第22話 ブラックイン・ブラックアウト

「見えてきたぞ、あれがIDEALか」

「あそこの島みたいなビル……ビルの島? そこに歩駆がいるんですね」

 漆黒のSV(サーヴァント)《尾張十式・改》は目標地点に向けて速度を増していく。正直、元軍人であるツルギですら加速にかかる重力をキツく感じているのに後部座席の少女、渚礼奈は平然と話しかけてくる。見た目はどこにでもいる女の子にしか見えないが一体どういう事なのだ、とツルギは不思議に思った。


「どうやら取り込み中らしいな」

 IDEALの島側に赤いSVと白くて大型のSVの二機。その反対、戦艦側では三機の同じ緑色をしたSVが細い青のSVが交戦している。


「多勢に無勢だな……にしても何故助けない。あっちの戦艦のは統連軍の機体か」

「どうするんです?」

「奴等は邪魔だ。青い方に加勢する」

 機体の方向を転換する。《尾張十式・改》は両者の戦闘に介入した。

 まずは敵機をこちらに引き付ける。《尾張十式・改》は脚部のウェポンラックから狙撃用のロングライフルを取り出した。敵はまだこちらに気付いてはいないので今がチャンスである。ツルギはコクピットのモニターを狙撃モードに切り替え、息を殺して慎重にトリガーを握る。


「動きの遅いのが居る、先ずはお前からだ」

 青のSVの回りをノロノロと飛び回っている一機の緑のSV。その機体に狙いを定めた。


「ファイア」

 銃身の長いライフルから弾丸が発射される。超高速で撃ち出された弾は、風の影響を受けつつも目標に向かって真っ直ぐ飛んでいった。

 着弾。本当はコクピットを狙ったつもりだったが、敵機が横に向いた為に当たったのは背部の飛行ユニットだった。翼をやられた緑のSVはバランスを崩して海へと墜落していった。



 味方をやられた統連軍と、役立たず男性陣からの援護でないと気付いた瑠璃は一様にその方向を注目する。


「誰?! その機体、トヨトミのロゴマークって……」

 近づいてきた黒いSV、《尾張十式・改》は《戦人(イクサウド)》の肩に手を置いて間近に接触する。


「あなた誰なの?」

「その声は月影隊長か? 何故SVに乗れているんだ?」

「もしかして楯野兵長なの? まさか生きていたなんて」

 まさかの人物に瑠璃は驚いた。てっきり自分以外、出撃した隊の人間は全滅したものだとばかり思っていたのだ。


「あぁ、オレにはやることがあるからな」

「瑠璃さん! 瑠璃さんですよね!?」

「えぇ?! 礼奈ちゃんまで、あなたは何でそんな所に居るの?」

 更に予想もしなかった声が聞こえてきたので瑠璃は耳を疑う。

 

「歩駆を連れ戻しに来たんです! 歩駆は戦争をしてるんですか? 彼はそんな事が出来るような人じゃないんですよ! あーくんは」

 礼奈か悠長に話していると同時に一機の《フィッシュティガー》の脚部からグレネード弾が飛んできた。《尾張十式・改》は《戦人》を突き飛ばし、袖から取り出したリボルバー式の対アーマーマグナムでグレネード弾を撃ち落とす。


「お喋りは後にするぞ。今は奴等をどうにかしないとなば」

「瑠璃さん、暗いの怖いの直ったの?」

「コクピットは前後、左右、上下が全てモニターなのよ。閉所恐怖症は克服したわ!」

「そうか」

 実際は瑠璃は全く克服はしていない付け焼き刃状態なのだ、と言うことをツルギは一瞬で見抜く。それはツルギにとって好都合な情報だったのだ。



『ど、どうします隊長? これは厳しいですよ?!』

『奴等、予想以上だ。アンタの作戦だよな艦長! どうするんだ、これ以上は部下を失う訳にはいかないんだぞ!』

 《フィッシュティガー》隊長はテイラーを煽る。だが、テイラーは冷静な様だった。足を組んで堂々と眼前の敵地を見据えている。


『こういう時の為にユングフラウが動いているんだ。もう少しだけ時間を稼いでくれ』

 正直言えばテイラーも内心は動揺している。だが、諦める訳にはいかないのだ。

 テイラーには使命がある。20年前、父が作戦に参加した南極でのイミテイトとの戦い、通称“模造事変”の真実を暴く。その為にテイラーは軍人になった。

(あの少女、セイル・ニジウラは表舞台から忽然と姿を消した歌姫アイル・ニジウラと関係がある。その鍵を握るのがユングフラウ……この三人の共通点を調べなければ)




 部屋で宿題のプリントをやっていたセイルは突然、窓にシャッターが勝手に降りたのに驚いて飛び退いた。さらに、けたたましいアラーム音が部屋中に響き渡るので宿題どころではなくなった。

