第一章 起動!ゴーアルター

第1話 理想と現実

 欲しかった。

 自分の正義を通せる力が。

 神にも悪魔にもなれる、誰にも負けない絶対的で唯一無二の力が。


 力を手に入れて何がしたいかって?


 それは俺にもまだわからない。

 ただ俺は漠然と願う。

 決まったナニカになりたいわけでもないけれど。

 それでも、強い力を欲しているのだ。


◇◆◇◆◇


 時は2035年。


 桜のシーズンも終えて夏が近づいてきた今日この頃。

 ここは中部地方の某県、都心から少し離れた町にある県立真芯高等学校。

 午後二時三十分、授業終了のチャイムが校内に鳴り響くと学生たちは明日に迫る学園祭に向けての準備を開始した。

 出店やお芝居、クラスごとの出し物、バンドの練習など、それぞれが自分達に課せられた役割を楽しみながら作業に勤しんでいる中で、とある一人の少年はそっと教室を出ていった。


「……皆ご苦労なこった」

 愚痴りながら人で溢れる廊下を掻き分け、校舎の一番端にある屋上への階段を駆け上がった。

 立て付けも悪い上に重い扉を力を込めて開ける。


「誰も居ないな?」

 昼過ぎこの時間、静かな屋上の隅っこで日陰が出来ている壁際のベンチ。この場所で本を読むのが少年の楽しみなのだ。本と言ってもそれは勉強の類いの内容ではない。

 それにしても今日は一段と暑かった。額から汗がたらり、と流れ落る。少年は学生服の袖を目一杯まで捲った。

 今日の天気は雲ひとつ無い青空が広がっている快晴。そこにギラギラと輝く太陽がとても疎ましく感じる。


「マモルからの連絡は……まだ無いか」

 学生服の内ポケットから小さなロボットのフィギュアが沢山ついた携帯電話を取り、着信が入ってないか確認した。ここ三日間は誰からも掛かってきてないのが泣けてくる。

 携帯を仕舞い鞄から紙製のブックカバーが付いた本を掴む。

 それは新刊ではなかった。隣町の古本屋を合わせて十軒近く探し回ってようやく手に入れたのだ。かなり古い本で焼けや多少の破れがあるのだが大事にしたいため一応、自分でチラシから作ったカバーを付けている。

