第11話 オーバー・ザ・ソウル
黒くて太い《ナナフシ模造獣》の長い柱の様な腕に指が生える。その五本の指は一つ一つが取り込んだSVのライフルの束を模して出来ているのだ。
左右の指ライフルが一斉に掃射する。銃弾の雨が空から降り注ぎ、《ゴーアルター》は≪フォトンバリアー≫を頭上に張り、瑠璃の《尾張五式》は背中に寄り添うようにしてくっつくが、バリアーの範囲が狭すぎたのか《五式》の左肩や脚の爪先に被弾してしまう。
「もうちょっと広くできないの? きゃっ……!」
ダメージを受けた《五式》は体勢を崩し、その場にしゃがみ込んだ。さらに悲劇なのは機体が被弾したことによりコクピットの全周囲モニターに異常が出てしまい、左側を撮すカメラが壊れてノイズだらけになった。閉所恐怖症の瑠璃にとって、これはかなり危機的状況である。
「ど、どうするの……ねえ君?! 何とか言いなさいっ!」
瑠璃は焦る余りつい口調が強くなってしまった。だが、《ゴーアルター》からの返事はない。
『女ァ……ちょっと黙っててくれないかね? 今、解析中なんだよ……』
ヤマダがイライラしながらコンソールとにらめっこ。ただでさえ揺れる輸送機の中でパソコンを打つのは集中力がいるのに、瑠璃のヒステリックな声に爆発寸前だった。
『少年、《ゴーアルター》からの情報はこちらでもキャッチした。ざっと見て、12人ぐらい居るね、あの中に』
「どういう事なの、さっきから生きてるって……」
「……だから! あの巨大模造獣の中に取り込まれた人達は、まだ生きているんですよ」
右脚に二人、左脚に三人、右腕に二人、左腕に一人、身体に四人。そして巨大な模造獣のコアが一つ 。歩駆には魂の有る位置が光って見えていた。
「助け出す方法は無いの?」
『…………どう見えてる少年』
「コックピットが、完全に同化してる様に見える。埋まって……脱出は無理か……!」
ばら撒かれる弾丸を避けながら、《ナナフシ模造獣》の周囲を移動しながら観察する。幸いにも、と言うか民間人らしき人はいないようだが事態は深刻だ。中にはパニック状態に陥った軍人が泣き叫ぶ様子が見える。
「まて、うぁ……や、やめろぉぉぉ!!」
その中で左腕の軍人が口に拳銃を突っ込み、自害した。その光景を目の当たりにし歩駆は目を背けたが、それが命取りとなって《ナナフシ模造獣》の柱腕によるスイング攻撃を避けられず、数十メートルもビルを薙ぎ倒しながら《ゴーアルター》は大きく吹き飛んでいった。
「何? 何よ、どうしたの?!」
『うーん、光点が一つ消えたねェ? 助からないと思って命を断ったか。どうするよ少年? 日本軍人さんのハラキリセップク待ってからアレを倒すかい?』
「…………博士。《ゴーアルター》には、あの人たちを助ける方法は無いんですか」
『無いね』
即答だった。
『そこまでご都合主義のマシンじゃあないよ。それ以外、模造獣を倒す武器なら色々と付いてるけどね』
酷く冷めた表情でヤマダは言い放った。
「見て! 移動するわ」
《五式》の先端の折れた指で指す方向、ゆっくりとした動きで《ナナフシ模造獣》は両腕を揺らしながら一歩一歩、豪快な足音を響かせながら歩き出す。向かう先は大勢の避難民が退避している方向だ。
「君! このままだと皆が危険にさらされるわ!」
瑠璃が叫ぶ。何とか出来るならば自分がどうにかしたい、とは思うが瑠璃の《五式》は非武装であるし、ダメージを負って歩行もままならない。頼れるのは《ゴーアルター》と歩駆だけなのだ。
「みんな……礼奈が」
幼馴染みの渚礼奈もこの辺りで避難生活をやっていることを歩駆は思い出す。一度は自分の間違いであの時、殺してしまったかも知れなくてとても落ち込んだ。
だが、彼女は生きていて更には今、命の危機に晒されいる。
「俺が守る……本当に、俺が守れるのか?」
『悠長に自問自答してる暇はないぞ少年。チャッチャと行かないと避難民もアレの養分にされちまうかもなァ』
「わかっていますよ! 自分が……やります」
覆い被さる瓦礫を押し退け《ゴーアルター》は立ち上がる。自分ならやれる、歩駆はそう心に言い聞かせ自らを奮い立たせた.
