19 『転がる』
大変なことになった気がする。
半分他人事なのは余裕の表れではなく、現実逃避の結果だった。
──数日後のことだ。
冒険者四名はサヴァンに会議室と思しき部屋へ呼び出された。
どうにも、生誕祭当日の配置についての指示らしい。
近日に迫る決行日を前にした、疑問の余地を挟む隙間もないイベントだが。
それにしても、である。
有栖に向けるサヴァンの視線が恐怖を孕んでいることに関して、乾いた笑いしか出てこない。
「……よって、フィンダルトはメインストリートを挟んだラバ川沿い。そしてアリスには国立ワーナバーダンジョン広場前で待機。ジャラ、モスクの二人は我々騎士団と共に王族の方々をお守りする。アルダリア様が動く一報が入れば、アリスは同伴させる騎士二十名と共に、先ほど伝えた異世界人の潜伏場所を叩け」
「あの、私だけ、ですか?」
「何か問題があるのか」
「いいえ、全く」
ふざけんじゃねぇぞクソったれ、俺は非力な一般人なんだっつーの!
そんな主張とは裏腹に、有栖は顔を綻ばせながら瞼を下ろす。
余裕ある強者アピールだけは磨きがかかっていた。
しかし、事情を知らない人間からすれば解せないだろう。
妙にしたり顔のフィンダルトとサヴァン以外に、この場にはジャラと大男が一人いるのだ。
有栖の上辺だけの虚勢を一瞥したサヴァンに、ジャラは待ったをかけた。
「質問、良いかな? 何でフィンダルトでなくアリスを向かわせているのか俺にはさっぱり……」
「実力の問題だ。それ以外の答えはない」
「そういう訳ねぇ。やっとアリスちゃんの真の実力を見出したみたいね」
フィンダルトの得心じみたニヤけ顏には、有栖も何と言えばいいのか判然としなかった。
有栖は内心引きつり笑いをしながら、改めて自分のステータスを確認する。
〜〜〜〜〜〜〜〜
アリス・エヴァンズ Lv1
年齢:──
種別:人類種
《アクティブスキル》
【
視界範囲内の、精神を宿した者の心を
抱え込む隠匿はこの能力の前に等しく無力である、女神の澄み切った瞳。
《パッシブスキル》
【言語翻訳C】
世界を移動する際に自動付与されるスキル。
他世界の標準言語を、アリスが認識できる言語に自動翻訳する。
【虚飾】
人の罪を司る伝承性のスキル。
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傲慢と併合されていた旧き大罪。
身の丈に合わぬ言動は、時として運命をも覆す。
無論、大いなる代償も危難も抱え込むことと成る。
〜〜〜〜〜〜〜〜
そこには見慣れた、塵芥の如きステータスが表示されている。
サヴァンの目を通して視た異常ステータスは見る影もなく、夢幻だったかのようだ。
だがそれは真実サヴァンに確認されており、こうも重大な役職に就く羽目になっていた。
その現象が『虚飾』のスキルに関連していると思い当たるのに、そう時間はかからない。
いくら有栖でも人並みの知能があったと見える。
──字面と考えて、ステータスを虚飾、つまりはステータスの数値を盛るスキルってことだよな。
結論から言えば、実に使えないガラクタスキルだった。
虚飾で盛られた数値が現実に影響することは絶対にない。
ゲームで廃課金して収集したレア装備を、実際に手に入れられないのと同義だ。
極論、これは見栄を張るためだけの傲慢な欲求を満たすスキルでしかない。
その点、有栖にお似合いではあったか。
攻撃スキルでないことは薄々勘づいていた有栖だったが、判明したあと四つん這いになったものだ。
全身で絶望を表現しているらしい。
勿論、圧倒的高ステータスに怖気ずいたサヴァンが逃げ帰って一人きりのときである。
流石に人前で四つん這いになるのは、人としての常識と羞恥心が邪魔をしたのだろう。
『虚飾』のスキルの影響で、何をせずとも利益を得るはずだった立場から有栖は転落した。
