第15話 エールを君に
大きな入道雲が浮かぶ真っ青な空。
IDEALの高速輸送機、《スカイアーク号》は目的地である港エリアに向かって飛行していた。
その中、《ゴーアルター》のコクピットで基地から数十分間じっと待機している真道歩駆は、モニターに強制的に流れ込んできた映像をつまならそうな顔をしてボーッと眺めていた。
『会場のみんなぁ! 私のロボットに元気をちょうだいっ! 全員の力を合わせて、空に手を掲げてぇ!』
「「「うおおおおおおおおーっ!」」」
パイロットスーツらしき姿の少女から何処かの広い会場、ライブか何かのイベントなのか人がスシ詰めになって集まっている場所の中継に切り替わる。その場に居るの全員、二階や三階の席も含めて全ての人達がで手を上に掲げて少女を応援していた。
『もっと、もっと高くっ! セイルに皆の元気をわけてぇぇーっ!』
「「「うわぁぁぁぁぁぁぁがぁぁーっ!!」」」
「…………何なんだ、コリャ?」
見ているこっちが恥ずかしくなってくる。オタク趣味を持つ歩駆だが、こういった類いのモノは苦手だった。
『あぁ、まるでヒーローショーの様だな』
後方の《戦人(イクサウド)》の一号機、ハイジ・アーデルハイドがボソッと呟く。
『こんな色々と大変な時に、あんな小さな女の子のライブにコレだけのファンが集まるなんてなぁ、日本って言うのは本当に平和な国だな』
嫌味ったらしくハイジは言うと映像を消した。
「俺はあんまりアイドルって好きじゃないですけどね。なんか偉い大人が裏で色々と動き回ってるって考えるとね。瑠璃さんは」
『ノーコメント』
眉間にシワを寄せ苦い顔をしながら速答する《戦人・二号機》の月影瑠璃。絶対にその話題には触れるな、と言わんばかりの形相でモニター越しに歩駆達を睨んでいた。
「……それにしてもあのハデなピンク色の機体、一体何をするつもりなんだよ?」
歩駆はアイドルの少女よりもSVの方が気になっていた。何かモヤモヤした謎の感覚が体中に伝わってくるのだった。
ピンクのSV、《ハレルヤ》は背中のバックパックから円盤状の機械を上空に飛ばした。
約50メートルぐらいの高さで静止すると、円盤はライブ会場の方へ傾き、高速で回転を始める。
『サテライト・スタンバイ、ドレインスタート』
無機質な合成音声が合図をすると、次第に輝きだしスピードがドンドン増して、目を開けられないくらいに目映く発光した。
『キャプチャーディスク、チャージ120パーセント』
「来て! みんなのエールを!」
円盤が一瞬、発光を止めると《ハレルヤ》に向かって貯めた全てのエネルギーを放出。虹色の光条が《ハレルヤ》を包み込んだ。
「あれって〈ダイナムドライブ〉の輝きじゃないのか?!」
それを見て驚きのあまりシートから飛び上がる歩駆。コクピットの映像に映る光は《ゴーアルター》が放つ光の色と似ていた。
あの虹色の光は《ゴーアルター》だけに搭載される特殊な動力発生装置である〈ダイナムドライブ〉が作り出す生命力の光だ。と、ヤマダ博士に説明された。
「一体どういう事なんだよ? コイツは、コイツだけの力じゃなかったのかよ!?」
疑念。嫉妬。歩駆の中に負の感情が生まれる。
ただでさえ今は自分の失態のせいで能力を封印されているとは言え、《ゴーアルター》以外にあの力を使えるマシンが普通に現れたら立場がない。
だがしかし、〈ダイナムドライブ〉を扱う事に関する危険さを知っているのは何よりも歩駆自身である。
あのアイドルの少女が訓練されたパイロットだ、と歩駆には絶対に見えないのだ。何故ならば、
「何であの女の子はロボットって…………SV(サーヴァント)だろうが!」
『ツッコミ所はそれかよお前!』
歩駆にとって理由はそれだけで十分であった。
「出ますよ! 開けてください!」
SV降下用のハッチがオープンされると猛烈な風が輸送機のハンガー内に流れ込んできた。
「真道歩駆、《アームド・ゴーアルター》行きます!」
モヤモヤとした気持ちも、ロボットのパイロットになったら一度は言ってみたい念願の台詞を言えてスッキリし、ご満悦のまま《ゴーアルター》は勢いよく外へと飛び出した。
背中のブースターを吹かし、徐々に高度を下げながら飛行する。本来ならもっと早く飛べるのだが重拘束装備の〈アームドウェア〉では今の速度が精一杯だった。
『ハイジ・アーデルハイド、《戦人》出るぞ!』
『月影瑠璃、《戦人・二号機》発進します』
少し遅れて続けざまに《戦人》、一号機と二号機が発進。飛行形態に変形して《ゴーアルター》の後方に並ぶ。
『模造獣は一匹見たら十匹は湧いてくるからな。勘弁してほしいぜ』
『無駄口叩いてる暇があるなら敵を叩いてほしいものね』
「まぁまぁ、そんな戦闘前にツンケンしてどうすんですか」
『一番の不安は君よ』
