第5話 “変わり往く者”その名は

 頬に赤い液体が掛かる。

 目の前で、名も知らぬ人間が肉塊となって散った。

 その光景に驚き、隣で少女が絶叫する。

 いつも見ている柔らかで屈託のない顔が、恐怖で歪んでいた。

 そんな顔もするんだな。

 少女の横顔が酷く美しく見えた。




「そこを動くんじゃないぞ!」

 腕が少し痺れているが楯野ツルギは力を振り絞り、ボロボロになった《尾張十式》を走らせる。

 敵の見た目は紛う方なき《尾張八式》その物だった。肩の番号を見るに隊長の一番機に他ならないがセンサーは、この機体をSVと認識しない。


「聞いて無いんだよ! 模造獣が人型になれるなんてッ!」

 道路を駆け抜けながらライフルを《尾張八式》らしき物に目掛けて連続発射する。

 吐き出された弾丸は全て的に命中したが、破壊された装甲は即座に修復されていく。

 だが、それだけではない。シルエットがグネグネと変化していき、《尾張八式》だった模造獣は、ツルギの《尾張十式》に変貌した。


「こっちの機体はもう満身創痍だってのに、新品同様に変わりやがって!」

 ただでさえ何十年ぶりの模造獣出現で驚きだというのに、さらに次々と起こる事例の無いイレギュラーな事態にツルギは戸惑っていた。


『兵長。楯野兵長、ここは一旦引いてください』

 月影隊長の通信が入った。彼女らの指揮車も状況は把握している。


『所属不明の白いサーヴァントは、今は取り合えず放っておきなさい。あれは、本部の援軍じゃあ有りません』

『いいや、ちょっと待ってくれ。なあ君! 今すぐアレを破壊してくれ! 早急にだ! あのサーヴァントは存在してはいけない!』

 またしても通信を割り込む織田龍馬だが、いつもより声のトーンが高くなり、アワアワしながら一方的に捲し立てる。


「隊長、まだ学校には人が居ます。それを助けず放置しろって言うんですか?」

 ツルギは怒りを露にして叫んだ。


『だけど、その機体の状態では無理です! 一時撤退して!』

『はっ…そうだ、もういいぞ! 《十式》は壊してはいけない! データが欲しい! 一旦戻ってきてくれ! いや、だがしかし……』

『織田さん、貴方って人は一体どっちなんですか!』

 指揮車内は二人の言い争いで混乱していた。耳障りな事この上ない。


「煩いわかったッ! アンタらは後ろで指をくわえて見てればいいんだ。俺が奴を倒すから、それまで黙ってろ!」

 通信切断。ヘッドセットを座席の後ろへ放り込む。


「……とは啖呵を切ったは良いがどうする?」

 不安に押し潰されそうになる。ツルギは軍服の胸のポケットから写真を取り出した。それは五年前に家族四人で撮った家族だ。しかし、両親は病気で、弟は事故で亡くなっている。


「父さん母さん……マモル、俺に勇気をくれ」




 戦闘が再び始まった。

 二体の《尾張十式》が争う姿はまるで鏡を見ている様である。

 ゲームで同じキャラ同士が戦ってるみたいでつまらない、何て事を歩駆は考えていた。

 綺麗な方の《十式模造獣》はパイルランスをムチの様に伸ばしながら攻め歩きしながら前進。それに対してボロボロの《尾張十式》はパイルランスでムチ槍を上手く切り払いながら後退。

