第4話 エクス・サーヴァント

 学校に到着した歩駆は自転車を教員用の駐輪場に止めて、戦いの様子を体育館倉庫の影に隠れて伺う事にした。

 初めの内は携帯電話で撮影して一喜一憂していたのだが、自衛隊の不甲斐ない戦闘を見て止めてしまう。


「あぁ、また一機……」

 肩に数字の2が描かれたSV(サーヴァント)《尾張八式》が《重機型模造獣》の脇から生えた警察用SVの腕が持つリボルバー銃によって頭部を撃ち抜かれた。

 本来なら6発しか撃てないハズの銃なのだが、《模造獣》特有の再生能力により弾は無尽蔵に装填され、対象が形を保てなくなるまで射撃は続いた。


「スゲェな、怪獣映画じゃねーもんマジだよ。人類終わったぞ、コレ」

 まるで他人事の様に言う歩駆であるが全く恐怖が無いわけではない。

 今は恐怖よりも興奮の方が勝っている。

 自分にも降りかかるであろう生き死にの緊張感に全身が昂る。事実は小説より何とかって奴なのだ。


「現実だよな。でも、これって非日常なんだよな」

 改めてこの現状、破壊された風景を見渡し歩駆は思わず笑ってしまう。

 自分でもコレが狂気の感情だと言うことはわかっている。こんな時だっていうのにどこか楽しむ自分がいた。


『そこの君! 何をしている、早く逃げなさい! 危ないぞ!』

 もう一体の番号3番の《尾張八式》がこちらに気付き、こちらに向かって大声でSVのスピーカー越しに叫んでいる。だが、それが隙になったのか《重機模造獣》のクレーンが頭上に迫っていたがわからなかず、そのままクレーンは降り下ろされ機体は縦に分断された。


「……これで尾張の八代目は全滅か。創作でもリアルでも自衛隊ってのはカマセなんだよな」

 自分を気にかけてくれたせいでパイロットは死んだと言うのに、歩駆の口から出たのは恐ろしく冷静な暴言だ。

 残りは歩駆が見たことのないSVが一機。腕から延びる妙に長い棒の様なモノで《模造獣》を倒せるのかと心配になる。


「あれも尾張のシリーズなのかな? 顔は六代目に近いけどあんなにスリムじゃなかったもんな。あれがマモルの言ってた新型か」

 新型SVは巧みに攻撃を避け、逆に相手を攻め入り善戦するも《模造獣》の回復力により倒せないでいた。


「しかし何だ……現実にピンチの時に駆けつける救いのヒーローなんてものは存在しないな」

 少し退屈になり、歩駆はただボーッと成り行きを見守るしかなかった。

 一進一退の戦いをしばらく観察していると、有ることに気づく。


「……形が変わってる?」

 破壊した軍や警察のSVのパーツを取り付けただけの元三脚のクレーン付き重機メカからシルエットが変化していた。

 浮いていた装甲に繋ぎ目も無く、元からそこにあったかのように“馴染んで”稼動している。

 そしてそれは、今までの《模造獣》として事例のない形に近づきつつあった。


「ぽいだけだ、それっぽいだけだよな……きっと。じゃなきゃサーヴァントの存在理由って……」

 有り得る訳がない、とブツブツと呟いていると校舎二階の窓で何やら影が動いている。どうやらまだ校舎の中に逃げ遅れた生徒がいるようみたいだ。

 それをよく見ると、赤縁の眼鏡に三つ編みおさげの女子生徒。

 渚礼奈だった。 


「なにやってんだよ。こんな危ない所にまだいるとかさ」

 その台詞は自分にもブーメランだが、歩駆は仕方なく校舎に向かってひた走る。半壊した昇降口の扉を蹴破り中へ駆け込んで、二階へ続く階段を二段飛ばしで駆け上がる。突き当たりを曲がって二つ目の教室、そこは歩駆の通う2年A組だ。


「れ、礼奈!」

 ガシャン、と勢いよく引き戸を開け、息も絶え絶えになりながら幼馴染みの少女の名を叫ぶ。


「きゃっ! あーくん?」

 ガサガサと机を漁る礼奈は突然、声を掛けられ飛び上がった。


「お前……一体、何やってんだよ!?」

「あのね、急にあのクレーンが誰も乗ってないのに動き出して、警察が来て止めようとしたんだけど何か、こう……ウネウネーって形が変わって」

「それは知ってる。で、お前は何でまだ学校に居るんだ」

「逃げようと思ったんだけど、教室にコレを……あーくん、さっき忘れてたから」

 礼奈が取り出した物、それは歩駆秘蔵のお宝本“アニメロボ大全2021”だ。まさか学校に忘れていたとは歩駆は全く気づかなかった。


「ありがとう助かる」

 本を受け取ると歩駆は制服の中、シャツとズボンの間に本をお腹に挟み込んだ。


「普通は……こんなものさっさと置いて逃げろよ! とか何とか言うのが普通じゃないの?」

 歩駆の滑稽な様子を見て、礼奈は酷く落胆する。


「はいはい、わかったからとにかく出よう。アレに気付かれたら俺たちも危険……ん?」

 不意に外を見る。さっきから妙に暗くなったな、と思ったら《重機模造獣》がこちらを覗いていた。何故“覗いていた”と言う表現なのは、頭が存在しない非人型のクレーン型hSVに、先ほど倒された《尾張八式》の頭部が付き、そのカメラアイがこちらをジロリと睨んでいた。


