第12話 計画

 戦いが終わり、歩駆達はIDEALの基地に帰投する。

 心と体がもうボロボロで数時間の間、歩駆は《ゴーアルター》の中で睡眠を取った。

 一方、瑠璃の《尾張五式》は戦闘によるダメージで不具合が生じてコクピットから出られなくなってしまい、機体ごと一緒に着いていくことになった。


「アルクお帰りぃ! どうだった? 怪我してない?」

「揺さぶるな馬鹿……吐きそうになる」

 無事、基地に帰ってきて輸送機から機体を搬入して慌ただしくなる格納庫。隅の休憩スペースで一息付こうとベンチに座った矢先、マモルが驚かせようと後ろから抱きついてきた。


「ねえ、正義の味方としての初仕事はいかがなものですかね?」

「ん……あぁ、何て言うか体から悪い物がドバーッと出てったと思ったら、色んな物がグアーッと入っていって……ヤベッ吐く!」

 口を押さえて飛び上がる歩駆は壁際の床の溝に顔を突っ込んだ。そんな醜態を晒す少年の背中をマモルは優しく擦ってあげる。


「ヨッ! シンドウ・アルク、正義の答えは見つかったか?」

 四つん這いのまま後ろを振り向くと、ハイジ・アーデルハイドが白いビニール袋を手に提げて現れた。


「取り合えずお疲れさん。どれを飲む? 選べ」

 袋の中には三種類の缶ジュースが入っていた。

 スポーツドリンク。

 コーラ。

 レモネード、の3つだ。


「じゃあ……ポカリンで」

「チッ」

 不満げな表情でハイジは青色の缶を投げ渡す。


「で、どうなんだ? 答えを聞こうじゃないか」

「んー……わかりません!」

 飲みながら歩駆はそう答えるとハイジは膝をガクッとさせた。


「オイオイそりゃあねえだろ? 何だったんだよ、あのやり取りは!」

「少なくとも自分の無力さは痛感しました。自分が選んでこうなった結果に言い訳はしませんし、とても反省しています。それに自分の思い描く正義をやるには、自分はとてもじゃないですけど弱い……だから」

 一呼吸置いてジュースをあおり、缶を握り潰す。


「だから、これから考えます。今後の行動がその答えです!」

 歩駆は真っ直ぐとハイジの目を見つめる。その真面目な表情をする歩駆を見てハイジは俯いて、フッと吹き出して大声で笑った。


「フフ……ハハッそうか、そいつはいい! 答えは零点だが、今はそれでいい! 取り合えず歓迎するぜ。ようこそIDEALへ」

 二人はガッチリと握手を交わす。そんな二人を見て蚊帳の外になったマモルは床に置かれたコーラ缶をおもいきり振った。


「少年とその他ァ! こっちへ来ォい!」

 ヤマダ博士の叫びが響く。三人は声のする方へ向かった。


「少年よ水臭いじゃないかァ? 中に入るの、あの“月光の妖精(ムーンライト・フェアリー)”なんだって?」

 興奮したヤマダが食い入るように歩駆に詰め寄る。鼻息が顔にかかりそうだった。

 三人の目の前にはボロボロになった《尾張五式》が機械で固定されていた。その回りを二人の整備員が慎重に胸の装甲を引き剥がしている。


「いやぁ画像だけで1テラバイト以上は有るよ! 光栄だなァ! 全盛期からファンなんだよ! あの操縦テクは惚れ惚れするさァ! ベストツインテーリストを受賞するぐらい美少女何だぜェ!?」

 タブレットをヤマダが指でスライドすると、少女の画像がパラパラ漫画のように動いて見える。イベント等に出演する本人を秒単位で写真に納めているらしい。もちろん、と言うか確実に盗撮である。


