第四章 統連軍、動く!

第19話 侵攻準備

 2015年。

 南極の戦いから一週間後の二月二十八日。


 豊臣重工は日本で三本の指に入るほどの有名自動車メーカーだった。

 だが、それも過去の話となる。

 今まさに日本の機械産業に新たな革命が起きようとしていた。


「おい、山田! 山田嵐! ちょっと待ちたまえ!」

 ハゲ頭で太った社長、織田虎鷹は血相かいてその男を呼び止めた。


「君! 一体どういう事なんだね?」

「…………ハテ? どういう、とはどういう事ですか? 主語が無いからわかりませんなァ社長」

 スーツの上から白衣を着ている長身で腰まで伸びた髪の男は、首をかしげ惚けた表情で言った。


「だからアレだよ、アレ! あの変なロボットの事だよ!」

 そう言って虎鷹は中庭にそびえ立つ物を指差した。それは大きな人型の銅像だった。数年前に東京のお台場でアニメのロボットの等身大を建てたのが話題になったが、それみたいなアニメに出てきそうなロボット像が何日か前から豊臣重工本社、鷹虎が我が子の様に丹念に育てた綺麗に咲き乱れた花壇のある中庭に鎮座していた。


「多目的人型機動戦略機械、サーヴァント。その試作3号機である《荒邪(アレルヤ)》ですよ」

「そうじゃない! ワシはあんなモノを勝手に作っていたなんての聞いてないぞ!」

 始めて見たあの日、急に動きだし空を飛んだのを見た時は腰を抜かした。冗談で作ったにして金を掛けすぎている。

 花壇も荒れに荒らされてしまい、虎鷹は禿げた頭を真っ赤にして怒鳴った。その見た目はまるでタコの様だ、と山田は心の中で笑った。


「聞かれてないから言わなかっただけですよ?」

「聞かなかったから何をしても良いっていう問題ではないぞ!? ウチは車屋だぞ。それなのに今朝からロボットに関する電話がひっきりなしだ! それも軍隊から!」

 クリーンなイメージが売りの豊臣重工が軍需産業を行ってると知れたら各所から袋叩きだ。そんな事は絶対に避けなければならない。


「それは喜ばしい。早速、増産しましょう、そうしましょう!」

「何故それを一介の社員である君が決めるんだ?!」

「ン? 良いじゃ無いですかァ。会社が儲かるために社員は働くんですよ。それに社長? その内、私に土下座して泣きつく日が来ると思いますよ。あっ電話だ。もしもし俺だァ~!」

 着信など入ってないのに掛かってきたフリをしながら山田は走って逃げた。

 それから数年後、人型ロボット“SV(サーヴァント)”は爆発的に広まり、豊臣重工は世界的企業にまで成長した。

 しかし、SVのせいで紛争地域の戦いは激化してしまい、今も争いは続いている。




 現代の2035年、九月一日。

 日本、中京地方の某所。


 ここはトヨトミインダストリーが“豊臣重工”と名乗っていた時の本社近くにある工場だ。

 現在は破棄されて、あちこち錆びてボロボロの廃工場になっており、一帯は立ち入り禁止区域に指定されている。

 しかし、本当は工場の地下では数々の実験をするために今でも隠れて稼働していた。

 この隠し工場の存在を知っているのは現在は三人の人間である。

 社長の織田龍馬。SV開発者のヤマダ・アラシ。

 そして新たに、楯野ツルギ。



 切れかかって何度も点滅する蛍光灯が照らす薄暗い格納庫。

 赤く錆び付いた機械と埃を被った段ボールが散乱している中で、真新しい傷一つ無いSV(サーヴァント)が横たわっていた。

 だが、この機体を起動させるのにはまだ時間が掛かる。元々メカニックをやっていた龍馬は忘れかけていた過去の記憶を頼りに機体整備に勤しんでいた。


「調整はまだ終わらないのか?」

 段ボールをベッド代わりに寝そべりながら、機械になった両手を握ったり開いたりしてツルギは尋ねた。


「くっ…………見ている暇があったら君も手伝ったらどうなんだい?」

 汗と油にまみれて龍馬は言う。ブランド物の高い靴やシャツは汚れてしまい、髪もボサボサで無精髭を生やしていて金持ち坊っちゃんのイメージがすっかりワイルドな風貌に変わってしまった。


