第18話 伝説のアイドル
2015年、二月二十一日。
その男、米国陸軍大佐ベルファルド・テイラーは非常にイライラしていた。
コーヒーを飲む為にお湯を沸かしている時間と、じっと待っていると髭も凍るほどの寒さのせいと、いつまで経っても変わらない状況にである。
こんな事になったのも、年始に南極に落ちた隕石を調べていた調査団からの連絡が途絶え、消息不明になってしまったからだ。
それから助けに行った者達もまた次々と帰らぬ人になり、ついに軍隊による大規模な捜索活動が開始させる。
そして今日、宇宙人と戦い始めてから丁度一週間になった。
現在、ライフルに戦闘機の羽が生えている異様な物体が吹雪く空を沢山飛んでいる。
「クソッたれの化け物め。こちらの真似ばかりしやがって!」
宇宙人には変身能力があった。
こちらの兵器を威力やスピード、性能をそっくりそのままコピーして攻撃を行い、驚異な回復力でどれだけダメージを与えても瞬時に元通りに再生してしまう。
敵の放つ弾丸は、その回復力のお陰で無尽蔵に連射されるし、最後の手段で特攻を行っても容易に復活し、全て無駄に終わる。
今日も戦いに出向いた新型戦闘機が5機中4機も撃墜されてしまった所か、新型機をコピーされ状況は最悪。
作戦を指揮しているテイラーはこの事態に頭を抱えた。
ただでさえ極限の寒さでまともな力を発揮できないというのに、相手は未知の宇宙人に手も足も出せない。 まさにお手上げ状態だった。
「はぁ……今年のクリスマスも祝ってやれなかったな」
テイラーには家族が居る。世界一美人で自慢の嫁と目に入れても痛くないほど可愛い息子と娘の四人家族だ。
ここ数年、クリスマスのシーズンになると色々忙しくなってしまい、翌年まで家に帰れないでいるのだ。
「これが終わったら休暇を取ろう。その為に今は目の前の事に集中だ!」
今後の作戦を苦いブラックコーヒーをステンレスのコップに注ぎながらストーブの前で考えていると、ドタバタと部下が慌てて作戦室に入ってきた。
「た、大佐。日本からの援軍が今到着いたしました……けど、その」
「何だ少尉? 言ってみろ」
せっかく作った熱々の出来立てコーヒーを飲もうとする所を邪魔され部下を睨み付ける。その見た目はまるで、無理矢理起こされた冬眠中の熊そのものであった。
「はいぃ! で、では大佐、とにかくこちらへお越しください」
歯切れが悪いのは寒さのせいなのか何なのか、とテイラーは考えながら仮設キャンプを出る。外では軍用の大きな輸送船から荷物を降ろす作業をしていた。
「何を持ってきた? 日本が宇宙人を殲滅する秘密兵器を作った、なんて事は無いよなぁ?」
「驚くべきは製造したのは、あのトヨトミインダストリーなんですよ」
「トヨトミ……って自動車メーカーじゃあないか!? 冗談はよしてくれ!」
部下の肩をバンバンと叩きながら大笑いするテイラー。本人は軽くのつもりだがとてつもなく痛い。
しばらくして、日本から来た大きな積み荷は氷の大地に降ろされた。
それは10メートル以上はあろう巨大な黒いコンテナ。
テイラーはどことなく嫌な雰囲気をコンテナから感じ取っていた。すると、どこからか場違いに明るい声が聞こえてくる。
「おはようございまぁす! 皆様、今日はよろしくお願いいたします~!」
コンテナと一緒に出てきたと思われる日本人の若い女が挨拶にやって来た。
暑い防寒着を着ているが、とてもスタイルが良さそうな感じが見て取れる。
「どうも、お願いします~!」
「あっあの、本物の“虹浦アイル”さんなんですよね、ナンバー1アイドルの? 間違いないんですよね?」
初めて見る芸能人に少尉は興奮したように言った。
「えぇ、そうですよ。正真正銘の虹浦アイルです!」
フードから覗く女神の様な微笑みに少尉は一撃で心を射たれる。冷えた体も気のせいか熱くなっていく感覚があった。
「大佐見ました?! 本物です! 女神様が、女神様がぁ!」
「そうか、そうか……で? 日本のアイドルがわざわざ何ようで? こんな極寒の地で慰安ライブでもしてくださるつもりなんです?」
「そうですねぇ……皆さんの応援が必要になると思います!」
アイルはそう言うとコンテナの方に振り返る。
パチン、と手袋を着けているのに軽快な音が指から鳴った。
「スタッフさん、お願いしまぁす!」
号令と共に巨大コンテナがギギギ、と鈍い音を響かせゆっくり開く。
その薄暗い中に入っていた物を見たテイラーは何とも知れない感情になった。全くどうリアクションをしていいのか分からなかった。
「……宇宙人が来てるのも冗談にしか思えないんだが、日本も同じくらい冗談が好きらしいな」
怒りの感情を通り越して呆れてくる。こいつらは俺達を馬鹿にしているのか、それとも本気でこんな玩具で戦うつもりなのか、もうテイラーの理解を越えていた。
「あぁアメリカの人ってロボット=自律行動する機械ってイメージで、日本みたいにロボットは乗り物って概念じゃないんでしたっけ? 映画とかでもあんまり見たことないですね」
これがカルチャーショックなのだ、とアイルは初めて感じた。
「少尉、こいつをどう思う?」
「アレですねぇ……神々しい佇まいって言うか祈りたくなりますね。これが所謂ジャパニーズカンノンサマ……ボサツサマでしたっけ? それともダイブツサマでしたっけ?」
テイラーはノーテンキな部下の頭を太い腕で思いっきりぶん殴った。
何となく言わんとしている事は分かるが、そんな事は分かりたくもない。
「こんなカートゥーンのオモチャみたいなので何が出来るってンだ、あぁ?!」
「オモチャじゃありませんよ。この子には《荒邪(アレルヤ)》って言うカワイイ名前が有ります!」
「アレルヤ? そりゃあ、とってもありがたい名前だな。こっちはありがた迷惑だけどな!」
馬鹿にした態度のテイラーにアイルは顔をプクッと膨らませた。
(あれが噂に聞く必殺フェイス『プンプン』だ!)
