第23話 四つ巴の戦い

『隊長、このままでは押しきられますよ!』

『何なんだこの黒ハリネズミみたいなのの強さは!』

 統連軍の二人は楯野ツルギの《尾張十式・改》に苦戦を強いられていた。距離を取っても小型ミサイルの雨に長距離ライフルの餌食になり、近付けば高電圧のロッドで機体の操作系統を狂わされる。攻撃から逃げ惑うだけで精一杯だ。


『何より厄介なのは青い奴との連携だ。急に来た黒ハリネズミと息がぴったり過ぎる……』

 それもそのはずだ。瑠璃とツルギは同じ元自衛隊に所属していた上官と部下の仲だ。もっとも、その頃の瑠璃はパイロットとして肩を並べて共闘していた訳ではないが、ツルギの戦闘パターンは誰よりも理解しているので合わせるぐらいは造作も無いことだ。


「月影瑠璃“元”隊長殿、シミュレーターで対戦した時より腕落ちてるんじゃ無いですか?」

「貴方こそ、いつものキレが無いわよ」

「後ろに人を乗せているからな。何よりオレは陸戦が専門だから」

 冗談を言って余裕を見せる瑠璃とツルギ。


「楯野さん、大丈夫なんですか?」

 後部座席の渚礼奈は不安げな声を上げた。


「この機体が落ちることは無い。勝つのはオレだ」

「そうじゃなくて、さっきの撃ち落としたロボットって人が乗ってたんですよね?」

「背中の羽をぶっ壊しただけだ。脱出はしているだろう」

 確実に中のパイロット狙いの攻撃だったが今は黙っておこう、とツルギは思った。


「民間人の君にはショッキングかも知れないが敵も確実にこちらを落とそうとしている。躊躇いはオレ達に危険が及ぶと言うのを忘れないでもらいたい」

 と、ツルギは言うが礼奈は納得が出来なかった。


(あーくん……君も人殺しをするようになったの?)

 そう思ってしまうと胸が苦しい。礼奈は絶対違うと心の底から願った。



 心の中のざわめきは増す一方だった。

 これは《ゴーアルター》の起こしている事なのか、それとも歩駆自信の“第六感”のせいなのか不思議な感覚だった。何か大きな事が起こる、そんな予感がしてならなかった。


「……来るか、模造獣」

 そして敵は予想通りやって来た。


『基地南方、深海からイミテイトの反応あり! 数は……3です。各機注意してください』

 IDEALのオペレーターが叫ぶと、海面から三つの透明な塊が勢いよく飛び出す。

 無色の大きなスライム状の物体の中に紅い結晶が一つ。これが《イミテイト》の素体である。

 三体の《イミテイト》は結晶を目の様にキョロキョロと動かし、周囲を観察した。

 まずは初めに“模造”する相手だ。なるべくなら強い奴が好ましい。緑色の二体(フィッシュティガー)は押されてて弱そうだから、目を付けたのはスピードが早い青色(瑠璃の戦人)と武器を沢山持つ黒色(ツルギの尾張)だ。

 しかし《イミテイト》は青色が放つ微弱な電波に“嫌な”気持ちになった。あれは自分が真似してはいけない物なのだと理解する。

 だが、それ以上に反対方向に居る白色(ゴーアルター)には深い嫌悪感を抱いた。何故だか分からないが本能的にあの白色が許せなかった。


──あの形を消してやる。

 こうして三体の《イミテイト》は《尾張十式・改》に模造を開始した。

 水の様な不定形が鋼鉄のマシンに変化していく。それまでに十秒も掛からなかった。



「糞がッ! またかよ、またオレの真似をしやがって! それしか能が無いのかよお前らッ!」

 ツルギは激昂した。統連軍との戦闘の真っ最中だが関係ない。忌々しい《模造獣》を全部倒すことの方を優先する事に決めた。機体を方向転換させて《模造獣》の方へと突っ込んでいく。


