16 『苦悩』

 さて、アルダリア・フォン・ダーティビルという王女についての見解を述べよう。

 有栖に言わせれば「口調は固いくせ、性格的にも甘く、優しすぎる」という評価に落ち着いた。

 一体何様のつもりなのだろうか。


 穴だらけの有栖の脅迫に耳を貸して、術中に嵌ったこと。

 少女という見た目に絆されて、有栖の心配をしていたこと。


 何もかもの詰めが甘く、復讐と国家転覆、なんて大規模な計画の遂行は不可能な人種だ。

 その失敗が目に見えているからこそ有栖は王宮を出て、諸外国などに逃げ込もうとしていたのである。

 自称リアリストの有栖は得意げにしていた。

 アルダリアの同情できる過去を盗み見ておいて傍観する態度は、けして褒められるモノではないが。

 ただのクズと断じておこう。

 

 もっとも「俺が支えてやんよ」と、豪語できる力が有栖にあれば話は別だったろう。

 有栖は自己顕示欲も強かったのである。

 この元男、欲望に突き動かされて生きていた。

 

 ともかく、やはりと言うべきか第一王女カナリアとサーディ王の知るところだったらしい。

 王宮に集合をかけた四人に向けて、革命阻止計画の面子になることを強制された。

 俗に言う「ここまで聞かれてしまっては生かしておけぬ」という奴だろう。

 ──いや、俺らを殺しはしねーだろうけどさ。  

 

 第一王女の目論見としては、相手が革命に動き出した瞬間をカウンターして一網打尽にするらしい。

 憂いを断つため、体制に文句のある危険分子を始末したいようだ。

 だが王女であるアルダリアと、密かに掌握していた異世界人は生け捕りを念押しさせられた。

 体裁の問題と曲がりなりにも戦力を手放さないため──。

 などという、まともな理由ではなかった。


「リア──我が娘アルダリア、そして異世界人については生きたまま捕縛を試みて欲しいのじゃ。何れも危険分子とは言え、国の貢献に必要な能力は十分に持っておる。無論、アルダリアも革命などと馬鹿げた戯言も単なる夢想でしかない愚行と自らも気付いておるじゃろうよ(リアは昔から賢かった。ワシの言い付けを守らなくなったのも、素直になり切れない性格が所以じゃろう。羞恥心は大事じゃが、もうリアも十九。年頃じゃ。ワシが様々な経験を積ませるには寧ろ遅すぎるくらいじゃろうな)」


「若さ故の過ち、お父様の仰る通りでございましょう(あらあら堪え性もない腐れ外道のお父様ですね、リアには同情しませんが死すれば宜しくて?)」

「善哉、善哉。では頼んだぞ(カナリアのように、従順に躾けるのも親の愛情じゃ)」

「ええ、では冒険者様方はお父様の御言葉通りに(うふふふあは、この老いぼれは何時か始末しなければなりませんね)」


 王様ー、全然従順じゃねぇよカナリアさん暗殺も視野に入れてるよきっとカナリアさん。

 息が合っているのか合っていないのか分からないコンビネーションだった。

 脳内で直接会話しているようだが、心中においてサーディ王に辛辣な王女カナリアだ。


 ──それにしても王様、首を狙われすぎじゃね? どんだけ娘からヘイト貯めてんだよ。

 アルダリアを鎮圧しても、カナリアに暗殺されそうである。

 この国、実のところ平和と正反対の位置にあるのかもしれない。 

 比較的平穏だった現代から来た有栖からすれば、実に物騒な話だった。

 

 そもそも、彼らはアルダリア達が動くタイミングが判っているのか。

 机上の空論であるならば「有栖みたい」という不名誉な称号が贈呈されることだろう。

 勿論、そのような不祥事はなかったのだけれども。 

 カナリアはそれについてフィンダルトに尋ねられた際に、

 

「この時期からすれば、三週間後に控える生誕祭に合わせてくると思われます。わたくし達王女も、父上も御出席なされますので絶好の機会でございます。(お父様は相変わらず脳味噌腐っているとしても、全く忌々しい)更に、妹の考えそうな愚行でございましょうが、建国なさったヤーガ公の生誕日にクーデターを引き起こすことで意味合いを持たせようとしているのでしょう。(一人だけお父様から逃げたリアは、絶対に許さない)ええ、王位継承権を持つわたくしも、まだ年端もない三女も惨たらしく殺されてしまうのでしょう……」 

 

 心中の怨念じみた気持ちを毛ほども出さず、カナリアは眉を曇らせていた。

 憐憫を誘うような表情を意図的に作っているのだ。

 有栖に『心眼』がなければ、まんまとカナリアに乗せられていたかもしれない。

 ガクガクブルブルと有栖はその悪女ぶりに慄いた。 

 二面性のある人間に碌な奴はいないという見本である。


 カナリアの腹黒さが早々に露見したことは置いておいて、生誕祭についてだ。

 厳冬と暑夏の中頃──日本で言う春の五月辺りだろうか──に開催される年に一度の祭りである。

 ダーティビル王国、その建国の父ヤーガ・フォン・ダーティビルの誕生を記念したモノらしい。

 言ってしまえば、国を挙げての大規模な誕生日パーティだ。 

 三日間も生誕祭をするようだが、少し本旨を外してはいないだろうかと小首を傾げたくなるが。

 華やかな祭事を一目見ようと、辺境の者や、はたまた国境を越えて遥々来る者も多いと聞く。

 ちなみに初日と最終日には、何やら式典を王族総出でするようだ。

 始業式なんかの学校長の話並みに退屈なことに違いない、と有栖は決めつけにかかる。

 

