第二章 シンドウアルク、その覚悟!

第7話 ヒーローの責任

 織田龍馬はトヨトミインダストリー本社ビルの最上階。

 社長室で景色を眺めながらミルクをたっぷり入れたコーヒーを飲んでいた。


「はぁ、落ち着く……」

 とは言うものの、実際は落ち着いても居られない状況だった。

 模造獣と白いSV、《ゴーアルター》の出現。果たしてこれは偶然なのか、それとも必然なのか。


「GA01(ゴーアルター)が出てきたと言うことは、模造獣が来ると分かっていたのか?」

 そうならば辻褄は合うのだが、一体誰がどうやって襲来を予知していたのだろう。それが可能な人物、《ゴーアルター》を起動した張本人を龍馬は知っていた。


「……余計な事をして」

 脳裏に浮かぶその顔を思い出して、織田は外を眺めながら苦い顔で甘いコーヒーを啜った。


「織っ田くーんッ! あっそっびっまっしょォー!」

 突然のスットンキョウな呼び声に盛大にコーヒーを吹く。大きな窓ガラスが茶色い飛沫で染まる。


「う、噂をすればお前……」

 ビジュアル系バンドの様な衣装の上に白衣を纏った長身の男性、ヤマダ・アラシが謎のポーズを決めて部屋に現れた。


「唐突で申し訳ないが用件から言う。織田くん……お金を貸してくれッ!」

「貸さんわ! て言うかお前どっから入った!」

「お前お前って、この天才に向かって失礼極まりないなお前。一階の入口からだよ」

「そういうことじゃない! ……俺だ、誰か来てくれ侵入者だ! 大至急!」

 デスクに備え付けの内線で警備員に怒鳴りながら連絡を取る。


「まあまあ、タダとは言わないんだな。ちょーっと協力して欲しいだけなのさ」

「協力だと?」

 このヤマダと言う男から願い事を頼まれると、ろくなことがないのを織田は知っていた。


「実はさぁ、予算を大幅カットされちゃってピンチなんだよねえ? 私には地球を救う命運が掛かってるってのにもう」

「何が地球を救うだ! 町が一つ吹き飛んだんだぞ!?」

「いいじゃないのォ? 民間人の死者は0人なんだからーん?」

 ヤマダは指で丸を作った。もちろん、出動した警官隊や自衛隊から死者は出ているし、民間人も負傷者は相当な数である。


「そういう問題じゃない。それとGA01」

「ゴーアルター」

「そんなダサいネーミングはどうでもいい!」

 貶し言葉を言われ顔を膨らませムスっとするヤマダ。


[何故だ?! あの機体は開発途中で破棄されたはずだぞ!?」

「捨てる神あれば拾う神あり……≪IDEAL≫が全部接収した。それで私が組み上げた」

「統合連盟政府に問い合わせて見たが、あのGA01が所属してる部隊、組織、何処にも該当しないと聞いた」

「いわゆる秘密組織って奴なんだぜぇ? 一部の人間しか知らない」

「そんな秘密組織様に金を貸せって? 馬鹿馬鹿しい、さっさと帰れ帰れ!」

 と言われるもヤマダはソファーに寝そべり、ガラステーブルの上にある菓子を無造作に食べ出した。


「ところでさぁ≪尾張≫の新式。あれは何を想定して作ったの?」

「……何を、だと?」

「だからさぁ対模造獣用に造られたんじゃないだろ、時期的に? なら何のために?」

「そ、それは日本の首都防衛の為だ。模造獣が来ようと来るまいと計画していた」

「ふーん……」

「九式が乗り心地を優先したばっかりに性能面で大きく低下したから、それを改善しつつ今までの≪尾張≫の技術の集大成として」

「いやいやいや、そういう事を聞いてんじゃなく」

 ヤマダは一呼吸置いて言った。


「他国に売るつもりだろ」

 互いに表情が変わる。


「SVのお陰で軍需産業は飛躍的に延びた。だが、そのせいで日本は米国にも負けない軍事力を手に入れ、いろんな所から目をつけられている。平和な国、日本と言われていたのと今は昔の話だ」

