三話「これだけは言わせてください」
魔法少女科といっても、もちろん普通の国語や数学といった、全国共通の学習指導要領にのっとった授業は存在する。
一時限目の国語を受けるために中央棟の教室に移動していたかばねは、一人で渡り廊下を歩いていた。ミタマは授業が終わるとすぐに走ってどこかに行ってしまうため、教室移動の時は一人で行動する事が多い。
他のクラスの少女達が友達と連れ添って楽しそうにおしゃべりしながら歩いていくのとすれ違いながら、かばねはひそかに羨望のため息をもらす。
「呪術科でさえなきゃなあ……」
うつむきがちに歩いていたかばねは向こうから歩いてくる華やかな集団に気づいていなかった。
「あら? あなたはあの呪い女といつも一緒にいる……?」
声をかけられてびくっと顔をあげる。
制服はみんなと同じ白ワンピース型ながら、髪型自由、アクセサリ自由の、お嬢様クラスの集団。そしてその先頭にいるのはクリスの取り巻き筆頭こと梓だ。
考え事をしていたかばねは予想外の遭遇に頭がついていかない。
読者モデルのような華やかな少女達の視線が自分に集中している事に焦ってフリーズしている。
「いえ、人違いだったかしら? ごめんなさいね」
だが梓はかばねの顔を覚えていないみたいだった。
ミタマの存在感が大きすぎるとはいえ、かばねとしては軽くへこむ。
「あう……人違いじゃないです……」
そのまますれ違えばよかったのだが、思わず余計な事を言ってしまう。
「やっぱり! 呪術科コンビの……ええと、地味な方!」
「かばねです……」
名前も覚えられていなかった。顔すら覚えていないのだから仕方ない。
「あの無礼なミタマのやつは今日はいないの? クリス様につきまとわないように言っておかないと!」
「ミ、ミタマちゃんは今日はいません……」
かばねは捕まった子猫のようにぶるぶる震えながら答える。
「ちょっとー、梓さん。もう行きましょうよ」
「この子怯えてるよー」
少女達は道端の小動物でも見るような目でかばねを見て笑う。
この目……かばねはこの目が苦手だ、と思った。
強い者が弱い者を見る目。本家の者が分家の者を見る目……
「ふん。あなたはちゃんと言葉が通じそうね。そうだ……いいことを思いついた」
梓はかばねの表情をのぞきこみ、ふっと鼻で笑う。
「あなたがビーチバレー部を退部すればいいのだわ! そうすればあのミタマのやつも部活を続けられないはず……! 同じ呪術科以外でパートナーを組んでくれる娘なんているわけないし」
「あー梓さんドSぅー!」
「梓さんこうなったらもう止まらないよー。かわいそー」
かばねは走って逃げたい気分になった。
しかし周囲はがっちり囲まれている。
「そうだわ。そうしなさい。なんなら他の部で優遇してもらえるように取り計らってあげる。ビーチバレー部で誰にも相手にされないまま過ごすよりはよっぽど有意義だわ! あなたにとってもその方がいいわ!」
「え……でも、わたし……」
「いいから! あなたにふさわしいのは……そうね、呪術研究部とか、そういうのがいいかしら。無いなら立ち上げればいいし。じゃあ手続きしておいてあげるから、今日からそっちに行きなさい!」
本人不在で勝手に話が進んでいく。かばねは何か言いたそうにおろおろするが口を挟む隙がなく何も言えずにいる。
「あわわ……あの……」
「じゃあそういう事で! これであのミタマの馬鹿に悩まされずにすみそうですわ!」
一人すっきりした顔で梓はさっさと立ち去ろうとする。
周りの少女達も表面上だけ同情しながらも笑ってついていく。
取り残されたかばねが、何か言わないと……と思ってわたわたしていると、廊下の先から人影が。
「げ! ミタマじゃない、あれ」
元気よく廊下を全力疾走してくるのは、間違いない、ミタマだ。
「おーっす! かばねちゃん! わたくしお花を摘んでまいりましたのよ!」
かばねの手前で急ブレーキ。
「み、ミタマちゃん……あの……」
かばねはちらりと梓の方を見、気まずそうにする。
「知ってる? かばねちゃん。『花を摘む』ってトイレに行くって意味なんだよ。わたくし、ラフレシア級のでっかい花を摘んでまいりましたのよ!」
