第20話 衝突するIDEAL

 2035年、九月二日。


 夏が終わり暦の上では秋になったがまだまだ暑い日は続いている。

 ここは周囲を海に囲まれた人工の島に設立されている模造獣対策組織IDEALの基地。

 敷地面積は東京ドームがおよそ五つ分の大きさでいくつかのエリアに別れている。

 SVの生産工場や演習場、農園にレジャー施設など様々あり、見ているだけでも楽しい基地であったが、歩駆たちは外周を朝からずっとランニングしていた。

 景色は海と一面ひたすら灰色の壁しか見えない。


「やっと……ふぅ……やっと七周ね」

「……ゼー……ハー…………あと、何周っすかハイジさん?」

 息も絶え絶えになりながら歩駆は言った。膝が笑ってプルプルと震えている。


「そうだな、あと三周って所だ! 十はやるぞ、十だ!」

「いやいやいやいやいや、もう……無理! ギブアーップ!!」

「頑張りなさい真道君。男の子でしょう!?」

 最近は鍛えているものの基礎体力のない歩駆は限界を通り過ぎていた。

 そんな歩駆を尻目にハイジはペースアップし先へ進んでいく。

 まだ少しだけ余裕がある瑠璃は、歩駆が逃げ出さないように後ろから背中を押すように走っている。


「だぁ駄目だ! …………て言うかさぁ、あのセイルって子は走らせなくていいんですか!? ズルいぞアイツだけぇ!」

 辛抱たまらずアスファルトの地面にバタンと倒れると、歩駆は愚痴をこぼした。それだけの元気はあるらしい。


「彼女は仕事ばかりで休みがないから良いのよ」

 長期休暇中のセイルは、仕事の鬱憤を晴らすために朝から晩まで遊び回っている。そんな、セイルを歩駆は指をくわえて見ながら今日もトレーニングの毎日だった。


「それに彼女の機体、あのSVは操縦担当とドライブ制御で二人必要なんだけど、《ハレルヤ》のドライブは発動させてしまうと操縦担当者が影響を受けてしまって、まともに動かせないらしいの」

