20 『穏当な生誕祭初日』
祭り、というのは実際参加し、その熱に浮かされなければ楽しくもなんともない。
テレビ越しに見る祭りなど、存在価値はないに等しく退屈に過ぎる物だ。
だからと言って、自然と高揚してしまう気味の悪い一体感に混じるのも癪だ。
つまるところ生誕祭を回ること自体が滑稽で、こうして道端で立たされる自分は賢明なのだ──と。
いつもながら、有栖は通りの隅でみっともなく負け惜しみを垂れていた。
そんな有栖の負け犬シンキングを、側で立つ喜色のジャラは見逃さない。
彼は無駄に爽やかに微笑みながら、
「不景気そうな顔なんてしてないで、笑わない? 顔変えるだけでハッピーになれるから」
「あーはい。それはそうと、買い物しないんですか? 革命は建国者の誕生日当日──つまり最終日らしいですが、初日とは言え今生誕祭ですよ? 私事は手早く終わらせないとならないのでは。と言うか早く終わらせてきてくれたら嬉しいです」
「そうか、それなら……じゃあ、ちょっと買い物じゃないけど特急で行ってくるよ!」
「いってらっしゃいましー」
適当にジャラをあしらって、街道で列をなす屋台へと駆け込むジャラに手を振った。
すぐに屋台巡りの老若男女の群れに飲まれ、すっかり姿が見えなくなる。
そして溜息。
「あーマジ、どうしよう」
遂ぞ、何のアクションもなく有栖は作戦決行イベントを迎えてしまった。
漫然と日々を過ごして、はや生誕祭初日。
先刻の有栖の言葉通り、初日は特段気を張る必要はない。
アルダリアへの内通者によれば、アルダリア達が動くのは三日目。
王宮前で盛大にする予定の誕生日当日の式、それが行われる早朝が蜂起のタイミングらしい。
詳細は省かれたが、何でも信頼できる筋の情報のようだ。
そうでもなければ、こうもその情報に完全に頼った脆弱な作戦など立てまいが。
そして有栖達四名は生誕祭の三日目以外の二日間、万一に備えて警戒しておく期間となっている。
しかし不可解なことにサヴァンから「この期間だけは街を出歩け」ということを伝えられた。
出歩いても良い、ではなく
長時間の軟禁はストレス発散のためなのか、それとも獲物の前で舌舐めずりということなのか。
後者ならば有栖と同じボンクラに違いないが、さて真意がどうかは心眼で既に見通そうとしていた。
──俺のせいみてぇだったけど、サヴァンも良く分かってなくて突き止められなかったけどな。
この命令はサヴァンよりも上の人間、つまるところ王族の指令だった。
有栖の予想としては、『虚飾』による異常ステータスが関係しているだろう、というものだが。
結局のところ、真実は見通せなかったらしい。
ただそれ以外にサヴァンからは「街で不審な動きがあれば報告してくれ」と頼まれている。
よって有栖は現状人がごった返した街中を、暇そうだったジャラと共にブラついている訳だ。
何故単独行動でないかと言えば、祭りに乗じて表を出歩く柄の悪い冒険者達への対抗策である。
ジャラはあれでも冒険者の中では強い方だ。
根も善良であるため、有栖が危険となれば助けてくれるだろうという打算があった。
汚い。流石有栖、心が汚い。
……逃げたかったんだけど、そうもいかねぇし。
理由は多々ある。
逃げ出さなかった一番の訳は、既に革命阻止計画の内容を明かされたあとで手遅れだったこと。
矮小な有栖が逃走できるザル警備はしていないだろうし、万一逃げ出しても後がない。
指名手配を受け、関所で取り押さえられるのがオチだ。
街に身を潜めようにも、未だこの街に土地勘はない。
考えなしに彷徨いても、路地裏で柄の悪いお兄さんに好き放題される可能性が高い。
冒険者を頼るにも、現体制側の命令から逃走する行いは良い印象を決して与えないだろう。
密告せず匿ってくれるか怪しかった。
退路を絶たれた有栖の心境と言えば、実に清々しい物だった。
端的に、開き直ったのである。
現実の体が逃げ出せないため、思考だけでも逃避しているのかもしれない。
有栖は思考停止の阿呆と呼ばれても仕方なかった。