 深呼吸。少年はドキドキしながら最初のページを捲った。


「二年A組シンドウアルクくん!」

 その時、後ろから自分を呼ぶ声がした。


 ──うるさいのが来た! せっかくの有意義な時間を邪魔しやがって。

 少年、真道歩駆(シンドウ・アルク)は自分を呼ぶ声を無視して開いたページに目を落とす。


「ねえ、真道くん。ねぇってば……むぅ…………あーくん」

 耳元でそう言われ背筋がゾワゾワして、こそばゆくなる。


「その呼び方は止めろよ礼奈。いくつだと思ってんだ俺を」

 ムッとして少女、渚礼奈(ナギサ・レイナ)は頬を膨らませる。

 赤い縁の眼鏡に両耳の横に三つ編み、如何にも委員長とか呼ばれてそうな地味目なこの女の子。礼奈は歩駆の幼稚園に入る前から、家が隣同士で親しい幼馴染みである。


「あーくんダメじゃない、もー何でこんな所でサボってるの?」

 あーくん、と言うあだ名は幼稚園時代からの礼奈が歩駆を呼ぶときの名前だ。

 高校生になった今もそう呼ばれることに歩駆は恥ずかしく、止めるように言っても礼奈は止めなかった。


「子供のままごとに付き合ってる暇はないんだよ。ありきたりなカフェなんて女子に全部任せときゃいいんだ」

「まあ差別的。男子にだってやる事はいっぱいあるんですけど?」

 肩に下げたトートバッグを拡げて中身を見せる。カラフルな布やレースの生地、裁縫道具などが入っていた。


「縫い物は無理だろ」

「あーくん結構器用じゃん。あとは高い所の飾り付けとかテーブルを頼んであるからそれを運んでもらったり」

「荷物持ちとかそういうのは力のある奴にまかせた。俺には向いてないね」

 年頃の男子にしては細い腕をヒラヒラと見せびらかす。腕相撲なんて生まれてこの方一度も勝ったこと無い。下手すると女子にすら負けるかもしれないし。


「そう言う非協力的だから高校入って友達が全く出来ないのよ」

 ドストレートに突き刺さる言葉に歩駆は精神的に酷くダメージを負った。

 普段、歩駆は一匹狼を気取ってはいるが、コミュ症なだけで実はかなりの構ってちゃんウサギなのだ。


「うっ……煩いな、俺は今とても忙しい。昼下がりの有意義な時間を邪魔しないでくれよな」

「忙しいって、漫画の本読む事がなの?」

「漫画じゃねーよ! これは≪アニメロボ大全2021≫だ!」

 2010年から2021年までのTVや劇場など全てのロボットアニメが掲載されているムック本である。

 出演している声優はもちろん、各話の作画監督や脚本家なども全て網羅しているロボットアニメオタクなら絶対に手に入れておきたい代物だ。


「レアもんだぜえ? やっぱネットのデータベースで見るよりも、こういうの紙媒体のムック本ってのが通なんだよなあ」

「好きだよね~ロボット。そんなに好きなら自衛隊にでも入ればよかったのに」

 学校からバスで20分ほどの場所に自衛隊の駐屯地がある。この地域の学校の社会見学と言えば真芯自衛隊と言われるほど有名な場所だ。


「専門学校だってあるんだよ?」

「あれってスポーツ推薦が無きゃダメなんだよ。脳筋が行くとこだ」

「鍛えればいいじゃない」

「……あのなぁ礼奈、そじゃない。そういうことじゃあねえんだよ」

 溜め息を吐き歩駆はやれやれと言った態度を取る。


「ロボットは好きだよ。だがね、ソレとコレとは全然違う」

「どう違うっていうの?」

「全然違うぞ、武装した警官と正義のヒーローくらい違う!」

 礼奈の頭の中には昨日見た警察のドキュメント番組に、昆虫フェイスの仮面男が乱入するシュールな光景が映っていた。


「ん~。実際にある物と空想の物ってこと? それなら俳優さんとか声優に成れば良いんじゃないの? よくわかんないよ」

 ちんぷんかんぷんといった表情をする礼奈。そもそも特撮ドラマや映画に興味がないので全く頭に入っては来なかった。


「それでだ、俺は一番嫌いなのが日本のロボットなんだよ!」

「え?あーくんロボット好きなんじゃないの? 確か日本がロボットを軍事用に開発したって授業で習ったよ」

「そこだよっ!」

 ビシッと人差し指を差す。一瞬、礼奈の鼻に触れてしまったが無視して続けよう。


「そこなんだよ。それが原因なんだよ」

 イイ所に気がついた、とでも言うのを待っていた様に歩駆は嬉しそうな表情をした。


「20年前に宇宙生物≪模造獣≫の侵略ってのがあって日本の開発したロボット、人型機動戦略機≪サーヴァント≫がそいつらを倒した。日本はその功績で世界中から称賛されたんだよ」

