第33話 ルリ、翔ぶ!

 某国で開発されていた新型爆弾、その名を《黒百合》と言う。

 当時十七歳になったばかりの月影瑠璃は、この新型爆弾を積んだ戦艦の護衛任務で大平洋を横断していた。

 ちょっとしたサマーバケーション気分で就いた任務だったが、今思えば全て何者かに嵌められていたのかも知れない。

 某国が敵対する国のSVが艦隊の進路に忽然と姿を現し、こちらを上回る数の戦力で攻撃を仕掛けてきたのだ。

 瑠璃の所属するSVチームは新型爆弾を必死で死守していたが、実は身内の中に居た一人の裏切り者によって状況は一変してしまう。


 ──サレナ・ルージェ、アナタって人は……!


 ──月影ェ! ずっとお前が嫌いだったンだ! けど、今日でサヨナラしようか!


 ──許さない……これが皆の気持ちを踏みにじってまでやりたい事なのっ!


 ──結局それがヒトってもンなのよォ! 気持ちに正直になって何が悪い! お前さえ来なければ隊長はなぁ!


 ──黙りなさいっ! 欲望だけでしか物事を考えられない貴女の様な人なんかに私は負けないんだから!


 ──気持ち悪いンだよォ……ガキが偉そうにアタシ達の間に入って来るんじゃねェェーッ!


 裏切り者は瑠璃達の艦隊に向けて新型爆弾を放った。

 その爆発、まるで青空に咲く大輪の百合の花。

 沢山の命を吸って敵味方もろとも巻き込む大惨事、戦いは両者多大なる損害を出し、引き分けに終わる。

 瑠璃の機体は裏切り者との戦闘中に《黒百合》の起こす爆発の余波に巻き込まれ海に墜落。狭いコクピットの中、海底で五日間も過ごす事になった。



 あの出来事は忘れたくても忘れられない大きな心の傷である。

 しかし、コクピットを周囲を全部見通せる様に、モニターを改修した事でトラウマは消えたと思い込んでいた。

 実際、そんな事は無く閉所・暗所恐怖症は前回の戦闘で起きてしまい、さらに酷くなった様に感じる。


 このままではいけない。

 瑠璃は決心する。

 いつまでも絶望に暮れている場合ではない。

 克服しなければ明るい満月は現れてはくれないのだ、と。





 IDEALの基地に着いた礼奈が隊員に案内されたのは格納庫だ。

 空きハンガーの前で白衣を来た長身の男と、褐色肌の小柄の少女が言い合いをしていた。


「はァーん!? やっぱり無理なんでなァい?」

「答えてくれる、アルクは絶対ボクの所に帰ってくるもん!」

 涙目になる少女を白衣の男が周りを回りながら挑発している。


「あの……ヤマダ博士。渚礼奈さんを連れてきました」

「んー? あぁ御苦労様、持ち場に帰ってどうぞ」

 邪魔者を追い払う様なぞんざいなヤマダの態度に隊員は少しムッとしたが、直ぐ様その場を後にした。


「やーやーやー、直接会うのはお初だねぇ? 検査の時に上から下から横から内から見てたけども!」

「……は、はぁ」

 この言動や長い髪を振り乱すヤマダを見て、礼奈の中の生理的に嫌いなものに堂々の一位でランクインする。ゴキブリよりも、この男の不快さは比べ物にならないと出会って数秒で感じてしまった。


