第五章
第32話
グウ~と情けない音を上げるお腹を押さえ、ロキは立ち上がった。
「お腹減った……」
減ったからと言って、このまま食べずとも死にはしない。今までは面倒臭かったのと、自分で作ると焼く以外のことができないので放っておいただけだ。
しかし、最近は一日三食と、おやつ一回が習慣になったので、減ると食べたくなるのだ。
「この辺も影響されてるよね」
味がついていてレパートリーも多い従者の力は、こんな日常まで入り込んでいる。
確か騎獣に餌をやりに行ったはずだ、と庭に出てそちらに向かう。
今日は寒い所に行ったので温かい物がいいと思う。日本にある『おでん』など頼んでみようか、と角を曲がった。
「セルリア、そろそろ騎獣だけじゃなく僕のご飯……あれ?」
そこには従者の姿も、騎獣の姿もなかった。餌皿の中はまだ半分ほど残っている。
おかしい。セルリアの性格なら出かける時に一言声をかける。何より騎獣が餌を食べ終わるまで待てないはずがない。
微かに、嫌な予感がした。
ロキは身を翻すと、馬に跨って駆け出した。明日聞けばいいか、と思っていたことが気になる。
もう一人、自分と同じような従者を抱えた彼の方。セルリアとは違い奥底の感情に振り回され、突き動かされていたもう一人の少女はどうなったのか。
「ヘイムダル!」
珍しく、ヒミンビョルグではない所で彼を見つけた。いつもの無表情の中に、どこか疲れとやりきれなさを感じる。
これから帰ろうとしていたのかもしれない。焦った表情をしながら突っ込んでくるロキに、彼は一歩後ろに下がった。
「ヘイムダル、セロシアは!?」
「いや……」
決まり悪げに呟かれた一言。それだけで分かった。納得させることはできなかったのだ。
むしろヘイムダルの表情から察するに、それ以上に悪い方向へ進んでいるのかもしれない。
ロキは盛大に溜息をつくと、苛立ちを表してヘイムダルを睨んだ。
「こんのコミュニケーション下手! 無表情! 根暗門番!」
「最初以外は関係ないだろう」
「大有りだ! もっと最初から明るければ、とっつきやすくて彼女が相談できたかもしれないだろう。さっさと馬に乗れ、行くぞ!」
「どこにだ」
「ヴァラスキャルヴだ。セルリアがいなくなった。きっとセロシアも一緒だね」
「っ!? お前の方は……」
話しながらも、二人は馬に乗って駆け出した。このあたりの行動の早さには感謝する。
「君とは違うからね。上手くいったよ。なのに君が失敗するから……ああもう、そんだけ年くっててなんで年の功が使えないのさ。君の頭はよく切れるんじゃなかったの!?」
ヘイムダルに喚きながら、ロキはヴァラスキャルヴの門を蹴り開ける。そのまま足音や大声など気にもせず、もう一つの石の扉も開けた。ほぼ魔法で破壊する勢いで。
「オーディン、フリズスキャルブに座れ!」
「な、何なんだロキ、突然!」
本日は椅子に座らず二匹のカラスに餌をやっていた主神は、ロキにむんずと襟首を掴まれ椅子の上に放り投げられた。
焦りと怒りを笑顔で表現しているロキの顔を見て、オーディンの隻眼が助けを求めるように彷徨う。
「ミッドガルド、アジアの島国日本。そっからセルリアとセロシアを探して、早く!」
「ちょ、ちょっと待て、何事だ?」
「聞いてる時間があるなら見て。ヘイムダル、セロシアを見つけたら速攻で止めに行くんだ。力ずくでもいいから連れ戻して、んで、どっかに閉じ込めとけ!」
「いや、しかしそれではあいつが納得……」
「そこまで面倒見切れるかっ。自分で起こした問題は自分で解決しろ。こっちにまで火種持ち込まないでくれ! お前はトラブルメーカーか!?」
それはお前だろう、と言いたげなヘイムダルを無視して、ロキはオーディンを急かす。
ロキはセロシアのことが嫌いというわけではない。むしろ好感を持てる少女だった。
自分のツボをつくセンスをしているし、姉であるセルリアを大事に思っている。だが、今彼女が感情のままとる行動に、セルリアを巻き込ませたくはない。
(少しずつ進んでいこうって、決めたばっかりなのに……っ)
再び混乱の中にセルリアを落としたくはないのだ。それに、最悪の場合、彼女が一番恐れていたことが起こってしまうかもしれない。
自分の感情をセロシアに知られる、というそれ。
もしそんなことになれば、きっとセルリアは深く傷つく。
そして傷つけば、セルリアの温もりや優しさが消えてしまう気がして――
「オーディン、早く!」
「うぐぐぐっ、苦しいわい!」
ロキはオーディンの首を絞めながら、とにかく急がせた。
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