第3話 模造の獣
歩駆は自慢の愛機で町中を滑走していた。
小遣いを半年かけて貯め、やっと買った代物である。
十段階変速のギア、電動アシスト付き、真っ白なボディに炎のデカールを貼った最新式のマシン。
普段、学校に行くのには中一から使っている父親から譲り受けたお古を使っているのだが、特別な時だけはこっちの方を使用している。
「地平線の果てまでかっ飛ばせ! 俺のソニックマグナム!」
そう呼ばれた自転車は炎天下の道路を目的地まで主人を猛スピードで運ぶ。
「今なら風になれる……どこまでも行けそうだぁー!」
しかし、今日に限って運悪く赤信号に連続で捕まり足止めを食らった。
ジリジリと降り注ぐ太陽光とアスファルトの照り返しでドンドン体力が消耗されていく。額に巻いたタオルが汗を吸い、蒸発して湯気が出ていた。
「ええい、こうなら近道だ!」
自転車をぐるっと反転させて一度来た道を引き返し裏路地へと進み、人通りの少ない住宅街へと入っていく。
実は少し遠回りなのだが、ここ一帯は信号機がほとんどなくスムーズに進むことが出来るのでプラスマイナスゼロなのだ。
(それにしても嫌に静かだ)
すぐ近くに小学校があるのだが、今の時間ならこの道は下校中の子供達とすれ違うはずなのだが今日は誰一人会わない。聞こえるはずの騒がしい声も無い静かな道に奇妙な感覚を覚えた。
「この角を曲がった先だ」
そうこうしている内に真心市自衛隊基地まで、あと数十メートルといったところだった。
そこへ向かって漕ぎ出そうと足をペダルにかけた瞬間に携帯電話の着信音が鞄から鳴り響いた。画面には≪タテノマモル≫と表示。
「おうマモルか、もう着くぞ。あんまり大きな音とか鳴って無いけど新型機の演習ってのはまだ始まってないのか?」
『もしもしアルク? そんなこと言ってる場合じゃあないよ! 緊急事態、大変なんだよ!」
声の主、同級生のマモルは声を荒げて言った。何やら緊急事態らしい。
「中止なのか? こう暑くっちゃなぁ……」
『いやいや、そんなもんじゃないよ! 学校で……あのジャグリング芸するって野球部がヘビィ・サーヴァント借りてきたじゃない?』
「あぁ、あの三脚のクレーン車だか特撮モノのメカ怪獣だかなんだかわからん奴ね」
部員の一人が工事現場でアルバイトしてるらしく、そのツテでSV“モドキ”を持ってきたらしい。先月から学校の校舎裏に鎮座するヘビィ・サーヴァントに歩駆は誰もいないのを見計らって、こっそり操縦席に乗り込み、子供のように動かす真似事をしている。
『なんだっていいけど。でね、そいつが大暴れしててヤバイんだよ!』
「喧嘩かよ?」
あまり良い噂を聞かない連中だったがついにやらかしたか。歩駆は納得した。
『それがね、誰も乗ってない無人だって言うんだよ』
「それって、まさか……暴走!?」
大袈裟に驚いた感じで言う。
『……ふざけてる?』
真剣に話をしているのについ茶化す様に返すのは歩駆の悪い癖だ。結構、マジに怒っている雰囲気を声から感じ取った。
「まあまあゴメンて」
『いいから聞いて。その暴走を引き起こしている正体が模造獣なんだって』
「……ん?」
一瞬、意味がわからなかった。本気で大変な事を言っている人間が口に出すフレーズではなかった。
『だから模造獣だよ。二十年前に駆逐されたはずの模造獣が現れたんだってば』
マモルは嘘をつく様な奴ではない。だからこそ、言っている事が全く信じられないのだ。
「はぁ、マジで言ってるの? 宇宙生命体なんてのは本当はいないってのが現在の見解なんだよ。模造獣? 馬鹿馬鹿しい! 日本に出現したのは企業がサーヴァント売りたいが為に無人の機械を遠隔操作、あるいは人工知能による自動操縦でありパフォーマンスと言うか一種のPRであり、つまりは真実は事実無根で」
『アルクしっかりしなよ。ワケわかんないこと言わないで!』
ハッとなり、ふと我に返る。道端で一人、意味不明な事を喋っている自分を誰かが見ていないだろうかと心配になり、歩駆は曲がり角に急いで隠れた。
「ソースは?!」
『さっきまでボクは基地に居たんだよ? 兄さんがそう言ってた。兄さん今学校向かってるって』
