第39話

エピローグ2


「何か、変な感じよね。自分のお墓の前に立ってるなんて」

「うん。でも、ちゃんと来たかったし」


 セルリア達の前には、一つの墓。西洋風にローマ字で名を彫ってある。

『SETSUKA OUMI』と『TSUKIHA OUMI』の二つの名が。


 孤児院を営む夫妻が、二人とも同じ墓に入れてくれていた。そしてその前にはチューリップの花束が二つ。


「私達の誕生花だね。誰かな?」

「孤児院の子と、佳枝達じゃないかな。あたし達が好きなの皆知ってるし」


 二人はそのまましばし墓を眺めた。そして、いきなり二人同時に頭を下げる。


「ごめんね!」

「ごめん!」


 口から出たのもまた、同じ謝罪の言葉。


「え、何で?」

「そっちこそ」

「あ、だってまだ謝ってなかったなって」

「あたしもよ。やっぱ双子って考えること同じなのかしら」


 そう言って見つめ合っていると、どちらからともなく耐え切れず吹き出した。アースガルドと変わらない青空の下に、二人の楽しそうな笑い声が響く。


「私、セロシアに嫌われちゃうかと思ってたのに……」

「そんなわけないでしょ。大事な片割れよ。あたしこそ、セルリアがあたしから離れるんじゃないかって」

「それこそ絶対にないよ。セロシアは私のたった一人の半身だもの」

「んもう、だからセルリア好き!」


 ガバッと抱きついてきたセロシアを、セルリアは笑いながら受け止める。キャイキャイとそのままじゃれ合って、二人はもう一度、自分達の墓に目を向けた。


「青海雪花と青海月花ではなくなるけれど」

「あたし達は、ずっと一緒にいられるわ」


 住む場所が変わっても、会う回数が減っても、別々の道を進んでも、双子であることに変わりはないし、お互いが大事に思っていることも何も変わらないから。

 二人は手を繋いで、笑顔で頷きあう。

 どんなに長い間生き続けても、この絆だけは変わらない。変えない。そんな意味を込めて、笑った。


「さ、そろそろ時間だよね」

「そうね~。でも心配しなくていいと思うわよ。ねえ、そこの後ろに隠れてる二人!」


 ビシッとセロシアの指差す方向。そこにある木の陰に、非常に目立つ金と黒の男がいた。


「ロ、ロキ様。ヘイムダル様まで!」

「やっほ~」

「まぁたつけて来ましたね!」

「お前らを二人でミッドガルドに行かせると、ろくなことが起こらん」

「なっ!」


 バチバチと火花を散らす妹を見て、セルリアはどうにかならないかと考える。その時、一つ思いついたことがあった。

 セロシアにはまだ報告していない、とても大事で誇らしいこと。


「あのね、セロシア。私セロシアに見てほしいことがあるの」

「なに?」

「えへへ、実はね」


 誇らしげな笑顔でセルリアはロキの隣に移動する。そして、何の躊躇いもなく彼の手を握った。それを見たセロシアの顔が、電流に打たれたかのように固まる。


「どう? ロキ様に触れるようになったの。ヘイムダル様はまだ無理だけど、前よりは近づけるようになったし。進歩したでしょ?」

「頑張ったね、セルリア」


 こちらもさも当たり前のように頭をなでるロキ。その行動に、セロシアの顔はムンクの叫びようになる。隣にいたヘイムダルが少し離れた。


「ダ、ダメダメ! それは絶対にダメェ!」

「え?」


 ものすごい勢いで首を振るセロシアに、セルリアは首を傾げた。

 自分の進歩を喜んでもらえると思っていただけに、少し悲しい。


「それは『セルリアがロキ様に触れるようになった』んじゃんなくて『ロキ様がセルリアに触れるようになった』って言うのよ!」

「え? 同じじゃないの?」

「違う、大きく違う!」

「うん、言い得て妙だよね」


 そう言いながら、ロキはセルリアを後ろから抱きしめる。さすがにセルリアも真っ赤になって暴れた。


「ロ、ロキ様、またこんなことっ。放してください!」

「また? 今『また』って言った!? セルリアから離れなさい、この変態神っ。あんたには絶対セルリアは渡さん。近づけさせん!」


 セルリアをロキから引き剥がし、怒髪天をつくような怒りでセロシアは叫んだ。だが彼はそれも面白そうに見ているだけ。


「う~ん、そうは言っても家は別だよ。夜とか来れないよね」

「時刻を強調するなっ。ヘイムダル様、引越し。引越ししましょう。ロキ様んとこに!」

「阿呆か」

「なんで『馬鹿』だけじゃなくて『阿呆』まで覚えてるんですか!」


 暴れるセロシアと、その襟首を掴むヘイムダル。セロシアをからかって遊ぶロキ。

 それは、今までセルリアの日常にはなかった風景だ。


 変わってしまった周りの世界。もう戻れない日常。それが寂しくないといえば嘘になる。

 代わりに手に入れた場所は、今までと何もかも違い、慣れるのにも時間はかかるだろう。

 それでも、そこで生きている人が抱えるものは自分ととても似ていて、泣いたり笑ったり、苦しんだり喜んだりすることも同じだから。


 だから、この世界で新しい何かを紡いでいきたい、とセルリアは思う。


「賑やかだねぇ」

「そうですね」

「こら、セルリアに近づくなぁ!」


 人間ではない、神という不思議な存在を交えた、新しい世界で――

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