第9話 それぞれの戦い

 中京地区司令部から派遣されてやって来た《尾張九式》のSV部隊は苦戦を強いられていた。

 彼らは選りすぐりのエリートとは呼ばれているが、もちろん模造獣と戦うのは、これまでで初めてである。敵の見た目は同じSVでも、ただ攻撃するだけではゾンビのように動き回っていて死なない。完全に倒すには弱点である“コア”を破壊するしかないのだ。


「三機づつで組を作れ。敵模造獣を各個撃破だ!」

 向こうはかなりの数で攻めてきている。こちらは一体に対して複数での攻撃で確実に仕留める戦法でいく事にした。


「昔の軍隊はどうやってこいつらに勝ったんだ?」

 不思議でしようがない。パイロットはそんな愚痴もこぼす。

 当時の奴等は“人型”に対して異常な恐怖していたらしい、と研究者は言った。

 模造獣は人間に擬態する事が出来ず、さらに巨大な人の形をしたモノを見せると擬態行動に拒否反応が見られる。

 そして研究者は『模造獣は人に何らかの≪コンプレックス≫を抱いているのではないか』と考えた。


「でも、勝てない相手じゃない。人類は奴等を一度は負かしたんだ」

 軍隊はそこの隙を突き、SV(サーヴァント)を開発して模造獣との戦いに勝利した、と言うわけなのだが。


「人型になれて……こいつらはどうしたいんだよ?」

 目の前に居るのはトヨトミインダストリー製の最新SV《尾張十式》と化した模造獣の姿らしいのだ。

 奴等はどうして20年前に成れなかった“人型”に今さら変身し、我々の前に現れたのか。疑問は尽きない。


「こいつらの行き着く先……やはり“ヒト”なのか?」

 思考を巡らせる。だが、その要らない集中が戦闘の邪魔になってしまい、目の前が真っ暗になった。




 当時の、パイロットとしての感覚が蘇る。

 自分が乗っていたSVとは見た目も性能もまるで違うのだが、その挙動は瑠璃が現役だったあの頃を思わせる軽やかなステップだ。


「こっちよ! かかってらっしゃい!」

 武器を持たない演習機である《尾張五式》は、攻撃力のないペイントガンで敵の注意を引き付けて囮役を勝手に引き受ける。《十式模造獣》の注意がこちらを向いたその内に避難民達が逃げる時間稼ぎを行うのだ。

 塗料を至る所に塗りたくられた《十式模造獣》は瑠璃の《五式》に気づいて、狙い通り方向を変えた。次々と攻撃がこちらへ向くが、瑠璃は華麗なテクニックで攻撃を容易く避ける。


「この機体、見た目より軽い。旧式なのに、こんなにカスタマイズされているなんて」

 ランスによる突進、複数でライフルの遠距離射撃、四方八方から同時に来たとしても遮蔽物を利用しながら回避して見せ、さらに避難民達の逃走経路から引き離す事もする。


「何なんだ? あの旧式の動きは……」

「並みの動きじゃねえ」

 戦っているSV部隊のパイロット達も一様に驚いた。


「各機に告ぐ、敵は旧式尾張に注目している。叩くなら今がチャンスだ!」

 隊長格のパイロットが全員へと通達する。SV部隊は一気に反撃へと移った。隙が出来たおかげで次々と模造獣を撃破してく。

 瑠璃の撹乱作戦は成功した、かに思えた。


「隊長! 模造獣共が集まっていきます!」

「チャンスだな、まとめて叩くぞ」

 生き残った《十式模造獣》らが駅前の広場の一ヶ所に密集し始めた。だが、それだけではない。それはまで息を潜めていた建物の一部や車などに変身していた模造獣も続々と集結していく。