「……変わった物っつったら、装備くらいかね」
建物の日陰に入っているのだが、あまりの暑さに痺れを切らし視線を上へ。
天頂近くには小憎たらしく日光を降り注ぐ太陽が昇り、まさに雲一つない蒼穹が仰げた。
建物の狭間から見える空には当然、飛行機雲もヘリコプターも見受けられない。
……遠目に何か、生き物らしき巨大な陰影が見えたところ、実に異世界然としている。
今この街は日本で言うところの春の季節ではあるのだが、どうしてそんなに茹っているのか。
温暖化現象で異世界が危ない訳ではなく、意外なことに有栖が見ないうちに太っていた訳でもない。
有栖の頭に装備された物体と、纏うローブのせいで熱が籠っているからだ。
それ以外にも、見るからに変わった装備は二つ。
傍目から見て目立つものは、小さい片手で地面に突き立てている枯れた色の杖だろう。
流石に魔術師の格好で杖を持っていないのは違和感があるため、事前にサヴァンに要求していた物だ。
久々に武器のステータス表示を駆使すると、こう表示が出る。
〜〜〜〜〜〜〜〜
【マグラッカルの樹杖】
北峰に茂る魔樹マグラッカルから切り出し、魔力を込めて作られたC級魔具。
蓄えられる魔力量は三百。詠唱補正は氷属性、その上級以下まで。
約五百年前、北方に住む原住民によって建国されるまで頻繁に使用されていた。
ダンジョンから溢れ出すモンスターへ対抗せんと、マグラッカルの小枝に魔力を込めたのが発祥。
賢者マグ・ラッカルが少年時代に発見し、大成したあと晩年まで頑なに彼は使い続けたと言う。
A級魔具を手にするのも拒み、如何な揶揄を受けようとも己の伴侶の如く愛用していた。
それでも彼が北国で五指に入る実力者と成ったのは、自身の技量と武器への愛故だろう。
錬磨度合:59/100
〜〜〜〜〜〜〜〜
だから何だよ、と有栖は説明欄の暴走具合に突っ込みかけた。
バックストーリーは二文、三文ならともかく長過ぎではなかろうか。
それはともかくとして。
手持ちの小刀よりも練磨度合が低いが、この数値の基準が不明なため感想は据え置く。
ただ、武器の級位が微妙であることは有栖も理解していた。
この杖、そしてアルダリアを脅迫して奪った小刀はC級と書かれている。
武具や魔具──魔具とは魔力を込めて作られた物体のことを言うらしい──にはランクがあった。
上から順に、SSS級、SS級、S級、AAA級、AA級、A級、BBB級、BB級………のように。
一つのアルファベットに三つのランクがあり、その数が多いほど『良い物』ということだ。
最下級はE級のため、C級は中央値から少し下辺り。
丁度、有栖の学校の成績と同じ辺りである。
親近感を覚える有栖は、しかしきっとA級魔具を手に入れる機会があれば迷わず樹杖を捨てるだろう。
薄情な下衆だった。
また、今も被っている青紫色のローブや衣類の類は武具に当たらないようで鑑定できないらしい。
正直有栖には、魔力の有無で差異がある魔具は別として、武具と物の区別が判然としなかった。
千ページを越す本は十分凶器になるが、それが武具に入るのか入らないのか。
ローブや衣類も首を締めれば立派な武器になるのだが、それが武具に入らないのが解せない。
そういうものだと一時的に理解を示しておくしかないのだろう。
他の携行品としては、肩掛けバッグに入った小刀二本と有り金全てだろうか。
勿論、それらは宿屋に置き去りになっていた道具類である。
その旨をニコニコと笑顔でサヴァンに伝えると、素早くその日の夜には届けられた。
ちなみにそれまでの宿屋の賃金も、向かわせた騎士の自腹を切らせたそうだ。
忙しいだろう皆をパシリとして扱う守銭奴有栖。
やはり屑である。
そして、何より明言しなくてはならない物体が現在有栖の頭上に乗っていた。
ローブで隠れているものの、有栖は群青色のカツラを被っているのだ。
無論、黒髪を隠す手段として最も取り外しが簡単だからである。
染髪は、いざというとき異世界人の威を借りることができないため却下。
帽子を被るというのも、フードで頭を覆った現状と結局変わらないため却下。
