第一章
第2話
カタカタと軽い振動で走る馬車の中、セルリアはゆっくりと目を開けた。どうやら眠ってしまっていたらしい。
「あら、起きたのね。セルリアちゃん」
「ほんとだ。おはようセルリア」
ぼんやりしている中声をかけられ、セルリアは急いで身を正した。
「お、おはようございます、フッラ先生! す、すみません……」
「いいのよ。突然の卒業と就職だもの。バタバタして寝る時間も少なかっただろうし」
「ほんとですよ。あたし、入学の時に卒業まで十年ぐらいかかるって聞きましたよ。なのに一年で卒業ってどういうことですか?」
「セロシア!」
隣でぼやく彼女を肘で突き、セルリアは諌めた。
自分をそっくりそのまま写した顔立ちの双子の妹、セロシア。見分けるポイントと言えば、性格の違いと髪型だろう。
セロシアは肩までのパーマのかかった髪、セルリアは背中までのストレート。それ以外は、髪の色も、青がかった黒の目も全て同じ。
二人で一つの、一卵性双生児。
「ごめんね。普通はそうなのよ。家事全般は基本として、魔法の勉強とか、戦い方とか、その他もろもろこちらの一般常識とか。覚えて欲しいことは多かったんだけどね……」
セルリアとセロシアの前で困ったように微笑んだのは、金の首輪と金の指輪、そして同じ金色の髪を持つ女性だった。
彼女の名前はフッラ。二十代の女性に見えるが、実のところ彼女の年齢は見た目をはるかに超えるし、人間ですらない。
「家事全般と魔法の勉強で終わった気がします。あたし、神様の世界の常識とかさっぱりです。どんな場所で、どんな神様がいるかもちゃんと把握してないですよ!」
困ったように眉を寄せる妹に、セルリアも無言で同意する。
「そうよね……貴女達にしてみたら、私達神のことなんて空想の産物だと思ってたはずだものねぇ」
ふうっと溜息をつくフッラ。
そう、彼女は人間ではなく神。北欧神界というところに存在する女神の一人だ。
そしてセルリアとセロシアも人間ではない。一年前からの話だが。
「まったく、あいつの我侭のせいでこっちはとんだ迷惑よ……」
「え?」
「あ……な、何でもないのよセルリアちゃん! 心配しないで。そこら辺はおいおい覚えていけるようにこっちでも配慮するし、貴女達の主になる者にも、半人前でも構わないって許可は取ってるから」
何かしら呟いた後、慌てて付け足すフッラにセルリアは曖昧に頷いた。その隣で、セロシアが目をすがめながら窓に額をつける。
雨が降りしきる外を見る彼女の目は、どこか寂しそうで、悲しげな色を宿していた。
「それにしても、あたし達が死んで一年か……実感ないわよね」
「うん……」
セルリアも窓に映る自分の顔を見る。一年前と変わらない十七歳らしい顔。血色も良く、痩せているなんてこともなく、温もりもあれば、胸の内からは鼓動も聞こえる。
それでもこの体は、もう人間としての体ではない。人間だったはずのセルリアとセロシアは一年前に死んだ。そう、死者の道という所で言われたのだ。
『貴女達は殺された』と。
正直、その時は何かのドッキリだと思った。真っ白な空間。遠目に見える巨大な建物。そこに連なる長い行列。人だけではなく、何やら異形の者の姿もあった。
そして、目の前にいたのはなぜかイワトビペンギン。
「フッラ先生。前から聞きたかったんですけど、あの死者の道で名簿を作ってるのはどうしてペンギンなんですか?」
セロシアが、セルリアの思考を読み取ったように口を開いた。
死者の道で死を告げたのはイワトビペンギンだ。しかも人語を解していた。あとで分かったことだが、他の種類のペンギンもあの場で死を告げ、名簿を作っているらしい。
「死者にもね、色々いるの。病死の人、殺された人、もしくは罪を犯した人。昔は神々の使いが名簿を作って、個々人に合った神界に連なる冥界に行ってもらってたんだけど……」
そこで区切って、フッラは溜息をついた。
「人口増加と一緒に死者も増えるし。自分が死んだって理解できない人や、罪を犯しているのに地獄行きが納得できない厄介者が特に人間に多くてね。なまじ神の使いが外見は人間に似てるせいで、掴みかかってくる奴とかいたのよ」
「うあっ、耳に痛いです……」
フッラの言葉にセロシアが項垂れた。
彼女も殺されて死んだと告げられた時、イワトビペンギンに掴みかかった類だ。もし死を告げるものが人間の姿をしていたら、もっと文句を言っていただろう。
「で、ペンギンは容姿が和み系でしょ? 尚且つあれで人語を操ると、それだけで放心して追及しない人も多かったわけ。だから、死んじゃったペンギンに新しいペンギンの体を与えて協力してもらってるの」
「私達とは違うんですか?」
「ええ、神人とは違って、十年経ったら他の魂と同じく休息をとって転生の準備に入るわ」
フッラがそう言った時、ガクンッと馬車が揺れた。何かにぶつかったような衝撃だ。
「やだ、何か轢いちゃったかしら。ちょっと待ってて、見てくるから」
言いながら馬車を出るフッラ。この馬車は御者がおらず、神界に続く道を羽のついた天馬が自動的に走っているのだ。時々、神界の生き物を轢いてしまうことがあるらしい。
「私も行きましょうか?」
「ちょっと見るだけだから平気よ。待ってて」
軽く手を振りながら言うフッラを、セルリアはまだ少しぼんやりする頭で見送った。
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