スキル特化と扱われる後衛から、異世界人に突っ込む突撃隊の主力へ。
成り上がり、ではない。
美味しい位置を逃したただの間抜けである。
赤子と比較されるステータスで戦場に立たされる有栖の運命は──死、の一言で終わらせられた。
次回予告で『有栖、死す』と言われるレベルに、それは予想が容易い。
もはやネタバレの領域だった。
……おい、洒落にならなくなってきたぞ。とりあえず糞神死ね。
冷や汗が背筋を伝う感触が気持ち悪い。
こうなれば、生誕祭前に逃げてしまうのも一つの手だ。
当日、戦闘の出番が回ってくれば間違いなく一太刀で有栖は殺害されるだろう。
それも、元の世界の友人の手で。
蒼崎裕也──その顔を脳裏に思い浮かべて、剣で斬られる場面をご丁寧に想像した。
想像に難くない時点で、その可能性が高いことに頷いた。
『魂塊』もあるのだから戦いに入れば詰むだろう、と。
──だけど、俺はんな事前に諦めたりとかしねぇんだよ。
当然ではあるが、裕也に効く『切り札』を有栖は持っているのだから。
問題なのはその後始末なのだが……
そうこう生誕祭について考えを巡らせていると、
「これで指示は以上だ」
その言葉でサヴァンは有栖達に退室を呼びかけて、早々と打ち合わせは終了した。
ジャラ達には綿密な事前指導をしていたというのに、有栖は殆ど指図されることがなかった。
余計なことは考えず、持ち前の力でとことん暴れろとの達しなのかもしれない。
有栖が命懸けで暴れ回ろうと、駄々をこねる子どもにしか見えないだろうに。
まぁ良いさ、俺は俺の思う通りに動くだけだ。
期待の重さに辟易する有栖は、微妙に格好つけてそんなことを考えた。
だがその反抗期の学生のような台詞には、有栖の悲嘆が込められているのだから泣ける話だ。
十万円払えば有栖に同情して泣いてくれる人も多数いることだろう。
さて、そうして有栖は胸中で企みを練りながら部屋へと戻った。
遂に判明した『虚飾』のスキルにしても、上手く行使する方法も考えなければならないのだ。
山積した考え事に埋もれながら、遠藤有栖は残りの日付を消費していく。
……――……――……――……――……
「うーん」
一方、騎士の鎧に身を包んだ蒼崎裕也は、自分の格好を自室の姿見に映すと、こめかみに手を当てた。
その様子を寝台に腰掛けて見ていた柳川明美が、裕也の体調を気遣ったのか問いかける。
「マジ似合ってると思うけど、裕也的には気に入らないのっ? それとも重かったり?」
「いや、単に気恥かしいだけ。重くはないんだ。膂力が上がったせいか、あんまり部活のユニフォームと変わらない感じ」
「あーねっ! うちもレベル上がって杖とかも超簡単に回せるようになったし!」
明美の方を振り返ると、一メートル半ほどの漆黒に光る杖をバトンのように片手で回転させている。
危ないぞ、と裕也は苦笑いで注意すると「大丈夫! 裕也には当てないよっ」と返答された。
いや、部屋の瓶とかに当てないでよって意味で、寧ろ俺には当ててほしいんだけど。
そんな他愛もないことを願う裕也は肩を竦めた。
裕也が甲冑を装備しているのは、生誕祭に向けてサイズの最終調整するためだ。
アルダリアの「黒髪はむやみに見せる物じゃない」と言うので、兜まで被って当日に臨むのである。
そうでもなければ、裕也が好き好んで防具を装着するはずがなかった。
何故かは言わずもがな、彼の生き様の問題だ。
テンションが常に高い柳川明美に関しても同様のことが言える。
彼女は深い青のローブを纏っており、杖を持つ──異世界における中級魔術師の服装をしていた。
これもアルダリアから指示された隠蔽方法だ。
魔術師は階級、種別ごとにローブの色を周辺国で統一しているらしい。
特殊な魔術師でない限り、初級は青紫、中級は深青、上級は真紅となっているようだ。
専門職である者以外に、上級を越した者達の色もこれには当て嵌らない。