 一体これは何事かと思いセイルは部屋を出ようとドアに手をかけるが、ロックもしてないのにドアはびくともしない。


「ナニコレ? 外側から? もしもーし! だれかぁ!」

 返事はない。どうやら閉じ込められてしまったようだ。


「まさか……」

 考えられる事は一つだけだった。


「ドッキリ!」

 そうに決まっている間違いない、そう確信したセイルは何処かにカメラが無いか棚や机、クローゼットなど怪しい所を隈無く探し始める。だが、あらゆる隙間を探さども、それらしい物は一向に見つからない。


「そりゃそうね、軍隊の基地だもんね」

 軍隊出身のアイドル、通称“軍ドル”も珍しくはない。そんな軍ドルだけを集めたユニットで〈軍人コレクション〉とか〈JET(ジエータイ)47〉なるアイドルも存在している。

 スポンサーであるIDEALにならってセイルもユニットに入れてもらおうか、とマネージャーから持ち掛けられた事もあったが「セイルはナンバーワンが良いの! 一山幾らで群れを為すアイドル何かにはなりたくない!」と言って断ったのだ。


『セリヌンティウスちゃん!』

「セイルっ! 最早、原型が無いねっ!?」

 どうだ芸人仕込みの速攻ツッコミは、と言った感じのドヤ顔を決めるセイル。キョトンとする壁の通信用小型モニターに映る時任久音司令代理。


『そんなことより……』

「そんなことっ?!」

『よく聞いて、今ちょっと敵が現れてアナタを狙っているの。皆が出撃してどうにかしているけど、しばらくの間は部屋にロックを掛けるから絶対に……絶対に部屋から出てはダメよ? いいわね』

 久音から唐突に命令されるとブツリ、と画面が真っ黒に変わる。横のスイッチを押してみても何も反応しない。


「これは……待機してる間に何か来るパターンの奴ですよ」

 ドッキリ番組に仕掛人として大人を騙す役を何度かやったことはあるけど掛けられる側は初めてだった。これで自分も本格的に芸能人の仲間入りだな、と瑠璃が思ったその時だった。

 バタン、と大きな音が何処からか響いた。その後もガタガタと鉄の何かを揺らしている音が聞こえる。方向的にシャワー室かトイレのどちらから鳴っていた。


「……誰?」

 恐る恐る声を掛けてみる。開いたのはトイレのドアだった。中から出てきたのは全身黒ずくめで“羽と剣”のマークが付いたパイロットスーツを着た謎の人物。


「お前がセイル・ニジウラだな?」

 顔はヘルメットで覆い被され分からないが、何より驚いたのはセイルとほぼ変わらない背丈だと言うこと。ブーツで多少なりはこの人物の方が背は大きいが、軍人にしては体型が華奢すぎる。

 チラリとトイレの中を見てみると、天井の排気口が外されている。この小柄だからこそ何処かからダクトに入り込み、ここまで来れたのだろう。


「その顔は何だ?」

「はい?」

 拳銃を腰のホルダーから取り出し、ヘルメット越しのくぐもった声で黒ずくめはイライラした調子で言った。


「何故、その顔だと言っている。ふざけているのか」

「何でってアイドルに向かってそれは何よ!」

 馬鹿にされたと思いセイルは顔を真っ赤にして怒った。黒ずくめは首を傾げて困惑する。


「どう言うことだ。テイラーの言っていた真実とはこの事なのか」

「だから何なの、さっきからわけのわからないこと。アナタは仕掛人じゃ無いの?」

「仕掛? 何の事だ?」


「とぼけても無駄よ。そりゃあねぇ、こんなのリアリティ有りすぎて逆にわかりやす…あっ、しまった。こう言うときは知ってても知らないふりしてやるのがプロだぁ! 今の無し! 無しだからね? ……うん、キャーコワーイ!」

 仕切り直しと言わんばかりに、大袈裟に怖がって見せる。ちなみにセイルは演技の仕事をしたことは一度しかない。


「よく、わからない。だが、抵抗するなら……」

 黒ずくめは再び拳銃をセイルの肩に突き付ける。


「はい、わかりました。この通りです。命だけはお助けを!」

「……まあいい、扉を爆破する下がっていろ」

 黒ずくめの言う通りにセイルはベッドの影に隠れ、枕で頭を防御する。

 しばらくしてドン、と大きな破裂音。部屋から漂う焦げ臭い匂いに思わず咳き込んだ。


「開いた、いくぞ」

「もっと派手に壊すのかと思った。ロックの所だけなのね……」




 統連軍対瑠璃と謎の黒いSVの二対二を戦いを遠巻きに眺める《ゴーアルター》の歩駆と《戦人》のハイジ。

 自分達が如何に情けないかを思い知った。

 初めから実戦での対人、対SVに馴れてはいない歩駆はともかくとして、ハイジの方はもうどうしようもない。

 ハイジからすれば実機を使った演習は危険あるものの命の取り合いじゃないし、遊び感覚だと思っている。遊びだからこそ本気で狙える、と言う理屈で乗っていた。模造獣との戦闘もそうで、人間ではないものだから、動く的であるから、と思って戦っている。

