第三章 偶像崇拝のセイル

第13話 オンステージ

 2015年。

 それは、目映い光を放ちながら極寒の氷の大地に悠然と降り立った。

 宇宙から飛来した謎の宇宙生命体、通称『模造獣(イミテイト)』

 人類と交戦を開始するも模造獣の圧倒的な力を前に苦戦を強いられていた。

 模造獣は兵器に擬態して攻撃を行う。

 ライフルを、戦車を、戦闘機を、無形で半透明の身体を自在に形態を変化させる。

 さらには驚異の再生能力を持ち、ほとんど攻撃は無力化されてしまう。

 成す術が無くした人類は滅亡を覚悟した。

 しかし、そんな中で奴等に対して≪ある疑問≫が一つだけあった。

 模造獣には真似出来なかった物があった……。


 それは『人の形』である。


 模造獣が変化させるのは兵器などの無機物のみで生物、特に人間に擬態する事例は無かったのだ。

 軍は当時まだ開発段階である多目的人型戦略機械サーヴァントの実戦投入に最後の望みを賭けた。

 すると人形に擬態の出来ない模造獣は動きが止まり無防備状態となった。

 サーヴァントは模造獣に有効であると分かり戦闘おいて数々の活躍を見せた。そして軍は早急に機体を増産、新型の開発に力を入れ本格的に模造獣の殲滅を開始する。

 激戦の末、人類史上初の宇宙人との戦争は人類の勝利で幕を閉じた。

 この時、今後迫り来るであろうあらゆる驚異に対して全世界は結託し《地球統合連合政府》を設立するのだった。




 大きな鏡とロッカー、それとテーブルのある小さな座敷の部屋。

 スーツ姿の真面目そうな男は派手な衣装を身に纏う幼い少女を監視していた。


「……ってあるけどさぁ、コレおかしくない?!」

 勉強道具をテーブル一杯に広げながら、少女は社会の教科書にツッコミを入れた。ページには自分が気になるワードにピンクの蛍光ペンで線をやたらめったら引いている。


「まず模造獣なの? イミテイトなの? どっちなの?」

「あぁ、イミテイトって言うのが宇宙人の総称で、そいつらが何かに変身したのが模造獣と言うことらしいですよ」

 スーツ男は懐のポケットから取り出したスマホで検索したサイトを見ながら答える。その情報を聞いて少女はそれをノートに丸々書き写した。


「なぁんか出来の悪いアニメみたいよ」

「事実は小説より奇なり、とも言いますし」

「そんな侵略者が来てる割りにはセイル見たことなぁい!」

「まぁ現れた2015年中に全部駆逐されたって話になってますし」

 教科書に書かれているのは襲来と戦闘終結が同じ年になっていた。だが、詳しい日時についての情報は無い。


「だってソコがおかしいよね? 15年に来て15年で全滅? それで南極……北極? 以外の他の国とかには現れなかったのかなぁ?」

「それは……どうなんでしょ? 僕も五歳ぐらいですし……そんな事はいいんですよ。本番でまであと五分ですし。さっさと宿題を終わらせましょうセイルちゃん」

 スーツ男に急かされて少女、セイルは鉛筆を走らせる。ほぼ教科書を丸写しで書いている為、内容は全く頭には入っていなかったが仕方がない。


「出来た!」

「はい、じゃあ急ぎましょ」

 教科書とノートを鞄に突っ込み壁に向かって放る。シューズボックスから可愛らしいリボン付きのブーツを取りだし急いで履きドアノブに手を掛けた。


「待って!」

 先に部屋の外に出たスーツ男に向かって叫ぶ。ブーツで畳を踏まないように膝立ちで鞄まで歩く。


「行ってくるね、ママ」

 鞄から写真を取り出す。それはどことなく少女に面影が似ている綺麗な女性だった。セイルは写真にキスをすると、一度拝んでから大事そうにまた鞄に仕舞う。


「セイル早く!」

「もう、わかってるからっ!」

 煽られ思わず立ち上がってしまったが、新品の靴であるからセーフだと思いセイルはノロノロと畳の上を歩いて部屋を出る。


