第2話 天才少女の今

 月影瑠璃は、かつて天才少女パイロットとして世間から注目を浴びていた。

 僅か十歳で軍学校を首席で卒業し、十二歳で中東での紛争を生き抜きエースパイロットとして称賛され、十五歳の時に夜間での戦闘が得意な事から誰が呼び始めたのか周囲から《月明りの妖精》などと言う異名で呼ばれる様になった。


 だが、それも今は昔。


 ある戦いをきっかけに瑠璃は《サーヴァント》に乗れなくなってしまったのであった。

 それ以降はと言うもの、彼女の人気は落ちて裏方へ回る事を余儀なくされる。世間への露出が少なくなるにつれて、次第に彼女に注目する人間は少なくなっていくのだった。



<ルリルリ二十歳の誕生日ぉめでとぉ!今度ぃっしょにお酒飲もぉね!>


 職員用トイレの個室で瑠璃は携帯電話のメールをチェックしていた。送られてきたのは軍学校時代からの友人。バースデーメールだった。

 自分の、士官用に用意された個人の部屋にもトイレは備え付けてあるが、敢えて遠いこの場所のトイレを使う理由は単純に静かで落ち着くからだけではない。


「そろそろ時間かな」

 携帯電話で時刻を確認し、トイレを後にした。

 月影瑠璃が真芯市自衛隊駐屯地に就任して二年になる。

 今は新人パイロット達の教官として隊員を指導し日々を過ごしているが、今の環境に特別不満はない。

 意外にも自分の過去に付いて聞く人間が少ないため、少女時代の周りから持て囃された状況に比べれば良い方。ぶっちゃけ片田舎だからかな、と内心瑠璃は思っているが、それは口が裂けても言えない。



 外に出ると既に演習は始まっていた。今日はトヨトミインダストリーから送られた新型サーヴァントのテスト運用するため模擬戦を行っている。全長10メートルほどの新型マシン二機がぶつかり合う様がフェンス越しに見えた。


「あれには誰が乗ってるの?」

 瑠璃は見物していた隊員に話しかける。


「あ、月影教官。左のサーヴァント……訓練用の《八式》が茂部軍曹、右のパイルランス付きの新型が楯野兵長です」

「パイルランス? 新型についてるの?」

「いえ、楯野が武器はこれで行きたいと」

 パイルランスとは対模造獣用に開発された近接武器である。

 腕部と一体化した長い槍を電磁力の反発を利用して射出し、模造獣のコアを一撃で破壊できる武器だが隙が大きく取り回しが難しい。模造獣との戦いが終わった今ではほとんど使われる事の無い武器であった。