「博士、開きますよ」

「待ってましたァ!」

 整備員が機械のスイッチを押すと小さな二本のアームの様なものが動きハッチを開けた。すると、


「ふぅ……はぁ、やっと出られた……!」

 出てきたのは、とても美人な女性だった。白のシャツにタイトなスカート、綺麗でサラサラの長い髪、キリッとした目と眼鏡がよく似合い、知的な印章を醸し出している。作業中の整備員達も、手を止めて思わず見惚れてしまう。


「綺麗な人だなマモル」

「でも胸は無いね……ボクも無いけど」

 他と違って案外、普通なリアクションの歩駆にちょっとだけ安心するマモルだった。


「はァ? 誰?」

 ズカズカと近寄って、上から下まで舐めるように見るヤマダ。急にやって来た不審な白衣の男に瑠璃は激しく嫌悪感を抱くと、即座に先の戦闘で聞いた陰湿な声の主だとわかった。


「何なんですか貴方は?!」

「何なんですか貴方はってかァ? そう、この私が天才ヤマダ・アラシだ」

 変なポーズで名刺を差し出す。瑠璃がそれを受け取ろうとするが、ヤマダはサッと引っ込める。


「だからお前誰だよ? 人にモノを訪ねる時は自分から、って教わらなかったか」

「……わ、私は月影瑠璃。今はただのボランティア活動をしています」

「違うな、私の知っているルリルリは、もっと小さくて可愛いキュート美少女だ。お前のような女が、あの月影瑠璃であるわけがない、そうだろ少年!」

 ヤマダは突然、振り向いて歩駆を指差す。


「……いや、知らないッスけど」

「人違いor時流残酷。どっちだ女ァ?」

「後者……て言うかそれはどういう意味かしら?」

 ただでさえ肌の白いヤマダの顔から血の気が引いていた。

 人はこれ程まで絶望した表情を見せるのか、と言うぐらい顔面蒼白だった。


「…………あ、見たい番組の録画忘れてた容量大丈夫かな何か消すかな」

 数秒間固まっていたヤマダだったが無表情のまま何かをブツブツと呟き、何事もなかったかのように何処かへ走り去った。


「何なの、あの人?」

「ありゃあ、いつもの事だ。気にしていたらキリがない」

 頭を掻きながらハイジはヤマダのフラフラとした後ろ姿を見送る。


「すいません、貴方はもしかしてアーデルハイドさん?」

「ん、あぁそうだが? すまないな、誰だったか」

「やっぱり。いえ、直接お会いした事は無いんですけれど。私の知り合い、ユリーシア・ステラさんから貴方のお話はよく聞いて居たもので。彼女とはその後?」

「……ユリーシアだと?」

 その名前を聞いてハイジは顔色を変える。悲しそうでもあり、怒っているようでもあり複雑な表情だ。


「……いや、人違いのようだ。俺とは関係ない」

 冷たい態度で返事をするとハイジも後ろを振り返り、肩を落としながら格納庫から去っていった。


「あの……すいません」

 お次は歩駆。まじまじと瑠璃の付けているある物を凝視していた。


「君が白いSVのパイロットね。助かったわ色々と……でも、君って素人なんでしょうけど、あんな無茶なんかしちゃダメよ?」

「はい、ごめんなさい。じゃなくて、その眼鏡って……」

 歩駆が気になっていたのは瑠璃の眼鏡だ。その形で赤い縁には見覚えがあった。


「これは私のじゃないの。自分のを無くしちゃって知り合いの女の子に借りたの。彼女視力が治ったとか何とか言ってたっけ」

「ちょっと見せてもらえます?」

 瑠璃から眼鏡を受けとると、歩駆は“ツル”の部分に注目した。


「……やっぱり、イニシャルが入ってる。渚礼奈のNLだ。あいつ眼鏡が無いと生活に支障が出るレベルの近眼なんですよ」

「礼奈ちゃん? 私が初めてあった時から眼鏡してなかったわよ?」

「えぇ? ……コンタクトに変えたのか?」

「まぁまぁ、そんな事どーでもいいじゃん! ボクたちのチームに新たな仲間が加わったんだから、こんな所で立ち話も何だし今後についてゆーっくり出来る場所で話し合あおうよ!? ねえお姉さん?」