 以上有栖が持つ生誕祭の知識だった。

 例によって情報元はアルダリアのため、基礎的なことしか教わっていなかったのである。   

 

「わたくしから伝えることは以上です。皆様方は、その日まで御ゆるりと部屋でお寛ぎ下さいませ。食事は三度、お手洗いから浴場もございますので、御自由にお使い下さい。ただ宿泊して頂く館の外には、決して出ないようにお願い致します(絶対出ないで下さいよ? 絶対ですからね)」 

 

 前振りだろうか。

 

 

 ……――……――……――……――……



「ケッ、気に入らねぇ」 

  

 吐き捨てる有栖は、自室としてあてがわれた部屋にいた。

 以前アルダリアに案内された部屋よりも、些か華美な装飾が抑えられている。

 それはここが王宮の別館であるせいだろう。

 けばけばしさがないため、有栖としてはこの内装が助かる。

 

 何でも、機密の漏洩を防ぐため四人は別館で過ごさねばならないらしい。

 万一アルダリアが生誕祭前に事を構えるときに対応しなければならないからだろう。


 現在アルダリアは王宮不在。

 異世界人の裕也と明美、そしてアルダリア派の騎士らが寝泊りする館は別館から遠方にある。

 彼らには別館に寄り付かないよう言い含めており、さらに万全を期すため四六時中別館の周りを見張っているのだと自慢げに語っていた。

 そこまで万全だったら、逆に不審に思うのではないかと有栖は心配する。

 これで勘繰られていたらギャグだろう。

 きっと程度を見極めて、巧妙に隠蔽している……はずだ。

 

 それにしても、一言も事前に断らずに身柄を拘束とは。

 さしもの有栖でも憤慨を露わにしたかった。

 しなかったが。


 ジャラ達もかなり渋ったが、最終的には了解したようだ。

 国の存亡がどうの──と言われれば、善良らしいジャラは逆らう理由もないから当然かもしれない。

 他のフィンダルトや大男も、特段拒む理由もないからだろう。

 革命により政治基盤が不安定化し、生活が乱されるのを阻止したいと思うのはおかしくない。

 ここに集められた冒険者は、全てこの街の住人なのだから各々のそれと直結しているのだから。


 けれども、善良とは言えない天邪鬼にして低俗、加えて異世界人の有栖は別である。

 

「気に入らない、気に入らねぇぞ……クソったれ」 

 

 有栖はいても立ってもいられず、机の周りを忙しなく回る。

 一体自分は何が気に食わないのか。

 そんなことも明確には解せずに、苛立ちが募る。

 カナリアの性格にか、空腹か、あの神を想起させるような王を見たからか、それは判然としない。 

 オッズが一段と低いのは「ひもじさに耐えかねた」である。

 

 ぶつぶつと口に出す有栖は、鬱屈を解放しようと皺一つない白いシーツに向かって飛び込んだ。

 アルダリアのお節介を焼いたときのお姫様ベッドではない。

 普通の、しかし三人は余裕で横になって安眠できるだろう広いベッドだった。

 そこで一息つくと、有栖は真面目に思考を始める。

 無論、このまま大人しくするかどうかについて、だ。

 

 アルダリアから逃走した理由は前述の通り、その失敗が目に見えていたから。

 であれば、フィンダルトらを味方に付けたカナリア側に下っているこの状況を甘受すれば良い。


 熟考せずとも、この提案は有栖にとってメリットが多かった。

 王宮から直々に褒美もあるそうだ。

 それは脅迫したときのように後ろ暗い方法ではないため、憂慮すべきことも減る。

 革命騒ぎを鎮圧したなら、有栖がこの街から離れずとも済む。

 名声も少なからず手に入るだろう。

 化け物ステータスのフィンダルトに打ち勝てる駒など、アルダリアには有るはずがない。

 裕也や柳川明美では三週間で如何な急成長を遂げようと、成長する時間も足りないだろう。

 異世界人以上の駒を所有していない可能性が高いため、それで終わり。

 有栖が頑張る必要性もなく、ただ漫然と過ごすだけで良いのだ。

 命を懸けることなく怠慢に溺れていれば成功する。

 断る所以は何もない。

 

 何もないハズ、なのだが。

 ──裕也、か。

 『心眼』によって彼の生き様がマゾヒストだったことを知った、元の世界での友人を思い出した。

 有栖と同じく王宮にいるだろうあのマゾは、アルダリアの下で満足しているのだろうか。

 不服であるのなら、それを口実にして決断できるのだが。

 たとえアブノーマルな男でも、数少ない友人だったのである。

 助けたい気持ちもゼロではない。

   

 なんと意外にも有栖には義理や人情の類いが残っていたらしい。 

 ……え、明美? 誰それ。

 どうやら、有栖が義理人情を見せた気がしたのは錯覚だったらしい。 

  

 依然煮え切らない自分の頭を掻き毟り、一頻りやって疲れるとそのままベッドを転がる。

  

「とりあえず飯をくれぇ……」 

  

 途中で思考を放棄した有栖は、空いた腹を抑える。

 問題ない、何と言っても残り三週間もあるのだ。

 考えなしでグズの有栖でも、その間に腹を決めないことなど有り得まい。

 まさかそんなこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのまさかだったと有栖が愕然とするのは、十数日後の生誕祭前日である。

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