第6話 チェンジ・ザ・ワールド

「そうそうこれこれ! こういうのに憧れてたんだよ!」

 本当の所、まだ実感が湧かない。何だか上手く行きすぎているとも感じるが、今それは置いておこう。


「憧れのスーパーロボット、これで俺はヒーローになるんだ!」

 まるでアニメから飛び足してきたかの様なデザインのロボット、《ゴーアルター》と呼ばれるSVは、従来のあらゆる機体とも違った異なる技術で出来ているんだと素人目に見てもわかる。


「前を集中して見ると、画面越しって言うよりコイツの目で見てる感覚になるぞ。うわぁ、何だこれ? 面白ーい!」

 設計思想、機体デザイン、そして特に操縦方法。ただ歩かせる、それだけを脳に思い浮かべるだけでその通り動く。一体、これはどういう仕組みになっているのか気になる所だが、それも一旦置いとこう。


「あの模造獣。さっき撃ったビームに当たった肩がまだ治ってない」

 先程の一撃は尾張十式に擬態した模造獣の左肩装甲を削るぐらいにしかならなかった。だが、模造獣は超回復能力を持っているにも関わらず、傷は全く治癒していなかった。この程度では回復を使うまでもない、と言うことなのだろうか。


「他に武器は無いのか……マニューバ・フィスト? こいつで、こうか!」

 何故だか《ゴーアルター》に関する情報が頭の中に入ってくる。そしてパンチをするかの如く右の拳を空に振りかぶった。その右腕は切り離され、炎を吹かして勢いよく飛んでいく。

 数十メートル先、《十式模造獣》はビルのある角へ曲がり逃げ込む。だがこの時、歩駆の意志が込められている右腕は逃げた方向へ真っ直ぐと突き進み、建物を貫いてなおも敵を追いかけ続けた。


「逃がすかよ、当たれッ!」

 光が右腕を包みこみ、さらに勢いが増してスピードが上がった。ビル群を突き抜けて光の弾丸となり加速する右腕は背を向けて逃げる《十式模造獣》の背部に当たり、押されて先の建物まで突っ込んだ。そして、そのまま背中を突き破り大きな穴を開ける。


「やっぱりだ、回復が遅い。この光の攻撃をすると再生力が弱まるのか?」

 中心がポッカリ空いた《十式模造獣》はガタガタの身体を震わせる。動きも先程と違って遅くなっているように見えた。《十式模造獣》は悪あがきなのか右腕のパイルランスを《ゴーアルター》に向けて投げつける。


「待った待った! まだ右手が戻ってないんだぞ!」

 片腕の無い状態の《ゴーアルター》は咄嗟に左手を開いて突き出した。すると掌から光の膜が現れ、それが何層も重なっていきオーロラの様な物が出来る。


「止まれよぉー!」

 その《ゴーアルター》の作り出すオーロラへ向かってランスが飛び込んできた。ぶつかった衝撃で激しく火花が散る。膜を次々と突破するが次第に勢いが弱まり止まった。ランスは元々、模造獣が作り出した身体の一部なので、離れたランスはドロドロに溶けていき蒸発した。


『少年よォ! ≪フォトンフラッシュ≫は応用しだいで武器にもバリアにもなる万能武器なんだぞォ! スゴいだろ、考えた私を誉めたまえッ!』

 通信画面からヤマダ博士は説明しながら顔をニュッと覗かせる。


「それを早く言ってくださいよぉ」

 戻ってきた右腕をつけ直し、歩駆は脱力した。


『ならば言おうッ! 敵が弱っている今がチャンスだァ! 必殺技を使うのだッ!』

「必殺技!? 教えて下さいよ!」

 なんと言う魅力的な言葉だ。目をキラキラと輝かせる歩駆。だが、


『おいパイロット! いい加減にしろよ?!』

 突然、通信に割り込んできたのは半壊した《尾張十式》だ。腕から延びたケーブルが《ゴーアルター》の体に付き、直接に回線を繋いでいる。


『街にどれだけ被害が出てると思ってんだ!』

 パイロットの楯野ツルギの怒号が響く。


「わかってますよ。模造獣を倒せば良いんでしょう? それでもう大丈夫」

 胸をドンッと叩く。今の歩駆は自信に道溢れているのだ。このマシンさえ有ればどんな敵が来ようが安心である。


『お前は、さっきの学生なのか? 何でそれに乗っているんだよ?』

 声が最初に姿を現したヘルメットの男とは違う事にツルギは驚いた。

 