「お待たせ」

「ほら、すぐ開演だから急いで!」

 二人は廊下を全速力で駆け抜けていった。


 一万人を収容する巨大なホールには、今日の主役が姿を現すのを今か今かと待ちわびるファンで埋まっていた。二階席、三階席、老若男女様々な世代の人達が集まっている。

 暗転。

 特設ステージの中央にスポットライトが当てられると、床が開いて中から一人の少女が迫り上がって現れた。

 

「みんなぁ~! 虹浦セイルのライブに来てくれてありがとお~!」

 セイルの登場により割れんばかりの歓声が会場を包み込んだ。前列の気合いの入ったファン集団がペンライトを踊るように振りまくる。


「色々と暗い事が続いてるけど今日はそれを忘れて楽しんでくださぁい! それとセイルから重大発表もあるのでお楽しみにぃ!」

 再び大きな歓声。凄まじい熱気であった。

 セイルはステージの前面に移動すると照明がきらびやかに輝きだす。


「それじゃ最初の一曲“エンジェル・パルス”いっくよぉ~!」




 一ヶ月が経った。

 あれから模造獣の出現は無く、歩駆はハイジ達と共に日々訓練の毎日を送っていた。

 始めは意気揚々と張り切っていた歩駆だったが、最初の一週間は基礎体力を付けるためにひたすら筋トレばかりで、すぐに音を上げてしまった。

 これならば学校でボーッと授業を受けていた方が遥かにマシだ。と思う歩駆だったが、それを出来なくしたのは自分だと言うことを思いだし自己嫌悪に陥る。

 そして今日はシミュレーターではなく実機を使った戦闘訓練の日である。


「ほら、俺ってば本番に強いタイプだからさぁ。練習とか模擬とかって力が入らないんだよねぇ」

 久しぶりに《ゴーアルター》に搭乗できるとあって、かなり気合いが入る歩駆。余りにワクワクしすぎて前日から全く落ち着きがなく基地の通路を意味もなく歩き回っていた。。


「嬉しそうだね」

「あぁマモルか、もうちょっとで禁断症状が出るところだったぜ。久しぶりに暴れてやるんだ。俺が対人戦でも強いって所を見せてやる」

 しかし、現実はそうは簡単にはいかなかった。


「くぅっ……そっ重い!! 何だこれ? 何だこれ! あの時みたいに思った通り動かないぞ?」

 ゆったりと《ゴーアルター》は前進する。先日の戦いのような機敏さはなく、まるで“ロボット”のようにドシンドシン、と規則正しく歩行する。


『それはそうだろう。〈ダイナムドライブ〉とのリンク率を下げているんだからな!』

「でも、新装備でこんなに重くなるはず……どわっ!」

 視界外からの攻撃。《ゴーアルター》の肩の後ろに衝撃が走る。


『その装備は貴方の為でもあるのよ』

「だからって二対一はさすがに卑怯でしょ!?」

『スペック上は君のSVはこちら以上の性能だって言うんだから当然……でしょっ』

 コンテナの上から現れた瑠璃のSVが放つ小型ミサイルの雨が《ゴーアルター》に降り注ぐ。とっさにシールドを構えたが遅く、防げなかった右半身がカラフルな色で染まった。


『それでも動けている方だと俺は思うぞ? カカシから動くカカシぐらいにはな』

「だぁぁッ! そっちは見るからに高機動型っぽいじゃないですか!? こっちはアーマー装備で鈍くなってるのに!?」

 今の《ゴーアルター》は全身を強化装甲で覆っていた。これは単純に防御力を上げる為のものではなく、能力を制御する“拘束具”の役割を担っていた。


『真道くん。貴方がまた不必要に力を行使して街を破壊しかねないでしょ? だから、そうならないようにする為の訓練なのよ?』

 と瑠璃が割って入る。


『まずは基礎から学ぶことが大事よ? それを覚えなきゃ本来実戦に投入なんて出来ないんだから。第一、町中であんなアニメや漫画みたいな必殺技を使うなんて駄目に決まっているでしょ? アニメや漫画じゃないんだから』

