二話「わたし達、なんだかものすごくかわいそうな気がするよ」
人工ビーチの隣にはこれまた巨大な更衣室がある。
一階には大きな鏡張りの更衣室とシャワールーム。二階にはビーチバレー部の部室と水泳部の部室、そして自動販売機や体脂肪計などが設置されたレストルーム。
ビーチバレー部に在籍する部員は百名を超えるため、更衣室に備え付けられたロッカーも膨大な数だ。
ほとんどの部員が使うのは小ロッカーと呼ばれる、着替えとかばんをぎりぎり入れられるサイズのもの。そしてその他に、中ロッカーと特大ロッカーというものが存在する。
中ロッカーはレギュラーになると使用を許される。サイズは小ロッカーの二倍あり、着替えの他にも私物を多少は入れておける。
そして特大ロッカー。こちらは身長以上の高さがあるロッカーで、コートを数着かけてもまだ余裕があるほどの深さと広さを持つ。小ロッカーを使う者にとってはまさに憧れの存在。特権階級の証といえる。
特大ロッカーの使用を許されるのは、レギュラーの中でもさらにエースクラスの者に限られる。学生のうちから競争意識を高く持てという理事長の方針で差別化がはかられているらしい。
学校一の規模を誇るビーチバレー部でも、この特大ロッカーの使用を許されているのはわずか十名。その中の一人が、一年生ながらエースクラスと認められたクリスティーナだ。
クリスティーナは部員たちの羨望の眼差しをちらちらと受けながら悠々と着替える。
すらりと伸びた肢体、一年生にして豊かな凹凸を備えたボディライン。髪をはらう仕草ひとつで眩く光が散るような錯覚を受けるほど、そのたたずまいは優雅で神秘的だ。
白地に黒の十字架をあしらったワンピース型の水着がその聖性をよくひきたてている。
ちょうど水着に肩を通したところで、背後から声をかけられた。
「クリス様、昨日の野蛮人の事は気にしないでくださいね。あのような者はクリス様の視界に入る資格もありませんわ」
話しかけたのは同じくエースクラスの護宝院。彼女も人目を引く実力を持っている事は確かだが、こちらは金でエースクラスの座を得たのではないかともっぱらの噂だ。
「そう……でしょうか。私は彼女達ともお友達になりたいです」
ひかえめに答えるクリス。
「何をおっしゃりますやら。人の上に立つ人物にはそれにふさわしい『格』というものがありますわ。あのような底辺の人間にかかわる必要なんてありません! 奴らが来ても私たちがきっちりガードしますからご安心くださいな」
護宝院は胸元の開いた真っ赤なビキニを身につけながら息をまく。
その周囲には取り巻き達がスタンバイし、クリスと護宝院のビーチ入場を待ち構えている。
クリスは少し悲しそうな顔をしたが、着替え終わるとすぐに表情を引き締めた。
「そのお話は後ほど。今は練習に集中しましょう」
クリスの言葉に、取り巻き達が「はいっ!」と続く。
ぞろぞろと並んでビーチコートへと向かう――――
「あ、クリスちゃんだ。遅いよー。こっちこっち!」
「み、ミタマちゃん、ちょっとは遠慮した方が……」
コートには当たり前のようにミタマ達が陣取っていた。
クリスの取り巻き達はすばやく防御フォーメーションを敷く。
「あなた……昨日の今日でよくもあつかましくクリス様に話しかけられたもんですわね!」
ミタマはコートのど真ん中で腰に手をあてふてぶてしく仁王立ち。お子様体型に似つかわしくない金色のビキニ。わら人形ヘア。いつもの格好だ。
隣では、はちきれんばかりの胸を白ワンピースに収めたかばねが申し訳なさそうにおろおろしている。
護宝院がつめよってもミタマは涼しい顔だ。
「よし、じゃあ試合しようか」
「なんで部内ランク最下位のあんた達と学年トップのクリス様が試合しなければならないのよ! どきなさいよ! あんた達はまだ基礎体力作りでしょ!」
「やだよ。せっかくビーチにいるんだから試合したいもん」
「っていうか昨日の事をクリス様にあやまりなさいよ!」
「昨日の事ってなんかあったっけ?」
かばねにむかって首をかしげるミタマ。
「たぶんメス豚って呼んだ件かな……」
「それよ! 謝りなさいよ!」