『また街を吹き飛ばすんじゃないぞ?』
「やって見せますって、その為に訓練したんだっての!」
すっかりトリオ漫才が板に付いてきた三機は現場へと降下する。
セイルは、かつて無いほど満たされていた。
この気持ちの高ぶりはライブの比ではない。己の体に直接的にパワーが漲っている感覚。
「さぁて、アンコールの時間よっ!」
輝きを放つ《ハレルヤ》は背中の四枚の羽を開く。先端部、菱形のパーツが分離した。
「そぉれ行きなさい〈フェザーミサイル〉!」
四つの菱形は不規則な軌道を描いて敵SVに向かって飛んでいく。それを捕まえてやろうと手を伸ばす《敵SV》だったが、高速で飛行する菱形は手のひらを貫通して、腕を通り、肩まで貫き通った。
「うぅ……これは、エグいよ」
「アイドルにおさわりは厳禁なのよ! 続いては……こう!」
細長い槍状のロッドを指揮棒にして菱形に命令を出す。
《ハレルヤ》の前に花びらのように円形の形に並ばせる。すると、時計回りにグルグルと回転し、真ん中の空間に光球を作り上げる。
「そーれ、飛んで行けぇー!」
虹色の光球は勢いよく敵向かって発射され敵SVの一機が直撃を食らう。
粒子に飲み込まれた《敵SV》は手足の先端だけを残し消し飛んだ。
「イエーイ!」
コクピット内部カメラに向かってセイルは勝利のブイサイン。それに会場が大いに沸く、はずだったのだが。
「あ、あれれー……? みんなぁノリが悪いぞぉ? さっきまでの元気はどしたーっ!?」
歓声が無いわけではない。全員が先程のテンションよりも低くなっている。もちろん、最前列の熱心なファンは見た目変わらず熱狂的だ。
「いよ~し! じゃあもっと派手な必殺技でみんなをあっと驚かせちゃうよ~! ……あれ、どうしたのマネージャー? 行くよ」
操縦席のマネージャーは酷くグッタリしてコンソールに突っ伏していた。セイルは下段に降り、シートに駆け寄って体を揺さぶった。
「……ちょっ、待ってセイルちゃん。何か急激に……頭が、あぅっ……」
顔色が真っ青になり目の焦点も合っていなかった。
「そんな……しっかりしてよ! セイル操縦できないんだから! 敵が来ちゃう!」
恐る恐る前を見る。もう一体の《敵SV》はその場で静止していた。
「止まったの? 壊れちゃった? もう終わり?」
しばらく微動だにしない《敵SV》だったが、ここで形態に変化を起こし始めた。
人型のシルエットから全く別の形へと大きく姿を変える。
それはセイルにとっては見たことがある物だった。
「模造獣って本当に居たの? て言うか何あれ……スピーカー?」
鉛色の箱に皿の様な物がついたのが三つに小さな手足が生えた物体が出来上がった。
変身が完了した《スピーカー模造獣》は四角いボディを振動させる。重低音の唸り声がビルの窓ガラスをガタガタと震えさせた。
「何かする……?」
女の勘が働きかけ、とっさにセイルはシートのマネージャーを押し退けて操縦桿を握った。
それと同時に《スピーカー模造獣》は咆哮する。
スピーカーから放たれる衝撃波は木々や電柱、車などを吹き飛ばした。ビルの看板を意図も簡単に外れ、窓ガラスは粉々に割れ砕け散る。
それはまるで大型の台風が通ったかの様な光景が《スピーカー模造獣》の前方数十メートル、扇状の範囲は見るも無惨に瓦礫と化す。
そして、セイル達の《ハレルヤ》は上空に居た。
「危機……一発?」
大きく跳躍して難を逃れたが《ハレルヤ》は空中でバランスを崩し、背中から地面に落ちてしまった。マネージャーはシートベルトとヘルメットのお陰で無事だったが、セイルはコクピット上段の壁へと体が激突する。
「まさか……これ、エネルギー切れってこと?」
前方のスクリーンに映るのは、ゲージが空になった事を表す“EMPTY”の真っ赤な文字。
絶体絶命かと思ったが突然、通信が入る。その相手は、
『生きてるかァい? まァだ死なれちゃ困るんだよなァ。君を応援しているファンや私を失望させないでくれたまえよ?』
いちいち癇にさわるヤマダの甲高い声に、セイルはかつて無いほど苛立ちを覚える。さらには額から血が流れ出し、国民的美少女の顔が台無しであった。
『また〈セミ・ダイナムドライブ〉を起動させたまえよ。あの模造獣を倒せば君は日本のアイドルとして……いや、世界的、地球的、宇宙的な大スターになれるはずさァ?』
ヤマダが仰々しく大袈裟に語る。
胡散臭すぎるこの男を信じるわけでは無いが、このまま死ぬわけにはいかない。
(セイルが死んだら日本が悲しみに包まれるちゃうし……)
自分も大層な事を思いながらコンソールの画面をタッチする。
「みんなお願い、また力を貸して……!」
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