九話「それが罰だよ」
クリス様失踪! の報が学園をかけぬけ、信者が総出で学園中を探しまわり――
そして発見された。
発見されたのは、ビーチバレー施設の更衣室二階、ビーチバレー部室。
しかも、内側からバリケードが築かれているようで中に入れない。
ミタマとかばね、そして梓が駆けつけた時、すでに何人かのビーチバレー部員が扉の前で説得にあたっていた。
「クリス様! 出てきてください! みんな心配していますよ!」
しかし帰ってきたのは暗い声。
「いいんです……もう放っておいてください。私なんて人に迷惑をかけるだけの牝豚……違いました。豚に失礼でした。私など二酸化炭素を無駄に排出するだけの有害物質……」
ネガティブモードに全面突入中だった。
手に負えないと思った部員が、梓に助けを求める。
「どうしましょう……クリス様、すっかり部室にひきこもっちゃって……」
「わかった。わたくしが後はひきうけますわ。あなた達は授業に戻って」
部員達は頷き、心配そうにしながらひきあげていく。
この場に残ったのはミタマ達三人。
まず梓がドアの向こうへ声をかける。
「クリス様……! マンガの件でしたらもういいんです。今後はマンガを読みたくなったらわたくしの家に来てください。いくらでも取り寄せますから」
「……マンガ喫茶行っちゃだめですか……?」
「だ、だめとは言いませんけど……信者の目もありますし……!」
「そうですよね。私のごとき汚物が人目につく場所にいちゃだめですよね……いっそ岩窟に閉じ込めてください! もしくはノートルダムの地下に……!」
「あああ、違うんです、クリス様! えっと、クリス様に家に来てほしいから言っただけなんです……!」
「家に来てほしい……一見普通の言葉ですがこれには真の意味が含まれているはず。IE NI KITE HOSII――並び替えるとHIO KITE SINE……二個あまるIはたぶんノイズだから除外して、日本語に読み替えると――火を着て死ね――つまり、火あぶりになって死ねと! そう言いたいわけですね! わかりました火をくべてください! 盛大な火を!」
「違います! 考えすぎですクリス様……!」
「考えすぎ!? では火あぶりの一歩手前で燻し殺す気ですね! 煙に包まれて死ねと! ああ、それこそ私に相応しい最期かもしれない……!」
「クリス様! 落ちついて……! クリス様はそのように悲観的になる必要などないのですよ。もっと自信をお持ちになってください!」
「自信……? この牝豚以下の……牝ミジンコの私が……? いえ、ミジンコに失礼でした。牝ミジンコの糞の私が……?」
「クリス様はみんなに慕われております! 学業優秀、部活でもビーチバレー部一年ランキングトップで……」
「
「あああ、クリス様がいつにも増して手に負えない……! なんということ……」
梓は扉の前でがっくりとうなだれた。
ネガティブモードに突入したクリスは、普段ならしばらく経てば落ちついてくるのだが今回は収まる気配もない。
どうしようか思案している梓の肩を、ミタマがぽんと叩いた。
「あたしが説得してみるよ!」
「あんたが……? 余計こじらせないでよ!」
「大丈夫だって! 大船に乗ったつもりで見ててよ」
他に手立てのない梓はしぶしぶながら扉の前を譲る。
ミタマは扉の前に立つと、その奥に向けて大声で呼びかけた。
「おい、牝豚!」
「は、はい!」
条件反射でクリスが思わず返事する。
「返事の後にご主人様をつけろ牝豚!」
「はいっ! ご主人様!」
「ちょっとぉぉぉぉぉ!」
割り込んできた梓がミタマの襟首をつかむが、ばしっと払いのける。
「うるさいなぁ。ちゃんと説得するからおとなしくしててよ。かばねちゃん、ちょっとこいつ抑えといて」
「う、うん」
「何を……もがっ!」
かばねが梓の口をふさぐ。もがく梓を背後からがっちりホールド。
「クリスちゃん、やっぱり見込んだ通りのドMだね! ゾクゾクするよ」
「ミタマちゃん、Mの子を見抜く嗅覚が人一倍優れてるもんね……」
「かばねちゃんはプチMだけど何気に反抗心が強いからなぁ」
「すみませんね……反抗心強くて……」
「その点、クリスちゃんは真性のMだね。さて、どうしてくれようか……」
「あ、あんたら! クリス様に変な事したらただじゃ……もがっ!」
隙を見て暴れだした梓の口かばねがを再封印。
ミタマは再びドアの向こうに呼びかける。
「こらっ、牝豚!」
「はいっ! ご主人様!」
律儀に返事をするクリス。
「ミジンコの糞にも劣るお前の罪を告白しろ! 聞いてやる!」
「はい……! 私は、奉仕活動のお約束を勝手に破ってさぼってしまいました……!」
「他には!」
「あと、家に連絡を入れずにマンガ喫茶で一晩中マンガを読んでいました……! しかも、受付で十八歳以上と嘘をつきました……!」