取り巻きたちが声をそろえて「謝りなさいよ!」の合唱。
「うるさい奴だなぁ。お前の台詞は脳内で極太の明朝体に変換してやる」
「やめてあげようよ。オカマの台詞みたいになっちゃうよ……」
「な、なにかわからないけど失礼でしょ! 謝りなさいよ! っていうかいつまでコートの中にいるのよ! 練習のジャマ!」
「ねー、クリスちゃん試合してよ! 筋トレ飽きたよ! これ以上筋肉つけたらマッチョの人みたいにおっぱいがぴくぴくしてしまうよ」
「そんな心配はしなくていいと思う……」
人の壁の向こうで、クリスは申し訳なさそうに答える。
「ごめんなさい、ミタマさん。コートは勝手に使っちゃいけない決まりになってて……私達は許可がない限りAコートしか使っちゃいけないんです」
Aコートというのはレギュラー用のコートで、レギュラーじゃない者は勝手に使えない。Bコートは波打ち際のコートで、コート間の幅がせまくやや使いづらいかわりに、レギュラー以外の誰でも使える。
つまりミタマはレギュラーにならない限りクリスとは試合できないのだ。
「そうよ! あなた達はBコートで練習してなさいよ! 練習はできても、あんた達みたいな呪術科とは誰も練習試合はしてくれないと思うけどね!」
取り巻き達が「そうよそうよ!」の合唱。
しかしミタマは食い下がる。
「んじゃーあたし達と試合してあたし達が勝ったらレギュラーにしてよ! そしたらクリスちゃんと試合し放題だし」
「んな事できるわけないでしょ! レギュラーへの昇級試合は顧問が決めるのよ。そもそも一回も試合した事のないあなた達が勝てるわけないでしょう」
「ケチ! 試合してよ! 試合したいよーっ!」
「諦めて帰りなさい。さ、邪魔よ。どいて!」
「何なら勝負してくれる?」
「何でも勝負しません」
「全裸相撲なら?」
「そんな競技はない!」
「かばねちゃんは全裸相撲の横綱だから絶対に負けないのに」
「ミタマちゃん、勝手にわたしのウソ設定を作らないでね……っていうかわたしに戦わせるつもりだったんだ……」
これ以上食い下がっても、とりつくシマもなさそうだ。
クリスは申し訳なさそうにしているが、決まりは決まりだ。逆らえない。
けっきょくミタマとかばねはAコートから追い払われてしまった。
「惜しい……クリスちゃんなら構ってくれそうだったのに」
「他人の善意につけこむのはやめようよ……」
キャプテンが来て号令をかけるまでは自由練習時間だ。
他の部員がBコートで練習しているのを隅っこから物欲しそうに見つめる。
「見ていてもラチがあかない。練習に混ざってくる!」
「混ぜてくれるかなあ……」
考える前にダッと駆け出すミタマ。
練習している部員達の隙をつき、流れ弾をすばやくレシーブ。
「ナイスレシーブ! どんどん来い!」
「み、ミタマちゃん……」
コートには数人が並び、順番にレシーブ練習をしていた。
流れ弾をレシーブしたミタマはさらっと列に並ぼうとしたが……
みんな練習をやめてミタマ達を見ている。
「ね、ねえ。呪術科の子は別の場所で練習してよ……」
「なんでだよ!」
「だって……ねえ?」
顔を見合わせる部員達。
「うん……呪いのまきぞえになったら怖いし……」
「大丈夫だって! 絶対安全だって! ほら、釘と金づちもデコってきたし」
ミタマの手にはデコレーションを施した釘と金づち。
部員達の恐々とした視線が集中している。
「ご、ごめんミタマちゃん! 呪わないで……!」
コート内にいた部員達は散り散りに去っていく。
「なぜ!」
「ミタマちゃん……わたし達、なんだかものすごくかわいそうな気がするよ……」
「そんな事ない! 今日は惜しかった! あと一歩だったよ!」
「そうかなぁ……いつもと同じ感じだったけど……」
「明日こそはいけそうな気がする!」
まったくめげる事もなく金づちを握りしめる。
「たぶんわら人形もデコってたらうまくいってた」
「なぜデコにそこまで絶対の信頼があるのかわからないよ……」
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