第21話 海上防衛戦

 統合連合軍最新鋭戦艦、 《アソシエイト》から五機のSV(サーヴァント)が発進した。

 その機体は《尾張七式》をベースとしていて、海外向けにローカライズされた改良機である。

 コードネームは《尾張シリーズ》を開発した土地の有名な動物である“鯱(シャチホコ)”から取って《フィッシュティガー》と名付けた。

 空中戦を得意としていて、元々の《尾張七式》と比べると大幅に軽量化、デザインの合理化により全くの別機体と言っていい程に細く、スタイリッシュな印象を受ける。


『アルファリーダーより各機へ、向かってくる敵は撃墜しても構わない。だが白とピンク色の《exSV》が出てきたのなら、そいつはなるべく傷を付けずに鹵獲しろと上からの命令だ』

 三角形の様な形で編隊を組んで飛行する《フィッシュティガー》の先頭、両肩を真っ赤に塗っている隊長機が隊員達に指示を出した。


『隊長! 基地への攻撃は?』

『あそこは《イミテイト》と戦うために今後、利用価値が出てくる。防衛システムの無力化だけに止めておけ』

『白いSV……資料を見ましたけど、あんな強大な力を隠していたなんて日本って国は本当に非戦争国家なんですかね?』

『表向きは地球防衛の要なんて言ってますけど、それを何でこの国だけで独占してるんですか』

『そりゃあロボット大国なんて言われてるからな。俺達のSVだって元は日本製だし』

『アメリカは“人間が乗るロボット”って概念が無いからなぁ。俺、普通に戦闘機乗りになりたかったわ……。飛行に特化したSVって言ったってFと比べたらウサギとカメぐらい遅いんだもん』

『無駄口を叩く暇があったら敵を叩くんだな……』

 編隊を組む五機のSVは高度を下げて海面の上スレスレを飛んでいく。こうする事によりレーダーに察知されにくくなり、基地からの攻撃を受けなくする為だ。

 時折、《フィッシュティガー》の鋭利な爪先が海に触れて激しく水飛沫が起こる。 そこを通った後には小さな虹が出来ていた。


『もうすぐだ! 全機、散開!』

『『『『了解!』』』』




 ハイジの手は震えていた。

 自分がトリガーハッピーだと言う事は十分知っている。

 そのせいで愛する人間を失い、軍人としての素質を無くしてしまった。

 撃ったのは間違いだからではないのだ。むしろ、任務を全うしたのだから誉められるべきことだ。

 だけど、ハイジは納得できない。何も聞いていないからだ。

 何故、自分を裏切ったのか。どうして、そんなことをしたのか。

 あんなにも愛し合っていたというのに……。

 それが心残りであり、何もかもが信じられなくなった。



「…………ハイジ……ハイジ・アーデルハイド!」

「んっ! な、何だ瑠璃?」

「後がつっかえてるんだから。早く出なさいよ!」

「だあ~すまない…………ハイジ・アーデルハイド、《戦人1号機》出るぞ!」

 基地外壁のゲートが開く。地下格納庫から外へと続くカタパルトにか乗り赤いSVが勢いよく上空へと打ち出される。続いて瑠璃の青い《2号機》も出撃。飛行形態で近づき、こちらから敵を迎え撃つ作戦だ。


「ねえ、さっきから変よ? どうしたの?」

 後ろを飛ぶ《2号機》から心配そうな瑠璃の声。


「何もない。威嚇でいいんだ撃墜はさせるなよ?」

「わかってるわよ……でも良いの? 統連軍本部からの命令を無視するなんてこと」

「俺達の上はIDEALだ。その親会社が何て言ってようとウチの社長の命令を聞くのが社員だ」

 無茶苦茶な事をハイジは言っていた。


「そんな事をやっても、下手して潰れちゃったら意味が無いでしょう」

「IDEAL(ウチ)にはIDEAL(ウチ)のやり方がある……来るぞ」

 二機の《フィッシュティガー》が先行す?、右手に装着されたガトリングガンでハイジと瑠璃の《戦人》の両サイドに位置取りながらバラ撒く。それをハイジ機は上空へ、瑠璃機は下方に移動して回避する。


「向こうは本気で撃ってくるのね……。手加減は出来ないかも」

 隊長機を含めた残りの《フィッシュティガー》三機が瑠璃の《戦人》を追随しながら、翼部の左右に装備された二連装の小型ミサイル、合計で12発分を発射した。

 敵にロックされた事を知らせるけたたましい警告音が鳴り響く。

 360度フルスクリーンモニターのコクピットで瑠璃はチラリとだけ後ろを確認すると、機体を勢いよく加速させミサイルから距離を取る。

 急速旋回する《戦人》。瑠璃は向かってくる敵のミサイルを今度はこちらのミサイルでロックする。

 《戦人》のミサイルの方が小型だが数も多い。背部のブースターユニットから一斉に吐き出した。

 ミサイル達は《フィッシュティガー》と《戦人》の中間ぐらいの位置で連鎖的に爆発していった。


「くっ! 数じゃ向こうが……ハイジさん?」

 ハイジ機の回りグルグルと移動しながら素手での格闘戦をやる《フィッシュティガー》だが、《戦人》は防ぎつつも敵にライフルを構える真似だけはするが撃とうとする気配しなかった。


「何してるの?! 何で攻撃をしないの!?」

「う、うるさないなぁ! 手加減をしてやってるだけだ」

 嘘だった。これならば《模造獣》と戦っているの方がずっとマシだ、とハイジは心の中で呟く。まさか、ここまで自分がやれなくなっているとは思わなかった。


(コクピットは外す……それだけだっての!)