「ミタマちゃん……声がでかいよ……」
「山で暮らしてる人たちが使ってた言葉なんだって。ちなみに、タイでもおしっこに行く事を花を摘むって言うらしいね! どこの国の人も考える事はおんなじだねえ」
「それはそうとね、ミタマちゃん……」
かばねは目線でちらっちらっと梓達が見ている事を示そうとするがミタマはまったく気づかない。
「呪術用語では『花を摘む』というと敵の首を刈る事を意味するらしいよ」
「さらっと嘘ウンチクを言うのはやめておこうよ……」
「わたくし、花を摘みまくりますわよ!」
「どっちの意味でも大きい声で言う事じゃないね……」
ひととおり言いたい事を言うとミタマはようやく梓に気づいた。
「お。お前は、えーと……ドリルじゃん」
「ド、ドリル? あずさ! 護宝院梓ですわ! あいっかわらず失礼な……!」
自分の事を棚にあげて憤る梓を、ミタマはさして興味もなさそうに見る。
「ちょうどいいや。ハンカチ貸してくれない? 花を摘んだ際にたっぷり花の汁が飛び散って手についてしまったですのよ!」
「花を摘むって言葉、気に入ったんだね。ミタマちゃん……」
「い、いやよ! なんであんたにハンカチなんか……!」
「こいつの花摘んでいい?」
「首は刈っちゃダメだよ……ハンカチなら貸してあげるよ」
かばねがハンカチを取り出してかいがいしくミタマの手を拭いてあげている間、ミタマはおとなしくしていた。
その隙に梓は立ち去ろうとする。
周囲の少女達もミタマに気圧されて足早に去っていく。
「ふんっ。あとでほえ面かかせてやる! ……かばねさん、わかってますわね?」
ちらりとかばねに目配せ。かばねはぎくりとした。
「うっさい奴だな! 花壇ごと花摘みまくってやりますですのよ! こんな風に!」
ごそごそとわら人形を数体取り出す。反対の手にはカッターナイフ。
「死ねッ! ドビッチがァ!」
雑草でも刈るかのように、まとめて首を刎ね飛ばす。
切断された首がぽーんと飛んで少女達の手元に落ちる。
「ひいいぃぃ?」
少女達は青ざめた顔で悲鳴を上げて一目散に逃げていった。
「あはは逃げてった。ところで、よく考えたら花を摘むってちょっとエッチな意味もありそうだよね。こりゃテストに出るね」
「たぶん出ないよ、ミタマちゃん……」
ミタマにつっこみつつ、梓の後ろ姿を見送るかばねの表情は不安にくもっていた。
○ ○ ○
授業の間もかばねは気が気ではなかった。
本気で勝手に退部手続きを推し進めるつもりなのだろうか?
しかし相手はお嬢様クラス。本気でやりかねない。
ミタマがいなければビーチバレー部に執着するつもりもない……むしろ、かばねにとっては文化部の方が落ち着くのだが。
ミタマはビーチバレー部を諦めないだろう。ミタマと離れ離れになるのはもちろんイヤだ。
ミタマに相談しようかと思うのだが休み時間になるとミタマはすぐに落ち着き無くどこかへ行ってしまう。
授業中に相談内容を文章にしようと思ってノートにペンを走らせるが、ああでもないこうでもないと推敲を繰り返しているうちに放課後になってしまった。
「ああ……どうしよう」
悩みに悩んでもちろん授業も手につかなかった。昼ごはんに何を食べたかも覚えていない。
悩みすぎてお腹が痛くなってきた。
「かばねちゃん! 部活行くよーっ!」
ミタマが元気よく誘いにきたが、かばねはかろうじて、
「おトイレ行ってから追いかけるから先に行ってて……」
と言うのが精一杯だった。
「かばねちゃんもお花摘んでくるんだね! でっかいのもりもりしてきて!」
「大とは言ってないからね……」
ミタマを送り出し、トイレにこもってお腹の痛みと格闘すること数分。
ようやく収まり、よろよろとトイレから出てくる。
「うう……先延ばしにしても仕方ない。思い切って部活行ってみよう……梓さんも忘れてるかもしれないし……」
わずかな希望に賭け、部活に向かう事にした。
呪術科からビーチバレー部の屋内コート施設に向かうには、西校舎と体育館の間にある中庭を通る事になる。
体育館を利用する生徒はほとんど南側から出入りするため、銀杏の木が立ち並ぶだけの中庭は、普段はほとんどひと気がない。