「裏切り者の癖に…何が言いたい?」

「トヨトミインダストリーが某国にSVを大量に輸出しているのを我々は知っている。世界の英雄的企業が、今度は世界で戦争を助長させているなんてなァ!」

 ヤマダは脅しにも似た挑発をする。


「お前だってアレを起動する意味はわかってるんだろうな」

「無論、この地球を救うのさァ! 《ゴーアルター》にはそれが出来る力がある。正義を行使出来る神の力が」

「馬鹿を言うな。待ってるのは世界の終わりだ」

「兵器屋さんに言われたくはないねェ?」

「俺のはビジネスだ。……残念だがお客様はお帰りの時間だ」

 入口の扉が開いた瞬間、それは瞬く間にヤマダへ近付く。

 ヒュッ、と言う風を切る音。素早い拳が顔面に襲いかかる。


「ワッとォ! 危ないねェ君!?」

 それを紙一重で回避するヤマダ。長い前髪の毛の先がハラリと落ちる。


「楯野君。死なない程度に痛め付けろ!」

「オレに命令するな」

 黒いスーツに身を包んだ男、楯野ツルギが飛ぶ。横一線、鋭い回し蹴りが空を切る。だが、ヤマダはバタンと倒れ込み後転し距離を取る。


「へえ? 君がタテノ…あの時に、居た《十式》のパイロット。生きていたんだ、驚きだねェ?」

「楯野君、ソイツがあの白いSVを作った張本人だ!」

「何だと……!? お前が」

 ツルギの拳が震え。表情が一変した。


「お前ぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 まるで鬼の形相。腰のホルダーから拳銃を抜いた。


「おうふ……。これはヤバイよ。かくなる上は…ドロンッ!」

 ヤマダは白衣のポケットからソフトボール大の玉を取り出すと床へ叩きつけた。

 爆発。


「何だ? 光っ……煙もか!?」

「アヒャヒャヒャヒャ……最後に勝つのは私だァ! 《ゴーアルター》とあの少年がいる限りなァ!」

 捨て台詞を吐いてヤマダの姿は、白煙と共に跡形もなく消え去った。


「まだ遠くへ行ってないはずだ! 追え、逃がすな!」

「…………ってろよ?!」

「口の聞き方に気を付けろよ? お前は月影さんの“ついで”で置いてやってるんだ。腕は見込んでいるし、機体も自由にさせているんだ。雑務ぐらいこなして見せろ。お前の体が生き長らえているのは私のお陰なんだからな」

「……チィッ」


 ◆◆◆◆◆


 嫌な夢を見た。

 念願叶ってロボットに乗って宇宙人と戦うヒーローになった俺……だったのだが、勢い余って町が壊滅状態と化す。

 さらに駄目押しで、射ったミサイルのとてつもない威力で完全に消滅、帰る家が無くなった。

 そして、


 ◆◆◆◆


「夢じゃないよ」

 その声に起こされ歩駆は目覚めた。

 そこは見知らぬ個室だった。

 自分の居るベッドの他は机とイスとドア以外は窓すらもない真っ白の部屋だ。


「よかった! 五日も眠りっぱなしだからさ。ボク本当に心配したんだよ」

 髪の短いボーイッシュな少女は涙を浮かべて歩駆のお腹に抱きつく。


「れ……マモルか。ここは一体どこなんだ?」

「ここはね、イデアルっていう軍隊の基地なんだって」

「イデアル……。俺はどうしてここに?」

「ボクが自衛隊のシェルターから出てきたときビックリしちゃったよ。町がキレイさっぱり無くなってるんだから」

「……ん? あぁ」

「それで辺りを動き回ってたら白いSVがポツンとあって、しばらく見てたらイデアルの人達が来てコクピットを開いたら君が居た。それから着いてって歩駆は眠り続け、ボクがそれまで看病してると言うわけ」

「そうか……」

 マモルの言葉を信じれば全て本当なのだろう。あの時を思いだし歩駆は手が震えた。


「でも許せないよね模造獣。ボク達の町をあんな風にしちゃうなんてさ」

「えっ?」

「歩駆は勇敢に戦ったんだよね? この前はああ言ったけど、歩駆が白いSVに乗ったから模造獣をみんな倒したんだよね。ありがとうね? さすが自称、正義の味方を名乗るだけあるよ」

