18 『騎士と虚偽』
体の気怠さを隠し切れない有栖は、真っ昼間から自室のベッドで横たわっていた。
確実に、昨晩の湯中に潜伏したせいだろう。
有栖としては、五寸釘でワラ人形を突き刺したい気分である。
どうせ行動に移さないただの妄想というのに直接的な抗議を選択しないところ、やはり小物であった。
朝食も喉を通らなかったのも災いして、倦怠感を隠せない。
王宮の食事は現代日本の食事と比べ、味は落ちるものの飲み込める美味さは備えていた。
過去に召喚された異世界人たちの功績か、日本食に似た食べ物も異世界に存在しているようだ。
ただ勿論、食材自体は異世界の物のためまるきり同じものではないのだが。
そう異世界の食事について思考を巡らせて、寝転がって呆としている暇を潰す。
本来であれば別館を探索するつもりだったのだが、今日も体調を慮って動かないことにしたのだ。
そのうち、明日から頑張るとか呟きそうである。
しかし怠さには逆らえず、有栖は寝返りを打つ。
別館の謎を解き、地下の研究所に侵入して、ゾンビへ銃をぶっ放すホラー活劇は始まらないらしい。
ぐだぐだしながら、二十分が経過。
その頃になると、有栖は引っ切りなしにベッドを端から端まで転がり往復していた。
「暇だー……」
不肖有栖、長時間考え事をするのが得意ではなかった。
長考が得手であれば有栖はここまで阿呆ではない。
「ぐ、ぬぬ……虚飾のスキルが超強力な攻撃スキルだったら」
などと、希望的観測を述べ出す始末だ。
パッシブスキルの『虚飾』が攻撃スキルである可能性は断然低いというのに。
さて、そうこう部屋で不毛なことをしていると三度ドアがノックされた。
有栖は跳ねるように起き上がって、居住まいを正してローブを引っかぶり、入り口まで駆けていく。
実に切り替えが早い。
「はい、どなたですか?」
「アリス・エンドーの部屋で間違いないだろうか? 僕はサヴァン・デロ・ガインドと言う者なのだが。聞きたいことがある、扉を開けてくれないか!」
ちょっと待てよこの声、すっげぇ聞き覚えがあんだけど。
戸外からのその声が昨晩聞いた女声と同じ物だと判別して、有栖はピタリと動きを止めた。
どうにも有栖の受難は続行されるらしい。
……――……――……――……――……
「レディの部屋に押し掛けたことは謝ろう」
「いえいえ、お気になさらず。……それで、何の御用でしょうか?」
人懐こい顔を作りながら、有栖は対面している女性を内心警戒しながら問うた。
木製のテーブルを隔てて向こうには、深夜風呂場でフィンダルトと険悪な雰囲気を醸していた女性。
名乗りを聞いた分に、サヴァンという名のようだ。
眼光は有栖を見つめていると優しげなのだが、昨晩の敵意に満ちた鋭さを知っていると萎縮する。
しかし、サヴァンが子ども相手には穏やかな性格で安心した。
フィンダルトと同じ扱いであれば、ベッドの下にでも隠れていたかもしれない。
赤みがかった茶の髪を頭の後ろで纏め、昨晩とは違いポニーテールになっていた。
何より目に付いた変化と言えば、戦場でもあるまいに甲冑を装備していることだ。
銀光を発するそれは、この別館でも見掛ける騎士の格好に類似している。
有栖が観察していると、サヴァンは「ああ」と訪れた理由を口にした。
「ちょっと、肩を並べる冒険者達の実力のほどを知っておかねば、とね。一応、君が最後なんだが」
「それは良いのですが、あー……貴方は一体どちら様で?」
強引に話を進められるのを阻止して、有栖はサヴァンの素性を尋ねる。
そして密かに『心眼』を起動させ、相手の内面にも気を配る準備をした。
「おっと先走りすぎたか、そうだった。改めて名乗らせてもらおう。僕は【熾天の八騎士】の一人、サヴァン・デロ・ガインド。カナリア様に忠誠を誓った騎士だよ。間近に迫った、第二王女アルダリア様の暴走阻止計画では、指揮役みたいな位置かな。僕らみたいな騎士とか、君みたいな冒険者どっちも指示して計画を進める役って感じ。(あの吸血鬼の扱いは計りかねるが)大体、このくらいの説明で理解できた?(十歳ぐらいだろうし、不安だ)」
「ええはい、ありがとうございます! お偉い方なんですね」
「それほどでもないよ(賢い子で助かる……まぁ、あのフィンダルトが選んだ子だし、そうか)」
言葉とは裏腹に、照れ臭そうに数秒顔を背けるサヴァン。
ホント子どもに甘そうだな……面倒くさそうな人、寝泊りしてる部屋に入れたくねぇんだけどなぁ。
だが出入り口で応対するのも失礼だ、ということで中に案内したのだが。
有栖の被害妄想では、無礼に及べば腰に下がる剣の一閃で首が飛ぶ気がしていた。
この異世界の常識とは何かを掴めない有栖としては、迂闊に断ることができないのである。
何がきっかけで相手の地雷を踏むかも知れない。
それにしても、サヴァンは計画の要のようだ。
冒険者の統率や指示もサヴァンが出すらしいが、フィンダルトとは尋常でなく不仲ではなかったろうか。
誰かを仲介したりするのかもしれない。
有栖が考えを巡らせていると、彼女は「そういう訳で」と話を切り出す。
「力量不明の人間は、ちょっと扱いかねる訳だよ。指揮役としてはね? だから──ステータス確認をさせてはくれないだろうか(さて、これで乗ってくるか)」
ほら来たよクソったれ、俺の努力が踏みにじられる展開来たよ今からでも逃げてぇよ!
