーン店である。

 主にデパートやスーパー、駅の地下街などに店を出している。いわゆるラーメン屋とは違いファーストフードのハンバーガーショップ的な気軽に入れる飲食店で学生にも安心の価格設定やデザートメニューが人気を博している。


 ここは二十年近く営業している老舗デパート。その四階にはスガキアの店とゲームコーナーがあった。昔は屋外スペースへ行く事が出来て、小さい子供用の動く乗り物や月一でヒーローショーをやっていたが、歩駆が中学校に入るぐらいから屋外への扉が封鎖されて入る事は出来なくなった。


「Dレコもフィフナーもさ、シリーズ見てきた人にしか分からん所はあるけど、ナイノドアやシロアンはロボアニ素人にも人気なわけよ。サンカイと昼ノバンザイマンはロボアニに分類して良いものか?」

 すっかり元気を取り戻した歩駆は和風トンコツ味のラーメンを啜りながら、聞かれても無いのにロボットアニメ談義に花を咲かせていた。


「あーくんってさ、子供の時から変わらないよね」

「それは良い意味でって事かな?」

「うん、そうだよ。何て言うか子供がそのまんま大きくなった感じ」

「……やっぱソレ貶してるよな? お前だってそうだろ。昔っから世話焼きが過ぎるんだよ。今日のアレ、二票目は礼奈だろ?」

「さぁ? 委員長としてそれは言えないなぁ。無記名投票の意味無いでしょう?」

 本当は礼奈だった。明かさないのは歩駆の為なのだ。


「俺の中ではSV(サーヴァント)借りて大がかりな劇をやるつもりだったのに」

「どこでやるつもりよ? 体育館に入らないし外で演劇なんて出来ないでしょ」

「冗談だよ。レンタルで借りるっても土木作業用ぐらしだし、そもそも免許が無い……プハァーッご馳走さん! さて、デザートタイムだ」

 歩駆はスープを一気に飲み干すとプラスチックで出来たコップ状の容器に盛られたソフトクリームに手を付けた。スプーンでクリームの山を大きく一すくいし口に運ぶ。ラーメンで熱くなった喉に甘くて冷たいミルク味のクリームが流れ込んでいく。 至福の一時だ。


「アイツらは自分で何かをしようと言う気がない。思考停止だ」

「だからって無理強いは良くないんだよ」

「あのなぁれなちゃん。俺は自分が一番正しいと思っている。流されるまま誰かに決めてもらうレールの様な人生なんて駄目なんだよ! 人は変わらなきゃならない。本当に変わりたいなら環境でも何でも多少強引に変えてやんなきゃ駄目なんだって!」

 口にクリームを付けながら歩駆は無茶苦茶な人生論を力説する。


「あーくん……今なんて言ったの」

「聞いてなかったのかよ!? だから自分を変えたいならさ」

「そんな事じゃなく……れなちゃんって」

「はぁっ?! 言ってねーし!」

「言った! 確かにレナちゃんって言ったもん! あーくん昔みたいに」

 無意識に出てしまった事を指摘されて歩駆の顔が真っ赤になった。


「言わない!」

「いいや言った!」

「言ってない!」

「言った!」

 ムキになってお互い全く譲らず問答を繰り返していると、店のカウンターから店員が歩駆達の席にやって来た。


「すみませぇん……店内ではお静かに願いますぅ」

「「あっごめんなさい」」

 注意され同時に謝る。他の客からの厳しい視線を浴びて礼奈は縮こまっているが、歩駆は頬杖を突き天井を見上げる。


「……だからさ俺は皆に認められるヒーローになりたいんだ」

「ヒーロー?」

「その為に現状の俺じゃ駄目なんだよ。20年早く生まれてりゃ宇宙人との戦って英雄になってるのにさぁ」

 いつもの事だが妄想の激しい歩駆を礼奈は呆れてしまう。


「うーん、そんな度胸あるようには見えないけどなぁ。あーくんの好きなロボットなら今すぐ乗れるでしょ?」

「乗るだけじゃ遊びと同じだ。俺は戦いたい。だが、戦争屋になるつもりはない。この矛盾をどう解決したらいいか」

 お冷やを一気飲みして考えてみたが現実的な方法は見つからなかった。


「やっぱアニメみたいに空からロボットが降ってきて、俺が選ばれた存在で街を敵の軍団から守る! 最高に燃えるシチュエーションだよな?」

「でもそれって街中で戦うんなら被害が出るんでしょ?」

「多少の犠牲は付き物だ。俺だったら上手くやれるけどね」

「ふーん……もし私がピンチになった時は、あーくん助けてくれる?」

 礼奈は期待するが、その答えは全く期待した事と違った。


「はぁ? ヒロインはもっと可憐な美少女じゃなきゃいかんのだ。礼奈みたいな丸い地味っ娘は精々モブがお似合いだな。遠くの方で祈っとれ!」

「何よそれー! 言わせておけば、太ってるって言いたいの!? これでも痩せたんだから!」

 再び喧嘩勃発。そしてまた店員も出てくる。


「あのぉお客様ぁ……」

「「あっすいません」」

 二人はデパートを出た後も言い合いを続けた。今日のこの事で相手を嫌いになったとか、もう口を利かなくなったとか、そういうことは無い。これが二人にとっての日常だからだ。

 歩駆も礼奈も心の中では、こういう関係が変わらなく続くことを願っていたのだった。

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