が、今日は体育館側に何人かの人影が。
かばねはいつものように目を伏せて通り過ぎようとする。
「あ、来た来た! 呪いコンビの地味な方!」
聞き覚えのある声――梓だ。
かばねはびくっとして顔を上げる。
休み時間に遭遇した時と違い、梓が一緒にいるのはビーチバレー部の面々だ。
梓を含め、六人ものグループがかばねの方へ歩み寄ってきた。
「ええと……名前なんでしたっけ? まあいいわ。どこへ行くつもりかしら? あなたはもうビーチバレー部は退部するはず。退部届けを出すなら職員室は反対側だけど?」
さっそく来た。
かばねはかばんのひもを握り締め、言いたい事を頭の中でまとめようとする。が、それより先に梓達が続けた。
「まさかとは思うけど……まだ続けたいなんておっしゃるつもりでは無いわよね? あなたにビーチバレー部はふさわしくないわ。あの部はクリス様のように優雅で美しく強く気高い者にのみふさわしい。あなたのように地味で存在感のない人やミタマの馬鹿みたいにがさつで下品な者は場違いなの!」
「そうよ! いつか言おうと思ってたけど、あんた達呪いコンビにはみんな迷惑してるのよ! 練習の邪魔になるし、部の品格が落ちるし……」
「身の程をわきまえて自分にふさわしい部を探しなさいよ!」
「ミタマにだって無理やり振り回されてんでしょ? あいつから離れたら普通に友達だってできるって」
かばねを取り囲んだ少女達が口々に言い立てる。
こんな思いをするくらいなら他の部を探した方がマシかもしれない……という気がするものの、ミタマの事を思うとそうもいかない。
ミタマはやり方こそ問題があるが、本気でビーチバレーをやりたがっている……はずだ。
「あ、あの……ええと……」
周囲を囲まれてびくびくしながらも、かろうじて声をしぼり出す。
だがその声はかきけされてしまった。
「え? 何? 聞こえなーい!」
「何? 不満あるっての? ナイよね?」
少女達の圧力に押され、言葉がひっこんでしまう。
「何よ? 言いたい事があるなら言いなさいよ!」
「かばん捨てちゃうよー」
「あはははっひっどーい」
少女達は冗談で言っているのかもしれないが、囲まれているかばねは怖くなってかばんのひもをさらに強く握り締める。
黙ってうつむいているかばねに、正面に立った梓が抑えた声で言う。
「これは結局あなた達のためでもあるの。場違いな場所で煙たがられるより、身の丈に合った場所で生きていくほうがお互いのためにいいのよ。あなたさえ納得すればミタマも諦めるでしょう。二人で別の部活を探しなさい。必要なら推薦状を書いてあげてもいいわ。ね、わかった?」
その声音は優しくすらある。
かばねも思わず従いたくなってしまう。でも。
ありったけの勇気をかきあつめ、かばねは声をふりしぼった。
「わたしたちも……ビーチバレー……やりたい……です」
「はあ!? まだそんな事言ってんの? 諦めなって言ってんじゃん!」
少女の一人が掴みかかりそうな剣幕で詰め寄る。
怖い。逃げたい。でもかばねは逃げるわけにはいかなかった。
「ミ、ミタマちゃんは……!」
精一杯大きい声を出そうとするが声が震える。恥ずかしくて顔が赤くなる。
「ミタマがなによ!」
「ミタマちゃんはすごく前向きにがんばってて……その、あの……」
うまく言葉にできないのがもどかしい。
言いたい気持ちはわかっているのに。
「わ、わたしもミタマちゃんも……あきらめません……!」
それだけ言うのが精一杯。
「あんたねえ――――!」
少女が怒鳴りかけた時。
「あ! こんな所に居た!」
ミタマの声。小柄な体を全力稼動させて走ってくる。後頭部でわら人形ヘアが揺れる。
かばねの手前で、青々とした銀杏の葉を蹴り立てて急ブレーキ。
「かばねちゃんの大が長いから迎えにきちゃったよ!」
「大じゃないってば……」
いつものようなやりとりをしながら、かばねは全身の力が抜けるような安堵が身体を駆け巡るのを感じた。ミタマの声は不安を溶かし去ってくれる。
「ミタマ……! またあんたは……!」
いいところで乱入してきたミタマに梓達は苛立ちが隠せない。
「ん? なんだよ。かばねちゃんと内緒のお話?」
