第8話 決断
「何故だ? 何故、全く動かないのだ!?」
ハイジ・アーデルハイドは《ゴーアルター》のコックピット内で操縦桿を乱暴に揺らしながら戸惑った。
操作手順に問題は無いはずだが反応は無く、一歩を踏み出すのも不可能で機体は言うことを聞いてくれない。
「この“色無し”は先月に試した時には問題なく乗れたぞ? なのに、どうしてだ班長っ!」
「エンジンは入っているのかー? 整備は万全だぞー。 システムに関しては博士に聞いてくれー! 博士ぇ、アーデル隊長が呼んでますよー?!」
各種機械の駆動音が非常にうるさい格納庫。
小型端末で機体の状態をチェックしながら整備班長は、隅でノートパソコンとにらめっこしているヤマダに向かって大声で叫んだ。
「あいあーい、呼んだァ?」
怪訝な顔でヤマダがやって来た。
ハイジはコックピットから伸びる降車用ワイヤーを使って勢いよく飛び降りる。
「どう言うことだ博士?」
「主語がない」
「“色無し”が動かせない。説明を願おうか」
「イロナシなんて子、家(ウチ)にはいませんッ!」
「真っ白でカラーが付いてないから“色無し”だ」
「……《ゴーアルター》のダイナムドライブにはレベルがある。そのレベルの最高を引き出した人物をパイロットとして認定するシステムだ。アルク少年がレベル4を記録したから今は彼にしか使えない機体になっているのだよ君ィ?」
ヤマダは説明するが、ハイシはそんなシステムがあるなんてことを初めて聞いた。
何でそれを早く言わなかったんだ、とハイジは心の中で思う。
「データを消去するなり初期化したりは無理なのか?」
「む・り・だ! BAーKAかい君はァ? ダイナムドライブ、そして《ゴーアルター》は経験を記憶する。それを消すなんてとんでもない!?」
不思議なポーズで身をよじりながら嫌味たらしく言い放つヤマダ。そのイラつく表情に思い切り殴りたくなる衝動をこらえ、ハイジは床を蹴る。
「だが、シンドウアルクと言う少年にはもう戦う意思が無いと聞く。ならばどうする? “色無し”を倉庫の守り神にするつもりなのか?」
「ゴーアルターァ! ……今の少年は戦う理由を完全に見失っている。さて、ここで問題、一般ピーポーの彼が戦わざるを得ない状況になるにはどうすればいいでしょう? お答えください!」
いきなりクイズが始まった。
チッチッチッ、と舌打ちをしながら指で時計の秒針の真似をするヤマダ。
「脅しをやれって言うか?」
「まさか? 仮にも正義の秘密組織IDEALが、そんな事はねェ」
「じゃあ何なんだ?!」
「降参かァ? では、答えは……」
『アーデルハイド隊長、模造獣が現れました』
腕時計型の通信機からけたたましい音のアラームが鳴る。オペレーターからの呼び出しだった。
「来たのか。だが俺の《戦人(イクサウド)》はまだ改修途中のはずだ」
『はい。なのでGA01が出撃になります』
「《ゴーアルター》だっつって言ってんでしょーがァ!」
「博士は黙ってろ! だが、あれは俺じゃ動かせなかった」
『……奴を出せ』
重低音の低い声、画面が女性のオペレーターから天涯司令に切り替わった。
『無理矢理にでも乗せろ』
「天ちゃーん? 何も殴る必要はなかったんでなァい? 最近の少年は表面上意気がってても、親にも打たれた事もないナイーブなんだからさァ?」
『GA01は“計画”の要だ。出てこなければ最悪の場合……』
「うーむ、そいつァはさすがにZ指定モンだァ!」
「おい、二人で話を進めないでくれるか」
自分の通信機であるのに、司令と博士の会話にハイジは蚊帳の外だった。
「とにかく、シンドウアルクと言う少年を連れてこればいいのですね」
『手足が動かせれば、どうしても構わん』
「……わかりました」
文字盤下のボタンを押して通信を終了する。
「おー怖ァ……! いいのかい? ハイジ君の出番は無いと言われてるようなものだぞ?」
「そういう命令なら仕方ない。今は少年の説得が最優先事項だ」
「そ。じゃ頑張ってねーん」
「博士は行かないのか?」
「ハンガーで待つ。良い結果ヨロシクゥ!」
後ろ向きで手を振り、ヤマダは足早に格納庫を去っていった。
◆◆◆◆◆
「……くそっ」
歩駆はIDEALに用意された部屋でふて寝をしていた。
