第14話 茶番と本番
「みんなぁーまだまだ元気ぃ!?」
『『『うおおおおおおおおおおおおー!』』』
「後半戦も気合い入れるよぉ~っ!」
ライブ会場のボルテージは最高潮に達していた。それは、まるで建物全体が揺れるぐらいの勢いだった。
(いやいや、流石に揺れすぎでしょうコレ?)
ステージが大きくぐらついて虹浦セイルは転げそうになる。それは、履き慣れないヒールの付いた靴のせいではない。
『ご来場のお客様にお知らせ致します。ただいま、会場付近で爆発が有りました。ライブを一時中断し、安全が確保されるまでその場で待機してください』
突如、アナウンスが会場中に響き渡った。観客はざわつき始め、ライブの中止になる事に一部のファンの怒号が飛ぶ。
「せ、セイルちゃ~ん!」
「マネージャー」
「説明はこっちで……あ、アレの出番だよ」
額から尋常じゃない汗を吹き出しながらマネージャーはセイルの小さな手を引き、舞台裏へと連れていった。
「例のが近くに現れたって今スポンサーから。まさか、御披露目だけのハズが本当に」
「アハハッ! 何でマネージャーが緊張するの? 主役はセイルなんだからね」
「いや、でも本当なのかな? 最近起こるSVの自動制御装置の暴走なんかじゃなくて、実は宇宙人……模造獣だって噂は」
「大丈夫だって! だってセイルだよ? 」
不安げなマネージャーを余所にセイルの表情は自信に満ち溢れていた。
セイルはスタッフ達を集めて、予定の変更と今から行う事の説明と演出について指示をする。
数分後、一口水を飲んで少女は再びステージを駆け出していった。
「みんなぁ落ち着いてくださぁい!」
少女の登場で会場のムードは一変、明るさを取り戻した。
「まずはコレを見てほしいのです」
暗転するとステージ中央と左右に設置された巨大スクリーンに映像が映し出される。
それは会場の外だった。遠方から巨大な二体の人影がこちらに向かって来ている。ガードレールや車を踏み潰しながら進行するSVを見た観客がざわめきだした。
「たった今、あの暴走したSVがこっちの方向に来ています! でも、大丈夫なのです!」
指をパチンと鳴らす。すると、高さ20メートルの天井が左右に開かれた。天気は雲一つ無い晴天である。
「今日、皆さんに発表したいことは……アイドルの中でもまだ誰もやったことの無いことに挑戦したいと思いまぁすっ!」
セイルは床に開いた穴に勢いよく飛び込んだ。
大きな振動と音が会場を鳴り響く。これから何が起こるのか、観客たちは期待と不安な気持ちで一杯だった。
「今日から私はみんなを守る正義のヒーローになりますっ! これが、私の力ですっ!」
ステージが割れる。その中から唸りを上げて現れたのは、何とSVだった。
鮮やかなショッキングピンクのボディには綺麗な石をあしらった装飾品の数々。スマートな体型の背部には大きな羽が四枚。とても戦闘用には見えない姿のSVである。
「虹浦セイル、行っきまぁすっ!」
スポットライトが当たり火花が派手に散る。ピンクのSVは可愛くポーズを決めると、ファンの歓声を受けながら大空へ飛び立った。
「……どう? 中々良い感じじゃあない?」
「いやいや強引すぎるでしょセイルちゃん? 一部の人ポカーンとしていたよ」
「ほらほら前見て運転する! 危ないでしょ?! それに着替えてるんだからぁ!」
紙袋から薄い生地の全身タイツの様な派手な衣装、パイロットスーツに着替え始めるセイル。
コクピットは広く“二段”になっていた。下段は一般的なSVと同じタイプの操縦室であるが、上段は半球体で外が一望出来るスクリーンに細い背もたれ用のスタンドのみ。
「実は隠してる事がひとつありまぁす! それはですね……今から戦うロボットは、本当は事務所が用意した誰も乗ってないラジコンなのでぇす!」
「えぇーっ? それってヤラ」
「演出ですよぉ演出。私の代わりにマネージャーには一ヶ月で免許取得してもらうために真面目に取り組んでもらうには緊張状態にするのが一番かなぁと」
「そんな、てっきり本当にまた暴走事件、最悪宇宙人襲来なのかと思ったのに……」
マネージャーは大きくため息を付くその反面、本当の戦闘にならなくてホッともしていた。
「ちょいちょい~っと蹴散らしちゃってよ。この子、《ハレルヤ》はそんじょそこらのロボットとは性能が違うんだって? もう超強いらしいよ」
「……五日前に色々と操縦をレクチャーされたけど普通のSVで良かったんじゃないの? 本当の事を言うとスポンサーの“イデアル”って所、どうも怪しいんだよねえ」
ボトルの水を飲みながらマネージャーは怪訝な表情をする。
「芸能界なんてさ、基本は怪しい存在じゃないの?」
「そうなんだけどもさ。軍の宇宙生物研究機関がアイドル事務所のスポンサーになるかな?」
「スーパーアイドルであるセイルちゃんは宇宙人との戦争を止められるのか!って研究をしたいとか? ギャラクシー規模で素敵!」
そんな壮大な夢を妄想しながらセイルはクルクルと跳ね回った。
「さぁて、お着替え完了~っと! なぁんかヒーロー感ってのが出てるって感じ?」
セイルは機体と同じくピンクのパイロットスーツに身を包みポーズを決めた。
「そろそろ下に降ります。揺れますよ?」
「うん。さぁ、ショータイムよっ!」
現場のスタッフ達は慌てふためいていた。
