第17話 アローン・コンプレックス
「…………ねぇ」
「何だい?」
「セイル、このままでいいのかな?」
「君はソコで立って強く念じてて欲しい。奴等を、模造獣を倒すって」
操縦席のマモルは後ろを振り返りもしないで、セイルの投げ掛けに答える。
「そのステージ型コクピットは搭乗者の精神とリンクさせる様に出来てる。操縦は出来ないけど、その分集中して機体にエネルギーを供給可能ってことらしい。それにプラスして、Dディスクシステムで他人から」
「そうじゃなくて!」
ベラベラと説明するマモルを遮る様にセイルは叫んだ。
「セイルは……アイドルなんだよ? まだライブは終わってないんだから。私にも何かやれる事はない? 負けたまんまは悔しい!」
「…………じゃあさ、歌っててくれない? 音楽が鳴ってる方がノルんだよねボク」
「あ、うん!」
マモルに促されセイルは隅っこの紙袋からタオルを取りだし顔を拭う。
深呼吸一回、顔を両手でパンパンと叩き気合いを入れた。
「じゃあ歌います!曲は……〈アローン・コンプレックス〉」
静まり返ったライブ会場。モニターは真っ暗闇、観客は帰る気力すら無くグッタリとしていた。そんな、時だった。
“一人でも生きていける 強がりなんかじゃない”
“怖くなんかないよ なにも恐れはしない”
歌声が聞こえる。ファンにとっては聞き慣れた曲が会場に響き渡った。
“私の前に現れたキミ この出会いは必然? 偶然?”
“仕組まれた運命だと言うのならば それが……”
やがてモニターが復活すると主役であるセイルが写し出される。
“もし神様がいるとしたら 私はアナタをユルサナイ”
“私の運命は私が決める 誰にも邪魔はさせない”
セイルの傷だらけでボロボロな姿に観客は驚くも、直ぐに彼女のいつもとは違う真剣な表情に心を打たれ、自分達も負けてはいられないと声援を贈る。
“この手が動き続ける限り 戦いを止めたりしない”
“だから見ているだけでいて 私はALONE COMPLEX”
次第に、ファンの応援の声は会場の外まで聞こえるくらいに大きくなっていった。
「居たぞ! シングルだ!」
約100メートル先で待ち構える様に《スピーカー模造獣》が交差点のど真ん中で仁王立ちしていた。《ハレルヤ》はアスファルトの地を思いきり蹴って駆け抜ける。
敵までの距離、50メートルを切る。足と手を広げ《スピーカー模造獣》は衝撃波を放つ体勢を取った。
「セイルの歌は、アンタ達なんかの雑音に負けないんだから!」
衝撃波が放たれた。耳をつんざく不快な音と、見えない壁が飛んでくる様な感覚。加えて吹き飛ばされてきた車や木など残骸が《ハレルヤ》を襲う。
「そんなの関係無いね! 正面突破あるのみ!」
フットペダルを力強く踏み込むと、ピンクの四枚羽から七色の光が放出された。光が機体を包み込むと、衝撃波の勢いが半分以下に弱まっていき、そのまま《ハレルヤ》は前進した。飛んでくる残骸は腰に装備されたロッドを使って軽々と往なしていく。
(さぁ模造獣、いい加減に人間を学びなよ。コレがヒトなんだ)
30メートル、20メートル。もう目と鼻の先まで近付いていた。
「さぁ決めるよ!」
「行けぇ! 〈フェザーミサイル〉達!」
四枚羽の先端が分離する。四つの菱形兵器〈フェザーミサイル〉は《スピーカー模造獣》の手足へ向かって突撃した。鋭い先端がそれぞれ突き刺さると、後部のバーニアが火を吹いて《スピーカー模造獣》を空へと持ち上げる。
「トドメは……アルク!」
戦闘の起きている方角へ移動していた《ゴーアルター》と歩駆。
二ヶ所ある中で今いる場所から一番近いのはアイドルの方だったが、再び通信に割り込み歌を歌い始める少女に初めは不快感を感じ向かうのを躊躇していたが、
「〈ダイナムドライブ〉の出力が上がっている?」
不思議なことに、歌が始まってからレベルが1段階で固定されていた〈ダイナムドライブ〉がレベル2にまで上昇していた。
「コレだったら……行ける、かも!」
一歩を踏み出す。先程まで打って変わったスムーズな歩行。重装備であるにも関わらず軽い足取りだった。
全速前進、ミサイルの詰まった肩を揺らしながら〈ゴーアルター〉は走る。レーダーで《ハレルヤ》の位置を確認し、最短距離で建物を飛び越えながら一直線に進んでいった。
「やっぱり何か力が湧く。この歌のせいなのか? でもこの曲って……」
パイロットの歩駆にもセイルの歌の影響か、心なしか元気が出てくる感覚があった。もう彼女に対する嫌な気は全くなかった。
「……何だ、上か?!」
50メートル先の方、《スピーカー模造獣》が空へと舞い上がっていた。四肢に何やら突き刺さっていて、それのせいで浮かんでいるのだろう、と歩駆は推測した。
『白いロボットのアルクさん! 今の内にアイツを!』
「あ……え? お、おう! ドーンと任せとけ!」
突然の通信。急にアイドルに名を呼ばれて歩駆は赤面した。
(俺、名前教えたっけ?)