マモルの兄は自衛隊でパイロットをやっているのだ。歳は十歳も離れている。操縦テクニックはかなりのもので期待のエースと言われているらしい。
「何だって? 裏道走ってたから全然気づかなかったわぁ」
『避難警報出てるの知らないの?』
「いや、寝耳ミミズだ」
『寝耳に水、ね』
下らないボケに電話を切りそうになるのを押さえる。
『ボクは兄さんが近づかないようにって言われてるから地下の避難所に隠れてるけどアルクも来る?』
「そうだな、俺は学校に戻る。礼奈が危ない」
キリッとした声を出すがマモルにはお見通しだった。
『とか何とか言って本当は生の戦闘が見たいだけでしょ?ダメだからね、危ないから』
図星だった。エスパーなのかコイツ、と歩駆は思った。
「そんなことはない。主人公として幼馴染みを助けるのは当然のシチュエーションだろ」
本当はただの野次馬根性である。
『アルクはバカだなぁ。見るのは兄さん達の邪魔にならない程度に。大丈夫だと思うけど怪我しないように』
「わかった」
隙あらば最前線で見てやろうと思っていた。歩駆は舌をペロッと出す。
『アニメじゃないんだから、勝手に自衛隊のサーヴァント乗り込んで戦うとかアホな事したら絶交だからね!』
「わーった! じゃ切るぞ!」
『うん、気を付けてね』
歩駆は学校のある方角へ自転車を転換し走り出した。
向こうの方で大勢の人々が列を作っていた。二十年前の経験を生かし避難施設や地下シェルターなどを数多く設置している。が、いざとなると中々スムーズにいかないのであろう。
車もかなりの渋滞で、クラクションの音が鳴り響いていた。警察のサーヴァントが誘導を行っているが平然と信号無視をしている。だが数が多くて警官達も大勢の市民を相手にしているため、それどころじゃないと行った感じだ。
(うはっ! おいおい、マジかよ。ただ事じゃねえな……)
非常事態だと言うのに歩駆は心の中でワクワクする気持ちが止まらなかった。逸る気持ちを抑え、警察に見つからないよう裏通りを走って行く。
学校に近づくにつれて悲鳴と何かが壊れ破裂する大きな音が響いてくる。怪我をして血を流している人達とすれ違うが、歩駆の興味はそこではないのだ。
──ロボットの戦闘が見れる。それも、対宇宙生物!
滅多にないチャンスを見逃す手は無い。いっそうペダルを漕ぐ力も強くなる。
しばらくすると段々と崩れた建物が増えてきていた。見慣れた景色がこうも変わると不謹慎だが逆に新鮮である。
戦いの現場は、もう直ぐそこだ。
その戦場。自衛隊の機体が現場に到着した。
数はmSV(モブ・サーヴァント)が四機と一台の指揮車両。
《尾張八式》が三機と新型の《尾張十式》が一機。
相手は旧型のhSV(ヘビィ・サーヴァント)が一台。
キャタピラの様な三つの脚に左右二つのクレーンの付いた黄色い建設重機。
普通ならば軍事兵器と作業機械の戦力差なんてもの、比べるのも実にアホらしい。
だが、相手はhSVであってhSVではない。
過去に地球を襲った宇宙生物である、あの《模造獣》だというのだ。
まず一機の《尾張八式》、肩に一番と書かれた機体が先行した。相手は丸腰、銃を使うまでもない素手で十分だ、と取り押さえようとゆっくり近づいた。hSVは一歩二歩と引き下がり身構える。すると、左右のクレーン腕を同時に伸ばした。十メートルぐらいまで長くなったが、こちらへは全然届く距離ではない。
『怖じけ付いたか? 本当は誰か乗ってるんだろう。高校生がイタズラで取り返しの付かない嘘をついてしまっただけなのか?さぁ、大人しく出てくれば悪いようにはしないぞ?』
《尾張八式》のパイロット、茂部軍曹は豪快に笑う。
機体は先ほど破損してしまった為、今は別のSVに乗り込んでいる。実はこっちが自分専用機である。
『さっきは小僧に敗けはしたが、今は違うぞ。こいつは俺の相棒だ。五年近く乗り回し、実に馴染む! 知っているか、ライオンはウサギを狩るのにも全力を尽くし』
と、途中まで言いかけた。それが茂部軍曹の最期だった。
延びたクレーン腕はまるで生物の様にグネグネとうねり、元の倍以上に長さが引き伸びて鞭を振るう様に《尾張八式》の上半身を吹き飛ばした。