痛む頭を撫でながら少尉はテレビで見た事のあるアイルの表情に感激した。
「大佐! 1キロ先から《奴等》がこちらへ向かっているとの報告がっ!」
息を切らし、血相を変えてやって来た軍人は、偵察班からの情報を伝えに来たのだ。
「ついにこちらを嗅ぎ付けて来たか……全員戦闘準備だ! 今日こそは《奴等》に一泡吹かせてやるぞ! いいなッ!」
拳を空に突き上げ隊員達を鼓舞するテイラー。
氷の大地に屈強な男達の喊声が響き渡った。
アイルは真っ暗な《荒邪》のコクピットで縮こまっていた。
熊の様な大佐に「女は引っ込め」と罵倒され、その場で待機させられているのだが、このままでは何のために芸能界を引退してまで南極にやって来たのか分からない。
「……ねえ《荒邪》。私、本当にこれでよかったのかな。もちろん歌は続けたかったよ? でもね、駄目なの。こんな時に自分が二人いたらよかったのにね……」
白い息を吐き、寒さに震えながら自問自答する。だが、頭の中で思考がグルグルと巡っていくだけで答えに辿り着かなかった。
「私は普通の女の子だ。そのはずなのに、何でこんなところに居るのだろう?」
日常生活ではまず見ることのない事が外で行われていた。
大きな音にはなれているが、それは楽しい物であって現在起こっている惨状の音とは違う。
爆発音や人の声、今鳴り響くコレは“死”の音だ。
耳を塞いでも体が震動を感じるほど巨大で凄まじい音。
帰れるものなら直ぐにでも帰りたい。
『アイル、そろそろ頃合いだ。《イミテイト》共に見せつけてやれ。大丈夫……そのマシンならきっと出来る。この天才を信じろ』
暗いコクピット内がモニターの光で照らされる。現れたのは痩せた白衣の男だった。ひょろっとしているが男の眼光は鋭く自信の表情に満ち溢れていた。
「一緒に来なかった癖に偉そう。流石は“天才”だね」
『天才だからこそ、行かなくてもわかる。私たちが開発した人型兵器サーヴァントに掛かっている。その為に君の力が必要だァ! 君なら人類を導く神の器に相応しい!』
男は大袈裟に言ってのけた。冗談で言ったのではなく本心からの本気なのである。
『さァ!〈ダイナムドライブ〉を起動させてごらん? 全てのモヤモヤが解消される……はずなんだ』
言われるがままアイルは手順通りコンソールのパネルをタッチして、機体のエンジンを起動させた。
計器が輝きを放ち、心臓の鼓動のような振動がコクピットに伝わっていく。
「行ってくるね、アー君」
『愛してるぜ』
「うん、頑張るね」
通信のスイッチをオフ、アイルは集中して精神を機体と同調させる。
「……虹浦アイル、これが最後のライブよ。気合いを入れなきゃね」
一世一代のステージの幕が上がった。
2035年、九月一日。
地球統合連合軍のジャスティン・テイラー少佐は、若くして
ここまで来るのに苦労した。上官に媚びへつらい、やりたくもない任務を率先してこなしてきた。それもこれも今日の日の為だ。
「艦長、いつでも行けます」
「わかった…………父さん。私は必ずやり遂げて見せます。だから見守ってください」
取り出したロケットの写真を見ながら呟く。写真嫌いな父と撮った最初で最後のツーショット。既にジャスティンの決意は固かった。
「進路、オールグリーン」
「よし、《アソシエイト》発進せよ!」
雲ひとつ無い空の様な青い艦は轟音を轟せ、ハワイ基地を飛び立った。
(ニジウラ……トヨトミ……俺はお前達を)
決意を胸に、目指す場所。
それは、日本。
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