疑問はあるが今は模造獣を倒すことに専念しよう、と目標へ機体を向かわせる。
「止まってる的でも俺の腕じゃライフルは当たらない……ならば」
上を向き《ゴーアルター》は両の拳を空へ突き出した。
「飛ばすぜ鉄拳〈マニューバァ……フィストォォォーッ!〉」
轟音を響かせ発射される《ゴーアルター》の両腕。拳が高速回転し、錐揉み状態で上昇してった。
「〈アームドウェア〉の腕だ! いつもとは違うぞ!」
増加装甲によって通常より大きくなり、小型ブースターも追加され威力を増している両腕が目標に目掛けて突き進んでいく。
身動きの取れない《スピーカー模造獣》はなす術も無く、一発目で急所のコアを一撃で破壊、二発目は下から上にかけて貫かれて爆散した。
別の場所で戦いをしていた分身もコアが無くなった事により氷が溶けるように蒸発する。
「うっし! 状況終了っと」
戦闘終了後、ライブ会場へ帰還したセイルにファン達からの拍手喝采、称賛の嵐が待っていた。
会場に来ていたテレビ局のスタッフや記者から沢山インタビューを一時間くらい受けて、もうヘトヘト状態。
インタビューが終わって人が完全に退くと時刻は午後11時を過ぎていた。
それを見計らいメンテナンスの為に《ハレルヤ》がIDEALの飛行輸送艇に運ばれていく。
マネージャーは近くの病院へ行き、セイルだけIDEALで身体検査を行うことになった。
「はい、特に問題は無いですよ。お疲れ様でした」
女性の医師がにこやかに告げる。触診や大きな機械に体を通されたりして別に何もないならば、何故こんな所にわざわざ三時間も四時間も掛けて来たのだろうか。セイルは不満で一杯だった。
「……睡眠はお肌の大敵なんだからね」
時刻は朝の四時になろうとしている。
検査着のまま職員に連れられ案内された部屋で、セイルはベッドに飛び込み泥のように眠りについた。
夢を見ていた。
それは亡き母親の夢。
写真でしか見たことのないセイルの母が目の前に現れたのだ。
艶やかな長い黒髪、大きな瞳、スラッと背の高いとても美人であった。
──ママはどうしてセイルを置いていったの?
母は微笑むだけで何も答えない。
──ママはセイルの事が好き?