「そうよ! そちらのかばねさんね、ビーチバレー部を辞めたいんですって」
とっさに梓は口からでまかせを言っていた。かばねはハッとなって割り込む。
「ちがいます……わたしは……」
「ミタマさんにはもうついていけないんですって。本人には言いにくいから、私達から伝えてほしいって。つい今さっき……」
かばねは青ざめた顔でミタマを見た。
まさか二人の仲を裂こうと――
「そんなわけないじゃん」
ミタマはこともなげに一蹴。
冷ややかな視線を梓に向け、少女達の視線を一身に受けてもまるで動じずに堂々と言ってのける。
「かばねちゃんは暗くて地味で友達も少ないけど、あたしには言いたい事言うもん。それに、嫌々やってるかどうかなんてわかるよ。だってパートナーだもの」
「ミタマちゃん……!」
かばねの表情がぱあっと明るくなる。
「友達ではないけど」
「えっ!?」
「っというのは嘘で、友達だよ。期間限定だけど」
「期間限定!? そんなドライな関係だったの……?」
「というわけで、あたし達の仲を裂こうとしても無駄だよ! 二人は鉄の絆で永久に結ばれているんだから!」
「期間限定って言ったくせに……」
作戦が失敗した事をさとり、梓は歯がみする。
「何よ! 結局ビーチバレー部に居座り続ける気なの? どうせ居ても迷惑かけるだけで無駄なんだから自主的に辞めなさいよ!」
地団駄を踏みそうな勢いで叫ぶ梓を、ミタマは腕を組んで真っ向から受け止める。
「やだ! どうしても追い出したいなら力づくでやってみなよ。受けて立ってやる!」
ビーチバレー部六人 VS ミタマ(+かばね)。
お互いに向き合って一触即発の状態だ。
「ふんっ、呪術科なんて別に恐れてるわけじゃないからね! 単に不気味だから遠ざけてるだけ。本気でやれば私達の敵じゃない!」
魔法少女クラスの魔法による直接対決は校則違反。
だからこそルールに則った魔法スポーツで発散するのだが、それでも血気盛んなお年頃。
お互いの感情が昂ぶれば、ケンカで魔法を使ってしまう事も少なくない。
しかも梓は魔法お嬢様クラス。いざとなれば金の力でもみ消せる。
「いいわ! むしろ好都合! 力づくで追い出してもいいってそっちが言ってくれるなら話が早い。こちらは六人、そちらは二人。それだけじゃない。わたくしは一年生の部活ランキング第二位の護宝院梓! 運動能力、魔法力ともに高くなければ魔法スポーツで活躍する事など不可能。つまり魔法力でも部内トップクラス! 力の差を思い知りなさい!」
少女達は完全にやる気だ。
梓は両手の指を組み合わせて印を結ぶ。
「忍法、雲隠れ!」
ちなみに、梓の魔法適正は忍者。
お嬢様が突然忍法などと叫びだした事に驚く間も無く、印が効果を発揮し背景の木や地面や体育館の一部がきらびやかにデコレーションされていく。ゴージャスな輝きが溢れ出し、木はイルミネーションとレースで飾り立てられ、地面や空中にはドライアイスの煙と色とりどりの紙ふぶきが舞う。スポットライトとレーザーイリュージョンが目まぐるしく交差する。
自分が背景に同化するのではなく、背景を自分に合わせて派手にし目立たなくするという傲慢極まりない忍術である。
それでもしっかりと効果は発揮されているらしく、梓の姿が背景に溶け込んで見えなくなっていく。
「おおー!」
ミタマは思わず拍手。
次いでビーチバレー部の少女達が魔法を準備してゆく。
赤髪ポニーテールの焔咲がその身に炎をまとう。
茶髪ツーサイドアップの式部久美が異世界から翼の生えた白馬を召喚。
青髪ショートの波瀬ゆかりが両手から氷の刃を生やす。
緑髪ソバージュの柳川恵が手にした鉛筆を巨大化させる。
黒髪ボブカットの新井由紀子がスマホから稲妻の鞭を呼び出す。
「怪我しないうちに謝った方が身のためじゃなくって!?」
さすがに部内でもトップクラスの連中だけはあって、一年生にもかかわらず自分に合った魔法の扱いに慣れている。
容赦のない圧倒的包囲網。彼女らの目は暴力の予感にぎらつき、力を揮う快楽に酔って獲物を追い詰める。
勝ち戦の快感。自分は強い側にいるのだという安心感。嗜虐性にも似た爽快感が彼女達を狂気へと駆り立てる――