ここからライブ会場までの道程にある建物の住民に協力を願い退去してもらった。何かを壊しても事務所がちゃんと弁償する。もちろん、こちらが用意した小道具以外壊す予定は無いのだが。
「どうしますか?! 何か二つともSVの操縦が聞かなくなったんスけど……」
「中古でケチったのが不味かったのか……トヨトミのSVだったかコレ?」
「いえ、あれはゲッサン製です」
リハーサルでは二体ともちゃんと動いていたが今になって全くコントロールが聞かない。真っ直ぐ会場まで歩いているのは良いが、時々腕を無茶苦茶に降り下ろして電柱や家の壁を破壊するのは非常に不味い。
「この際、もうやっちまったものは仕方ない。カメラ回せ! 逆に迫力が有って良いだろう。ヤケだヤケ!」
プロデューサーは頭を掻きむしりながら叫んだ。
「セイルちゃんのSV来ます!」
「ばっちり撮せよ!」
空の彼方からピンク色のSVが飛来してくる。
七色の粒子を背中の羽から撒き散らしながらゆっくりと二体のSVの前に舞い降りた。
『現れたわね暴走ロボット! この町の平和は虹浦セイルが守る!』
道路に着地し《ハレルヤ》はビシッと指を差す。
(操縦してるのは僕なんだけどな……)
心の中で愚痴りつつマネージャーはフットペダルを踏みしめ、機体を前進させた。
『やぁー! とぉー!』
コクピット後方のセイルが《ハレルヤ》の動きに合わせてパンチやキックを繰り出す。
と、言っても彼女の動きに機体が連動している訳ではない。
細い四肢の《ハレルヤ》の遅いノロノロな格闘攻撃に相手のSVは簡単に当たって倒れてくれていた。
手を上げて襲う真似だけ攻撃はしてこない。《ハレルヤ》は背中から金色の槍を取り出し、思いきり振りかぶった。敵SVが民家に頭から突っ込みそのまま動かなくなった。
そんな映像が写し出されている会場では歓声が沸き起こっていた。はっきり言って特撮番組より見ごたえの無い戦いであったが、アイドルが戦うと言う事だけでこの盛り上がりなのだからファンとは単純である。
『みんなぁやったよ~!』
笑顔でVサイン。最早、雄叫びに近い観客の喜びの声を浴びせられセイルは今までにない満足感に浸っていた。
下手するとこれが人生のピークなのかもしれないが、ゆくゆくは世界進出も夢じゃない。そう感じていた。
マネージャーも涙を流して喜んでいた。セイルと四年間、初めは辛く厳しかったが二人三脚で頑張ってきた甲斐があった。
「…………なんだ?」
倒れていた二体のSVが突如立ち上がった。
「あれ、まだやるんです?」
下に居る撮影クルーに向かってマネージャーが呼び掛ける。
「こっちは動かしてないぞー! コントローラーの調子が悪いみたいだー! すまないが壊してくれても構わん!」
拡声器でプロデューサーが叫ぶ。スタッフ達が操作機械に集まってどうにか出来ないものかと右往左往していた。
「えぇ!? そんな……ど、どうするセイルちゃん? 降りる?」
「降りるのメンドクサイ、見てる。頑張れマネージャー!」
カメラがもう回っていないと分かるとすっかりオフモードなセイル。
どうせコンピューターの動きだしシミューレターで高難易度もクリア出来たし大丈夫だろう、とマネージャーは軽い気持ちで挑んだ。
「ヤバイぞ……押されてるんじゃないのか?!」
カメラマンは撮影しながらボソッと呟いた。
スローな動きをしていた中古のSV二体はまるで凄腕のパイロットが乗ってるかの如く機敏な動作をしていた。それに《ハレルヤ》は全く着いていけず赤子同然だった。
「もう! せっかくのセイルのロボットがボコボコじゃん!」
「そんなこと言ったって……うわっ!」
おさっきの返しとばかりに模造獣達は左右から同時に殴る蹴るの猛攻。手も脚も出ずに逃げ回るしか出来ない。
『お~困りかなァ!?』
急に通信が割り込んで入る。怪しげな風貌、会場で売っているセイルのグッズを見に纏った奇妙な男が画面に現れた。
「あっ最前列にいた人!」
「ヤマダさん!」
その男を見たマネージャーはスットンキョウな声を上げる。
「だ、誰なの?!」
「スポンサーだよ。この機体を作った人でもある」
『天才だ。誉め称えよォ!』
異様にテンションが高いこの男にセイルは酷く警戒した。生理的にとてつもなく苦手なタイプである。
『今こちらからも応援を向かっている。……敵はイミテイトの模造獣だ』
「本物の宇宙人!?」
「ちょっと聞いてないですよヤマダさん!?」
『そう言うこともあるのだよ。全く超偶然だなァ!?』
ヤマダは悪びれもせず言ってのけた。
『こんなこともあろうかと、その機体……《晴邪(ハレルヤ)》には奴等を倒す秘密のシステムがあるんだよ。どうする? 正義のヒーローを待つか、君達がヒーローなるか』
「それは待ち」
「やります! セイルにやらせてください」
食いぎみにセイルが返事をする。その瞳がキラキラと輝いていた。
「待ってよセイルちゃん、操縦してる僕の見になってよ!」
『いいや、《晴邪(ハレルヤ)》の力を引き出すには彼女の力が必要不可欠だ。詳しい説明をそちらに送る。よーく読みたまえ!』
機体に新たなシステムがアップデートされた。敵から逃げ惑いながら二人は送り込まれた仕様書をサッと確認する。
「何となく覚えた! 後はぶっつけ本番、やるしかない!」
「あぁ……もうどうとでもなれ」
二人は覚悟を決めた。
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