「ちょっ、楯野兵長待ちなさい! 今は」

「煩いぞッ!」

 瑠璃の静止も無視して完全に頭に血が上っている様だ。

 二対一では少しキツい状況なのに加えて瑠璃の《戦人》は弾薬も底を尽き欠けている。絶体絶命のピンチかと思われた。


『IDEALのパイロット……一時休戦と行こう』

「なんですって?」

 それは肩の赤い《フィッシュティガー》の隊長からの意外な提案だった。


『我々の任務……最終的はイミテイトを倒すためにある。だから、この場は奴等を倒すために共闘と行こう』

『本気なんです! いいんですか隊長!? こいつらは俺達の仲間を……』

 部下は激しく反感するが、隊長は冷静に諭す。


『それは分かっている。だがな、俺達の目的を忘れるな。俺達の本当の敵が誰なのかを考えろ』

『…………はい、わかりました。隊長に従います』

「ありがとう。感謝するわ」

 ほっと胸を撫で下ろし、瑠璃は感謝した。



 歩駆は敵の攻撃に備えて《ゴーアルター》に攻撃の構えをさせる。


「模造獣は人間じゃない。地球の平和を脅かす化け物なんだ。だから俺が全部やっつけてやるぞ!」

 自分の気持ちを高め、機体のエンジンである【ダイナムドライブ】にエネルギーを送る。コンソール画面に表示されたシステムのレベルが見る見る上昇していく。

 だが、突然機体に衝撃が走って集中が途切れてしまった。黒い機体が《ゴーアルター》の横腹に突進を仕掛けてきたのだ。


「模造獣?! 何時の間に一機増えた!?」

 その機体は《模造獣》が変身したSVではなく、その元である御本人──ツルギの《尾張十式・改》だった。


「なんだこいつ?! 模造獣じゃないってのかよ!?」

「邪魔をするんじゃあないぞ白い奴!」

 散弾モードのライフルを二発ほど放つ。装甲越しの衝撃にコクピットが揺れ、歩駆の頭はシェイクされるような感覚で一瞬だけ意識が飛んだ。

 続いてツルギは《十式・改模造獣》に目を向けた。こちらの攻撃を見て、即座に同じようにライフルを構えて見せる。全くムカつく野郎だ、と呟きながら《十式・改模造獣》に接近戦を仕掛ける。


「要はパクられる前になぁ、まだ見せてない武器ならばどうだ!」

 両肩に背負う大きな尖り。ただの飾りなどではない。腕を折り畳んで尖りを前に持ってこさせる。これが改良された〈ツイン・パイルランス〉だ。

 従来の物より大型化したのに加えて、両腕に装備することによって巨大な敵機をも易々と粉砕してみせるパワーを持っている。難点があるとすれば

真っ直ぐと直線的にしか攻撃出来ないと言うのがあるが、《尾張十式・改》のパワーとスピード、ツルギの操縦テクニックを要すれば補える事だった。


「まずは一機!」

 音速は出ているんではないかと思わせるほどの勢いで《十式・改模造獣》に当たりに行く。散弾ライフルを撃ってくるが《尾張十式・改》の起こす風圧で玉が逸れていく。そのせいで棒立ちしていた統連軍SVの《フィッシュティガー》に流れ弾が運悪くコクピットに直撃してしまったが《尾張十式・改》は《十式・改模造獣》をバラバラに砕く。どこにコアがあったか分からないぐらいに粉々に吹き飛んで、海の藻屑と消えていった。

 

『貴様ぁ、よくも部下を!』

 ただ一人、残された統連軍の隊長は捨て身の覚悟で《十式・模造獣》に飛びかかる。《フィッシュティガー》の矛、小型に改良された〈パイルスパイク〉の尖端が赤熱化すると敵に目掛けて振りかぶった。


『や……やったのか?』

 〈パイルスパイク〉は《十式・改模造獣》の頭部に突き刺さる、が停止まではいかない。頭に刺さったままの《十式・改模造獣》は本来なら切り外し不可の〈パイルランス〉を分離させて投擲の体勢を取り、『倍返しだ』と言わんばかりに力一杯投げ飛ばす。《フィッシュティガー》は慌てて回避しようと背を向けるが、大きく鋭いランスは右半身を拐っていく。コクピットが外に晒されているが、幸いパイロットは無事だがこれ以上の戦闘続行は不可能だった。