 急にマモルが二人の間を割って入り、早口で捲し立てた。


「え? 私まだ仲間に入るとは決めてないわよ? ねぇ……貴方も何処かで見たことある気がする。女の子で良いのよね?」

「失礼な! ボクの何処が男の子に見えるって言うのさ?」

 短い髪、体格、薄い胸、遠目から見ればスカートを履いた少年に見えなくもない。


「でも、あれ? 彼の家族って弟さんだっけ? 病気じゃなかったっけ」

「あぁマモルの兄貴は自衛た……」

「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 急に叫ぶマモル。作業中の整備士達が驚いて一斉に振り返える。


「ボクも用事思い出した! じゃあまたねお二人さん!」

 そう言って逃げるようにマモルは退散して行った。


「……」

「……」

 歩駆と瑠璃はお互いポカンと口を開けたまま立ち尽くす。何だかよく分からない状況に戸惑っていた。


「取り合えず落ち着ける所に行きましょう」

「そうね」

 二人は共に歩き出した。

 彼らの長く、厳しい戦いはまだ始まったばかりである。





「……状況はどうなっている」

 天涯無頼は司令官室から見える絶景の海を見ながら訪ねた。

 基地の建物で一番高い所にあるこの部屋から眺める景色を天涯はとても気に入っている。

 見渡す限りの青。今居るこの基地を除いては周りに360度、二層の重なる青色の他に余計な物は何もない。開放的な孤立感が味わえる。

 だから、本当は早く一人になりたいのに職務が邪魔をする。さっさと目の前に居る女を下がらせて孤独になりたいのだ。


「トヨトミインダストリーの新型機SVの暴走と言うことでメディアには流しています。模造獣に関する動画や画像も全て削除しました…しつこく流す悪い子にはぁ……お仕置きっ!」