「説明は後です。今は模造獣を倒すこと先だから。軍人さんは後ろに下がってて下さいよ。僕が今、奴に引導を渡してやりますよ。バーンとね?」

『おい待て話を』

『少年? じゃあ良いかな? 始めるよ』

 ブツリと通信が切れた。ケーブルはまだ繋がっているが、どうやらヤマダが何かしたのだろう。


「退いてください。邪魔になります」

 《ゴーアルター》はしがみつこうとする《尾張十式》を横に退かす。力が強かったのか、脚にダメージが来ていた《尾張十式》はバランスを崩して転倒する。


『さあ思い描くんだ、勝利のイメージを!』

「勝利……」

 歩駆は、思えば何かに勝ったとか賞を貰ったとかそんな物とは程遠い人生を歩んできた。特に褒められるでもなく、持ち上げられた事もない。目立ちたがり屋で何にだって立候補するが、自分よりも優秀な人間に役を取られてしまう。学園祭も演劇がやりたかった。

 いつもそうだ。思い通りにいかない事ばかり。自分はただの賑やかしの道化なんかじゃない。主人公だ。俺が主役。俺は、


「そうだよ……俺なんだよ。俺が街を、いや世界を救う英雄になるんだ。この、俺が!」

 胸が熱く燃え上がる感覚がする。心のモヤモヤが晴れて清々しい気分にもなる。これは、このSVの力なんだろうか。自分に自信がつく、高揚感が高まっていく。恐ろしいくらいに凄い良い気分に良い。

 歩駆は覚醒した。


『博士! ダイナムドライブ、レベル6まで到達しました! これは一体どうなってるんだ……?』

『いいぞいいぞいいぞ……これを、待っていたんだァ!』

 《ゴーアルター》の顔のマスクが開く。その中から人の様な顔が現れて、歩駆に呼応するかの如く咆哮した。装甲のスリッドから七色の光が漏れ出し、胸部の窪みに光が次々と集まっていき、やがて渦のようになる。


『≪イレイザーノヴァ≫だ! 射て!』

「はああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!!」

 極大の閃光は解き放たれ、全てを浄化した。




「くそ、何て事だ……!」

 織田龍馬は痛みでジンジンする頭を押さえて言った。血はかろうじて出てなくて安心する。社長である自分に何かあったら大変だ。


「だから、言ったんだよ……アレは! あっちゃいけないSVだって!」

 衝撃で派手に横転し、中は酷い有り様だ。電気が切れて暗くなった指揮車内を龍馬は腕時計のライトで照らす。


「……大丈夫ですか……って、あぁ」

 車の前方、運転席はもう駄目だった。諦めて後方へと移動すると、隅で体を縮めて震えている月影瑠璃を発見する。龍馬は黙って瑠璃を抱え込み、歪んでしまったドアを蹴破って外に出る。真っ赤な夕日がとても綺麗だった。


「ヤマダめ……」

 ポツリと、忌々しい名前を口にする。

 二人は廃墟となった街を後にした。




「フフッ……ははは…………あーはっはっはっ! 見たか模造獣、これが《ゴーアルター》の超必殺技だぜ?! はぁ……なんだろ、すげえ気持ちが良い。スッキリした。俺のお陰で模造獣は跡形もなく消え去りました。街は救われたんです!」