今すぐにでも自分の家に帰りたかったが、時任によると今あの地域は模造獣出現エリアとして立ち入りを禁止されている区域なっている。
両親は二人とも生きているとのことで現在、隣町の学校の体育館に避難しているらしい。
「世界なんてどうとでもなれ……」
しばらくはここで監禁状態になるらしく、部屋から移動は出来るが今居るフロア内に制限されていた。
とんでもない事に自ら関わってしまっての結果なのだ。
責任なんて取りようが無いが、町を一つ消した罰が殴る蹴るの暴行で済んだだけでも奇跡であり『死をもって償え』などと言われなかっただけありがたい。
歩駆は湿布を貼った顔を擦りながら毛布を被る。
何もかも嫌になった。
このまま、自分が溶けて無くなればいいのに、なんて考えている。
所詮、自分はモブキャラでアニメや漫画の様な展開にはならないのだ。
これが現実である。
「アルク、いるよね?」
ノックもせずにドアを開けて部屋に入ってきたのはマモルだった。ベッドに腰掛け毛布に包まるアルクに寄り添う。
「頑張ったんだよ。それを誰にも責める権利なんてないんだ。立派に戦ったよ」
「……放っておいてくれ」
「アルク……」
「…………礼奈は、死んだかと思ったんだ。俺が殺したかと思った。だけど生きてる。それでいいじゃん」
丸まりながら弱々しい声で歩駆は言う。
「俺のせいなんだけど、弔い合戦をやろう。俺の馬鹿のせいだけど、模造獣に復讐してやろう。そういう無理矢理な動機すらない」
「でも」
「でも、も何も、俺はただの高校生さ。あの《ゴーアルター》には興味本意で乗って戦っただけで、正規の選ばれたパイロットってわけでもないし。俺じゃなきゃ絶対に駄目って訳でもないんだし……戦う理由もない」
消え入りそうな声で歩駆は言った。
だからと言って帰る場所もないし、関わってしまった以上、ただで帰らせてもくれないだろう。
そんなどうすることも出来ない現状に頭が痛くなる。
「もうほっといてくれ」
「……わかった」
マモルは振り返りもせず部屋を出ていく。
空調の僅かな音が聞こえるほど静かになった。
娯楽が何もないのだから歩駆は寝る以外の選択肢はなかった。
「失礼する」
突然、扉が開くと背の高い金髪の男が入ってきた。
ここの制服なのだろうが、慌てていたのか服装がかなり乱れている。
「ハイジ・アーデルハイドだ。SV隊の隊長をしている」
「はい……どうも」
布団から顔を覗かせ返事をする。
今まであった組織の人間とは違う雰囲気だが歩駆は酷く警戒した。
ハイジはイスに腰掛けて歩駆の顔をするまじまじと見た。
「顔、傷が痛むか?」
「いや、そういうわけじゃ……まあ少しは」
「そうか……。君はSVが好きらしいな? 彼女から聞いたよ」
「彼女? マモルとはそういう関係じゃ」
「それでだ、これを持ってきた。文字は英語だが、まあ高校生ならある程度はわかるだろう」
そう言ってハイジは、ズボンの後ろポケットに丸めた本を取り出した。
「海外のSVのカタログだ、暇だろ?」
「……良いんですか?」
「あぁ、やるよ」
歩駆はベッドから飛び起きた。
手に取ってパラパラと捲ると、どれも見たこともない機体ばかりがズラリと掲載されていた。
落ち込んでいた心が少し元気になる。
「ところでアルク。君は“正義”とは何か考えたことはあるか?」
「正義……ですか?」
突然の質問。
真剣な眼差しを向けるハイジに歩駆は、しばし考えた。
「それは……わかりません」
「どうしてだ?」
「今の自分に正義が何かを考える資格がないから……です」
「でも君は“色無し”……あのGA01を動かしたんだろう? それは何のためだ?」
「怒り……ませんか?」
表情を伺い、歩駆は恐る恐る尋ねた。
「言ってみろ」
「じ、じゃあ……あの……これはチャンスなんだと思ったんです。元のパイロットの人が自分達の目の前で……その……死んで……空になったコックピット見て、自分がゴーアルターに乗ってやろうと……あ」
しまった、と思いとっさに顔を庇う。
だが、ハイジは黙って歩駆の言葉を聞いている。
「続けて」
「……だから動かした時は感動しました。本当に手足のように動く、まるでロボットアニメのようだ、って思ったんです。でも」
