第31話

「はい、今日はご苦労様。特別料理だよ」


 いつもより多目に、いつもより温かい餌をセルリアは黒曜に振舞った。彼はまるで飛びつくように餌を頬張る。

 微笑ましい様子に頬を緩めながら、彼の毛をなでた。さらさらした手触りが気持ちいい。


 ニブルヘイムから帰ってきて、どこかスッキリした気分だ。自分の心の内を、全て吐き出したからだろうか。受け入れてくれた人がいたからだろうか。


 まだ、これからどうしたらいいかということは分かっていない。本当の自分をセロシアに知られたくない、というのも同じだ。

 けれど、悩みや苦しみを知ってくれている者が傍にいるというのは、とても力強くて安心する。


「また、会いに行かなきゃ」


 遠くにいる理解者の二人。フェンリルにも会いに来いと言われたし、ヘルとはいつかお茶をしよう、と約束した。

 それに、彼女に頼まれたこともある。



   ※ ※ ※ ※ ※


『セルリアさん。お父様のこと。どうかよろしくお願いします』 


 突然、ヘルがセルリアに耳打ちした。


『え? いえ、私がお世話になりっぱなしで』

『お父様は、セルリアさんのことを気に入ってます。知ってます? お父様に今まで配された従者さん、長くて半年しかもってないんですよ』

『は、半年……私、もちますでしょうか……』


 不安げに問うたセルリアに、ヘルはクスクスと笑う。


『それはきっと、大丈夫です。実は、今日の話。私達ですら聞いたことがなかったんですよ。ちょっと酷いと思いましたわ』


 子供より退屈の方が重要視されてたなんて、酷いです。と口で言いながらも笑っているから、本気ではないのだろう。

 けれど、あの話を彼女達も初めて聞いたというのには驚いた。


『貴女を色んな意味で、本当に特別に受け入れているから話したんだと思います。だから、貴女が……セルリアさんが父を受け入れてくださるなら、大丈夫だと思います』


 何やらフェンリルとじゃれあっているロキを伺いながら、セルリアは一つ頷いた。


『まだ、よく分かりませんが。ロキ様は、私の大事な主ですから……』




   ※ ※ ※ ※ ※




「頑張らなくちゃ」


 ヘルの期待にも答えられるように、まずは自分をしっかりさせなければ。そう意気込んだ瞬間、セルリアの周りで風が起きた。


「セルリア!」

「はい、って……セロシア?」


 突然、例の騎獣、ミッドナイトホーンに乗って現れたセロシアに目を丸くした。だが、すぐに彼女の様子がおかしいことに気づく。何かとても焦っている。


「セロシア一体どうし……」

「セルリアも早く騎獣に乗って!」

「え?」

「早く!」

「は、はい!」


 黒曜はまだ餌を食べていたが、セルリアが跨るとその手綱をセロシアが引っ張り走り出した。セロシアも自身の騎獣に乗っているため、あまりの不安定さにセルリアは黒曜にしがみつく。


「セロシアどうしたの? どこに行くの!?」


 びゅうびゅうとうるさい風に負けないように、セルリアは大声を張り上げた。


「……ルド」

「え?」

「ミッドガルド! 犯人を捜しにいくの!」


 叫び返された言葉に、セルリアは青くなった。まだ諦めていなかったんだと思うと同時に、どうして妹がこんなに切羽詰っているのかが分からない。


「見つけるまで絶対戻らないんだから!」


 そう言った妹の顔はどこか泣きそうで。何を言っていいのか分からなかった。

 彼女の辛そうな顔など、小さい時以来見ていない。元気で明るくて、いつでもそれを分けてくれるようなセロシアの笑顔が好きだったのに、その面影がない。


 止まって話を聞きたいのにそれが許されず。ヘイムダルのいないビフレストを越えて、双子はかつての故郷へ駆け下りていった。

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