 勝利。街を襲う宇宙人を倒したのだ。お話の中の出来事ではなく、これは現実なのだ。だが、


『お前は……何を言ってるんだよテメェ!』

 余韻に浸っていると機体に大きな衝撃。《ゴーアルター》は前のめりに倒れてしまった。そのせいで歩駆はコンソールに顔面を強打し、額から血が一筋流れた。


『模造獣を倒した? 街を救った? 何が見えてる? お前の目に映ってるモノは何だッ……!?』

 歩駆は頭を押さえて顔を上げる。そこには灰色の煙が立ち込め、見慣れない風景が広がっていた。


「……こ、これは…………えと、模造獣です! 奴等が街を襲ったせいで」

『じゃあ、あの建物の空いた穴は? 目の前の瓦礫の山は! なにもかも吹き飛ばしたのは全部模造獣だってか!? えぇ!』

 抉れた道路、倒壊し重なりあう建物、模造獣の自衛隊の戦闘地域ではない遠くのエリアも被害に遭っていた。


「ほら、あそこ! 無事なビルとかだってさ、あるし……」

『そういう問題じゃねーだろ!』

「ちが……違う! あの……いや、こうなったのは、あの……俺が居なかったらアンタらも死んでたんだぞ! そうだよ俺じゃない! 俺は悪くなんか無い!」

 自分でも無茶苦茶な事を言ってるのは分かっている。が、口は言い訳をベラベラと喋り続ける。

 その時だ。破壊を免れたビルなどの建造物が突如、姿を変えだした。固そうな表面だったモノが粘土の様にグネグネと形を変える。


『なん……だと? 模造獣が生き返ったのか?』

「違う、1体じゃない。2、3…6体も?」

 不自然に破壊を免れていた建物らは模造獣が変身したものだった。そこには歩駆にとってよく見覚えのある物もちらほらと存在した。一体、いつから存在したのだろうかとか考えている余裕は無い。《模造獣》らは再び、《尾張十式》へと変身した。