「ねぇ渚礼奈? 自分を正真正銘の渚礼奈ちゃんだって自負する?」

「な、何なんですか? 貴方一体……」

「質問には質問で答えてはいけないのだよ……で、どうなのよ? ナギサのレイナでFA?」

「そうですよ……どっからどう見ても渚礼奈で間違いないですよ。私がさっきの怪物にでも見えますか?」

「さっきの……とか言われてもねぇ、どの怪物ですかァ?」

「もう、博士退いてよ静かにしてウザい…………むぅレイナ」

 バチバチ、と睨む視線を礼奈に送る。しかし、首を傾げられ全く伝わってなかった。


「何で来たの?」

 眼前まで詰め寄ったマモルだったが、礼奈の疑問はそこじゃない。記憶の中の“楯野守”と違ったのだ。


「貴方は……楯野守……く、ん?」

「ちゃん!」

「あれっ? そうだっけ? 守ちゃん……あーくんの友達」

「それ以上の仲かもよ?」

「あっそれはないよ。そんな度胸はあーくん無いし」

「キー! 癇に触るなぁもう!」

 マモルはイラついて地団駄を踏む。何故、この子がこんなに怒っているのか礼奈はよくわからなかった。


「話を進めましょう。ちょっと急ぎなんですねぇ」

 何処からともなく間に割って入ったのは時任久音。口を尖らせ、ハの字眉毛の困り顔だった。


「敵の出現なのよ。彼を……ゴーアルターの出番を待っているのよ」

 そう言って目の前の空きハンガーを指差す。


「……なんですか? 何も無いですよ?」

「何も無い、があるんだなァ?」

 ヤマダは胸ポケットからペンを取り出し、その空間に投げる。

 すると、


「えっ?! 何、今の」

 カン、と音が鳴り、ペンは空中で何かに弾き飛ばされた。


「人の目には何も見えなァい。だが、ここにゴーアルターと少年、真道歩駆が居る」

「渚ちゃん、貴方には真道君を目覚めさせて欲しいの」

「……でも、私は」

「渚ちゃんを狙った敵は今、真芯市で暴れている……渚ちゃん、貴方を探す為にね」

「え、そんな?!」

 時任の言っている意味が礼奈にはわからなかった。


「奴等を倒すにはゴーアルターの力が必要だァ!」

「だから、早くしないと真芯市が壊滅してしまう。貴方に拒否権は無いわ」

「卑怯ですよ、そんな事……」

「だから、必要ない! ボクが絶対アルクを目覚めさせてあげられるんだからさ!」

 時任は喚くマモルの口に、そっとマスクを被せて黙らせる。


「私はどうなっても良いんです。何で、狙われてるかもわからない、それでユウコは巻き込まれて……何でわたしなんですか?!」

「…………そもそもの原因は真道君のせいなのかも知れない。真道君がゴーアルターに乗らなければ貴方も狙われなかった。でもね、前にも言ったけど真道君が居たから私達も助けられた事もある」

「しかし、少年は君の言葉のせいで自分の中の正義が揺らいでこうなった。君にも責任があるなァ」

「それは、言いがかりってものですよ!? 私は」

「でも、傷付けたのは事実でしょ? 困るのよ、そして貴方も困る事になるわ……これを見てちょうだい」

 時任が持ち出したタブレットPCの画面から映像が写し出される。それはガスの巨人達によって街が破壊されていた。


「無理に決断しなくても良いわ……町をこれ以上、壊されてもいいのなら」

 礼奈の答えは。




 瑠璃は仄暗い《戦人》のコクピットで、四人のやり取りを一部始終見ていた。

 体を丸め、外を映す小さなモニター以外の明かりを全て消し、黙って傍観者に徹している。


「ああやって大人は子供を力で強いる……ヘドが出そう」

 気分が悪いのは昨日初めてお酒を飲んだからだろうか。

 二十歳になって初飲酒がやけ酒とは思わなかった。

 苦くて喉が焼ける、正直に言えば全く美味しいと感じなかった。

 夜中に売店で十本も缶ビールを買った事を瑠璃は激しく後悔する。


「……恋か」

 映像をズームする。二人の少女が何もない空間を左右に囲んで何かを語りかけていた。

 こんなに待ってくれている子が居るのに中の少年はどうして出てこない、と瑠璃は苛立つ。

 そんな自分にもそんな時期はあったが、あの時はどうやって抜け出したのか瑠璃は思い出す。


「根負けしたんだっけ……服に釣られて」

 当時の人気ブランドでピンクのフリル付きで可愛らしいワンピース。

 結局、着る事はなかった。


「暗い……私は、生きたい」

 瑠璃はコクピットから出た。

 ここは海の中ではないから、簡単に光ある外へ行けるのだ。わざわざ自分から狭い場所で縮こまる必要はない。

 だが、外でやりたい事と言えば思い付く物が今の瑠璃には無かった。


「青春……って何だっけ?」

 天才少女として十代を過ごし、気が付けば周りは大人だらけで同世代と肩を並べた事など皆無だ。

 相手は自分の倍も年上なのに階級は下だから敬語を使われる。自分が特殊ケース過ぎて階級は同じでも対等な人間として扱ってくれる者は誰もいなかった。


「……いいなぁ」

 向こうではまだ少女達が頑張っている。

 少し覗いていこう、と瑠璃は近付いていった。



「ねぇアルク。ボクはアルクがやれる人間だって信じてるよ? アルクの“歩駆”って名前は《歩くだけじゃない駆けるんだ》って言ってたよね? アルクなら確実に進めるよスゴいヒトに、いや神にだって馴れる!」

