15 『誘い』
また、戻ってきちまった……。
有栖は恨みを込めて、奥から絞り出すように息を吐き出した。
フードの隙間からジトリとした目つきで、周囲の既視感満載の豪奢な内装を見渡す。
コンサートホールかと勘違いしそうな無駄に高い天井には──何らかの物語の一場面であろうか。
羽の生えたひとがたが偉丈夫に剣を渡す、という随分と仰々しい絵が描かれている。
視線を落とし、次は地面だ。
高級感を失わない派手でない赤色のカーペットが、有栖たちの足元に敷いてある。
それは意匠の凝った木彫りの扉を終端とし、数段の登り階段を流れ、始流には座り心地良さそうな椅子が。
椅子には五十代はとうに過ぎているだろう、白髭を蓄えた老人が腰を下ろしている。
恰幅はよく、冠を頭に乗せており、着ている服は赤と白のツートンカラーの上着が窺えた。
小、中学生に「RPGに出てくる王様書いて」と言えば、間違いなく描かれるだろう風体だった。
段下から見上げる格好の有栖には、大体それくらいが把握できる。
まるで王間のようだ──との、一般的な感想はこの場では冗談にもならない。
ここが真実、ダーティビル王国の玉座がある王の間なのだから。
有栖はとりあえず『心眼』を使用しつつ、室内に立つ人間を見ていく。
有栖のいる辺りに固められたのは自分も合わせ四人だ。
この状況に波風立てない笑顔のジャラ。
不信感を内面で沸騰させながらも表情は微笑んでいるフィンダルト。
事態に困惑を見せるも引きつり笑いをしている、名も知らぬ大男。
そして空気を読んで笑みを浮かべておく有栖。
何だこの気味の悪い笑顔の集団は、と有栖は愕然とする。
しかも、『心眼』で見通せしたところ心から笑っているのがジャラ一人なのだ。
何これ怖い。
有栖は上辺だけを繕う自分たちに引いていた。
アットホームな職場という信用ならない文句を実演するとこうなる、薄ら寒い光景がそこにあった。
それに戸惑いを覚えているのは、有栖らを挟むようにしてカーペットの外側に並ぶ者たちだ。
ここへと連れてきた騎士たちと同様の格好をしており、おそらくは用心棒か何かだろう。
確かに冒険者などならず者だ。
そんなチンピラ紛いの連中と王が相対するというのだから、何かが狂っている。
さて口火を切ったのは、威厳溢れた王──サーディ・フォン・ダーティビルからだった。
アルダリアのステータスによれば、娘を異性として見る変態だったか。
心置きなく軽蔑しようと有栖は歓喜する。
だから有栖は性根が悪いのだ。
「国としても大事じゃ。ここでの事は内密に頼むぞ(至高の宝たる我が愛娘を下賤な者共の視界に触れさせるなど冒涜的じゃがな。いっそ下郎共の目を潰したいモノじゃ。美しい物は目にした者を端から潰していくのが道理──が、尊き物を穢すのも悪くはない)」
第一声から飛ばしてんな王様。ってか、よく関係ねぇこと考えながら喋れるなぁ、おい。
有栖は変態認定を確信に変えて、状況の推移を見守る。
「ええ、承知しておりますともぉ。特別に王まで通されるのですし、非常にマズい感じですよねぇ(この場で命の危機はないだろうけれどぉ、臨戦態勢は取っておいた方が良いかしらねぇ)」
「口を慎め……! 殿下の御前だぞ(そもそも殿下は何故このような者たちを?)」
フィンダルトの軽々しい口調を、側の騎士が小声で咎める。
心境を視る限りでは、身辺警護の騎士たちも用を知らされていないらしい。
それに対してサーディ王は「構わん。此度の用はワシのモノではない」と目配せをした。
「そうでございますわ、お話はわたくしから」
その声で玉座の向かって左側の幕から、おっとりとした美声がすると共に一人の女性が姿を見せる。
ディープブルーの煌びやかなドレスで着飾ったその女は、無駄のない美しい顔立ちをしていた。
十人が彼女を通り過ぎれば、十一人が振り向くような美貌、と有栖は表す。
一人いてはならない者が振り向いている、実にホラーチックな比喩表現である。
髪色はアルダリアと同じく純白だ。
街中では一度もその髪を見なかったことから、黒髪と同様に貴重なものなのかもしれない。
垂れた眦(まなじり)から優しげな印象を受ける、碧眼の女性だった。
──見るからにお姉さんタイプ。高飛車そうな言葉遣いはアレだけど、なかなかやるじゃないか。
妙に上から目線で有栖は評価を下す。
しかし権力に有栖の体は逆らえないらしい。
王族の前では畏まって、視線を俯き加減にした。
良識はあるとも言えなくもないが、つくづく豪胆さという物が足りていない有栖である。
「初めまして皆様方。生誕祭や建国祭で目にした方もいらっしゃるでしょうが、改めて。わたくし、第一王女のカナリア・フォン・ダーティビルと申します。以後、お見知りおきを」
彼女は玉座の横で立ち止まると、一礼をする。
それは言葉を失うほどに流麗な辞儀で、下衆な有栖も息を呑む。
一挙一動が絵になるようだ。
近辺のジャラ以外の者は皆、普段は間近に見られない彼女の美に見入っているらしい。
アルダリアも気品はあったものの、これ程ではなかった。
彼女から滲み出る苦労人感で、優雅さに目が行っていなかったというのは多分ないと自己診断をする。
ちなみに有栖の自己診断は十割ほど失敗するらしい。
──それにしても、アルダリアじゃねーってんなら何の用だっつの。
有栖は腹が減っていた。
一時間ほど待ってくれるはずだったのだが、話の流れで連れ出されてしまったのである。
そしてジャラ含め集合する腕利き四人が揃って、そのまま王宮へ、だ。
食事を摂る暇もなかったため、有栖は朝食抜きで臨んでいる訳だった。
俺のお子様ランチの代金弁償で許してやる、などと有栖は心の狭いことを愚痴り始める。
いや、豪勢な食事を要求したり金を求めない分、意外と心は広いのかもしれない。
有栖の内心の苛立ちと空腹が通じた訳ではないだろうが、ジャラが急かすように話を促す。
「おお感激ですね、あの王女様ですか。して、俺たちに何の御用で?」
「だから貴様ら、先程から礼を欠いて──」
「申し訳ないわねぇ。あたしら無法者に礼儀を説かれても出来もしませんよぉ」
なおも手厳しい指摘をする騎士をフィンダルトが黙らせる。
そんな言い分で通るのか不思議なのだが、ここで割り込む勇気はない。
騎士を一瞥した後、ジャラは段上のカナリアを臆せず見据えていた。
それに応えるようにしてカナリアも「単刀直入に申し上げましょう」と本題へ入る。
「わたくしの妹──アルダリア・フォン・ダーティビルの愚かな企みを潰すお手伝いをしてくれませんか?(うふふはは……あの裏切り者の愚妹は、お父様に食べられてしまえば良いんですよ)」
──なにこのひとこわい。
カナリアの心中の台詞に絶句した有栖は、珍しく正論を零した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます