番外編

運命と呼ぶには残酷で、奇跡と呼ぶには皮肉な

第40話

 月明かりが窓から差し込む。

 白い顔と金の髪を照らす清浄の光。ロキはその眩しさにすっと目を開いた。

 大分傾いた月は、夜と呼ぶには遅すぎて、朝と呼ぶには早すぎる時刻を告げている。


 けだるげな体を起こし、身を纏っていた滑らかなシーツを剥ぎ取る。手近に放り投げていた服を拾って、ロキは月明かりを頼りにそれを着始めた。


「……ん、ロキ?」


 彼の気配に気づいたのか、隣で眠っていた女性が身を起こした。

 するりと落ちたシーツから、乳白色の肌が恥じらいもなく見える。その肌に絡みつくブロンドも月明かりを受け、見事な光を放っていた。

 まだどこか焦点の合っていない青い瞳は、無意識ながらも艶めいた色を含んでいる。きっと数々の男はこれに誘われ、今までの行動を巻き戻すだろう。


 だがロキは、彼女に視線を向けただけだった。特にその容姿に動かされた、というわけでもなさそうだ。何せ彼も負けず劣らずの容貌だ。見慣れている。

 例えば、ここにもし別の者がいて、『彼女と彼とどちらが美しい?』と聞けば、十人中九人はお世辞で『彼女』と。残りの正直者が『彼』と答え、お世辞を言った九人は心の中で頷くだろう。ロキはそういう容姿だ。


 ちらりと視線を向け、もうほとんど着終わっていた服をきっちりと着込む。


「ロキ、どこに行くの?」

「帰るよ」

「え?」


 女性は驚きいっぱいに目を見開いた。

 確かにこういった男女の逢瀬は、夜が明けるぐらいに去るものだが、今の時刻はまだ早すぎる。夜とはいえないが、まだ月の光が映える闇の空だ。


「ちょ、ちょっと」


 右肩にマントをかけ、さっさと出て行こうとする彼に女性は服の端を持って引き止める。


「まって、もう少しぐらい良いじゃない」

「あまり長居して、君の伴侶に会いたくないんでね」

「で、でも」


 ロキは噂多き神だ。それこそ『プレイボーイ』と言われるほどに。彼と噂にならなかった女神の方が少ない。時として彼との逢瀬はステータスにもなるのだから。 だがこのように、日が昇る前に去られるなど初耳だ。


「あ、でも、あの……」


 どこか焦ったような女性に、ロキは聞こえぬよう辟易の溜息をついた。


「安心しなよ、これから別の子のとこに行こうなんて思ってない。君が明け方までに帰られた、なんて噂はたちやしないよ」

「なっ!」


 皮肉られた女性はプライドが傷つけられ激昂する。それでもロキの表情は変わらない。ただ視線を向けるだけ。


「じゃあね」


 まったく名残などない様で、彼は部屋の扉に手をかけた。


「貴方……最近変わったわ。こういう時、昔はもっと優しくしてくれたのに」


 こんな扱いは心外だ、と言わんばかりの表情で女神はロキを睨みつけた。その言葉にロキは鼻で笑う。


「『最近』だと思ってるなら、それは君の目がおかしいんだ。僕は昔から……」


 彼女を見る目は、既に昨日の面影を残していない。夕べはもっと甘く、優しい色をしていた彼の目は、まるで氷か何かのように冷たい。


「退屈なものは嫌いなんだよ」


 そう言ってロキは扉をすり抜け出ていった。数瞬後、自分が『退屈だった』といわれたことに気づいた女性は、懇親の力をこめて枕を扉に投げつけた。

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