 副司令の時任久音はパッドを指でタップしながら楽しげに報告する。画面にはクマのようなキャラクターがバクダンを持って突撃するアニメが流れている。


「って言う具合です!」

 そう言うと時任は少女のような満面の笑みを浮かべる。若く見えるがこう見えても二十代後半だ。


「……そうか」

「彼、真道君は戦う事を決意した見たいですよ。と言ってもまだ理由ははっきりじゃないですけど、やっていく内に見つけるらしいです」

「……」

「不満ですか?」

「……計画に支障が無ければ、それでいい」

 時任の方を一切振り向きもせず天涯は窓に向かって呟く。


「以上、報告を終わります。それではこれで」

 敬礼をすると時任は部屋を出ていった。


「……人は何処まで行っても一人だ。だから、お前には“イドルシステム”の生け贄になってもらうぞ」




 IDEALの基地の地下深くのとある区画。

 そこはある研究の為に作られ、ごく僅かの人間しか知らない特別な場所。


「ふァ~削除メッチャ時間かかるゥ……」

 薄暗い部屋の中でヤマダは座っているイスでクルクル回りながら項垂れていた。パソコンの画面、進行状況を伝えるパーセンテージが30で止まって既に五分が経過していた。


「時間がもったいなァい!」

 書類の山をパラパラと捲っていく。何か面白い物は無いかと得意の速読で次々と読んでいく。


「ゥん? ……あァ! コレがあったかァさっぱり忘れていたァ! そろそろ良い具合に育った頃かにゃ~?」

「どれどれ! ボクに見せて!」

「よし、いいぞォ? コレはな……ってオイ!」

 振り返るとそこに立っていたのはマモルだった。


「オイィ……どっから入ってきたァ? ここは天才である私のプライベートルームと知って居るのかァ?」

「まぁまぁ細かいことは気にしないの。所でそれは何なの?」

「……コレはねえ。聞いて驚くなよォ? “神を作る”と言うとてつもない計画なのだよォ!」

「神?」

「そうだ。カリスマ性……突き詰めれば人々から敬われ、崇められる存在を人工的に作れないかと言う計画だ。題して“イドル計画”」

 仰々しく語るヤマダ。ポーズを決めると何故かスポットライトがヤマダを当てている。


「へえ」

「何だい何だい何なんだい! 聞いといてそれだけかァ?」

「人間が神様を作るなんておこがましいね。そんなものは自然の摂理に反するよ。絶対的な存在なんて馬鹿馬鹿しい」

 いつになく怖い顔でマモルは言う。普段の朗らかな雰囲気とは違い別人の様だった。


「……ふゥん、さすが言うことが違うねェ。人間には出来ないと思っているんだ?」

 ヤマダの眉がピクリと動きムッとした表情した。


「だって、それが出来てたら世界は神様の思い通りになっちゃうじゃない? 悪い奴等の世界征服と同じじゃん」

「君達がそれを言ってしまうかァ?」

「……どういう意味?」

「気付いて居ないとお思いかな? 天才には全てお見通しさ。お前、イミテイトだろ? それとも模造獣って言った方が良いかァ?」

 ヤマダは白衣の下から拳銃を取り出してマモルに突きつけた。マモルは顔色一つ変えずに銃身を見つめている。


「いつから?」

「そりゃあ、あの戦いの爆心地で《ゴーアルター》の外にお前が居るんだ。怪しさマックスだろうォ? 見りゃあ分かる……てのは嘘で、ココに運ばれてきた時に少年と一緒に身体検査を受けただろう? それで見つけたんだよ」

「おかしいね細胞組織は人間と一緒のはず何だけどな?」

「スキャンした心臓に小さな結晶を発見した。模造獣のコアとよく似た形をしていたんで、もしかしてと思ってな。ちなみに私と天涯司令しかお前が模造獣だと言う事は知らない」

 パソコンのファイルをクリックするとレントゲン写真が映し出された。胸の部分、脇腹の骨の間を最大限に拡大すると明らかに異質な菱形の物体がそこにはあった。


「模造獣って言い方は止めてくれないかな? ボクはあんなでき損ないと一緒にしないでほしい」

「なら宇宙生命体イミテイトか?」

「“イミテイター”だよ。進化した存在だ」

 突拍子も無い発言にヤマダは苦笑する。


「フフ……進化か。所詮は真似事には変わりないじゃないかァ?」

「ボク達はいつか本当の“ヒト”になる。人間を神になどさせない」

「いいのかい? 少年に君が人間じゃない事を言ってしまうぞ」

 歩駆の事を出されマモルの表情が大きく変わる。


「……そんな事をしてみろ。ボクは貴様をぶっ殺す」

 低く唸るような声色になり殺意を抱いているのがマモルから発せられる威圧感で分かり、ヤマダは体がビリビリと痺れる感覚があった。


「そう怖い顔をするなァ? 大丈夫だ言わないよ。計画に支障が出ても困るしねェ?」

 懐に拳銃を仕舞い、両手を上げて敵意が無いことを示した。いつの間にか右手に白旗を持っている。


「絶対だなんだね?」

「天才に二言は無い」

 ヤマダの宣言にマモルはいつものにこやかな顔に戻った。


「そう、ならよかった。じゃあコレはボクから仲直りの印だよ」

 マモルはポケットからゴソゴソと何かを取り出す。それは赤色の缶ジュースだった。マモルはデスクの上に缶を置いた。


「うむ、未開封。コーラは疲れた脳に聞くんだ。有りがたく頂戴するよ」

「じゃあボクはこれで。これからもよろしくねヤマダ博士」

 手をひらひらさせてマモルは部屋から出ていく。シリアスな表情のヤマダだったが、一気に緊張が解けてダラリと体を前に倒し大きく息を吐いた。

 正直に言えば、かなりの危険な賭けだったのだが新たな研究対象にワクワクで胸が踊っていた。


「さて……こんなパンパンに膨らんだ缶をどうやって吹き出させずに開けるか。それが今日の研究テーマか」

 

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