 狙いは定まっている。だが、いざ敵を狙ってみるとトリガーを指が引こうとしない。石のようにカチカチになったように感じる。


(新兵かよ俺は! ペイント弾じゃねえ、実弾だっての)

 などと葛藤しているが、その戸惑いがハイジに隙を生んだ。


「なっ……しまった!!」

 背後を取られるハイジ機。万事休すかと思われたがしかし、目映い一条の光が《フィッシュティガー》の上半身を包み込んだ。


「ハイジさん…………俺やっちゃったよッ!? 押さえて撃ったつもりだったのに!」

 《ゴーアルター》の能力で敵パイロットの位置、命の場所は分かるからそこ避ければいい。と、歩駆は自分なら上手くやれると狙い撃ったつもりだったが、その気負いが逆に〈ダイナムドライブ〉に力を与えてしまって、放たれたフォトンは予想よりも大きかった。


「《アームドウェア》が壊れてなきゃ……素の《ゴーアルター》じゃSV相手だと強すぎる……!」

 前回の戦闘で《ゴーアルター》の能力を押さえる役割を果たしていた拘束具である《アームドウェア》は修理中だった。歩駆に取っては邪魔な鎧でしかないはずだったが逆に今回は裏目に出た。


「うあぁ来るなっ!!」

 味方を墜とされ逆上した《フィッシュティガー》は長い棒を二取り出す。それを繋げると、クチバシの様な細い尖端のスリットから青白い光が伸びる。ビームの矛だ。


(来る……殺される、殺しに来る!)

 敵機の中のパイロットが見える。その形相は怒りに満ち溢れていた。歩駆はこれまで他人から向けられた事の無い感情に恐怖した。だが、ここで怯え見す見すやられる訳にもいかない。


「向かってくるなよ! やられたいのか!?」

 《フィッシュティガー》が突撃してきた。《ダイナムドライブ》のレベルは3を越えている。《ゴーアルター》は両腕にフォトンの光を纏わせて飛ばした。

 左のフォトンフィストはビーム矛をビームごと掴んでへし折る。その次に右のフォトンフィストは柄を握る《フィッシュティガー》の両手をまとめて掴み、もぎる様に握り潰した。


「腕は壊したぞ! 戦えないだろ、さっさと帰れよ!」

 だが、中のバイロットは戦意喪失などしてはいなかった。背部ブースターを点火させると、《ゴーアルター》の横を猛スピードで通りすぎる。


「お、おいアンタ! 逃げるなら後ろだろッ!」

 向かう先は歩駆達が来た方向、すなわちIDEALだ。


「あのSV基地に突っ込む気だぞ!」

 特攻。パイロットはこの《フィッシュティガー》を基地にぶつけて自爆するつもりなのだ。

 歩駆はもう一度マニューバ・フィストを敵機に目掛けて飛ばしてみる。が、加速した《フィッシュティガー》の速度に追い付けなかった。撃墜させて止めるなら、ここからフォトンフラッシュを撃てば済む事。だが、戦場で人間を殺す、と言う行為を歩駆はまた受け入れられない。


「………………く、くそっ!」

「させない!」

 飛び出したのは瑠璃の《戦人》だ。海面から無茶な加速をして上昇、三機の敵の攻撃を退けてつつ、歩駆の尻拭いをしに向かってきたのだ。《ゴーアルター》の真上をすり抜けて、ボロボロになった《フィッシュティガー》の真後ろに着くと、二丁のライフルを取り出して目標に向かって連射する。正確に放たれた弾丸は機体の中心、コクピットブロックを目掛けて真っ直ぐ撃ち貫いた。中の操縦者を失った《フィッシュティガー》は爆発も起こさずに海へと落下していった。


「男二人! やる気が無いのなら後方に下がっててちょうだい! 邪魔!」

 瑠璃の怒声が響く。その言葉を受けた歩駆とハイジは何も言い返せなかった。



『どうします隊長!? ビリーとスティーヴがやられた!』

『慌てるなっ! どうやら《exSV》と《赤いSV》は攻撃出来ないようだ』

 ハイジ、歩駆の両機はゆっくりと後ろに下がっていく。瑠璃の《戦人》だけは交戦の構えを解かない。


『全機、狙うのは《青いSV》だ。こいつに攻撃を集中しろ!』

『『了解!』』




 司令室。全員、固唾を飲んで戦闘を見守っていたが、天涯は冷めきったコーヒーを飲み干して立ち上がった。

「……後は任せる」

「司令? どちらへ」

 オペレータの問いかけに答えず天涯は黙って退室した。その数秒後、入れ替わりで時任が現れて司令の席に座り始める。


「はい! 不肖、時任久音が今から司令代理を一生懸命に勤めさせていただきます!」

 ノー天気な宣言にオーペレーター達は態度には出さないものの、頭が痛くなる思いだった


「別方向から未確認機がこちらへ向かって来ています。このサイズはSVです。統連軍の信号でもない……て言うか一機?! 高速で接近中!」

「映像出ます!」

 写し出されたのは真っ黒のSVだった。全身をゴテゴテに武装して、かなり重装甲に見えるが物凄い速度が出ている。


「肩の……トヨトミインダストリーのマーク? アレってもしかして製造中止にしたはずの《尾張十式》なんじゃ? でも、なんか改造されてる? それとも《模造獣》の変異型?」

 それは新たな驚異を予感させる物だった。

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