第16話 サウンド・インパルス

 正面からやって来た凄まじい衝撃に《ゴーアルター》は膝をついた。

 幸運にも重装備であった事から空中に投げ出されず耐えてはいるのだが、飛んできた車やガードレールが次々とぶつかってくる。


「耳がキーンってする。二人とも大丈夫か?」

 歩駆は後方を振り替えると《戦人(イクサウド)》一号機と二号機は《ゴーアルター》の背中にぴったりとくっついていた。


「盾にしたな?!」

『前にちょうど良いデカイ壁があったからな』

『この機体じゃ今の衝撃波に耐えられずにバラバラになっていたかも知れませんから』

 ハイジと瑠璃の言い訳に歩駆は心の中で腹を立てるが今はそれどころではない。


『この間の《ナナフシ模造獣》みたく完全な人型じゃないのか』

 スコープで覗いたそれは縦長の箱が横に三つ並んで手足が生えた珍妙な姿。

『20年前の模造獣戦争で現れた兵器等の無機物への変形体……の類いなんです?』

『ライフルに戦闘機の羽がついた奴とかな。だが、今回の模造獣は……スピーカーか? アイドルのライブがやってたからってそんな単純な事あるわけないだろ』

 馬鹿馬鹿しくて呆れてしまうハイジ。


「それよりもSVっすよ。アレ味方なんだよな?」

 間一髪、上に飛んで模造獣の攻撃を逃れたらしいピンクのSV《ハレルヤ》は着地に失敗して尻餅をついていた。


「やっぱり乗ってるアイドルって素人なのか? でも、〈ダイナムドライブ〉に似た発光……アレも《ゴーアルター》と同じ?」

『あのバカ博士のやることだ。お前の時みたいにならない内にこっちで奴等を倒すぞ』

 そう言われて気持ちがグンと下がる歩駆。

 敵の《スピーカー模造獣》が衝撃波の反動なのか動けないでいると《ハレルヤ》はヨロヨロと立ち上がり、おもむろに手を空にかざした。

 上空。先程、射出された小型円盤がまた回転を始める。

 さらに《ハレルヤ》は背部から円盤を二機、空へ向かって発射。

 合計、三機。自転しつつ時計回りにグルグルと回る円盤は次第にその輝きを増していく。


「くっ、何だ? 急に……頭痛が、あぁ!?」

 歩駆の体に異変が起こった。突然、頭が割れるように痛く感じ頭を抱える。


「ぃ……ってぇ」

『吐き気が……ぉうっ!』

『あのSVが、これを……起こしている?』

 それぞれ急激な痛みや吐き気を訴えている。これでは戦いどころの騒ぎではない。


「何か飛んでったアレ。あのぉ、アレが原因……か?! にしても何なんだよぉ」

 操縦桿を握る手にも力が入らなかったが機体の方向を上に向ける。空を回る円盤が何かをしているに違いない。


『しょ……少年ンン~?!』

 どこからか通信が入り、コクピットのスクリーンの端に小さく映像が映し出される。相手はヤマダだった。


『まずった、強くしすぎた。いや強いのは良いんだよ。とても良い事だァ……でもこれ見てよ。悲惨以外の何者でもない』

 何処かの広いホールに居るヤマダの背後では何百、何千と言う人達が皆一様に苦しんでいた。あまりの状態異常に耐えられず失神、気絶した者もいる。


「聞きたい事、言いたい事は山ほどある……けど、単刀直入に言う……どうしたらいい?」

『ぅぷ、んあぁ空に浮いてる〈Dディスク〉を破壊してくれ。そうすれば、生命力吸収は止まる……うっ!』

 画面外に消えるとビチャビチャと言う音だけがコクピットに響き渡る。歩駆は通信のスイッチを切り、自分も吐き気を我慢しながら空の円盤に標準を合わせる。


「落ちて……くれよ!」

 トリガーを引く。《ゴーアルター》の両肩装甲の一部がスライドすると、そこから計四発のミサイルがピンクの円盤目掛けて一直線に飛んでいった。煙を尾に引きながら飛翔すると一発目が着弾。それを皮切りに他のミサイルも次々と目標にヒットしていく。破片も残さない大きな爆発が青空を赤く染めた。