「一体、何が始まるの?」

 それは次々と模造獣を巻き込んで20メートルくらいの大きな鉄の塊と化し、渦を巻くように天へと延びていく。瑠璃は固唾を飲んで見上げた。


「何だかわからんが、アレを破壊するんだ! 撃てぇ!」

 鉄の竜巻に攻撃を加える。しかし、ライフルの弾丸は吸い込まれ、バズーカやミサイルは爆発もせず吸収されているようだった。


「くそ! どうなっている?!」

「あっ、何だ……!? た、隊長ー!」

 隊員の叫び声。竜巻から延びる鉄の触手が尾張九式に絡み付いていた。すると、あっという間に触手は《尾張九式》を連れ去って、竜巻の中へ取り込んだのだった。


「い、一時退却! 全機後た…………あぁっ!」

 触手は逃げる暇も与えずSV部隊を片っ端から捕らえていく。反撃を試みるも返り討ちに合い、腕に止まった蚊のごとく真正面から潰され竜巻の養分とされた。


「……動きは、パターンは読めた。正面に来たときはブラフで、横から……来る! 横からの場合……上!」

 逃げ惑うSVらを観察しつつ、瑠璃は触手の攻撃を予測しながら対応する。攻撃が出来ない分、避ける事に集中しているからこそ冷静に対処できていた。


「でも、あの竜巻のようなものを何とかしないとこのままじゃ…………ん、あれは?」

 足元に何か影が動いたような気がした。コンソールの画面を触れ、下方のスクリーンをズームさせて写す。そこに居たのは小学生ぐらいの男の子だ。立て看板の陰に隠れて、いつ出ようかと様子を伺ってるみたいだった。


「君! そこに居たら危険よ! 早く逃げなさい!」

 その瑠璃の呼び掛けがミステイクだった。

 声に反応した触手は、地面を這うように移動し始めた。


「チィ、気づかれたの……マズイわ!」

 思わぬ失態に焦る。敵は子供を狙い、連れていったSV達のように自分の養分とするに違いない。瑠璃はペダルを踏み込み《尾張五式》を走らせた。


「早く、こっちに来なさい! さぁ!」

 《五式》をしゃがませて手を差し伸べた。物陰に隠れる男の子は初めは驚きの表情をしていたが意を決して鉄の掌に飛び込む。それと同時に前方から触手が迫ってくる。


「来る……。でも」

 男の子を落とさないよう包み込むように抱えてバックステップをしながら移動する。指にしっかりと捕まりじっと男の子は堪え忍んでいた。

 下がりながら移動しているとSVが一機、《尾張九式》がこちらを誘導するように手招きしていた。


「自衛隊のSV……じゃあない!? 模造獣なのっ!」

 《尾張九式》の足元をよく見るとコードのようなもの付いていた。それは鉄の竜巻から延びる触手が擬態した物だったのだ。《九式模造獣》は覆い被さるようにして瑠璃の《五式》に抱きついた。