現に、裕也達の召喚に関わった魔術師は灰色や黒色だった。
明美が中級魔術師の装束をしているのには、彼女自身の実力的な問題も含まれてはいる。
しかしレベルが既に十五を突破した彼女は、ステータスと一部の魔術が上級の上位に片足を突っ込んでいた。
異世界人の圧倒的ステータスに、宮廷魔術師達は影で恐れ慄くばかりだった。
彼らの挙動を洞察していた裕也はそのことを知ってはいたが、指摘はしない。
──基本、気に入らない奴相手には中立でいたいしな。
アルダリアには悦(よろこ)んで協力するが、甘い蜜を啜ろうと画策する他の貴族連中には知らん顔だ。
取り立てて裕也には、正義だの悪だの喚いて摘発するだけの気概も信念もなかった。
ふと思って、気安く問うてみる。
「明美は、元の世界とか恋しくなったりしないのか? ずっとその調子だけど」
「へぁ? そりゃうちだって恋しいけど、ってかうち密かにディスられてない!? 裕也うちのこと何だと思ってるの全くもうっ!」
「皆を盛り上げてくれる、掛け替えのない幼馴染み。いやさ、そんなテンション高くて潰れないか心配なんだよ……こんな場所じゃ助かるんだけどね」
裕也と明美は幼稚園からの馴染みであり、中学では別々の学校に行ったものの高校で再会した。
家自体はあまり近くではない。
そのため中学時代には校区の問題で、各々近場の中学に通学していただけである。
別に包丁を刺しつ刺されつのドロドロな色恋沙汰の結果ではなかった。
どこぞの下衆的には「残念」の一言だろうが。
ただ気心は互いに良く知れているのは確かだ。
異世界に召喚されて、信頼できる相手が傍にいることは純粋に嬉しい。
裕也の性癖に関係なく。
明美はしばらく間を空けて、裕也の質問の返答をした。
「……まぁ本音を言うとね、家族とか、友達とか、服とか、CDとかスマホとかテレビとかもう色んなもの置き去りに来させられたんだし、うちだって帰りたいけど……それ言っても始まんないって気づけたし、大体うちがシッカリしてないと裕也、調子狂っちゃうんじゃないかなーっとね!」
「……ありがとうな、毎回さ」
「良いって良いってっ!」
気安い喋り口調で心落ち着けることの、なんと素晴らしきことか。
……やっぱり、明美は帰してやりたいな。
自分のことより他人の気持ちに配慮できる幼馴染みを見て、そう思う。
そして裕也は自分の問いを胸中に訊いてみた。
果たして元の世界は恋しくないのか、と。
家族という言葉で、父の厳格そうな顔と母の優しげな顔が浮かんだ。
友達という言葉で、中学時代の仲間や部活の馬鹿連中との日々が浮かんだ。
そうして──最後に思い浮かんだのは、青白い丸顔の奇妙な名前の少年だった。
人生で最も世話を焼いた男の顔だ。
友達になった経緯は不思議と記憶にない。
趣味が同じだった訳でもなく、部活が同じだった訳でもなく、裕也が男色趣味だった訳でもなく、前世で会った覚えがある訳でもない。
単に、クラス替えの際に席が近かっただけか。
他には時折感じる、人の顔色を窺うような言動が気にかかっていたくらいだ。
思えば、それが取っ掛かりとなって話しかけたのが切っ掛け──だったのかもしれない。
「済まない。二人、中にいるだろうか──?」
ノックと戸外からのアルダリアの声で、裕也は我に返った。
こうして感慨に耽っている場合ではないのだ。
置いてきた物は決して再度掴むことはできないのだと、裕也は悟っていた。
「良し。それじゃ明美、行こうか」
「えーっと、次は打ち合わせ……だっけ? アルダリアさん、優しいけどやっぱ人使い荒いよねっ!」
「……済まない」
「外から返事しなくて良いよっ!」
いつの間にやら意気投合していた二人に、裕也は肩を落としながら、アルダリアの待つ扉へと歩を進めた。
──本番は、間近に迫っていた。
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