「う、うん。そうだな」

 ここまで持ち上げられ歩駆は本当の事が言えないでいた。

 本当は町を消し飛ばしたのが俺、だということに。


「なぁ、それより礼奈は? 一緒じゃないのか」

「知らない」

 即答。マモルはニコニコした笑顔で言った。


「失礼するわ」

 コンコン、とノックがして入口のドアが自動でスライドする。出てきたのは20代後半ぐらいの変わった軍服に似た制服を着ている長い髪の綺麗な女性だった。


「あらまぁ調子はどう? 何処にも異常は無い?」

「時任さん……ついに、ついに起きたんだよぉ~っ!」

 マモルは時任と呼ばれる女性に飛び付いた。


「はいはいよしよし。良かったわねぇ彼氏さん無事で」

「うん……うん!」

 大きな胸に顔を埋めて泣きじゃくって見せるマモルの頭をよしよし、と時任は撫でる。


「どう? えーとシンドウ……ア、アユムク君?」

「アルクです。将棋の歩に駆動するの駆、でアルク」

「そうそう、それ! アルクくん! それで、体に異変は…見る限り無さそうね?」

 体を舐め回すように見る。そう言えば自分の服装が学ランではなく、病院患者が着ているみたいな薄い生地の服だと言うのに歩駆は今気付いた。


「はい、あの…」

「自己紹介がまだだわ。私は時任久音(トキトウクオン)。IDEALの副司令をやっているのよ。どうぞよろしくね?」

 握手を求めてきたので歩駆は恐る恐る手を握る。柔らかかった。


「痛でっ!」

「アルク、鼻の下伸びてる」

 足を思いっきり踏まれる。こっちはスリッパ、マモルはスニーカーだ。


「ねえ、見て!? この服、ここの制服なんだよ」

 マモルはその場でスカートを翻しながらクルっと回る。時任と比べ、所々色や装飾に違いはあるが大部分は同じ系統のデザインなのだと分かる。


「えへへ~」

「あぁ、そうだな」

 適当に返事をする。いつもなら『秘密組織の制服キター!』的な事も言うオタクな自分だが、今はそんな気分じゃない。


「早速で悪いんだけど司令が貴方を呼んでいるの。一緒に来てくれるかな」

「ボクも一緒に来て良い?」

 子供の様に手を何度も上げてマモルは尋ねた。


「えぇいいわ」

「やったー! 行こうアルク!」

「ちょっ、待てよ。おい」

 まだ眠い目を擦りながらマモルに手を引かれ部屋を後にする。

 窓もない長い廊下を抜け、その先のエレベーターに入る。0から9までのボタンがコントロールパネルに埋め込まれている。


「9階建て?」

「百まであるわ」

 時任は9と1のボタンを押した。ゴウン、と駆動音が響き渡り動き始めた。エレベーター独特の浮遊感を歩駆は気持ち悪く感じながら、目まぐるしく変わる扉上部の階数表示を見つめる。。


「アルク、後ろを見て!」

「ん? おわっ!」

 思わず声が出た。ただの壁だと思っていた後部は透明なガラスだった。そこには雲一つないと青空とキレイな海がどこまでも広がっていた。


「絶景だな」

 ふと下を見る。地面がものすごいスピードで遠ざかっていく。あまりの高さに背筋が寒くなり体がキュッと絞まる。

 ポーン。目的階到着を知らせる音が鳴った。


「ここからは一度降りて別のエレベーターに乗り継ぎます」

「まだ歩くんですか」

 歩駆は愚痴を溢す。


「まあセキュリティの関係でねえ。もうちょっとだから」

 91階で降りて奥の廊下を進むと、先程よりも小さなエレベーターが現れた。時任は横の黒いパネルに数秒、手をかざし続ける。しばらくするとポーンと音が鳴り、扉が開いて三人は乗り込んだ。