よって有栖は頭皮が薄くないにも関わらず、カツラを欲していた。
ただこの件は有栖の秘密に直結するためサヴァンは使えない。
そのため自由行動が許された生誕祭の一日目か二日目に入手したいと思っていた代物だ。
まさか、んな簡単に手に入るとは思わなかったけど。
銀貨四枚で容易く手に入れることができたのは僥倖だった。
中世ヨーロッパでも身嗜みとして使われていたと聞くため、妥当な話なのかもしれないが。
群青色のカツラを選んだ理由は、単にその店が──サイコロの文様がトレードマークの店だった──その色以外仕入れていなかったからである。
店員の態度も軽薄にして最低で、現代日本の接客業を見習って欲しいと憤慨したものだ。
不満は声に出さなかったが。
あとでサラの食堂にたむろする冒険者達に悪評を広めてもらおう、と有栖は手を打って決定した。
実に陰湿である。
また、有栖の本音としてカツラは金髪が良かった。
アリスという名前に対して金髪以外はミスマッチにも程がある。
……ってか、あの糞神思い出すからこの髪色ホントに嫌なんだけどさ。
そのため、望む色を手に入れるまでの代用品としての購入だった。
と、そこまで暇潰しに現状の確認をしていたところ、笑顔の青年が雑踏から戻ってきたようだ。
「ごめんごめん、遅くなったけどまだハッピー?」
「暑いのでアンハッピー。……何処に行っていたんですか?」
「いやぁね。初級魔術師の集団がいたから、ちょっとリーダー目撃してないかって聞き込みだよ」
「ああ──成る程。まだ続けてたんですね。それで結果は?」
「一目散に逃げられたよ。不審者だー……って叫ばれてね。まぁ、警備隊に顔が利いたおかげで捕縛されたり事情聞かれたりはしなくてハッピーなんだけどさ」
「ハッピーって?」
「ハッピーだよ」
まるで訳が分からない返答をすると、ジャラはウインクしながらサムズアップ。
ふと想像してみる。
楽しげに会話する子ども達に声をかける、何がおかしいのか満面の笑みを浮かべた青年を。
三十過ぎで無精髭生やした大の大人がこんな調子なのだから、不審者と見紛うことに不思議はない。
と言うか、ただの不審者である。
有栖は嘆息しつつ、このまま立ち止まるのも何かと思い尋ねた。
「何処、行きます?」
「そうだなぁ……俺は希望ないけど、アリスが行きたいところで。生誕祭だってアリスは初めてなんだろうし、見て回るのもハッピーじゃないかな? 年に一度の大きな祭だ、見なきゃ損損。あと、異世界人の襲撃と重なって有耶無耶になってた街の案内とかでも構わないよ!」
「ああ、そうですね。うっかり失念してました」
ジャラに街案内させるつもりが、広場で『傲慢』の少年と出くわして中断になっていたのだ。
その後王宮からの呼び出しで、思考がそちらにのみ向いていた有栖は完全に忘れていた。
数秒思考して、
「前はダンジョンに行きましたし──他に有名どころがあるのであれば、そちらに」
「良し来た。……って言っても、あとは教会とかギルドとか。そうだな……観光名所なら、この国の伝説上の英雄像がある場所とかかな。結構有名なんだよ、知らない?」
「浅学でして、全く。では、その像の場所へ」
名所の羅列に、有栖は即決する。
まず、有栖のイメージとして教会などしみったれた建物に好んで行く性格ではない。
神を愚弄する有栖なのだから妥当だ。
そしてギルドも無法者の溜まり場のイメージが焼き付いてしまい、尻込みしてしまう。
コンビニの前に座り込む不良を前に、華麗なUターンを決める有栖なら、これも妥当な判断だ。
その選択に親指を立てて返すジャラに連れられ、有栖も屋台が列をなす街道へと足を踏み入れた。
──そういやフィンダルトは何処行ったんだろ。つか、これで裕也とかに鉢合わせたら笑えねー話だよな。
杞憂しながらも、有栖はまだ穏やかな生誕祭に心躍らせていた。
何時だって嵐の前は静かであることも知らず。
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