 戦いは今のところ平行線。だが、このまま持久戦になれば《十式模造獣》が勝つだろう。

 そうなれば、


「どうなるんだ?」

 街を破壊し尽くすか、何処かへ去るか、いずれかになるのか。どっちにしろ人類は模造獣を放っておく訳にはいかない。

 奴等は一匹残らず倒さなければならない敵なのだ。

 頬の血を拭いながら、歩駆は目の前に佇む白き鉄の巨人を見上げる。胸のハッチが開きっぱなしで、パイロットを失った巨人はただ黙ってその場に鎮座する。 


「礼奈」

 体を震わせ涙を流し、頭を抱えて踞る少女に喋りかける。


「俺はヒーローになりたいと思っている」

 普段なら恥ずかしい事この上ない台詞なのに自然と口から出てくる。


「俺が、あの白いロボットに乗ってアレと戦う」

「は…………何……言ってるの? 漫画やアニメじゃないんだよ。そんなの無理に決まってる」

「じゃあどうする? このまま指をくわえて見てろって言うのか? あのSVじゃ模造獣には勝てない。アイツを倒すには、このサーヴァントじゃないと駄目な気がする」

 脚がガクガクと震える。これは恐怖なんかじゃなく、逸る気持ちを押さえられないのだ。


「だから、俺は行く」

「ねぇ、あーくん……おかしいよ。どうして?」

 顔を上げた礼奈は、目の前の少年の異常さに気付いた。


「……どうして…………笑ってるの」

 笑顔ではない。覚悟を決めて、幼馴染みに心配させないよう微笑んでいる顔でもない。とても不純で下劣や表情、礼奈にはそう見えた。


「俺は変わる。俺は……変われる力が欲しいんだ! 世界が180度変わるぐらい、大きな力をずっと待ち望んでたんだよ。チャンスじゃないか、これは! だから……」

 それは礼奈にではなく歩駆自身に言い聞かせていた。


「酔ってるだけだよ……状況にさ。私達は普通の高校生だよ? ロボットに乗って戦うなんて無理だよ」

「本当に変わろうと思ったら、多少は強引でもやらないと駄目なんだよ……じゃあな、行ってくる」

 礼奈は開いた口が塞がらない。もう歩駆が白いSVに乗り込もうとするのを止めなかった。

 今の彼には何を言っても聞く耳を持たないのだ。




「さぁ、どうしたものか」

 いざコクピットに座ってみたものの、何をどうすれば動かせるのか全く分からない。

 適当に辺りを探って五分、鍵らしき物が機械に刺しっぱなしな事に気付き、回してみる。それで起動したのかコックピットの中がパッと明るくなってモニターや計器の電源が入った。