「……痛み、消えた? 消えてる、なら!」

 気持ちを切り替え《ゴーアルター》を全速前進させる。走りながら腰のライフルを取り出し《スピーカー模造獣》に狙いを定める。

 一発、二発、三発。相手は動いてはいないが弾丸は左右を通り抜けた。歩駆は威嚇射撃をやっているわけではない。


「これ標準が甘いんじゃないの?!」

 コンピュータによる自動補正が無く本人の正確さがダイレクトで伝わる《ゴーアルター》のシステムが完全に仇となった。

 そうなればライフルを捨て背部のブーストを吹かす。相手との距離が近付くと左肩を前に付きだしタックルの体勢を取る。だが、


「なん、だと?!」

 突如スピーカー模造獣が視界から消えた。

 何故急に通りすぎてしまったのか、と思い後ろを振り向くと驚くべき事に《スピーカー模造獣》は分離していた。

 三つの箱はそれぞれに別れ、歩駆を馬鹿にしたように動き回っている。そして分離した《スピーカー模造獣》は一斉に散開していった。


「あ! んだよもう!」

 地団駄を踏む歩駆。このままでは逃げられてしまう。後を追いかけようと思ったが、その前にやっておかなければならない事がある。


「えと、アイドルさん? 何であんなもん使ったのかわからないけど、手を貸してくれねーか?」

 返事はない。直立不動で立ったまま沈黙していた。

 このピンクのSVが同じ≪ダイナムドライブ≫搭載機で、博士が言った『生命力吸収』によって力を補給していたならもう動かせるはずだ、と歩駆は考えた。しかし、パイロットからの応答は未だ無い。

 ここでじっと待っている時間は無い。

 しびれを切らした歩駆は≪ゴーアルター≫を模造獣が逃げた方向へ走らせた。




 体調はすこぶる良い。打った頭の痛みも完全に消えている。

 だが、気分が最悪なのである。

 セイルにとって、あれはとても不思議な感覚であった。

 この機体の力で皆の応援の気持ちが、心を直に満たしていく感覚を味わう。それは天にも上るほどの快感だった。

 しかし、二度目は一変する。

 確かにエネルギーが溜まり力が湧いてきている感覚があるが、高揚感がない。

 例えるならば『負』だ。

 怖い、痛い、苦しい、などマイナスのパワーが体を漲らせ、猛烈に何かを壊したい感情に支配されていく。


(何でこんなことになったんだっけ?)

 ふと思えば辛く厳しい日々だった。

 大人たちに媚びへつらい、触りたくもない見知らぬ人間と手を交わさなければならない。何時間も各地を移動し、寝る時間も食べる時間も無い。学業も疎かにしてはいけないからプライベートなんてほとんど無に等しい。


(誰がセイルをこんな風にした?)

 物心付いた時には芸能界で活動を開始していた。

 母親はその前に死んでいる。有名な女優だったらしく、その意思を引き継がせたいが為に社長がセイルを芸能界に入れた、と言う事らしいのだ。


(……いっそ、終わらせようか?)