だがミタマは平然とそれらを受け止めた。見世物でも見るかのように。
「ふーん。じゃあ次はこっちの番だよね」
手には愛用のデコ金づちとデコ釘。
地面に向けて釘を構え、力いっぱい金づちを振りかぶる。
「
地面に釘を突き刺す。亀裂が走り大地が隆起する。鋭角な破片をまとって立ち上がる土塊。
それはミタマの身長に達し、木の高さに達し、校舎の高さに達し――
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
空気が唸った。一声で銀杏の葉が舞い散り、一歩踏み出す振動で大地が波打つ。
土やアスファルトや岩を強引に固めて作ったような巨人がそびえ立ち、その眼に凶悪な炎を灯す。口が裂けて土塊がぱらぱらと落ちてくる。
苦しみ悶えるかのように身をよじり、そのたびに粉塵が舞う。
振り上げた腕が空を覆い、太陽光を遮断して中庭一杯に影を落とす。
巨人が唸るように吼え、焔咲の炎が一瞬でかき消えた。
巨人が式部久美の呼び出した天馬にかぶりつき、羽をむしってボリボリと貪り食う。
巨人が一歩踏み出す振動で、波瀬ゆかりの氷の刃がばらばらに砕けて落ちた。
巨人がそこらの木ごと薙ぎ払い、柳川恵が巨大化させた鉛筆が一緒にヘシ折られた。
巨人が新井由紀子の稲妻の鞭をスマホごとつまみ、プチッと握りつぶした。
巨人はこのまま最終戦争に突入してやるかと言わんばかりの勢いで雄叫びを上げた。
鼓膜を破りかねない大音量と突風と振動で少女達は何もできず気をつけの姿勢のまま固まっている。
「よし! あと一人! 姿が見えないからそこら中全て踏み潰してしまえ!」
命令を実行するべく巨人が足を振り上げる――
「ちょ、ちょっと待って! 何よそれ! 反則! 反則!」
慌てて梓が姿を現す。巨人を見上げて地面にへたりこむ。
「さすが呪術科やる事が汚い! 反則!」
「知らないよそんなの。よし、かばねちゃん! ここで一発キメ台詞をかましてやるんだ!」
ミタマの後ろで呆然と巨人を見上げていたかばねが、突然話を振られて焦る。
「え、え……! キメ台詞……?」
「うん。月に代わって呪い殺すよ! とか。またつまらぬものを呪ってしまった……とか、あんた背中が呪われてるぜ……みたいなそんな感じのを一発おねがい!」
「え……えーと、え~と……! の、呪ってもいいでしょうか……?」
「ダメだよそんな遠慮がちなの。もっと、相手が何を言おうが問答無用で食らわすよ! みたいな意気込みがほしい」
ミタマの無茶振りに、かばねは少しだけ考える。
「え、え~と……じゃあ……」
そして顔を上げ、大きく息を吸い込む。
何かを吹っ切るかのように、梓を正面から見てはっきりとした声で言った。
「あ、あの……! これだけは言わせてください! ミタマちゃんもわたしも、ビーチバレー部はやめません! ミタマちゃんはすごく前向きにがんばってます。呪術科が不気味ってだけで試合を組んでもらえないのはかわいそうです。確かに呪いは不気味です。怖いです。でも、それを扱うミタマちゃんはすごく一生懸命ないい子です。前向きに明るくがんばっているミタマちゃんをわたしは応援したいし、報われてほしいって思います。なるべく迷惑はかけないように気をつけます。だから……これからもよろしくお願いします!」
そう言うと、梓達に向かってふかぶかと頭を下げた。
梓はぽかんとあっ気に取られてかばねを見ている。
他の部員達も同じだ。
「もう。キメ台詞って言ったのに。まあいっか。ある意味キメ台詞かもだし」
言い切ったかばねは急に恥ずかしくなったのか、ミタマの腕を取ってすごい勢いで引っ張っていく。
ビーチバレー部の方向へと。
ひきずられながらミタマは梓に言い放った。
「変ないやがらせしてもあたし達は負けたなんて思わないよ。あたし達が負けたと思うのはビーチバレーで負けた時だけだからね!」
「一度も試合した事ないけどね……」
去っていくミタマ達を呆然と見送る梓達を、すでに彫像と化して動かなくなった巨人が黙って見下ろしていた。
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