「走れ!」

 歩駆は礼奈の手をグンと引っ張り、教室を飛び出す。

 とにかく校舎から出よう、と外への入口のある所まで全速力で走るが、大きな震動と共に廊下が崩れ落ちる。黄色い鉄の固まり、クレーンの腕が道を塞ぐように倒れていた。


「爪三つのアームじゃない…完全に鉄の五本指だ」

 クレーン腕はこちらの位置がわかっているかのように方向を変え、まるで蛇のようにうねりながら二人に襲いかかる。


「あーくん!」

「戻れッ! 向こうだぁ!」

 二人は旋回し、元来た通路を引き返す。

 二年の教室はAからFまである。次の階段のある場所までの6クラス分も走るのは中々辛い。しかも廊下は割れた窓ガラスの破片や壊れた机やイスが散乱して危険だ。土足の歩駆はともかく、上履きのままの礼奈は割れたガラスなんかを踏まないようにするのは中々至難の技であったが、二人は何とか教室ゾーンを抜ける。

 最後の角を曲がった先、そこが階段のはずだった。

 

「……くっそ駄目だ」

 左の角を曲がった先は、下への階段は先程の戦闘によるものなのか、瓦礫で埋まっていてもう駄目だった。

 その間もクレーン腕が迫ってきている。幸いに上へ続く階段は無事だったので、ここを上るしか逃げ道は無い。


「まだ行けるか礼奈」

「無理だけど、頑張る……!」

 残り力を振り絞り、二人は階段を駆け上がる。

 最後の段差を同時に踏みしめ外への重いドアを一緒に開く。一瞬、強い風が吹き、よろけそうになりながらも一歩踏み出した。 


「うそ……」

 ペタン、と礼奈はその場にへたり込む。

 案の定、そこで待ち受けていたモノは《模造獣》だった。

 まるで子供が高い台を登って覗き込んでるかのように屋上の床を掴んで歩駆と礼奈を見つめている。

 

「やっぱり変だ。模造獣って人の形には成れないはずなのに」 

「……歩駆っ!」

 ぼやっとしている歩駆に礼奈は飛び付いた。二人はその場に勢いよく倒れ、その頭上では後方の扉が《重機模造獣》の手により破壊され瓦礫と化し、逃げ場を完全に失ってしまった。


(あぁ非常過ぎる。リアルなんてこんなものか)

 歩駆は周りを見渡す。いつもと変わらない真っ赤な夕暮れだ。違うのは前方に広がる景色。煙が立ち上ぼり、崩れた街並みと立ちはだかる巨大な影。


(俺はモブだったってことかよ。こんなんで人生終了とかありえないだろ。夢だよな悪い……いや夢ならここでヒーローが颯爽と見参するんだ)

 こんな時だって言うのに、歩駆はまだ創作の世界がどうたらブツブツと呟く。現実を受け止められず自分がオタクであることを少し恨んだ。


『化け物め! 後ろがガラ空きだっ!』

 突然の叫びと共に、《重機模造獣》の胸から長い槍が飛び出した。様子を伺っていた《尾張十式》のパイルランスがど真ん中を貫く。引き抜くと穴の下部に半透明のクリスタル状の物が見えた。


『コアを外した!? ちぃっ!』

 距離を取ろうと後退する《尾張十式》だったが《重機模造獣》は背中を向けたままクレーン腕で機体を掴み、力任せに投げ飛ばす。《尾張十式》は住宅地を越えて、数十メートル先の川へと落ちた。