「……どんな人なんです? 司令って人」

 先日の戦闘で顔は見た事がある。完全に風貌は堅気の人間ではない。歩駆は町を一つ吹き飛ばしたのだ。ただでは済まない所の騒ぎではなかった。恐怖で足が震え、顔面も蒼白だ。


「そうねえ。顔は怖いけど優しい人よ」

「ボクはねえ、地下のフードコートで見たよ。クリームぜんざい食べてた」

 何だかよくわからない。ギャップのある人ってことなのだろうか。

 そうこうしている内にエレベーターは百階へ到着した。

 赤いカーペットに高そうな絵の飾ってある通路の先には大きな扉がある。


「天涯司令。失礼いたします」

 ノックを二回し、時任は扉を開いた。全面ガラス張りの壁に、応接用のイスとテーブル、そして二台のデスクがあり、中央奥の黒いデスクでは腰をもたれかけている黒いスーツの様な服を着た壮年の男が腕を組んで待っていた。


「真道歩駆だな」

 天涯はこちらへ向かって歩き、歩駆の目の前に立つ。


「は……はい」

「歯を食いしばれ」

「え」

 返事をする間もなく、無骨で大きな拳が目の前に見えた。

 が、しかし気付いた時には歩駆の体は宙を舞っていた。体感的には数十秒も飛んでいたように感じながら、入ってきた扉へ激突する。


「……ぅあ? づぅっ!」

 鼻から血がポタポタと垂れる。


「軍人なら処刑されているところだ」

「司令!?」

「あの時、邪魔されたのでもう一度言う。何故、アレに乗っている?」

 倒れている歩駆を上から見下す天涯。


「そ、それは……っ」

「興味本意、か?」

 図星だ。だが、はいそうです。と、言えばどうなるだろうか。歩駆は慎重に言葉を選ぶ。


「自分は、町を……模造獣から守りたくて、だから《ゴーアルター》に乗ってみんなを」

 言いかけた時だった。

 今度は足が、歩駆の顎を目掛けて飛んできた。一瞬、意識が飛びそうなった。


「薄い言葉を吐くな。そのわりに楽しそうにしていたな? 本心を言え。探り探りで喋るんじゃない」

 天涯は顔色一つ変えず、静かに話す。

 

「司令、これはやりすぎですっ!」

「ちょっとオッサン! これ以上何かするならボクが相手になるよ?!」

 時任とマモルが天涯の前に立ち塞がった。マモルは今にも飛びかかる寸前だ。


「人類の命運がこの少年に掛かっているのかもしれない」

「さっきから……勝手なこと言いやがって……」

 柔らかなカーペットの床に突っ伏しながら歩駆は呟く。


「なぁ、時任さん……自分たちの他に……女の子はいませんでしたか」

「女の子?」

「学校に置いてきたんだ…名前は……ぅっ……名前はナギサレイナです」

 鈍い痛みで歪む顔を隠しながら歩駆は尋ねた。


「ちょっと待ってね? 今、避難民の中に名前が無いか見てみるわ」

 時任は自分の副司令専用デスクから端末機を取りだし、画面を操作した。

 慣れてないのかスライドさせたりタッチしたりする動作がぎこちなく感じる。


「な行……な~…………ナギサレイ、あった! 渚礼奈さんね? 居るわ。名護亜市の難民キャンプのリストにありましたよ」

「え……?」

 自分で聞いておいて驚いた。

 死んでいるとばかり思っていた。

 いや死んでいなきゃおかしいとすら考えていた。

 生死は確認していないが破壊の規模からして完全に巻き込んでしまったと歩駆は思い込んでいたが、実は戦闘中に場所を移動していて学校から離れていたのだろうか。

 その間に礼奈は逃げていた、と言うことなのだろうか。


「……そうか、良かった」

 もし、礼奈が死んでいたらそれを理由にこの戦いを続けよう、なんて考えていてもいたが、それは止めた。

 これ以上、自分の命を危険に晒す必要もないのだ。

 所詮は自分はただの学生で戦いのプロではない。

 遊びではないのだ。

 これは馬鹿な事を考え、不用意に関わってしまった自分への罰だ。

 そう思うことにする。

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