「この……離して!」

 手を動かせない《五式》はどうすることも出来なかった。無理に動かそうとすれば男の子が危険になってしまう。

 絶対絶命。ずるずると竜巻の方へ機体が引っ張られていく。このままでは埒が明かない、と瑠璃は打開策を考えていた、その時だ。

 レーダーが上空に反応ありと示す。見上げると輸送機らしき物が飛んでいた。そこから何かが飛び出すと、こちらへ向かって落ちて来ている。

 真っ白いSVだ。

 落下によって地面が割れる大きな音を響かせ着陸。煙を巻き上げながらこちらへ猛然と走ってきた。


『ひっぺがしてぇ、どっかへ飛んでいけよぉー!』

 白いSVが助けてくれるのか張り付く《九式模造獣》の腕を軽い力で剥がして、そのまま遠くへ投げ飛ばした。


「アレは、この間のexSVとか言う……」

『大丈夫なんです? これ西高の訓練用か……って、そんな無茶なことして!』

 声に聞き覚えがあった。この少年の声は、あの戦いの時の学生のようだ。


「ありがとう。助かったわ」

『女の人が乗ってんですか? 安全な所に下がってくださいよ。ここは自分に任せてください』

「君は出来るの? この間のその機体、途中乗っていたのは君だったわよね? 君こそ、素人なら」

『自分も素人だというのはわかっていますよ! ……けど、それでも《ゴーアルター》じゃないと勝てないでしょう!』

 少年はそう言い残し、白いSVは模造獣を投げた方向へと駆け出していった。




 震える手を叩きながら歩駆は操縦桿を倒し、慎重に機体を前に進める。


「落ち着け……やるって決めたろ?」

 前回は無我夢中に動かしていたが、冷静になって見ると足元の物が気になって仕方がない。踏み潰さないように避けて移動する。


『アルク少年、下は気にするなァ! ガンガン突き進めッ!』

 上空の輸送機からの通信。前が見えないほど画面に大きくヤマダの顔が写された。


「壊したら誰が責任を取るんですか?!」

『君が言うかねェ?』

 その言葉に歩駆はドキッとする。個人では一生払えない額を町単位で吹き飛ばしたのだ。


『それに関しては少年が模造獣と戦い続ければオールオーケーだよ。地球を救う英雄にね』

 実質、IDEALで奴隷のようにタダ働きを強いられると言う意味だろう、と歩駆は受け取った。


『模造獣接近、距離100』

『少年、フォトンフラッシュで軽ゥく吹き飛ばしてしまいたまえッ!』

「……くっ」

 ゆっくりとこちらへ迫る《九式模造獣》に向けて《ゴーアルター》の光り輝く掌をかざし、光線を放った。しかし、か細いビームは《九式模造獣》の装甲を焦がす程度の威力しかなかった。


『なぁアルク少年? そんなナマッチョロイ攻撃では倒せはせんぞォ!? もっと、ブアーッとやっちゃってくれよ』

「そ、そうは言っても……」

 やはり町を壊してしまうと言うことが引っ掛かり集中が出来ない。


『ダイナムドライブ、レベル1です。博士、マニュアルモードに切り替えてみては?』

『それは無理! 少年はマニュアルでの操作を学んでいない。そ・れ に、《ゴーアルター》の力を引き出すにはダイナムモードでなきゃダぁメなんだよォ!』

 オペレーターと博士は画面の前で頭を抱えた。すると、今まで黙っていた男が口を開く。


『真道歩駆。お前は再びGA01に乗ることを決めた……何故だ』

 感情のない表情で見つめる天涯司令の問いかけに歩駆は体を緊張させた。


『真道歩駆。お前には人類の存亡が掛かっている。その覚悟があるのか?』

「わかりません」

『……………………』

「けど、今はその場のノリで乗っているんじゃありません。自分が出来るのに黙って見過ごすほど薄情じゃない」

『……………』

「正義感とか自分に有るのか無いのかハッキリしないけども、それでもこんな自分を、《ゴーアルター》に乗って変えたいんです」

『……』

「以上です……」

『……いいだろう、好きにしろ。全ての責任はお前が負え』

「がんばります」

 通信終了。


『アユミくん』

 と、思いきや今度は時任が画面に現れた。


「アルクです」

『え、あれ? 今、間違ったこと言った?』

 キョトンとした表情で首を傾げる。彼女を見ていると緊張感が無くなる。


『あのね、天涯司令はああは言ってるけど気にしないでいいからね? 要は“しっかりやりなさいよ”って事なのよ。責任を取れ、なんて強い言葉を使ってるけど心配しないでね。戦闘後の処理はこちらが何とかするから安心してちょうだい』

『建物が壊れれば建築業者が儲かるゥ! やったね仕事が増えるよ? ガンガンぶっ壊せェ……まあでも、この天才ヤマダ・アラシは責任として司令に罰金うん千万も払わされたけどねェ!?』

『博士! 不安にさせるようなこと言わないの! ……とにかく、今は重く考えないで大丈夫、貴方ならやれるわ。頑張ってねアルキくん!』

 今度こそ通信が切れた。


「はぁ……期待されてるって事でいいのかな? 一応」

 苦笑した歩駆は器を引き締めて深く深呼吸し、レバーを強く握り、集中する。

 眼前で待ち構える模造獣と対峙した。

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