『……うい……少尉……応答願います……』

 前面スクリーン右の小さな枠、始めは乱れていた映像がクリアになると、そこに茶髪の二十代後半とおぼしき女性が映し出される。


『少尉!』

「あっ、はい……どうも」

『え? あなた誰?』

 画面の向こうの女性は困惑した。本来そこに座っているはずの人間ではなく、学生らしき少年がきょとんとした顔でこちらを見ているのだ。


『天涯(テンガイ)司令! 見知らぬ子がGA01のコクピットに!?』

 後方へ振り向き女性が叫ぶ。


『……誰だお前は? 何故それに乗っている』

 画面が切り替わり今度は恐持ての、五十代くらいの中年男が映し出された。眉間にシワが寄り、怪訝な顔で歩駆を睨んでいる。


「の、乗ってた人は……その、死にました」

 天涯司令と呼ばれた男の、あまりにも強い眼力に思わず目を逸らし萎縮してしまう。歩駆が一番苦手とする威圧感のある大人だ。


『なんだと?』

「えっと……だ、だから俺が代わりに戦いたいんだ。俺が模造獣をやっつける」

『素人が扱っていい玩具ではない。今すぐ降りろ』

「でも、あの……その俺は、えぇ」

『……』

 蛇に睨まれた蛙の如く、その男の目に恐怖してしまい、しどろもどろになる。睨んだ目が視線が突き刺さるみたいに痛い。ごめんなさいと謝って降りてしまいそうだ。

 その時だった。


『まぁーったァ! 待った待った待ったァ!』

 突然、すっとんきょうで甲高い声が響く。すると、奇抜な白衣の様な服を身に纏った人物が画面の端からニュッと出てきた。


『なぁ司令ェ、彼が乗るの私は賛成ですよォ?!』

 白衣の人物は、あの恐持て男の肩に手を回し揺さぶっていた。


『ねぇ君ィ? スーパーなロボットに興味あるゥ? そいでもってチェンジしたいとは思わなァい? この世の中を』

「あぁ……はい!」

 何だかわからないが、今は白衣の男に合わせた方が正解の様だ。


『だよねだよねだよね? よしよし決まったよ! これで君の世界は180度変わったァ! 後で止めたって言ってもナシだかんね?』

『ちょっとヤマダ博士! 少尉は……一体どうなるんですか!』

 先程の女性がヒステリックに叫ぶ。


『どーにもこーにもそーにも、アレじゃ僕のSVを乗りこなすことなんてね……ハナッから出来ないのさァ! ノリ悪いんからゴーアルターの性能を引き出せないんだよ……“ノリ”だけに』

 一人、自分の駄洒落で馬鹿みたいに笑うヤマダ博士を見て、女性は頭を抱えた。


『し・れ・え! このままじゃ町が模造獣にギッタギタギタになっちまいますよ? いいんですかァ?!』

『……好きにしろ。だが、責任はお前が取れ』

『そういうとこが好きだぜ』

 ヤマダはバチバチとウインクするが、天涯司令は見向きもせず無表情だ。


『じゃあ少年……今からそのexSV(エクス・サーヴァント)、型式番号GA01《ゴーアルター》は君の物だァ!』

「あ、ありがとうございます!」

 満面の笑みで返事をする。どうなる事かと思ったが、本当に自分にこんな特別なSVを任せてもらえるとは思わなかった。歩駆は嬉しさで叫びたい気持ちを押さえ心の中でガッツポーズをする。


『じゃ、まずモードをマニュアルから≪ダイナム≫に切り替えてくれ。メニュー画面の一番の項目を開いて』

「ダイナム?  あ、これか」

〔BEGINNING DynamDRIVE START UP〕

 青かった画面が赤色に点滅し機械的な音声が鳴った。

 

『よーし! そして動かし方だ。まず左右のレバーを握るんだ! そして、イメージしろ……大地を一歩踏みしめる姿をォ!』

「い、イメージ……? どっか押したりするんじゃなくて?」

 左右のレバーらしき物を握ってみるが、他にスイッチや足下にペダルなどはない。一瞬、アニメの中の話かと少し困惑したが言われた通りやってみる。

 歩くイメージを念じると、ゴウンと機体が駆動する音がコクピットに響いた。校舎の前でしゃがんでいた白き巨神は悠然と立ち上がる。

 そして一歩、また一歩と確実に地面を踏みしめ街中を歩行する。


「スゴい……レバー掴んでるだけなのに、心で思っただけで本当に動いた! もしかしてこれって」

『そう人間の脳の信号を読み取り、機体をパイロットの意識でダイレクトに操作できる。まァさに夢のロボットなんだなァ!』

「スゲえ、まるでアニメみたいですね!」

『この天才が産み出した現実なのさァ!』

 二人で笑い合う。周りの空気はシーンとしていた。


『そして、お次は攻撃方法の仕方。ゴーアルターの手を敵の方に向け、気合いを込めてみろォ! 貫くイメージィ!』

 白い巨神、《ゴーアルター》は大きな両手を前に突き出した。すると、掌に光が集まっていき、それは次第に大きくなっていく。


「自衛隊のサーヴァント! そこから下がってくれ 」

 苦戦中でボロボロの《尾張十式》に、こっちの攻撃が当たらないよう歩駆は注意を呼び掛けた。それを察知した《尾張十式》は《ゴーアルター》から出る目映い光を警戒して後ろへ下がる。


『よし……撃てッ!』

「うおおおぉぉぉぉぉああぁぁぁーッ!」

 力を込めて力一杯に吠える。極大になった光は《十式模造獣》の方へ真っ直ぐ、地面や建物などを消し飛ばしながら突き進む。しかし残念なことに察知したのかギリギリで回避され、左肩を掠めた程度でしかなかった。