『くっ、エンジンをやられた。俺はここまでなのか……?』

「貴方は下がってください! ここは私が引き受けます!」

 瑠璃の《戦人》が両腕のライフルで弾幕を張り、近づけさせないように《フィッシュティガー》のカバーに入る。


「残り全弾も撃ち尽くす!」

 背部のマイクロミサイルも同時発射。吸い込まれるようにヒットしていくがコアの破壊までには至らない。凄まじくボロボロの状態になってはいるが《十式・改模造獣》は再生を始める。

 このままでは不味い、と思う瑠璃だったが《十式・改模造獣》の頭部に刺さる〈パイルスパイク〉に注目すると《戦人》を上昇させた。


「これで終わらせる」

 目標の真上でブーストを止める。そして落下しながら《戦人》は右足をピンと突きだした。落ちる《戦人》はジャストの位置で《十式・改模造獣》の〈パイルスパイク〉の柄を踏みつける。


「この、通りなさい……通れぇッ!」

 〈パイルスパイク〉は中へと思いっきり押し込まれて弱点のコアを破壊、《十式・改模造獣》は真っ二つに割かれた。

 その様子を見ていた統連軍の隊長は圧倒されていた。


『女パイロット、恩に着るぞ…………アソシエイト、これより帰投する』

 爆発はしていないようだが機体の残り少ないエネルギーで戦艦に帰れるかどうか不安である。部下を失い、敵に助けられる悔しさもあったが今は生き残る事を考え、弔いは必ずすると胸に誓う隊長だった。


 

 一方の歩駆はまだ意識が朦朧としていた。

 景色がぼやっとして頭はまだボーッとするが、顔面を強く二回叩いて何とか無理矢理でも正気に戻す。

「俺だって、ずっと見ている訳にはいかないんだ!」

 自分にだって見せ場が欲しいと欲を掻く歩駆だったが現実はそうもいかない。

 敵の成長速度は早い。手数を見せれば直ぐに覚えて戦闘に反映する厄介な相手だ。この《ゴーアルター》と言う機体、意外にも内蔵武器と言うものが少ない。基本的にはダイナムドライブから発生させる〈フォトンフラッシュ〉を応用した攻撃方法以外には腕を飛ばす〈マニューバ・フィスト〉と、使ってはいけない禁断の必殺兵器である〈グラヴィティミサイル〉の二つだけだ。

 ヤマダに聞いたところによると現在、専用武器を開発中との事らしいのだ。

 だから、今は如何にして〈フォトンフラッシュ〉で工夫した戦いを出来るかが試される。


「動きのスピードが増していく……当たらないか」

 こちらが放つフォトンの光線を《十式・改模造獣》は易々と避けるのに加えて長距離の散弾ライフルを次々と撃ってくる。スピードの劣る《ゴーアルター》は〈フォトンバリア〉を張って凌ぐ。

 防戦一方だったが歩駆はある事を閃いた。


「そっちがそう来るなら考えがある!」

 何も敵が真似をするからといえ、自分も敵の真似をしてはいけないと言うルールは無いのだ。コピーは《模造獣》の専売特許ではない。こちらも逃げられない様に攻撃で敵を包囲してしまえば良い話なのだ。

 バリアを解除し《ゴーアルター》は高速で一時後退する。ある程度の距離を取ったらフォトンのエネルギーを五本の指先、一本一本に集中させ溜めていく。


「こっちも散弾のフォトンフラッシュならッ!」

 追いかけてきた《十式・改模造獣》に両手を向けて指に溜めたフォトンのエネルギーを細かい弾にして断続的に連続発射。ばら撒かれるフォトン弾は《十式・改模造獣》のボディ全体に小さな穴を開けた。堪らず避けようと移動するも広範囲に散った光の粒からは逃げられず、どこに行っても装甲を徐々に削っていく。


「そのまま……」

 敵を正面に移動させるべく指の向きを調節する。それは次第に《ゴーアルター》の手が“花”を作るような形になって《十式・改模造獣》は中心の安全地帯のトンネルに誘導させられた。


「ぶっち切れろォォォーッ!」

 連続フォトン弾を発射したままで手を組む。フォトン弾が左右から交差して中心の《十式・改模造獣》は玉子のスライサーの様に幾層にも分断される。

 三体全ての《模造獣》は倒された。

 

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