第24話 彼女を貫く弾丸
「案外、あっけなかった……のか?」
全ての《模造獣》を撃退して歩駆は胸を撫で下ろす。取り合えず味方の被害は無かったが、問題がまだ一つだけある。
「んぐあっ!? って、何だって言うんだっ!!」
突然、《ゴーアルター》の左肩に衝撃と爆発。黒いSV、《尾張十式・改》の腕の槍からロケット弾が放たれた。
さっき程までは敵だった統連軍や《模造獣》を攻撃していた《尾張十式・改》だったが《ゴーアルター》にまで攻撃を仕掛けてきたコイツは少なくとも完全な味方では無い、と歩駆は警戒した。
「おい黒い奴、何で攻撃するんだよ?!」
歩駆は叫ぶが《尾張十式・改》からは何も応答は無かった。やむを得ないと《ゴーアルター》は戦闘体勢を取る。
「ちょっと待ちなさい楯野兵長?! あなた一体、何の目的で……」
一触即発になりそうな所を瑠璃は引き離す為、間に割って入ろうとした。だが突然、《戦人》のモニターの前面だけが暗くなった。
「……きゃあっ!? えっ……これは何なの?」
モニターの故障ではない。歪な形の何かベットリしたものが張り付いている様に見える。その謎のベトベトは次々と機体に張り付いて、モニターは何も映さずコクピット内は闇に包まれていく。
「それは捕縛用のトリモチ弾だ。そのSVのカメラに張り付けた。アンタ克服はしてないんだろ? 付け焼き刃でそんな機体乗って、こう言う事が起きたらどうするつもりなんだ?」
《尾張十式・改》の左掌から次々と発射され、みるみる内に《戦人》は真っ白なトリモチまみれになっていった。剥がそうと試みるが、上辺の方が伸びるだけで取れず、指にもトリモチが絡まってしまう。
「あぁ……いやぁ…………暗い……はぁ…………うっ」
焦る瑠璃の全身から汗が大量に吹き出し、操縦桿を握る手の震えが止まらなくなった。
「誰か……助け…………助けてよっ」
レーダーや計器を見れば大体の位置は分かるはずだったが、正常な判断が出来なくなった瑠璃の《戦人》は、歩駆達とも基地とも違う方向へ高度を上げたり下げたりしながら飛んでいくのだった。
「白い奴、オレと戦え」
ツルギの《尾張十式・改》は《ゴーアルター》に接近し、逃がさないように両肩をしっかり掴んだ。
「はぁっ!? ちょっと何を言ってんだよ! 戦う理由がねーよ!」
機体を退かせ歩駆は言うが、ツルギは聞く耳を持たない。
「お前に無くてもオレにはある。オレはオマエのせいで体を機械にしなくちゃならなくなった! オマエがソイツに乗ったせいでな!」
「……そ、それは」
あの戦いに民間人の被害者はいない、と歩駆は時任から聞いている。
それもそのはず、戦闘に出向いて命を落とした軍人はカウントに入ってはいない。
歩駆にとっては知ったことじゃない、言われのない八つ当たりにしか思えなかった。
「待て……オマエに話がある奴がいる」
「話? な、何だよ」
ツルギは急に話題を変えて言うと《尾張十式・改》の胸のハッチが開いた。そこから出てきたのはツルギではなく三つ編みの女の子だった。風になびく三つ編みの女の子に歩駆は見覚えがある。
「あーくん!」
その声、間違いなく歩駆の幼馴染み、トレードマークの眼鏡を掛けていないが渚礼奈で間違いなかった。驚いた歩駆も堪らず機体の外に出て顔を覗かせる。
「あーくんなんでしょ、それに乗ってるのはっ!」
「れ、礼奈?! 何でお前がそんな所にいるんだよ!?」
歩駆の声が思わず裏返る。予期せぬ人物の出現に驚きが隠せない。
「それはこっちの台詞だから! あーくんは軍人になんてなりたくないって言ってたじゃない!」
「そうは言ったけども……し、仕方がなかったんだよ!」
「何が仕方がないって言うのよ!」
「だから、俺が……その、街を壊したからそれの償いに」
心にも無い事だった。実際は、あの日の出来事を思い出さないよう無心に戦っている。そうでもしないと心が持たないからだ。
「それよりも、まず先にやることがあるでしょ! あーくん謝ったの?! 町の皆にご免なさいはしたのっ!?」
まるで子供を叱る様な感じで礼奈が怒鳴る。
「……だから、それは前の巨大模造獣を街から守ったので」
「そんなのでチャラに何かならないでしょ!? 自分で出てきて頭を下げるのが当たり前の事でしょ?!」
全くの正論に歩駆は反論は出来ない。
見て見ぬふり、聞かぬふりをずっとしてきたのだ。
謝罪の気持ちが無いわけではなかったが、タイミングが無いと心の中で言い訳ばかりしてきたのだった。
「…………はい、ゴメン……なさいでした」
「私じゃないでしょ謝る相手は。まずは楯野さんに謝りなさい」
礼奈はコクピットの中のツルギを指差す。そのツルギは鬼の形相で睨んでくるので歩駆は目を反らす。
「あーくんっ!」
礼奈が怒って叫ぶ。ここで自分が黙っていたら不味い状況なのはわかっている。歩駆は意を決した。