「縛りプレイ好きなんすよ。逆に燃えるんだとか」

「でも凄いわ。ちゃんと使いこなしている」

 槍のリーチの長さを生かし、近づかれず離れすぎず一定の距離を保つ楯野機。

 パイルランスは必要に応じて長さの調節も出来るのだ。 相手が銃を構えようとしたなら急速に伸ばし、槍の先で銃を払う。

 逆に伸ばした所を掴まれそうになれば引っ込める。対人での近接戦闘においてこの駆け引きが上手くいけば、一対一なら無類の強さを誇れる武器である。


 まっ平らなコンクリートのフィールド。二機のマシンが間合いを取り、火花を散らしながら睨み合う。


『旧式の兵器に翻弄されるなんて!』

 三十五歳独身、茂部軍曹は一回りも歳が違う隊員に苦戦していた。慣れた機体で万全を期して挑んではいるが、こうも攻撃が当たらないなんて事はあるのか、と疑問が出てくる。

 きっと模擬で弾がペイント弾だから、心の中で本気になれないんだ。だからなのだ、と思わなければイライラが爆発しそうだ。


『軍曹殿は攻めが単調なんですよ。読むのが容易いし腕の挙動に癖がある。オレからすればシミュレーターのレベルBの方が考えて攻撃する分、強く思いますよ?』

 二十五歳恋人募集中、楯野ツルギ兵長は自分でも機体がこれだけ動ける事に驚いていた。


『流石は新型機か。オレの動きにバッチリと合わせてくれている、ラグがゼロだ!』

 普段の演習でも茂部軍曹と相手をするし、彼の動きの癖は熟知している。だが、さすがに熟練パイロットであり無傷とはいかない。

 でも、この《尾張十式》はツルギが今まで乗っていた《尾張八式》とは比べ物にならない反応速度であった。

 例えるとするなら、動こうと思った感覚と機体の動きのロスが無いに等しい。自身と機体が一体になっていると錯覚するぐらいに動きが良すぎるのだ。


『いいか!? パイルランスなんてのは最早、競技物の見せもん武器だ。宇宙人もいないのに本当の戦場じゃこんな長竿なんて何の役にも立たん!』

 茂部軍曹は怒鳴り散らし、《八式》の胸部機関砲(ペイント弾入り)がそれに呼応するように唸りをあげる。


『それなら魅せましょう!』

 《尾張十式》は腕に固定されたランスを外し、手に持ち変える。手首をグルグルと高速回転させて槍を扇風機のよう回して飛んできたペイント弾を弾き飛ばす。弾き飛んだ弾は地面に叩きつけられ、《十式》の左右をカラフルな色で染めあげた。


『どうです!?』

『それを待っていた! 隙が出来たぞ』

 背部ブースト吹かし、右足の機体固定用ピックを地面に突き刺して急速旋回。即座に後ろへと回り込む茂部機の《八式》。


『“取った”ぞ、ツルギィ!』

『だから、それです。分かりやすいっていってるでしょ!』

 《八式》がスタンスティック(電磁警棒)で飛びかかる。が、それとほぼ同時に《十式》は回転の勢いでパイルランスを振りかぶって投げつけた。そのまま肩へと当たって右腕を吹き飛ばす。


『何故だ。何故わかった』

『あんだけ叫んでたら誰だってわかりますよ。まあ新型あっての所もありますよ。反応が早くていいし、これは《八式》じゃあここまでは行かない。あと軍曹、今は模擬戦なので実戦のような命の取り合いじゃあないですので』

 バランスを崩した《八式》に楯野の《十式》は思い切り体当たりをお見舞いする。

 体勢を崩した《八式》は大きく転げ回ってしまい、コクピットの中のエアバックはパイロットを守ろうと全部開いてしまった。


『……はい、取りました』

 腕を失い地面にへたり込んだ茂部機の頭部にランスの切っ先が当てられる。

 試合時間、二分五十八秒。勝負はツルギの勝ちだ。



 楯野ツルギ兵長の勝利にギャラリーの歓声が沸く。

 何故か一部の者たちが悔しがっていて、箱を持った隊員が彼らに近って何かを集めている。チャリン、と言う音がした。


「大尉殿!」

 演習を眺めていた人だかりの中から黒いスーツを着た、如何にも金持ちのボンボン的な見た目の優男が、こちらを見て叫び手を振って近づいてきた。


「どうですか? ウチの新作モブ・サーヴァント。よくやるでしょう?」

 人型ロボット、サーヴァントには大きく分けて2種類がある。

 まずはいわゆる量産型。サイズが十メートル前後の機体を《mSV(モブ・サーヴァント)》と言う。そして、大型タイプの対艦戦や拠点攻略用を目的とした大火力を有する機体を《gSV(グランド・サーヴァント)》と呼ぶ。


「この《尾張十式》は我が社の、いや日本、いや世界初の実用的な人型機動兵器の記念すべき十代目であるこの機体は操作性や機動性、最新式のOS搭載、整備のしやすさ等々と尾張シリーズの最高傑作言うにふさわしいマシンなんですよ」

 優男は聞かれてもいないのに次々と説明、いや自慢を語りだす。


「うちのパイロットが良いんですよ。肝心なのは乗り手が使いこなせるかとどうかですわ」

「それよりも私は是非とも大尉に自慢の《十式》に乗っていただきたいのです。もちろん、貴女の専用カラーであるアズライトブルーに染めて特別チューンを施しますよ」

「織田さん」

「はい何でしょう?」

 白い歯がキラリと光る。ムカつくほど爽やかな表情だ。


「私はもうサーヴァントには乗らないと何度も申したはずですが」

「かつて《妖精》と謳われ今や《女神様》と呼ぶに相応しい貴女の活躍を戦場でまた拝見したいのです。私は一目、いや今回合わせて千と百八目も貴女を見て魅了されてしまった。今日は首を縦に振って頂くまで帰りません」