 そんな光景を見て、歩駆は完全に諦めて目を瞑った。

 事の重大さをやっと理解し、人生で二度目の死を覚悟する。

 一度目は幼稚園の頃、お風呂場で頭を打ちつけ血を流した時だ。

 こんなことなら素直にマモルと一緒にシェルターに隠れていれば良かった、と心底後悔するが遅いかった。


 その時である。耳が痛くなるほどの轟音と強い突風が歩駆と礼奈を襲う。砂や石が舞い、歩駆は互いが吹き飛ばされないよう礼奈を抱き込んだ。


「……何だ?」

 歩駆はゆっくりと目を開けて、空を見上げる。

 それは影だ。上空からやって来るその影はどんどん大きくなり近づいてくる。

 影の形は人型だった。

 そして、目映い閃光が降り注ぐ。

 人型の両の掌から放たれる二条の光は、まっすぐと《重機模造獣》のクレーン腕を貫いて、弾き飛ばした。

 不意を突かれてよろけた《重機模造獣》に、謎の人型は落下の勢いで切り揉み状態となって“蹴り”をお見舞いする。

 《重機模造獣》の胸部に強烈にヒットし、鉄の砕ける大きな衝撃音が辺りに鳴り響いた。

 蹴られたままの状態で二体は数十メートル以上、地面を削りながら校庭を越え住宅地を巻き込み大爆発を起こした。


「謎の、スーパーロボット……?」

 赤黒い爆煙の中から現れる人型は純白のボディ、特徴的な頭部の二本角、大きく出っ張った肩部装甲で、筋肉質な大男の様に逞しいシルエットだ。

 その姿は軍のSV図鑑で閲覧した、どのサーヴァントとも違う。

 通常のSVよりも巨大で人間に近いスタイルをしている。まさにアニメや漫画から飛び出してきたかの様なロボットだった。

 しばらくして爆煙の勢いが収まると、謎のロボットは歩駆達に向かって前進する。崩れた校舎の前に止まると、胸の辺りが開いて中から人が出てきた。


「怪我はないか?」

 男性の声だ。青色のバイロットスーツに身を包み、フルフェイスのヘルメットをしていて顔はよくわからない。


「「はい」」

 歩駆と礼奈は同時に返事をした。礼奈はこの状況がまだ理解できず呆然と男を見つめ、歩駆はまるで特撮ヒーローにでもあった子供のように目を輝かせていた。


『おい、あんた統連軍の援軍なのか?』

 川まで飛ばされた《尾張十式》はボロボロになりながらも学校まで戻ってきた。一部始終を遠くから見ていたツルギは恐る恐る男に訪ねる。


「私は模造獣対策機関≪IDEAL(イデアル)≫の者だ。統合連盟軍とは別命で動いている」

 男は冷静な口調で淡々と答える。


「この機体は対模造獣殲滅兵器≪exSV≫だ」

 通常、量産機はmSV(モブサーヴァント)と呼称される。

 先程の模造獣が擬態したのは重機hSV(ヘヴィサーヴァント)だ。

 他には30メートル級の大型兵器gSV(グランドサーヴァント)があるが、この白いSVはmSVより大きいがgSVよりは一回り小さい。


『イデアル? exSV? 知らないぞ、そんなものは。一体何なんだアンタ』

「それ以上、言う必要はない」

 素っ気ない態度で男は食い気味に言い切った。ヘルメットから覗く目が睨んでいるように見えるのは気のせいだろうか。


「こちらGA01。コアの破壊を確認、目標を殲滅した。これより帰投します」

 ヘルメットの耳に手を当て、男は何処かへ連絡している様だ。通信を終えて男は《尾張十式》の方を向いて呼んだ。


「そこの新型尾張の貴方はこの子を安全な所へ誘導してください。あと、そちらの尾張の八型も周囲にまだ逃げ遅れた人が居ないかを確認してほしい」

『わかった』

 頭部のメインカメラをズームして学校の屋上に男女二人の学生を確認する。戦闘に集中していて、そこに人が居たことをツルギは今し方気付いた。


『ん?』

 違和感がツルギを襲う。今、男が言った台詞は何かがおかしい。学生の話ではない。コンソールのレーダーで周囲を確認する。


(識別信号が出ていない。肩の番号、一番機だって? どういうことだ)

 だが、しかしだ。今、目の前には紛う事なき尾張八式が立っている。

 いつの間にそこに居たのか、ツルギは全く気づかなかった。


『ちょっと待ってくれ、今なんて言ったんだ。尾張は俺の十式以外は全滅した……はず』

 生きているはずがない。でも、最初にやられた茂部軍曹の尾張八式がそこにいる。本当なら死んでなかったことを喜びたいのだが、そんなことがあり得るのだろうか、とツルギは考える。

 そうこうしてる内にゆらり、と一歩一歩、謎のロボット≪exSV≫に近づく謎の《尾張八式》。何処か挙動が変だ。それに傷が一つも無いのにオイルなのか赤黒く染まっていた。


「模造獣だッ!」

 歩駆は思わず叫んだ。決して適当に言ったのではなく、確信したからだ。


「なんだって? それはありえな」

 確認しようと男が振り向いた時には既に遅かった。

 正体不明の《尾張八式》のライフルから放たれる弾丸の雨が、男の肢体に降り注ぐ。


「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ !」

 夕闇に包まれる町に少女の悲鳴が響き渡った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る