下半身だけを残し、その場で膝を突いて崩れると、黄色のクレーンが血とオイルで赤黒く染まった。
『ぐっ軍曹!?』
『おいおい、本当に模造獣だってのか……』
目を疑った。ただのhSVではない。いや、生物的に蠢くそれは、もはやhSVでもなかった。
『そう言ったはずだぞ。警察のSVが先に出動して確かめてるんだからな。だから、あの人は……まったく』
半信半疑であった物が、だんだん確信に変わる。
これまで《模造獣》の名を語った事件はいくつもあった。だが、大概は機械の誤作動だったりCGを使ったニセ動画だったりと言うものが全てで、本当に現れた事は20年前の戦いから一度たりともなかったのだ。
『おい、見てみろ。ありゃ……どう言うことだ?』
『鉄の……化物』
《尾張八式》の三番機の隊員が驚愕した。触手の様に伸びたクレーンが吹き飛ばした九式の腕部を拾い上げ、自分の体にくっ付けている。よく見ると他にも白黒カラーの警察用SVのパーツの残骸があちらこちらに張り付いていた。
『来るぞ、みんな散れぇぇぇーっ!!』
《重機模造獣》はエンジン音の様な唸りを上げキャタピラの脚が校庭の地面を削りながら猛突進を仕掛けてきた。
クレーンの腕を無茶苦茶に振り回し、木や運動部の倉庫、部室を壊しながら前進する。
二機の《尾張八式》と《尾張十式》は攻撃を避けつつ、ほぼ同時にライフルを構え撃ち続ける。しかし、破壊された装甲はみるみる修復され綺麗に治っていく。全く攻撃が効いている様には見えなかった。
『やっぱ、近づいてコアをパイルランスで貫くしか無いのか』
ツルギは焦った。訓練では何度も使用して成績を残している。だが、茂部軍曹に言われていた通り、実戦とあれば全く違った。敵はランスよりもリーチも長く、触手の様に自由に動かせているクレーン腕を二つ持っている。差は歴然だった。
『でもどうする。近づけば厄介だぞ。一旦引いて体勢を立て直すか』
『これだけ被害が出てるんだ。現状、俺達でどうにかするしか方法はないかもだろ。月影隊長!』
隊員らは指示を煽る。
「今、司令部に援軍を要請しています。二十分は足止めをしてください」
月影瑠璃は指揮車で各隊員に告げた。
本来なら自分も出撃して戦わなければならない状況であるにも関わらず、後方で指示するだけという立場に苛立ちを隠せない。
出れるものならとっくに出ている。
だが、しかしこの車内の空間の中でさえ拒否反応が体に出ていた。
「大尉殿、腕が震えていますよ。汗も出てるし息も荒い」
何故か一緒に着いてきた織田龍馬はスーツの懐からブランド物のハンカチを取りだし瑠璃に手渡した。
「あ、ありがとうございます……」
瑠璃は受け取らず、手で汗を拭った。これは夏の暑さだからではない。指揮車のクーラーは寒いほど効きすぎている。
「黙って座っててください。仕事の邪魔です」
「……閉所恐怖症なんです?指揮車に入ってから様子がおかしい」
心配そうに龍馬は瑠璃の顔を覗き込む。額から汗がポタリと流れて落ちているが、そんな焦っている様子は見せまいと瑠璃は必死に取り繕う。
「何でもないですから。まだ、この広さなら大丈夫ですから……」
「なら、いいんですが」
顔を両手で二回叩き、瑠璃は気合いを入れた。
約3年、久しぶりの本格的な戦い、それも《模造獣》の出現と言う異例事態に心が酷く動揺する。しかし、だからといって退くことは許されない。
「二番機と三番機は散会して敵の左右に移動して撹乱。十式……楯野兵長は二機が惹き付けている隙に敵を攻撃してください」
『『『了解』』』
「十式の君、先程は良かったよ。でもね、十式は試作品なんだから壊さないでくれよ。あと、そうだ。模造獣の戦闘データなんて滅多に取れないんだから積極的に戦ってくれ。臨機応変によろしく」
龍馬は通信に割り込んで、《尾張十式》のパイロットであるツルギに強く念を押した。
(無茶を言うなコイツ)
ツルギは無言で無視をして、通信のスイッチを乱暴に切った。
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