「最初にコイツが使ったビームよりも大きい!」

 《ゴーアルター》の前方、数十メートルはぽっかりとそこだけ茶色の地面が露出していた。あまりの威力に歩駆は驚くと同時に不思議な感覚で震え上がった。


『言ったろ? 先任はノリが悪い。《ゴーアルター》は人のみが持つもの……心、感情で動かす! パイロットの熱き魂で、どこまでもどこまでも強くなるの天下無敵のスーパーロボットなのだァ!』

 まさに昔のアニメの様な台詞を平然と言ってのける。


「でも博士、こういうのって後からリスクを負うパターンなんじゃないですか? 戦闘後に激しい痛みが襲ったり、機体とパイロットが同化しちゃったりして、最悪の場合は死んじゃうなんてことは…」

『ノーリスクハイリターン』

「嘘だぁ……本気で?」

『チッチッチッ、博士に二言は無いィ!』

「じゃあ」

『思う存分、熱血スピリットで悪の宇宙人を倒すのだァ! 少年よ、地球を守るのは君だァ! 健闘を祈る』

「はいッ!」

 向こうからの通信が切れた。

 ついに始まったのだ。自分が人々を守る正義のヒーローになる、その時が。

 歩駆は期待と興奮に胸が踊り、思わず叫んだ。


「いくぞ、ゴーアルター! 俺がこの街を守る!」

 ロボットアニメ好きの男の子なら一度は言ってみたいフレーズを言えて熱いものが込み上げる。相棒の自転車なんかとは比べ物にならない。これが本物の、真の相棒なのだ。

 歩駆と《ゴーアルター》は戦場となった街に進攻した。


「凄い……≪ダイナムドライブ≫出力急上昇。れ、レベル4!? これまでの最高記録を更新しましています!」

「ね? どうです、私の言った通りでしょう司令」

 ヤマダは司令のデスクに頬杖をついて上機嫌に言う。天涯司令は、ただ黙ってモニターを渋い顔で見つめるだけだった。


「私の予想以上の数値を出しましたよ。いやあ彼がオタクっぽくて良かった。理解が早いよ」

「博士、本当にテンションなんかで強くなるんですか?あのサーヴァント」

 眼鏡の男性オペレーターが質問した。


「まあね? 粛々と任務をこなす冷静な軍人よりも、住んでる街を破壊され怒りに燃える少年の持つ若い情熱で強くなる。それが、私の作りあげた最強のexSV……GA01、ゴーアルターなんだよ」

「……それじゃあ少尉が選ばれたのは何だったんですか」

 急に席から立ち上がり、女性オペレーターは目に涙を浮かべ怒りを露にする。


「パイロットとしての腕がよかった、それだけの事だよ? マニュアルで動かすだけなら候補の中じゃトップだった……ダイナムドライブはレベル1までしか行ってないけど。でも死んじゃったしねえ? あの少年が殺したのかも知れないんだけど。どっちにしろダイナムドライブはあの少年のが引き出せるし、GA01の力が見れるから嬉しい誤算」

 乾いた音が響く。平手打ちだ。

 ヤマダの左頬が赤くなる。だが、それでもヤマダはなおも喋り続ける。


「敵は模造獣……いや、獣でもないから本来の≪イミテイト≫呼びが正しいかな。奴等も学習してると言うことか。だが私は奴等を倒すためだけにGA01を作ったんだ。私が、私の頭脳がなきゃ今後人類はイミテイトを倒すことはできない。なぁ、私の機嫌を損ねてみろ。お前、実験材料にしてバラバラすぞ?」

 先程までの陽気さは完全に消え失せていた。感情の無い、冷徹な爬虫類の様な目で見つめる。女性オペレーターは圧倒され、その場で床にへたり込む。


「……まあ、見るがいいさ。忌々しいイミテイト共を無敵のスーパーロボット、《ゴーアルター》が蹂躙する姿をね?」

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