「博士! ダイナムドライブの出力がどんどん低下していきます」

 司令室は慌ただしくなった。オペレーターのコンソールに映る《ゴーアルター》の状態を示したゲージは青色から黄色へ変化していく。警告を告げるアラート音が鳴り響いた。


「少年んん?! どうしたどうしたどうしたァ? 元気無いよッ!」

『ち、違うんですよ! こいつが、力が全く出ないんです! うぅ、ビームも弱くなってるし……どうなってるんですかっ? ぐ、あぁー』

 歩駆は酷く狼狽していた。映像がブレ、乱れまくっている。


「GA01、損傷率50パーセント突破! 新たに出現した模造獣全てに囲まれています」

「ヤマダ……」

 天涯の鋭い視線が突き刺さる。ゆっくりと振り返り、それを満面の笑みでヤマダは返した。


「やーだなーもー! 大丈夫ですよー! なに心配してんですかー!」

「損傷率72パーセント! このままだと……」

「少年ッ!? 奥の手だァ! こんなこともあろうかと、秘密兵器は最後まで取ってあるのだよ!? データを送る。指示に従って使いたまえ!」

 キーボードをカタカタと馴れた手つきで叩く。


『これは……Gミサイル? ゴーアルターミサイル? ゴーミサイル?』

「この兵器はマニュアル操作だ! ダイナムドライブに影響されないから安心してぶっっっぱなしちゃってくれ!」

『わ、わかりました!』

 通信を切る。ヤマダは一息付いてイスにどかっと座り、クルクル回転する。


「……ヤマダ、アレは」

「大丈夫です司令。威力は折り紙付きですから!」

 やや食い気味に天涯の言葉を制止する。


「そういう事じゃない」

「優先すべきは何よりも模造獣の殲滅ですから……それが我がIDEALでしょう? 本分を忘れては行けませぬ!」

 ヤマダは不敵に笑うのだった。



 模造獣は《ゴーアルター》ただ一機を狙っていた。手負いである自衛隊の《尾張十式》には目もくれずに一直線に向かってくる。

 一体どうしてだろう。《模造獣》は何故こちらだけを攻撃するのか。そして、《ゴーアルター》に注目しているのにも関わらず擬態するのが《尾張十式》なのだろうか。


「真似されても困るんだけどさ……いい加減に離れろってんだ!」

 怒りのパワーなのか少し力が出て、腕に取り付いた模造獣を吹き飛ばした。だが、精神的にもう参った状態なので直すぐダウンてしまう。


「ミサイルだろ? 近くで撃たなきゃ巻き込まれないんだ。昔のスーパーロボアニメ的に考えれば、強さ的に下から数えた方が早い武器だろう。よし、撃つぞ」

 十分に敵から距離を取る。模造獣らは団子状態で固まって来ている、攻撃するなら今がチャンスだ。


「まずは試しに!」

 トリガーを引く。《ゴーアルター》の胸部から一発のミサイルが放たれた。真っ直ぐと突き進むミサイルは簡単に、向かってくる先頭の模造獣へと着弾した。すると、


「な、何だよ……これ」

 それは、所謂ミサイルの爆発ではなかった。

 弾頭が弾けると鈍く発光するその黒いモノは模造獣らや周囲の瓦礫や地面のコンクリートなど物質を吸い込み、しだいに膨れ上がっていく。


「待て待て! こんなのは聞いてないぞ!」

 歩駆は実際に本物を見たわけではない。子供の頃に読んだ図鑑で知識を得た程度だ。だが、それでも言葉でアレを表現するとしたならば、あれはまるで≪ブラックホール≫だ。


「やばい、巻き込まれるっ!?」

 脚部に浮遊感。機械の巨人である《ゴーアルター》が黒いモノに引きずり込まれそうになる。直感的に危険を察知した歩駆は逃げ延びるために最後の力を振り絞った。





 気が付くと辺りは夜になっていた。

「……」

 闇。何も見えない。ただ、頭上には満月の優しい光が降り注いでいた。

 とても寒い。季節は夏だと言うのに狭いコクピットの中で歩駆は寂しさのあまり心が冷える様な感覚になり体を縮める。


「は、ははっ……はぁ……あ…………ぅうあああああああぁぁぁぁぁああああぁぁぁあああああああああああぁぁぁぁああああああああああぁぁぁぁぁぁ……」

 どうしようもない怒りと悲しみが、ない交ぜになった叫びが夜空に吸い込まれていった。

 空虚。胸にぽっかりと大きな穴が空いたような感じがして酷く痛む。


「……俺のしたかったのはこういう事じゃない。なん……でだよぉ」

 何もない。全く別の場所に飛ばされでもしたのかと思うくらい変わり果ててしまった風景。これが自分の生まれ育った街。

 故意ではなかったにしろ模造獣による被害を上回る《ゴーアルター》の力で全てが崩壊した。


「学校…………礼奈……? どこだよ、返事しろよ。なぁ、礼奈……れい」

 返事はない。それどころか周囲に自分以外の人間がいる気配すらなかった。


「……」

 涙が零れる。

 きっと、これは悪い夢なのだ。巨大ロボットも嘘で、宇宙生物の襲撃もフィクションで、何もかも自分自身の妄想なのだ。

 少し眠れば全て無かったことになっていると信じて、歩駆は瞼を閉じた。





「ヤマダ、≪超重力波弾頭(グラヴィティミサイル)≫の使用は禁じていたはずだぞ」

 天涯は静かに言う。いつもより眉間の皺が多いのに気付いた。


「禁じていたも何も使わなきゃ人類の希望である《ゴーアルター》が失われていた所です。ケースバイケース。街一つ犠牲にするだけで地球が救えるなんて安いじゃあないですか?」

 全く悪っぶった様子も見せず、キョトンとした表情でヤマダは天涯を見つめる。


「……お前の処分は追って連絡する」

 そう言って天涯は席を立ち上がり司令室を後にした。ピリピリとした空気が場に流れる。


「天才の頭脳に傷をつけない程度にはお手柔らかに……?」

 後ろ姿を見送りながらヤマダはヒラヒラと手を降る。オペレーター達の指す視線が痛いが、そんなことは全く気にも止めない。空調の音が聞こえるくらい静かな司令室でヤマダは突然、準備運動をしだした。


「さてと、ほんじゃまあ《ゴーアルター》の回収に行くとしますかァ! 一隻、出せる準備をヨロシクねーん!」





 日付の変わる午前0時。

 昨日までは夜でも人通りが多く明るかった街は一日にしてその姿を変えた。そんな生命の輝きを失った都市で、動く影が一つ。


「今日は月が綺麗だね……アルク」

 静まり返った廃墟の街、クレーターのステージで褐色肌の少女は踊る。時に楽しく、時に悲しく、誰もいない円形の舞台で軽やかに舞う。


「鉄に化けるしか能がない模造獣(イミテイト)は悲しいね。まだヒトを理解できる段階まで至ってないんだ」

 土に埋もれた割れている鈍色のガラス片を拾った。これは模造獣の魂のカケラ。輝きを失い、少し力を入れるだけで脆く崩れてしまう。


「おや、まだこの街に模造獣にならず生きているイミテイトがいるとは」

 どこから現れたのか、空中を浮遊する深紅の結晶はあちらこちらをグルグル移動している。そして、ある瓦礫の山へ向かっていくと体の先端で器用に瓦礫を掘っていた。

 中から出てきたのは遺体。学生らしき少女の亡骸だった。


「白い巨人の放つアルクの意識に反応したんだね」

 深紅の結晶はその少女の亡骸を自分の中に取り込んだ。まるで、ホルマリン漬けの動物だ。しばらくすると所々欠損していた少女の肉体が段々と治癒していく。


「でも、それはいただけないな。ヒトとイミテイトの融合なんて気味が悪いよ。ボクらは模造者(イミテイター)なんだからね」

 肉体が回復していくと同時に結晶は次第に小さくなっていく。まるで、人間の方がイミテイトを吸収しているように見える。


「だけどね……アルクの悲しい顔を見たくはないんだよ。だから今は…………ね。見て見ぬふりをするよ」

 褐色の少女の穏やかだった顔が途端に厳しい表情をする。

 これは、宣戦布告なのだ。


「レイナ……アルクはボクが守る」


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