「今、行く。待ってろ礼奈……」
機体を空へと高く上昇させる。目標の《ナナフシ模造獣》に向け、斜め下に急降下した。フォトンの光を手に集中させて弾丸の様に突撃する。
「まずは無力化、腕を落とす!」
胴体との間接部、左腕の付け根を狙って落下しながら《ナナフシ模造獣》を突き抜けた。
「こっちへ来い! お前の相手はこの俺だ!」
体から分離した瞬間、左腕は空中でバラバラになり地面とぶつかる頃には、鉄の様な素材であったにも関わらずまるで砂の様に脆く崩れ去った。
『…………けて……れ…………たすけ……くれ』
急に、どこからか通信をキャッチする。雑音だらけでよくは聞き取れないが何かを訴えかけているようだった。
「右手の方か? 待ってくださいよ、今切り離す!」
まだ取り込まれたSVの通信機が生きているのか、《ゴーアルター》はそこから傍受したらしい。歩駆は再び機体を上昇させた。
「でも大丈夫なのか……。分離した腕が粉々なら中の人は?」
考えても仕方ない。何処に入っているかはわかっているのだから脆くなるその部分を上手く掴んで助ける、と言う方法で行く事にしよう。
だが、片腕になった《ナナフシ模造獣》も黙って立っている訳ではない。
一心不乱に《ナナフシ模造獣》は残った右腕を大きく振り回す。大振りなだけに避けやすいが、中の人らは相当なGが体に掛かっているだろう。早く助けなければと焦る歩駆。
「今だ!」
一瞬の隙を付き、右腕が大きく上がった所で脇を目掛けて剣状に目一杯、伸ばしたフォトンソードで脆いであろう間接を肩と先の頭部ごと切り抜けた。
「おっし! ……あぁっ?」
機体を急速Uターン。振り向いて見た光景に唖然とした。
空中で自壊する右腕の中、パイロットの命の光が徐々に弱まっていき消える。歩駆の目に映るのは、中の人間が泥団子の様に崩れていくビジョンだった。
「うっ……どうして?」
『光点がロストした。やはり無理だったようだな』
「やはりって?」
『簡単な事だァ、体内に同化した時点で模造獣の肉体の一部になっていたとさ? アレだけ大きな人の形を維持しているんだ。相当な生命エネルギーが必要だろうなァ!』
両腕を失った《ナナフシ模造獣》は、その場にしゃがみこむ。苦しんでいるのか唸り声の様な音を発していた。
「結局は、助けられないってことなのか……? 何だ、何をしている?」
様子を見ていると崩れた腕の残骸が《ナナフシ模造獣》に集まりだしていた。残骸は映像を逆再生しているかの様に切断面に繋がっていき瞬く間に元通りになっていた。
驚くべき事に左右の腕に取り込まれた人間の魂も確認できた。ただし、それは人の形を成してはいなく、表情はこの世の物とは思えなかった。その影響か他のパイロット達も肉体が機械と融合し始めていた。
「……博士。どっちかを選べと言われたらどうします?」
『どっちも選ぶにきまっているだろうなァ!』
「そうですか。じゃあ、この場合は?」
『愛しい幼馴染みを選ぶんじゃないのかい? 目の前の奴等には犠牲なってもらうのだァ!』
「……」
《ゴーアルター》出力低下。数十メートル下の地面に落下し叩きつけられた。
『…………やれ』
「できません…………」
長い沈黙。
「……だって、まだ生きてる人が見えちゃったんですよ? なのに、それを殺せって事ですか!」
『左様』
「左様って……自分にやれと?」
『助ける方法は無い。やらなきゃ幼馴染みがピンチ。君に選択肢があるの?』
《ナナフシ模造獣》が《ゴーアルター》を無視して、上を跨いき進んでいった。
前の様に未遂で殺してしまうのではないのだ。今回は明確に自分の意思で生きている人間を殺める。
「でも」
『ウジウジ系は嫌いだなァ』
虫ケラを見るような冷たい目でヤマダは歩駆を見つめる。
『最初に《ゴーアルター》と出会った少年、あの時の君はとっても素敵に感じたな。でも、今はガッカリだ。他人の死なんか関係ないねって人かと思ったのに、いざ自分に関わる事だと途端に臆病になってしまう。上っ面エセ熱血ボーイかよ』
反論は出来ない。
どうしようもなかった。迷っている暇は無いのはわかっているが、目の前で苦しむ人を撃つことなんて非情に徹する事など出来ない。