内面で嘆きに暮れる有栖であるが、これも当然だ。
腐っても計画の駒の一つになるのだから、手のうちを明かさねばならないのは自明の理だった。
駒の力量を知らねば、采配を取ることもままなるまい。
アルダリアにステータスを尋ねられた際には、脅迫して有耶無耶にすることができたが今回は無理だ。
そもそもサヴァンがステータスを開示していないのである。
良心を期待して、有栖は純粋さを装って何気なく、
「ガインドさんのステータスは……?」
「サヴァンで構わないよ、僕も君のことをアリスと呼ばせてもらうから。それと、僕のステータスはアリスが提示したあとにするよ(もし、アリスが僕より強力だったら従わせられないしね)」
よくお分かりでこん畜生。
こうも正論を並べられれば、言い包めたり煙に巻いて足掻くのは得策ではない。
加えて、サヴァンの内面を見るに試されてる感すらある。
ここで隠し通してもプラスには決してならないだろう。
「……スキル欄を伏せても良いのなら」
「ああ、アリスも下世話な明細を書かれた口かい? それなら問題ないよ。(僕も腸煮え繰り返る思いをした)それに、人類種かどうか確かめられれば十全さ」
説明欄の人、やっぱ嫌われてんのな。絶対ぇ同情しねぇけどさ。
過去を暴かれ好き勝手に書かれれば、如何な人間でも怒りを隠せないだろう。
有栖に関しては被害は皆無だが、アルダリアなんかは訴訟しても勝てるレベルで迷惑だろうに。
「人類種かどうか確かめる……というのは、どういう意図が?」
「当然当然、自明な話さ。僕は人類種以外信用していない。吸血種や妖精種、龍種なんかの化け物どもは、僕らと頭の構造が根っから違う。奴らは人類種の常識も道理も理解しない、たかが動物。ステータスは人類種よりも全体的に優れている程度。その自慢の武力も、人類種の最高峰に
「そうなんですか」
熱く語るサヴァンを適当に流して、自分の種別表示が人類種であることに安堵する。
相手の考えなど、はっきり言ってどうでもいい。
そう思って話を聞き流すことは、異世界召喚直前に神から学んでいた。
有栖は、素直にステータスのスキル欄を伏せてサヴァンに提出する。
勿論、無策ではない。
──貧弱ステータスでフィンダルトに強者として呼ばれたってことになってんだ。だったら、スキルが俺の本領だってことになるはず。それだったら別に侮られることもねぇな。まぁでもその方が良いか。開示してないスキルが本命なら、確たる強さをサヴァンは知ることができない訳だ。だから、作戦のときでもあんま大事な戦闘とかに駆り出されたりもしねぇだろ。おお、俺マジ最善。
有栖は高を括るが、所詮後付けのフォローである。
アリス・エヴァンズという名が露見するのは確定なのだ。
エンドーという偽名を使用していることに一言あるかもしれない。
強力な冒険者を呼んだ特殊な環境だからこそ、怪我の功名になったのだ。
いや、なっていた
「な──ぁ、これは……ッ!(何だ、このステータスは)」
「?」
あまりに弱すぎてドン引きしているのか。
サヴァンの慄きように、有栖はそう思ったがどうにもそれとは種類が違う。
彼女の衝撃はどうにも先ほど渡した、有栖のステータスによる物らしい。
有栖は解せずに、『心眼』で彼女の心中に移る自身のステータスを視た。
〜〜〜〜〜〜〜〜
アリス・エヴァンズ Lv1
年齢:──
種別:人類種
《アクティブスキル》
【────】
《パッシブスキル》
【────】
〜〜〜〜〜〜〜〜
…………なにこれ。
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