「良いことじゃない。そのお陰で今の平和な日本があるんじゃないの」

 小学校の社会の教科書にも載っていること。昔、学校行事で工場見学へ行った時に、まるっきり同じことを歩駆は言っていた事を礼奈は思い出す。


「それがきっかけで宇宙人との戦いで団結したかに思えた。だけど止まっていた世界の紛争がふたたび起きてしまった。

 日本の作ったロボットのせいでな。そして現在、日本は再び帝国時代の軍国主義に戻ろうとしてるのだ……。

 さらに俺はこう考える。宇宙からの侵略者騒動は日本のロボットを世界に売りたいがための自作自演じゃないかってな」

 ものすごいドヤ顔であることないこと捲し立てている歩駆。長々と喋り続けるオレ持論モードに突入したらもう止められない。


「あとな、模造獣ってのは人間以外なら何にでも変身するらしいぞ。そう、そこが怪しい所なんだ。

 要はそう言う『設定』ってことなんだろう? それが奴等にとっちゃ都合が良いっていうな。裏にはトンでもない巨大な秘密組織が関わっているのかもしれないな。

 ちなみに今現在ではイミテイトという名称に変わってて、その実態も現在では」


「ストップ! もういい、わかったから……そんな事より教室行こ? 喫茶店の準備手伝ってよ!」

 気温三十度の炎天下、これ以上この痛いオタクに付き合っていたら礼奈は倒れてしまう。

 そう思った礼奈は無理矢理にでも教室へ連れていこうと腕を引っ張った。だが歩駆も引っ張られながら、まだ喋ろうと捲し立てる。


「だあーわかってない。つまり、俺が言いたいのはだな……ロボットには乗りたい、だが軍隊に入って戦争をしたいわけじゃあないんだ。だから」

 歩駆は言いかけると自分の制服から音が鳴り震えているのに気付く。話の腰を折られてやや不機嫌な歩駆は携帯電話を開いた。


「ちょっと待て、んだよメールかよ……普通に電話してこいよな」

差出人≪タテノマモル≫と言う人物から送られてきたメールを黙って読むと歩駆は一瞬、仰天したかと思いきやニヤリの笑みを浮かばせて、ベンチの下から鞄を取りだす。


「わりい、急用ができた。今からちょっと自衛隊に行ってくるぜ。新型機の演習をやってるって話なんでな。アイツとずっと約束してたんだ」

「え? ちょっと~現実の軍隊嫌いなんじゃなかったの?」

「ソレはソレ、コレはコレ。別腹ってやつなんだな!」

 まったく都合の良い話である。礼奈は呆れてものも言えなかった。


「それじゃあ……」

「だからクラスの手伝いはどうするよ!」

「まあ適当にちゃっちゃと頼むわ。では急ぐので……サイナラ~!」

 そう言って歩駆は礼奈の横をすり抜け、脱兎の如く猛スピードで昇降口へ走り出した。逃がすまいと礼奈も慌てて後を追いかける。


「待ちなさい!」

「待てと言われて待つ奴なんざ地球上には誰にもいねぇー!」

 廊下を二人の追い掛けっこが始まる。礼奈はこう見えて中学生の頃は元陸上部だったので走るのは得意だった。


「私から逃げよう何て百光年早いわよ!」

「光年は距離だっつーに! 委員長の癖に廊下走って良いのかよ!」

「あーくんが止まれば良い話でしょ!」

 段々と距離を詰められる。だが、歩駆も易々と捕まる気は無い。

 正面には三つの分かれ道だ。一つ目は外へ通じる階段。二つ目は先生が出入りする職員室の廊下。三つ目は三年の教室が並ぶ廊下だ。


「通るぜ! 邪魔だ、退いた退いた!」

 敢えて人通りの多い三年の教室ゾーンを選ぶ。作業中の生徒らでごった返す中を歩駆は寸での所で上手くかわしていく。これは混雑する休日のアニメショップで鍛えたオタクならではの必須技だ。


「あ、あーくん!」

 礼奈は名前を呼ぶが、まるで蛇の様に間を素早くスルリと抜けていく歩駆は遂に見えなくなってしまった。しかし、学校を出るのなら駐輪場に自転車を取りに行くのは間違いない。そこへ向かおうと思った礼奈だったが、ある物を忘れた。


「……私のトート、どうしよう」

 歩駆を追い掛けようとして思わず荷物の入ったトートバッグを置いてきてしまったのだ。中には財布とケータイが入っているので、もし取られでもしたら大変である。仕方なく礼奈は歩駆の事を諦めて来た道を戻り屋上へと帰ってきた。


「よかったぁ無事だ」

 誰かが触った形跡も風で中身が飛ぶこともなく、礼奈のトートバッグはベンチの上に存在している。ほっと胸を撫で下ろして安心していると、何かが下に落ちている事に礼奈は気づいた。


「……あ。まったく、あーくん本忘れてる」

 ブックカバーの付いたそれは歩駆が自慢していたロボットアニメの本だった。それを拾うと礼奈は深いため息を吐き、どうしょうか考える。


「電話で呼び出そうか……。でもなぁ、どうせ出ないだろうし」

 ケータイをバッグから出して、画面とにらめっこしていると別の人から着信が入る。それは仲の良いクラスメイトからであった。


「もしもしユウコ? ごめーん、あーくん逃げられちゃった。すぐ行くから待って」

『委員長? 今すぐ来てちょーだい! もうそれどころじゃなくて、大変なんだからっ!』

「来てってどこによ?」

 慌てふためくクラスメイトの声はそれだけを告げて唐突に切れてしまう。

 ツーツー、と電子音が耳元で鳴り響く。


「何なのよもー!」

 少女はただ呆然と、がらんとした屋上で立ち尽くすのだった。


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