「欠陥なのか? でも、あれ〈ダイナムドライブ〉使った後も動いてたんだろ?」

「操縦と制御は同時に出来ないみたいだし、彼女の言う日焼けの子は誰なのかしら……」

「日焼けと言えば、マモルはどこに言ったんだ? 最近、全然見ないな。家に帰ったのか?」

「おい、お前ら! 喋ってる暇があったら走れ!」

 中々追ってこない二人を見かねてハイジが戻ってきた。汗だくになってはいるが全く呼吸に乱れはない。

 この体力バカ、と心の中で思う歩駆と瑠璃だった。




「レーダーに反応、こちらへ高速で接近する艦が一隻有り。識別は地球統合連合軍です」

 オペレーターが告げると司令室に緊張が走った。年に一度だけ、基地の監察官が視察にやって来るのだが今日はその日ではない。

 司令席にどっしりと座る天涯は腕を組み、黙って遠くを見つめる。


「データ照合……該当は何処にもありません。新造された戦艦なんですかねぇ?」

「向こうから通信入ってますが、どうしますか?」

「……繋げろ」

 司令席の前面、大型スクリーンに金髪の若い青年軍人が写し出された。

 白い制服を着ている事から彼が佐官クラスの偉い立場に居る人間だと分かる。


『私は地球統合連合軍第四番艦隊所属、戦艦アソシエイト艦長ジャスティン・テイラーである』

 座席から立ち上がり、爽やかな顔で優雅にお辞儀をして見せた。


「……“統連軍”が何の用なんだ? 定期の監察に来たのではないようだが」

 画面の若者を鬱陶しそうに睨み付けて天涯は言った。その迫力に圧倒されそうになるテイラーだったが負けじと睨み返す。


『先日、日本で行われた《イミテイト》との戦闘で民間の組織に所属する機体が戦った、との報告があった』

「……それで?」

『その機体、IDEALで建造したモノらしいな』

「我々は対模造獣の為に組織された。その機体はデモンストレーションの為に作られた新型だ」

『“新型”ねえ……』

 天涯の言葉にテイラーの髪と同じ金色の眉が微かに動いた。


『アイドルにパイロットをやらせる事によって軍に志願する若者が増える、そういうプロモーションを兼ねているものだと、そういう魂胆の計画なので?』

「……さあな。部下の考えたプロジェクトだ。真意はわからない」

『単刀直入に言わせてもらう。そのアイドルと《荒邪》の後継機をこちらに渡して貰いたい』

「断る。彼女は客人だ。SVも渡すことは出来ない」

 即答する天涯。二人のやり取りにオペレータ達は固唾を飲んで見守った。


『数十年ぶりに活動を開始した《イミテイト》の殲滅するために、我々としては色々と戦闘のデータが欲しい。出来れば《GA01》とか言う新型機も接収させていただきたい』

「……IDEALは《イミテイト》に関する問題は特別な権限で独自に動いている。それとも、それは“天草大将”の指示か?」

『統連軍全体としての要望、いや命令だ。だから全て引き渡して貰おうか?』

「……嫌だと言ったら?」

『力ずくでも……』

 両者の間に緊張が走った。そして、


「…………わかった、基地の防衛システムを起動」

「えぇ!? 司令、本気ですか?!」

 無表情でとんでもない事を言い出す司令に、オペレーター達は驚愕して背後を振り向く。天涯は本気であった。


「《GA01》を奴等に渡すわけにはいかない。例え、それが上からの命令でもだ」

『抵抗するか。なるべくこちらも穏便に行きたいところだったが仕方がないな……交渉決裂だ!』

 一触即発、ブツリと通信が途切れる。

 最悪の自体に司令室が静まり返っていた。


「…………パイロット達を出撃させろ」

「《ゴーアルター》は出すんですか? 相手は人間なんですよ?」

「……無論だ。良い経験になる」




 流れた汗をシャワーで流す時間もなく、パイロットスーツに着替えた三人は格納庫へとひた走る。

「クソ疲れてるのに出撃? 何処に模造獣が出たんスか?」

「いや、模造獣じゃない。相手は……人、軍だ」

「軍? 軍って軍隊? 統合連合軍が?」

「奴さんの目的は虹浦セイルと《ハレルヤ》、そして《色無し(ゴーアルター)》だ。司令が引き渡しを拒否したらしいから、向こうさんが強行手段に打って出るみたいだな」

「あの…………俺は?」

 違和感を感じて歩駆はハイジに聞き返す。


「ん……何が?」

「だから《ハレルヤ》《ゴーアルター》と来て、パイロットのアイドルの子と…………俺は?」

「いいや、お前の名前は出てきてない」

 リノリウムの床に歩駆は派手にズッコケた。目からは一筋の涙がこぼれ落ちる。知られてないのは幸か不幸か、と言われれば幸ではあるが納得がいかなかった。


「でも、どうして急に“統連”が?」

 と、ヘルメットをバイザー部分に腕を通しながら長い髪を束ねる瑠璃。


「日本以外でも《模造獣》の動きが活発になってきている。奴等に対抗するには力が必要なのさ」

「じゃったらIDEALに討伐任務でも何でも依頼すればいい問題じゃないんスかハイジさん」

「俺が知るはずもないだろう。変態博士を売り飛ばして、外でSV開発させて済むならそうしたいがな」

 地下室では作業をしていたヤマダは豪快にクシャミをする。

 天才の自分を凡人がしっとしているんだろうな、と勝手に思いどこか誇らしげだった。


「そもそも“統連軍”はIDEALに対して──設立当初は知らないが、我関せずをずっとしてきたんだ。俺も初めてココに来た時は、人生終わったと少し思ったが……」

「て言うか俺、人が乗ってるSV相手にするなんて訓練以外じゃ経験ないっスよ? 向こうがどういう風に来るのか知らないけど万が一、当たり所が悪くて……」

 歩駆の言葉を遮るように何処からかドーン、と言う何かが爆発する様な音が何度も繰り返して響いてきた。その振動が基地の中まで伝わり、足元がふらつく。


「どうやら、もう攻撃は始まった見たいね」

「腹くくれよ。別に殺せと言ってるわけじゃないからな。俺だって人を相手にするのは……な、嫌だ」

 俯き悲しい顔を見せるハイジを瑠璃は見逃さなかった。

 一方で歩駆は不安で一杯だった。

 演習やシミュレータで対人戦をやるのとは訳が違う。敵を確実に倒すことを考える模造獣戦しかやった事のない歩駆にとって、中のパイロットを傷付けずを無力化するなどと言う高等なテクニックは習ってはいないのだ。


「実際、出来るもんなのか? 不殺って」

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