「あ……うぅ…………あの、すいませんでした! 体の事、いやその……どう弁償……じゃないや、えと……償いきれないほど、謝っても謝りきれないほどなんスけど、本当にすいませんでした! そうだ楯野さん、マモルはIDEALで元気にやってますよ! 今も基地で保護されてるんで心配しないでください!」
精一杯の謝罪の言葉を述べて、歩駆は深く頭を下げる。
「私からも謝ります。あーくん……真道君は悪い子じゃないんです。許してあげてください」
礼奈もツルギに向けて頭を下げた。
「…………わかったよ。よーくわかった」
頭を上げた歩駆の顔が明るくなる。が、次にツルギが発した言葉は、
「許さねえ」
その一言だった。
「オレは謝って欲しいんじゃない。オレの怒りはそんなものじゃ収まらない何より……」
声が震えていた。怒りと悲しみがない交ぜなったような表情を浮かべる。
「オレの……衛は何年も前に死んでいる。それを生きているだ? 何だそりゃ? オマエ、フザケルんじゃあないぞッ!?」
ツルギはシートから立ち上がり懐から銃を取り出した。
「オマエも失った者の哀しみを思いしれ」
ダン、と重い発砲音が三回。歩駆からの視点では礼奈の背中から真っ赤な飛沫が出て、バランスを崩した体は空中へと投げ出された。
「あ」
落ちる礼奈を《ゴーアルター》の両手が受け止める。
初めは何がなんだか分からなかったが、《尾張十式・改》のコクピットのツルギが硝煙の立ち上る銃を構えていたのを見て、ようやく歩駆は理解した。
「れ…………礼奈?」
鋼鉄の掌に横たわる少女に駆け寄り、その体を起こす。手に生暖かいヌルリとした感触に歩駆の背筋が凍る。
「戦う気になったか?」
ツルギの言ってる意味が歩駆には分からない。
それと礼奈を撃つのが何の関係があるのか。
そもそもツルギが何で自分を狙うのかすらも理解出来ない。
「はぁ?」
開いた口が塞がらない。
どうしてこうなってしまったのだろうか、と脳内でグルグル考えていく内に目の前が真っ暗になっていく。
歩駆の中で何かが外れた。
「フフフ、大変な事になってるみたいだね」
「…………」
「あれ? いつになくシリアスな顔して」
「お前なぁ」
先程までは清々しい綺麗な青空だったのが、一変して雲行きが怪しくなり曇天の暗い空になった。ポツン、とまだ少ないが雨までも降りそうだと言うのに、外の展望台でヤマダとマモルの二人は戦いの行く末を見守っていた。
「ねえ博士。コレでイドル計画の第一段階が達成されるんだね?」
「私は認めないぞ。話が違う」
眉間にシワを寄せてヤマダはいつになく真面目なトーンで言う。ヤマダも想定してない事態に戸惑っていた。
「どうしてさ? 歩駆が“神の器”に相応しい“装者”に成るのには変わらないよ」
「こんなやり方じゃ歩駆少年が歪んでしまうんじゃないか?!」
「歪まないよ。その時は歩駆の歪みはボクが直すからね」
両手をニギニギさせてニヤリと笑うマモル。
「……女のやり方で……かい? 君は人では無いだろうに」
「試してみるのも良いかもね。人とイミテイターの間の子供が何になるのかをね?」
「虫酸が走るァ!」
気持ちが悪い、想像するだけで嫌な鳥肌が止まらない。
「博士も……興味あるでしょう?」
マモルはヤマダの右腕にギュッと抱き付く。小さいながらも柔らかな感触が腕に伝わる。ヤマダは即座に腕を振りほどき、感触があった部分をゴシゴシと擦る。好きでもない者にやられても苛つくだけだ。
「お前達の生態系などはどーうでもいい、全くと言っていいほど興味がなァい! 何より、私の専門では無いからなァ」
「でも、ボク達のお陰で今の博士の立場があるんでしょ? 感謝して欲しいんだけどなぁ」
肘でヤマダの脇腹をつつくマモル。
「それは別の奴で貴様ではないだろうに。ここまで来れたのは天才たる私の実力だァ! イミテイトの助言など踏み台でしかなかったがなァ?」
いつもの感じで仰々しくヤマダは叫んでみるが、何処かトーンが落ちている。それは自分を鼓舞し動揺を隠すためだ。
「そう……それじゃあね」
「どこへ行く少女」
「主人公を慰める準備しなくちゃ。ヒロインのお役目だからね?」
ダブルピースをしながら可愛らしくウインクをして、マモルは足取り軽く基地の中へと戻っていった。
「……俗物な宇宙人がッ」
残されたヤマダは薄暗い空を見上げ、これから起こる事について考えた。まだ計画の遂行には時期が早い。ここで《ゴーアルター》の真の力を目覚めさせるわけにはいかないのである。
「〈イマジナリーブレイク〉を使うんじゃないぞ、少年よ……」
最悪の事態はなるべくなら避けたいのだ。ヤマダは万が一の時に備えて準備に取りかかる。
そして、白い鉄の巨人は神へ至るために胎動を始めた。
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