「でも?」
「……でも、あの《ゴーアルター》は強すぎました。あれは自分が扱っていいモノじゃない。何て言うんだろ、気持ちがいいほど圧倒的な力過ぎて心がハイになりすぎてしまうというか」
手が震える。
肉体とマシンが一体になるような今までに感じたことのない一体感。
思い出すだけでゾクゾクしてしまう、あの操縦感覚は、最早“中毒”に近かった。
初めは好奇な目でいたが、歩駆の中では恐怖の対象になりつつある。
「そのせいで自分が調子に乗っていたばかりに町を壊してしまって、これは死んでも償いきれる事じゃありません。もう《ゴーアルター》に乗る資格も無いですし、始めから関わるべきじゃなかった……」
目に涙を浮かべ、がっくりと項垂(うなだ)れる歩駆。
「死にたい、と思うか?」
「……それは怖いです」
「そうか……じゃあ、これを見てくれ」
ハイジは立ち上がり、隅の壁に手をかざす。
すると、いきなり部屋が暗くなった。
何事かと思い戸惑う歩駆だが、すぐに部屋に明るくなると先程までただの壁だった物が巨大なスクリーンとなり、ある映像を映していた。
「これは?!」
「あぁ、真心市の映像だ。君の住んでいた所の数百キロ隣の町だ」
煙が立ち上る建物、逃げ惑う人々、そして十数体のSVが戦闘していた。
「トヨトミインダストリーの
「IDEALは、出ないんですか?」
「GA01に出撃命令が下っている。俺は乗れない」
ハイジは一呼吸置いて告げた。
「シンドウアルク、君が奴に乗れ」
その言葉に歩駆は混乱した。同時に怒りが込み上げてくる。
「どうしてなんですか?! 俺は、責任なんてもの取れませんよッ! 素人だ! 何の訓練も受けてない、軍人でもない人間にッ?! しらねーよ! ふざけないでくれッ!」
「ふざけてなど、いない」
「なら、どうして!!」
逆ギレしながら顔を真っ赤にして激昂する歩駆をハイジは真っ直ぐ見つめる。
「どうして? それは君の責任だからだ」
歩駆の眉間に冷ややかで硬質な感触。
ハイジは拳銃を抜いていた。
「……そうやって大人は力で解決させようと」
「汚いことは大人がやらなければいけない、と言うわけだ」
睨み合う両者。
怒りの歩駆とは対照的にハイジの表情は氷のようにクールだ。
「GA01は高い能力を発揮した君でしか動かせない事になっているらしい。君だってSVが好きで選ばれたのなら光栄だろう?」
「こんな銃で脅されてまで、やりたくはないでしょうよ。普通は」
「君が拒否をするのなら、そうせざるを得ない」
「上手くはやれない。また……町を壊すかも」
「ここで、とやかく言っている間にも、さらに人が死ぬ」
モニターが煙の黒と炎の赤で交わっていき、次第に全てが覆い隠され何も見えなくなった。
「決断してくれ、さあ!」
「……」
歩駆は答えを迫られた。
◆◆◆◆◆
瑠璃は闇の中にいる。
また、この夢だ。
暗く狭いコクピット。
予備電源も入らず、通信も出来ず、ここから出る事も出来ない。
内部の温度はどんどん下がっているように感じる。
海水で中が浸水し、もう腰の所まで来ていた。
──出して。ここから出して。こんなところで一人で死ぬのは嫌だ。
コンソールやモニターを叩き、大声を発するが、誰にも届かない。
ここは海の底なのだ。
水が迫る。刻一刻と水位は増し、もう肩に到着間近である。
パイロット……月影瑠璃は。
「…………っはぁ!?」
薄暗い倉庫の中で月影瑠璃は目を覚ました。油と埃の臭いが充満して、とてつもなく不快だった。
「あ、よかったぁ。気がつきましたか」
髪の長い少女はタオルで瑠璃の額から流れる汗を拭う。
「急に電気が消えちゃって、そしたらお姉さん倒れちゃうんですから」
少女は瑠璃の手を取った。暖かい、気分が落ち着いてくる。
「大丈夫です」
「?」
「私が居ます。一人じゃありません」
優しく、そして強く、包み込むように両手で握る。すると、瑠璃の手の中に鍵が一つがあった。
「これ、そこのキーボックスに入ってた鍵です。念じておきました。それと、私の交通安全のお守りも付けといたので……これくらいしか私には出来ないから……頑張ってください!」
真っ直ぐな瞳でこちらを見つめる少女。
瑠璃の後ろには一機のSVが横たわっている。