「細かな作業は負担が掛かる。持ってあと、一回の戦闘が限界だな」

 自分の体の整備も手の届く範囲ならばある程度は可能だが、十分には出来てはいなかった。


「それぐらいは何とかなる。我が社の製品だぞ」

「“元”我が社な? それで“元”お前んとこの部下のお陰でオレは、こんな体になった。どう責任取ってくれる? あぁ責任取ったから今このザマだもんな“元”社長さん?」

「アァァァァァァァァァ! もう、ウルサァァァイ! 何度も何度も何度も“元”“元”言うなァァァ!!」

 溜め込んでいた感情が爆発して発狂する龍馬。スパナでSVの装甲をガンガンと叩き付け叫び狂った。

 あの日から数日後、《模造獣》の出現を新型機の暴走などと言う嘘偽りをでっち上げられ、その責任の全部を龍馬に押し付けられたのだ。

 それもこれも龍馬が意中の女性に良いところを見せたいが為に《尾張十式》の試験テストを独断で真心市自衛隊で行うことを決めたのが運の尽きだった。

 結果、沢山の《模造獣》に機体をコピーされてしまい日本各地に多大な被害が出た。

 軍にはまだ出回ってはいない機体であるが、ボディに付けられているトヨトミインダストリーのロゴマークが悪い意味で宣伝となってしまった。

 会社はマスコミから非難を浴び、前々から龍馬のやり方をよく思っていない人間たちが内部反乱を起こし、そして最後は社長の任を下ろされたのだ。


「今のオレとアンタは対等だ、もう上司と部下の関係でもなんでもない。今のアンタはオレに命令しているんじゃなく頼んでいるんだ。オレも助けてもらった貸しがあるから付き添っているだけで……本当なら月影隊長が良かったのにな。あれから行方知れずだ。もっとも、離れて正解だったけどな」

 皮肉を言うツルギだったが、


「いいや、彼女も……私に恩がある、ハズなのだ。絶対に協力してくれる、ハズなんだよ! そうに決まっている! ハッハッハッ!」

 一転、龍馬は高笑いをしだして全く根拠の無い自信を言う。コイツは情緒不安定なのか、ツルギはかなり心配だった。


「そもそも、オレがこの体になって起きた時には居なかったのに、よくアンタは白衣の男が来た日、オレを“ついでに置いてる”とか言えたもんだよな」

 龍馬に助けられたあの時、月影瑠璃が目覚めた場所はトヨトミの本社にある社長である龍馬のプライベートルームだった。

 壁に掛けられている自画像や写真を見て、即座に危機を察した瑠璃はロックのドアを無理矢理に壊して逃げ出していた。


「トイレが無いからねぇ私の部屋。全く、失念していたよ……ハハッ」

 無精髭な顎を掻きながら自分の過ちに後悔する。ツルギは呆れて物が言えなかった。


「……しかしだ。私もこのまま終わるつもりは無い。あの男、ヤマダ・アラシが仕組んだ事に間違いないんだよ。こんな事を考えるのは奴ぐらいしかいない! 奴は……これまでの功績、私の父のお陰だと言うこと忘れてるんだ」

「わかった、わかったから手を動かしてくれ」

「いいかい?! 君だって一矢報いたいハズだぞ? 《GA01(ゴーアルター)》に」

 その名前を聞いてツルギの眉が微かに動いた。


「忘れねえよ。あの白い奴が撃った光で町は……オレの体は」

 ギリギリ、と握っている鉄の拳が軋む。


「そうだ。あの機体は危険なんだ。《GA01》で神になろう、なんて馬鹿げた計画は止めなきゃいけない……その為には、この改良した《尾張十式》いや、《ジ・エンド・オブ・クルセイド》で!」

(……だせぇ)

 そんな名前の付いた機体など乗りたくはなかった。


「だがね、それだけじゃあ無いんだよ。君一人、SV一機で“IDEAL”をどうこう出来るとは思わない……」

「お茶が入りましたよぉ!」

 突然、背後から声をかけられツルギは腰の拳銃に手をかける。

 そこに立っていた、どこにでも居そうな高校生ぐらいな三つ編みの地味な女の子だった。

 手に持ったお盆にはお茶の入った急須と湯飲みが三つ乗っている。


「はい、どうぞ~」

「いやあ、すまないね。ちょうど喉が渇いていたところだ。感謝」

 龍馬は少女から湯飲みを受けとると熱々の緑茶を注いだ。フー、と冷ましながらズズッ、と一杯。爽やかな苦味が口に広がり喉を潤していく。


「貴様……地に落ちたな。まさか人質をするとは」

「まさか、勘違いをしないでくれたまえ。彼女は自主的に来てくれたのだ」

「……本当なのか?」

「そうですよ、来るときに目隠しされましたけど。あーく……真道くんがこれ以上過ちを犯さないように、私が絶対に止めるんです!」

 少女はグッ、と握り拳を作りながら言った。


「私たちも君の彼を救うことを全力で約束しよう!」

「え、えぇー! い、いやぁ彼氏なんかじゃあないですよ!? ただの幼馴染みですって!」

 激しく首を横に振って否定する少女。そう言いながら顔が真っ赤になっていた。そんな少女にツルギは唐突にある質問をした。


「……なぁ、君って眼鏡掛けてなかったか?」

 急に来た脈略の無い質問に少女は首をかしげる。


「うーんと、前は付けてたんですけど今は裸眼です。あれ? 何処かでお会いしたことありましたっけ?」

「いいや? 別に……ちょっと外の空気を吸ってくる」

 段ボールベッドから降りたツルギはそそくさと格納庫を出ていく。頭の中で質問したかった疑問がもう1つあったが、敢えて聞かない事にする。


(……俺があの爆心地でこの体だ。なのに、この子はあの場所からどうやって生き長らえたんだ?)

 考えるが答えは出ず、その内ツルギは気にするのを止めた。

 

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