 では、ハイジが何に恐れているかと言えば『見えない相手を殺す』と言うことだ。

 もし相手が自分が知っている親しい人間であったら、と思ってしまうと途端に戦意を喪失してしまう。

 普通のパイロットをやっている軍人はその逆で『相手を知らないから殺せる』と言う思考で戦う。相手の知ってしまえば戦い辛くなってしまうからだ。

 だが、ハイジはそれが出来なくなってしまった。

 他人が戦闘をしている分にはいいが、自分が手を下してしまうのが嫌なのだ。軍人として最低なのはハイジも分かっている。

 しかし、軍を止めないのは彼女、ユリーシアに対しての罪滅ぼしなのかも知れない。


『ハイジ君、アルク君、基地内に侵入者よ! セイルちゃんが連れ去られたわ! 今すぐ戻ってきて!』

 IDEALからの通信、久音が額に汗を流しながら悲痛に叫んだ。


「おいおい、奴等だけじゃなかったのかよ」

「分かった、ゴーアルターが今から……」

 歩駆は戻る、と言いかけた瞬間に何かを感じ取った。それは《ゴーアルター》を通して、海の底から奴等が来る事を警告している。


「来る。敵が来る」

 いつもと違う感覚があった。海底の奥底から放たれる異質なプレッシャーで全身に鳥肌が立つ。


「敵? レーダーには何も映っていないぞ」

「ハイジさんは行ってください。奴等は自分の、ゴーアルターがやります」

「何だか分からないが気を付けろよ」

 ハイジはこの場を歩駆達に任せて一人、《戦人》をIDEALへと帰投させた。



 数分後、格納庫へ戻ってきたハイジは機体を降りて、待っていた基地の職員に賊がどの辺りに逃げこんだのか説明を聞き、通信用のヘッドセット受け取る。


「こちらで誘導します。セイルちゃんを絶対取り戻して下さい」

 軽く敬礼をしてハイジは目的の場所へと向かった。


「ん」

 前にもこんな事があったな、と基地内を駆けながらハイジは思った。

 既視感、デジャビュ。

 そう、あの時ハイジが軍人としての素質を失った日の再現の様だった。


 ──俺の早打ちに勝てる奴はいない! なぁヘイタ、どっちが逃げた奴を倒せるか勝負といこうぜ。俺が勝つに決まってるけど。


 もうそろそろ誘拐犯を鉢合わせる頃合いだ。イヤホンから流れる誘導に従いながら何度も曲がり角をジグザグに進んでいく。


 ──重要な機密文書らしいからな。俺らも目を通しただけであの世行きレベルのもんを盗み出したってな。ソイツはメチャ生かして置けんよな。


 長い廊下をひた走る。すると、奥の方で何者かに手を引かれて走るセイルを発見する。目標はすぐ目の前だ。足音を極力立てず慎重に気付かれないように素早く近付く。


 ──あの世で懺悔するんだな。言い訳は地獄でしろ。

「抵抗するな、命の保証はしてやる!」

 タイミングを伺い飛び出したハイジは、背を向ける犯人の背に拳銃を突きつける。


「……何だよ。何でなんだよ」

 突如、ハイジの目から涙が溢れ落ちる。忘れるはずもない、全く同じなのだ。


「黒のスーツに“翼と剣”の紋章……」

 拳銃が手から滑り落ちる。駄目だコイツはやれない、と確信する。

 それが隙となって犯人に攻撃を許してしまった。

 乾いた音が二回、廊下に響き渡る。

 実際には一瞬の出来事だが、ハイジは床に倒れるまでの時間が何十秒も長くゆっくり感じる。

 続いてセイルの悲鳴声。音がぼやっとしていてはっきりとは聞き取れない。


「俺の、ピストルには……弾丸なんて、はなっから入って……無かったんだよ……あの時からな」

 胸が熱いが廊下のひんやりとした床が心地いい。

 遠くの方で何人もの走る足音が聞こえてくる。悲鳴の声に気付いたんだろう。犯人とセイルは既に何処かへ行ってしまった。

 猛烈に睡魔の様なものに襲われる。これが死なのだろうか。


「罰が当たったんだ、許してくれ……ユリ……シ」

 謝罪の言葉を述べ、ハイジの視界は黒一色に染まった。


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