「当たり前の事を何度も言わないでくださいよ!」

『分かってないから言っているんです! そもそも君は……』

『まぁまぁストップだ! ……わかった、一端クールダウンしよう。特別教官の月影も落ち着け。これから俺達三人で各所に出向く事になるんだし、言い争いはこのくらいに』

『え? 私も出撃するんです?』

『当たり前だろう。何のために《戦人(イクサウド)》の2号機の中の改装したと思ってるんだ。高いらしいんだぞソレ』

 ハイジは愚痴を溢す。演習が遅れてしまったのも閉所恐怖症な瑠璃の機体の改造が原因である。

 二人の機体、IDEALの最新鋭機であるSV《戦人》は純粋に模造獣を駆逐するため十数年ぶりに制作された機体だ。

 性能は他のSVを圧倒し、単独での飛行を可能とする巡行形態へ変形できる。

 瑠璃機は元々予備として用意していた物だったが、彼女が乗ることが決まった為に通常規格のコクピットを全周囲モニターの特別シートに取り換えたのだった。


「瑠璃さんって昔は凄腕のパイロットだったんですよね?」

『天才美少女なんて持て囃されてるのをTVで俺も見たぞ。歌も出してたよな?』

『あぁもう五月蝿い五月蝿いっ! 演習! さぁ続きをやりましょう!』

 顔を真っ赤にしながら瑠璃はトリガーをカチカチと何度も引いた。両手に持ったライフルを乱射しながら突撃する。


『おいおい、俺を撃つなよ!』

『関係ないです! 私もブランクを取り戻すんですから、今度はお二人がかかってきてください!』

「ちょっと待ってくださいよ。えーっと、マニュアルモードだとペダルを踏みながらレバーを……」



「いいなぁ……なんかボク最近、蚊帳の外感で超絶寂しい~」

 管制室で演習場を眺めながらマモルは寂しそうに呟いた。


「時任のお姉さま? ボクにもサーヴァントの一台や二台、余ってるのあるなら乗せてよぉ」

「それは駄目よ? 遊びじゃないんだから。それにマモルちゃんにはアルク君のお世話係って言う任務があるでしょう? アルク君の帰る場所を守らなくちゃ……マモルだけに」

 口を押さえながら、自分で言った事に自分で笑う時任。


「そだね。奥さんは旦那の留守の間は我が家の守るのが仕事だもんね!」

 自信満々のマモルは全く高さの無い胸を張る。


「あら? もうそこまで?」

「まだだけど……」

「未成年なんだから不健全な事はまだ駄目なんだからね?」

 時任はマモルのおでこに軽くデコピンした。


「う~……そういや、あの変態白衣はどこ行ったの? 最近見ないけど……」

「ヤマダ博士? 彼ならアイドルのライブに観に昨日から出ていったわ」

 一週間前から外出許可を取っていたヤマダは地下の研究室に籠っていた。そして、前日に目を真っ赤にして現れて夜中の内にヘリで飛び立った。


「えぇ!? この宇宙生物襲来で日本の危機なのに、そんなことやってんの?」

「そのアイドル事務所って言うがね、ウチがスポンサーしてるのよ」

「正義の組織なのにそんな手広くやってるんだ?」

「色々あるのよ、色々とね?」

 いたずらっぽく笑う時任。その笑顔に思わずドキッとしたマモルは照れ隠しに再び演習場の方へ顔を向けた。


「……あんまり刺激的なのは奴等を引き付けちゃうんだよねぇ」

「何か言った?」

「ううん、何にも? 何でも無いですけどねぇ?」

 マモルはわざとらしく誤魔化した。

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