そんな時だった。
『…………応答願い……こちら…………隊の…………曹長だ……頼む応答……てくれ。だれか!』
再び《ナナフシ模造獣》の内部からの通信だった。先程よりも、不鮮明であるがはっきりと聞こえる。発信源は胸の部分からの様だ。
「は、はい! 俺は真道歩駆です、聞こえますか?!」
『シンドウ……? 随分……若い声だな……』
「助けます! 何とかして助けますからっ!」
『……それは無理だ……もう……体の感覚が徐々に無くなって来ているようだ……』
途切れ途切れだが力強い声で振り絞って喋る。
『だから……長くはない。……化物が、これ以上……町を被害を及ぼす前に…………俺たちごと討ってくれっ……!』
「そんな事……俺に出来っこない!」
『……新兵か…………確かに、日本は模造獣戦争から二十年間……平和で……実戦……んて俺も海外で……片手で数えられる……だ…………でも……軍人……なったら……いつか来る死を……覚悟し……なくちゃならない……怖くは無いさ』
ノイズが入り交じり出すが曹長の語りは続く。
『こいつ……倒しても終わりじゃ……ない……だろう…………乗り越えろ……ここから……先……戦いはお前……任……た…………絶……に勝て…………よ……』
声は完全に途絶え耳障りな砂嵐の音に書き消された。
『ああ言ってたけど少年、どーすんの?』
「……名前も知らない軍人なんかに今後を託されたって、迷惑なんだよ……くそっ」
《ゴーアルター》は重い腰を上げて立ち、町へ侵攻を続ける《ナナフシ模造獣》へ向かって歩行を開始した。
「やれば、いいんだろ……やってやるよ! もう、うんざりだ! とっとと、あのデカブツをぶっ倒すからな!」
『やっと本音が出たな。そう言うの好きだぜ』
肩、胸、間接部から赤、青、黄の三色の光を放つ。機体の心臓部である≪ダイナムドライブ≫がレベル4に達した。
瓦礫の大地を踏みしめ、足取りが段々と加速していく。
「跳ぉべぇぇぇぇぇぇぇーッ!!」
ダイナミックな飛翔。踏み込む脚は地を割りながら、鉄の腕を勢いよく振って天高く舞い上がる。
『少年、策は?』
「コアを壊せばいいんでしょ! 初めからそれで一撃で終わらせられるんだ!」
『シンプルイズベスト! 中の人も苦しまずに逝けるなァ!』
ナナフシ模造獣に向かって《ゴーアルター》は飛びながら、左右の拳を前に構えた。腕は火花を散らしながら回転してフォトンの光を纏っていく。輝く渦が出来上がり目標となる敵へと射出された。
背を向けていた《ナナフシ模造獣》は敵意を向けてやってくる光の拳を予知して振り返る。弱点である胸の中のコアを守るため両腕をクロスして防御体勢を取った。
「腕ごと貫けぇぇッ!」
拳の弾丸は更に回転率を上げる。光の渦は輝きを増して巨大な嵐と化し、《ナナフシ模造獣》の鉛色をした鉄柱の様な腕を、いとも簡単に砕いて胸まで到達し突き抜ける、はずだった。
『止まったァ!?』
腕までは破壊に成功して良かった。だが、胸部装甲が崩れて巨大な深紅のコアが丸出しになっている。ヒビは入っているが腕は半ばで止まっていた。
「終わりじゃない! 《ゴーアルター》ごと奴にぶつけやる!」
奥の手は特攻だった。全身にフォトンを纏って、一気に加速をかけ勝負にでる。《ナナフシ模造獣》は守る術がなく、肩を左右に振るだけでどうしようもないので当てるのは至極簡単な事だ。
下手をすれば自分も命がない自殺行為であるが、歩駆自身どうしてそこまでやるのかは気にして居なかった。と言うより、もはや全てがどうでもよかった。
とにかくこの状況を終わらせたい、今日と言う日がもう過ぎ去って欲しいと願うばかりだった。
猛突進する《ゴーアルター》の頭部がコアと激突した。周囲は目映い閃光に包まれた。
フォトンエネルギーの衝撃波の中で歩駆に、恐怖、絶望、憤怒、様々な負の感情が体を通り抜けていく。
そして、あの曹長の真意を知る。
──何だよ、死ぬの怖いんじゃないかよ……。
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