 次々とナンパ台詞を吐くこの男、 織田龍馬こそ今日日世界に広まった多目的人型戦略兵器サーヴァントを製作したトヨトミインダストリーの社長なのである。


 約20年前、先代である織田虎鷹が技術設計したサーヴァントは第二次南極攻防戦で大いに貢献、その功績は今なお語り継がれている。彼のお陰で現代の兵器開発は半世紀以上進んだと言っても過言ではない。

 そんな偉大な人物の息子である織田竜馬は、引退した父から全ての権利を譲り受け、事業を拡大し中京地区、いや日本を代表する企業として世界で活躍している。


「この基地の教官の職務が今の私の任務ですので」

 ストーカー紛いのこの男、機体のメンテナンスだの新商品のテスト運用だの何かに理由を付けて会いに来るのだ。

 はっきり言って瑠璃は、この男が嫌いである。

 情熱的なのは嫌いではないが、やはり昔の自分の事しかこの男は見ていないのだ。持て囃されていたあの頃を思い出して嫌になる。


「そう言わず……やはりアレなんですか。月影大尉は“黒百合事変”の……」

 そのフレーズを言おうと口に出した時だった。


「おいアンタ、さっきから黙って聞いてりゃよ」

「ウチの教官がお前みたいなヒョロイ野郎の相手をすると思っとんのか」

「さっさと帰りやがれ!」

「アメリカで搭乗型ロボ流行らなくて撤退したクセに!」

 観戦していたギャラリーの屈強な隊員達が龍馬を取り囲み罵声を浴びせる。


「いや私は……」

「口答えすっかテメェ!」

「ドタマにくらっすぞゴラァ!」

「城のシャチホコと一緒に飾られてぇかァ!」

 屈強な男たちに囲まれて萎縮するかと思いきや、龍馬は「やれやれ」とい首を横に振って見せる。


「ふーむ……おいおいそうカッカしないでくれたまえ。君達だって見たいだろう?彼女の美しき戦闘テクニックを。あれは戦場に描かれたアート作品だった。動画は見る用、保存用、布教用と三つある……」

 また自分勝手に語り出す織田龍馬に隊員達は今にも殴りかかる寸前の状態だった。

 しかし、この状況を納める事態が発生したのだ。


『緊急事態発生。真芯高等学校でヘビィ・サーヴァントが暴走。直ちに現場に急行せよ』


 けたたましいサイレンとスピーカーからの緊急アナウンスが基地内全土に響き渡る。何事かと暇をしていた隊員たちは聞き耳を立てる。


「ヘビィ・サーヴァント?モドキの重機ロボぐらいなら警察の機体でも対処はできるはずだ。わざわざ出る巻くでもあるまい」

 ヘビィ・サーヴァントとは一般に普及している工事用大型作業機械である。従来の重機よりも操作性が簡単で、細かな作業に適したマシンだ。

 しかし、通常のサーヴァントと比べると動作が大雑把で遅い欠陥品。そして人型ではなく、脚が複数あったりキャタピラだったり、腕がショベルやクレーンだったりと非常に訳のわからない中途半端な見た目をしているのだ。

 そもそも、その名称自体も正式な物ではなく、いつの間にか世間で付いた俗称である。トヨトミが製造、販売したものでもないし、重機メーカーが真似て作ったものである。

 サーヴァントはトヨトミインダストリーの登録商標です。


「学校なら不良が暴れてるのか? ならなおさら自衛隊の出る幕は」

「織田さん、ちょっと黙っててもらえます?」

 月影瑠璃は軽蔑した表情で睨み付ける。怒った顔も素敵だ、と内心思う織田龍馬だった。

 そして、次にアナウンスは信じられない驚くべき事を告げる。


『なお、ヘビィ・サーヴァントは《模造獣》が擬態したものである。繰り返す、ヘビィ・サーヴァントは──』

 思いもよらない事態が起こり、隊員達の間に衝撃が走った。

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