月影瑠璃は軍を辞めていた。
部隊を全滅させ、自分は震え上がっているだけで、何も出来ない自分に嫌気が差してしまった。
現在は避難民たちのキャンプでボランティア活動をしている。
それぐらいしか今の自分に出来ることはないのだ。
この少女は先日の模造獣との戦闘で家を失い、ここに来たのだが一緒にボランティアの手伝いをしてくれているのだ。
戦いから離れた環境に始めは苦労したが、次第に慣れていった。
だが、模造獣は再び現れ、人々は最悪の状態に陥った。
「あ、うん、そうね」
「はい!」
瑠璃は不安な気持ちでいっぱいだった。
ここでの生活で少女と打ち解け、自分が元軍人でSVのパイロットだった事を話していた。もちろん、閉所と暗所の恐怖症だということは言ってない。
この避難所となっている学校では授業でSVの操縦があるらしく訓練機が何機か存在している。
少女はそれを知っていて外に逃げるのではなく瑠璃をSVが仕舞っている倉庫へと連れ込んだのだ。だが、突然の停電で瑠璃は失神した。
「ちょっと待ってね……あれ?」
「どうしたんですか瑠璃さん」
「しまった! 眼鏡が……無い。どこかの隙間に入ったのかしら?」
床をペタペタと触りながら屈んで覗いてみる。
倒れたときの拍子で落ちてしまったのだろう。昔は裸眼だったが今は視力が落ちてしまい、人前では掛けないのだが普段何かをするときには必ず装着しているのだ。
「あの、よかったらコレどうぞ。合うかはわからないですけど」
少女は懐からケースを取りだし開いた。赤い縁の可愛らしい眼鏡である。瑠璃は受けとると早速掛けてみた。
「ちょっと度がキツい感じもするけど、いいの? 借りちゃって」
「はい。何だか知らないけど、いつの間にか目が良くなったみたいで。むしろあげます。使ってください」
不思議な事を言う少女だった。
極限の緊張状態が体に何らかの影響を及ぼし視力が回復するなんてあるのだろうか、と考えていた瑠璃だったが今はそれどころではない。
瑠璃はヘルメットを被るとSVへ向き合った。
「どうですか? 私はロボットのことはよくわからなくて」
「尾張系の旧型、五式ね。時間稼ぎにはなるのかも」
黄色のカラー、肩や胸に学校の校章がデザインされていた。全体的に丸みを帯びた形の機体でいかにも鈍重そう。瑠璃は胸部へと登り、スリットにあるスイッチを押して、ハッチを開いてみる。
「……ぅあ」
コクピットは倉庫内の薄暗さと相まって、さらに濃い影を広げていた。
呼吸が荒くなり心臓の鼓動が早くなる。だが、ここで自分が不安で逃げたら下にいる少女が危険にさらされる。
二十歳になったのだ。成人、大人であるのだから格好の悪いところは見せられない。見栄もプライドも少しある。
「南無三っ!!」
固く目を瞑り、コクピットに飛び込んだ。そして、瑠璃は急いで起動キーをコンソールに差し込んだ。
薄目でゆっくり開ける。内部が明るくなっていくのがわかった。が、それは思っていたのとは少し違った。
「く、空中に……浮いている?」
シートが浮いてる様に見えて一瞬、そう錯覚してしまいそうであった。解放感があり嫌な感じは全然しない。
旧式である機体にしては妙に計器の数が少なく、全体的にスッキリとした内装で広すぎると思ったが間違いではない。
「そうか、見た目は古くても中身は最新式と言うわけね」
モニターは球体状になっているコクピットの壁360度、天井や足元も全周囲がスクリーンで周りの風景が映り、手前のタッチパネルで操作すれば画面に各データが前の方に表示仕組みになっている。
そういう物がある事を瑠璃は知ってはいたのだが、全周囲モニターは主にスポーツ競技用SVに搭載されていて軍用SVには様々な諸事情により採用はされていなかったら、と聞いている。
「ここがこうで……あぁ初心者でも簡単に動かせるようになってるの。でも、私には……」
画面を指でスライドして項目を選ぶ。
操作モードを“オート”から“マニュアル”へと切り替えた。
「閉鎖感は無い……これなら、行ける!」
伝説の≪月明かり妖精(ムーンライトフェアリー)≫復活の瞬間だった。
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