母の口が動く。だが、何を言っているかは聞こえなかった。
──ママは……。
セイルが言葉を発しようとした瞬間、目の前が真っ暗になって何も見えなくなっていく。そこで目が覚めた。
「……起きて……起きてエイルちゃん!」
体を大きく揺さぶられる。朝の弱いセイルに取って、この乱暴な起こしかたは腹が立つ事この上なかった。
「誰……ママ?」
「う~ん、年齢で言えばアナタぐらいの子が居てもおかしくはないんだけどねぇ」
逆さに見える丸い山が二つに起き上がろうとして顔面にぶつかった。とても柔らかい。
「もうお昼よエイルちゃん。食事にしましょ。お腹空いたでしょ?」
栗色の髪の女性、IDEAL副司令の時任久音は言った。
「エイルちゃん」
「セイル……だよ? 名前」
「あれ? そうだったかしら、最近の子はキラキラした名前多いから間違えちゃうのよねぇ」
ウフフと誤魔化しながらカーテンを開く。眩しい太陽の光が部屋に差し込んだ。
「さっ着替えて着替えて! さっさっ!」
「やります! 自分で着替えられますからぁ!」
ゴチャゴチャと身支度に10分も掛けながら、二人は食堂のある場所へと向かう。
他愛のない会話─基地の名物料理は何かだとか、好きな男の子はいるかだとかの話─をしながら歩いていると横合いから早朝トレーニングで疲れ果てた歩駆が現れた。
「あっアイドルの子…………おう」
そっけない態度で挨拶すると、そのままボーッとした顔でフラフラと通り過ぎようとした。
「ちょっと! アイドル目の前にしてそれだけぇ?!」
「…………はぁ?! いや別に興味が無いし……子役とかなんて所詮セミプロだろうに……」
失礼極まりない。
「セイルちゃん、彼が白いSV《ゴーアルター》のパイロットの歩駆くん。それで歩駆くん、彼女がIDEAL(ウチ)がスポンサーしてる“スターエクスペリエンス”所属のトップアイドルのセイルちゃんよ」
「誰かだとかは出撃前にウェキペディアで調べましたよ。何かスゲーのも知ってますし、ヨーチューブでライブ動画も見た。……あと、さっき歌ってた奴ってアロコンの曲だよな? ロボットアニメの。アレそうだったんだな……アレは知ってるわ! 良くカラオケで歌うし。そうだったんだよな……握手してくれ!」
自分の興味のある物に関わっていたと思い出すと歩駆の態度が一変した。
「……ねえ、アナタの同じか下ぐらいの年齢で日焼けしてるパイロットさん知らない? 会ってお礼がしたいの」
「日焼けのパイロット?」
「うん。途中でマネージャーが気絶しちゃって……それで急に現れて操縦を」
「おかしいわねぇ。そんな子、ウチには居ないはずだけど」
「大丈夫かよセキュリティ……知らねぇ奴に動かさせして。どうせ何処かのファンか何かだろう……それよりもメシだ。肉が食いたい」
歩駆とセイルの腹の虫が鳴る。三人は急いで食堂に向かった。
「俺、カツカレーうどん定食」
「私は明太子スパゲティ、海苔多目で」
「セイルはねぇ……チャーハン!」
昼時で賑わう食堂。和洋中、24時間様々な料理が味わえる人気スポットだ。
三人はカウンターから食事を受け取ると、海が一望できる座敷の席へと座った。
「「「いただきま~す!」」」
手を合わせ仲良く号令する。食べ始めようとした、その時に“アイツ”が現れた。
「相席よろしィかァ?!」
長身、長髪、白衣の男。ヤマダ・アラシがトレイに高さ30センチぐらいある大きなフルーツパフェを持ってやって来た。
「頭使った後は甘い物だよなァ?!」
ヤマダはセイルの右横に座ると、パフェ用の長いスプーンを使わないで行儀悪く天辺のソフトクリームを上からかぶりついた。嫌な空気が歩駆達の食卓に流れる。
「ン~それにしても《荒邪(アレルヤ)》……じゃなかった《晴邪(ハレルヤ)》の〈D型セミ・ダイナムドライブ〉が“生命エネルギー吸収能力”だけじゃなく、貯めたエネルギーを“放出”して分け与える事が出来るなんて大発見だねェ? これもアイドルがなせる技かなァ?」
肩にポンと手を置く。すると、
パァン。
乾いた音が響き渡る。
セイルはとっさにヤマダの頬に平手をしていた。
「……」
「……ご、ごめんなさい」
「……」
「……は」
目と目が合う。怒るでもない、笑うでもないヤマダの無感情な表情に、セイルの呼吸が止まる。それを見ていた歩駆と時任も黙って二人の様子を伺っていた。
「…………いいよ。それだけの事をキミにしてきたつもりだからね……席を外そう、邪魔した」
そう言ってヤマダはパフェを持って食堂を後にする。
「大丈夫? ごめんね、デリカシーの欠片も無い人だから気にしないでね」
時任が優しく声をかける。
「いえ、すいません……」
「シリアスな、ってか謝る博士初めて見たぞ俺」
「はいはい! もう忘れて食べましょ食べましょ!」
「……そっスね」
ズルズルと麺を啜る二人を前にセイルの頭の中に何かが引っ掛かっていた。
(あの人……見たことある気がする。でも、何処でだろう)
レンゲでチャーハンをかき回しても答えは見つからなかった。
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