 それを成せる力が目の前にある。

 大暴れして翌日の新聞にデカデカと乗るのも良いかもしれない、とセイルは考える。この場合、未成年者のセイルがどんな風に報道されるか気になるところであった。

 鉄の床に白眼を剥いて倒れるマネージャーを他所にセイルは座席に座ろうとした。


「駄目なんだよねぇ? それじゃあ真心町の二の舞になるんだからさ」

 後ろから声。振り向くとそこには髪の短い日焼けした少女、マモルが二段目のステージからこちらを見ていた。


「人が沢山死なれると困るんだよ。ボク達は人類の為に行動してるんだ」

 ステップを降りてセイルの目の前まで近づくマモル。


「ふーん……博士の奴、嫌なモノを作ったね。コレでボク達に勝つ気でなんだ?」

「だ、誰なの?」

「ボクはタテノ・マモル。17歳だよ、設定上はね」

「……セイルをどうする気の?」

「どうもしないよ? 君は上のステージで座ってれば良い。コレを動かすのはボクに任せて。年上の言うことは聞くものだよお嬢さん?」

 とてつもなく奇妙な雰囲気の少女にセイルは酷く怯えた。感覚的にヤバイと思った人間を何人か見たことあるが目の前に居る少女は今までの会った人間とは別格に異質だった。


「アナタ、一体何者?」

「そうだな……“シンのジン類”かな?」

 にっこりと優しくマモルは微笑んだ。




 三体に分裂した《スピーカー模造獣》と鬼ごっこをしていた《ゴーアルター》だったが、奴等の早さに追い付けずギブアップ状態だった。

 一度、一体目を捕まえたが表側を向けた瞬間に衝撃波を放たれ眼部のメインカメラをやられてしまった。


「サブカメラ、間隔が取り難い!」

 胸部から見た視点に切り替わる。馴れないズレた位置から見る景色に歩駆は戸惑った。

 モタモタしていると背後から来た《戦人》に先を越される。

 頼みの〈ダイナムドライブ〉が“レベル1”より先まで上がらない今はどうしようもならない。

 歩駆は諦めた。




 上空から模造獣達を追跡しながら瑠璃は考え事をしていた。

「ねえ、この機体って」

『何だ?』

「この《戦人》もIDEALで作った機体なんでしょ? あの歩駆くんやアイドルのSVと同じなの?」

『同じ? 何がだ?』

「〈ダイナムドライブ〉よ。暴走の危険あるの?」

『さあね。コレに搭載されてる疑似の量産タイプ型であれだけの力は出ない。それに……』

「それに?」

『暴走って言うが《ゴーアルター》もアノ機体も、本来の力を半分も出していないだろうな』

「……大丈夫なのかしら、この組織」

『大丈夫じゃないから俺達が居るんだろ……居たぞ』

 道路の両車線を《スピーカー模造獣》達はトコトコと走っていた。


「二体だけ? 後ろを向いているなら」

 瑠璃の蒼い《戦人》が人型に変形する。眼下の敵にロックオンして背部のコンテナから小型のミサイルを一斉に吐き出した。斜め下に目標に向かって落ちていくミサイル。風を切る音に気付いた《スピーカー模造獣》達は振り向き上に向かって衝撃波を放った。ミサイルは空中で静止、上へと舞ってしまい、それにより弾頭が他のミサイルに衝突して爆発、誘爆を起こした。

 

「ミサイルが……?!」

『ああいうのは接近戦で一気に叩く!』

 真紅のSV、ハイジの《戦人》はブーストを吹かせ、落下しながらで《スピーカー模造獣》の真上に位置取った。《スピーカー模造獣》もう一度、衝撃波を放つ。今度は瓦礫や残骸を舞い上がらせる。《戦人》は左腕の大型の盾で飛んできた瓦礫を防ぐ。


『このシールドは守る為にあるんじゃねえんだよ!』

 縦の先端から長く尖った物、ドリルが飛び出す。唸りの様な大きい音を出しながら高速回転する。


『貫いてやる!』

 逆立ちの体勢で思いきり振りかぶった。《スピーカー模造獣》の頭頂部に突き刺すと、肘の辺りまで入っていく。もちろんコレで終わりではない。更に回転数が増すドリルは弾丸を連続で撃ち続けた。内部から炸裂して《スピーカー模造獣》が四散する。


『もう一匹、逃がしゃしねえ!』

 ひっそりと逃げようとするもう一体の《スピーカー模造獣》に《戦人》は大型ビームブレード“マサムネセイバー”を槍投げの様に投てきする。背中を貫通して前のめりに倒れた。


『どうだ……な、何?!』

 目の前の《スピーカー模造獣》は胴体に大穴を開けられているのすっくと立ち上がり、もう一方はバラバラに弾けとんだ破片が集まって元の形に修復されていった。


「やっぱりコアを破壊しなきゃダメみたいね」

『今のはまだしも、あっちのはどう見ても完璧に吹き飛ばしただろ?!』

「消えた一体……そこにコアがあって、それを破壊しないと倒せないんだと思います」

『……チッ、決めたと思ったらこれだ』


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