「よく信じたな!」
「強引に言い張ったら通してくれました……!」
「とんでもないあばずれだな! 他には!」
「ええと……かばねさんからいただいた情熱的なお手紙を読んで変な気分になり、体調を崩したと嘘をついて保健室に行きました……!」
「むぐぅ――――ッ!?」
「あ、やば……!」
「変な気分って具体的にはどんな気分だ! 保健室で何してた!」
「身体の芯が熱くなって……むずむずするような……! 保健室で、手紙にあったように太ももをこすりあわせてみたら、なんだか……ふわっとするような、びくってするような……」
「ド淫乱のヘンタイめ!」
「すみません……ッ! 私はド淫乱のヘンタイですご主人様……!」
「むぐぐぅぅあああ!」
「抑えきれなくなってきた……! やばいよ、ミタマちゃん……!」
「よし! 他にも罪があるだろう! 告白しろ!」
「え……他には……それで全部です……!」
「本当か? 普通は他にも色々と罪を犯しているはずだ! 何かないのか!」
「えっと……えっと……やっぱりそれくらいです!」
「なんだ、それしか罪が無いのか! つまらないやつだな!」
「うう……すみません……ッ!」
「むぐぐるるるっ!」
「そんなんじゃここにいるかばねちゃんの足元にも及ばないぞ!」
「え……わたし……?」
「かばねちゃんなんて、くまのぬいぐるみにまたがって毎晩エッチな事の練習をするくらいド淫乱なんだ!」
「さすがです、かばねさん……!」
「そんな事してないよ……! どさくさに紛れて嘘言うのやめようよ……!」
「しかもかばねちゃんのパソコンの検索履歴には、アキラ×ユキトみたいなのがびっしりと残っているんだ!」
「う、嘘だよ……! そんなの……残ってない……はず」
「そんな禁忌の領域にまで……!? かばねさん、神をも恐れぬのですね……!」
「かばねちゃんは男×男だろうが女×女だろうがオールフリーの自由人だからね! 相手が神だろうが仏だろうが中指立てて歩く剛毅な
「わたしのイメージがなんかすごい事になっていくよ……」
「そこまで恐れ知らずの方がこの世にいるなんて……!」
「むぐぐ……ぶるああああ!」
「うわっ、ごめん、抑え切れなかった……!」
「ミ――タ――マ――ッ!」
解き放たれた梓がミタマに襲い掛かろうとする。
しかしミタマはそれには構わず、ドアに向かって語りかける。
「だから、ね。クリスちゃんの罪なんて全然たいしたことないんだよ」
ドアの向こうでクリスが静かになった。
その様子に気付いて梓がミタマにつかみかかる直前で動きを止める。
「でも、それじゃクリスちゃんは自分を許せないよね。だから、クリスちゃんが自分を許せるようになる罰を考えたんだ」
「……それは……何でしょうか……?」
「それはね……」
全員が固唾を飲んで見守る。
もちろんかばねもどうするか聞かされていない。
視線が集まる中、ミタマは――――
「みんなの嫌われ者、呪術科コンビとビーチバレーで試合する事! それが罰だよ!」
「そこでねじこんでくるか! クリス様、だめですよ、口車に乗っちゃ……!」
ドアの向こうでくすっと微笑む気配。
「ミタマさんらしいです……でも……私……」
口ぶりからまだ迷っている様子が感じられる。
あと一押し。
ミタマは愛用の釘と金づち、そしてわら人形を取り出す。
「クリスちゃん、そんな狭い世界からひっぱり出してあげるね!」
ドアにわら人形を当て、釘を人形の胸に固定する。
ぐわっと金づちを振りかぶる――――
「
ドンッ!
激しい打撃音とともに金づちが釘の尻を叩き、わら人形に釘がふかぶかと突き刺さる――!
その瞬間、入り口をふさいでいたドアが粉微塵に砕け散って吹き飛んだ。
その向こうにあるスチール机やロッカーなどのバリケードも同じく粉末状になって爆散する。
部屋の窓から差し込む光が舞い散る粉と破片に反射し、きらきらと輝く。
あれだけ頑強に人を阻んでいたドアはもう跡形もない。
窓から差し込む光を背負い、驚いたように立ち尽くすクリスの姿。ずっと泣いていたのか目は赤く腫れている。
ミタマは一歩前に踏み出すと、クリスに向けて手を差し伸べた。
「ほら、クリスちゃん。外にいこ? 邪魔なドアはぶっ壊してあげるからさ」
クリスはしばらく呆然としていたが、やがて穏やかに微笑むと、ミタマの手を取った。
「はいっ……! じゃあ、罰もちゃんと受けないといけませんね!」
ビーチバレー部一年生ランキングトップと二席。
VS
ビーチバレー部一年生ランキング最下位と準最下位。
こうして、ミタマとかばねのビーチバレーデビュー戦が決まった。
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