「……」

 マモルは積極的に語りかけているが、いつしか礼奈は一点を見つめるだけで黙りこくっていた。


「ねぇ、もう黙ってるだけならさぁ帰ってくんない?」

「…………はぁ?」

「やる気、無いよね礼奈。もういいよアルクはボクに任せてよ帰んなよ?」

「貴方の方こそ甘い言葉で誘うだけで、あーくん反応が無いんですけど?」

「あぁ!?」

 険悪なムードの二人を無表情で黙りながら見守る時任。ヤマダは何処かへ消えていた。


「君みたいな頭が硬くて、ヒトの心が全くわからないのによく言えるね?」

「こう言う時は叱らないと本人の為にならないのよ! 閉じ籠ってるだけじゃ何の解決にならない!」

「今のアルクはサナギなんだよ。厳しい言葉を投げ掛けても出たがらないよ」

「やる気のない引きこもり何言ったってしょうないでしょ! 暗い所でいつまでもウジウジ、ウジウジとして」

「止めて渚ちゃん。その言葉は私に効く」

 突然に現れた瑠璃に驚く。前あった時よりも美人な瑠璃の顔がやつれていた、と言うのもある。


「ちょっと、退いてちょうだい」

 瑠璃は二人の間の空間、透明な何かに両手を付く。確かに見た目は空中で静止しているが、鉄の様な物に触れている感覚はある。

 そして、大きく深呼吸をして叫んだ。

 

「真道歩駆!」

 瑠璃は体を後ろに反ると頭を何もない場所に思いきり打ち付けた。

 ガンッ、と鉄がぶつかる音が格納庫に鳴り響く。


「ちょ、まっ?!」

「瑠璃さん一体何をしているんですか!?」

 心配する二人を他所に頭を下げた状態のまま数十秒、瑠璃は微動だにしなかった。


「……瑠璃さん?」

「………………わかったわ」

 何とも微妙な表情で顔を上げる瑠璃。血は出てないが額を真っ赤に腫らしている。


「あっー! 形が出てきた!」

 マモルが声を上げる。すると、取り囲む三人の目の前に球体の様な白い物体が出現する。それは姿が消える前の《ゴーアルター》だった。


「真道君、私だって怖いのよ。誰にも必要にされないと思う事、君の気持ちもわかる。だけど……」

 空間に拳を叩きつける瑠璃。


「それ(ゴーアルター)に乗り続けたいなら戦え! 戦いたくないなら、そこで一生沈んでろ!」

 激昂。瑠璃の怒号を礼奈ら三人ほか整備員達も振り返り呆然と見ていた。


「…………ふう、陰鬱な気持ちが吹き飛んだ。ありがとう礼奈ちゃん、マモル……そして真道君、私もやっぱりパイロットだ。狭いコクピットでも機体は自分の体、自由に空を飛べるって考えたら世界が広がると思わない?」

 晴れ晴れとした顔、瑠璃に迷いはもう無い。


「あと、時任副司令。アナタのやり方は許せない」

「そうですか……では貴方のやり方を見せてください」

「言われなくてもそうするつもりです。真道君、早く来ないと私が全部倒しちゃうからね?」

 瑠璃は再び《戦人》へと戻っていった。

 コクピットに座ると、いつもと景色が違って見える。

 まるで、《戦人》の見ている映像が自分の目に映し出されている様だ。

 それは〈セミ・ダイナムドライブ〉の効果による物である。


「月影瑠璃、戦人2号機……出ます!」

 蒼い光を放ちながら《月明かりの妖精(ムーンライトフェアリー)》は戦場へと飛翔した。

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