14 『火種』

「……わっけ分かんねぇ!」


 体をベッドに大の字に倒れ込ませながら、有栖は嘆きの声を上げた。 

 鳥のさえずりが不意に耳に入り、変に冴えた目元を擦って窓を見れば、外はすっかり明るくなっていた。

 謎のスキルを発見した深夜から、結局朝までステータス画面と睨めっこしていたことになる。

 

 ──何しても伏せてある文字が読めねぇっつーか、説明欄の人仕事放棄してんじゃねぇよ!

 炙り出し、薄目で読む、『心眼』を使う、凝視する、時間経過で浮かび上がらないか待ってみたり。

 様々な方法を試してみても、『虚飾』というスキルの全容はまるで掴めなかった。

 

 有栖はやけ気味に、もう何度も見た『虚飾』のスキル説明を一瞥する。


 〜〜〜〜〜〜〜〜


 【虚飾】

 人の罪を司る伝承性のスキル。

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 傲慢と併合されていた旧き大罪。

 身の丈に合わぬ言動は、時として運命をも覆す。

 無論、大いなる代償も危難も抱え込むことと成る。


 〜〜〜〜〜〜〜〜


 その伏せられていない説明欄には、見覚えのある『傲慢』の字があった。

 傲慢が関係しているのならおそらく七瀬黒と対決した際、何らかの条件を満たして取得したのだろう。

 検討もつかないことに加えて、有栖としては気にかけることでもない。

 動機など推測しても武力が得られる訳でも、腹が満たされる訳でもないのだ。


 重要なのは、その能力の内容だけだった。 

 その確認が不可能では、賽銭箱に自分が投げ入れた金を入る直前でキャッチして帰るくらいに無意味だ。

 こんな下らない比喩を考えるくらいに無意味なのだ。

 

 ──強そうなスキルっぽいんだがなぁ。

 残る説明文は「反則的に強力だ」と暗に示すような思わせぶりである。

 運命を覆す、代償……漫画知識で語るのであれば、これで強力なスキルでなかったら詐欺だ。

 もしそうでなかったら説明欄の人を訴えてやる。

 気概だけは十分の有栖だった。 


 しかし最後の一文「無論、大いなる代償も危難も抱え込むことと成る」が嫌な予感しかしない。

 明らかに余計な文章である。

 契約書に小さく書かれている注意事項としか思えない。

 

 ──不幸の呼び水じゃねぇよな、まさかな。ハハッ。

 世界的に人気な鼠のキャラクターのように笑うと、有栖はいい加減我慢できず瞼を下ろす。

 徹夜のおかげで頭がハイだ。

 このまま朝食へ向かうことも可能だが、貧弱なこの体は途中で力尽きることもありうる。

 そのため睡眠は摂っておかねばなるまい。


 一時間ほど寝付けなかったが、しばらく横になっていると眠気が襲ってくる。

 それに身を任せ、有栖は深い眠りへと沈んでいった。



 ……――……――……――……――……




 昼前には起床し、よたよたとサラの食堂を訪れた。

 有栖の綺麗なはずの髪は今、寝癖で飛び跳ねて雑草のようである。

 元の世界で頭髪に無頓着だったのが災いしていた。

 別に元の世界で有栖がハゲていた訳ではない。

 頭髪検査があるとき、前日に適当に切るくらいだったのである。

 別に元の世界で有栖がハゲていた訳ではない。 


 幸い、この有栖はロングヘアでもなく、フードを被っているため、取り立てて騒ぐほどでもないレベルで収まっている。

 ただ有栖としては面倒臭くてやっていられない。

 だから有栖は下着を変えるのも一日置きで、風呂に入るという考えすら抜けていたのだろう。 

 ずぼら加減が酷い。

 

 そういうことは後でフィンダルトに尋ねるとしよう、今は重要ではないことだ。

 有栖は空いている席に座り、 テーブルに一枚乗るメニューをぱっと見てみる。


 オーク肉の煮付け、ミリス風ザノバ飯、お子様セット、店長のお勧め、ゲティウム定食……。


 独自単語は【言語翻訳C】で見覚えのある単語に変換されているらしい。

 ただ、モンスターの名前やら国の名前は翻訳しようがないのだろうそのままだ。

 それにしてもオークである。

 エロゲでは定番のアレ──変態神の嗜好を鑑みると非常に危険なモンスターだ。

 食する勇気は、チキンの有栖にはあるはずもなく。

 

 良く判らないなりに、銅貨五枚ほどの一番安いお子様セットを通りかかった従業員に注文した。

 容姿と腹の空き具合ではなく、ただ有栖がケチなだけというのが悲しい。

 

 その待ち時間に有栖は、少々上の空で物思いに耽る。

 すなわち、このまま街にいても良いのだろうか、という問題についてだ。

 昨日の朝までは「とりあえずアルダリアの革命騒ぎ前に逃げたい」と思って行動していた。

 しかし『傲慢』戦後、ここで些かの信頼を勝ち得てしまって有栖は困惑気味に迷っている。

 

 地盤が固まりだしたこと、そして陽気な冒険者たちの輪に加わるのが居心地良くなってしまったこと。

 その二つは、有栖としては捨て難い。

 なにせ、何が起こるか見当もつかない異世界だ。

 一度手にした物を、もう一度掴むことができるという保証などない。

 それゆえに、それらを手放すことを惜しんでいた。

 

 ──つっても、俺はまだ外に出て生活する場所のコネを手に入れてない。滞在時間は引き延ばしだな。

 長々と延期を繰り返す予兆の名目を掲げる。

 言い訳をするのは得意なクズの有栖だった。

 

 気分を変えようと、有栖は店内に視線を巡らせる。

 フィンダルトは食事を運んだりと真面目に働いているようだ。

 胸の揺れに目を奪われながらも他を見回して、ジャラ達がこの場にいないことに気づく。

 

 まさか寝坊か? 見た目と同じで随分とだらしねぇな。

 頭から雑草を生やし、昼前まで眠っていた有栖が何か言っていた。

 


「食事中、申し訳ありません──ディクローズ殿、デンボルトン殿はいらっしゃいますか!」

 

 

 唐突に、声高な呼び出しがサラの食堂内に響いた。

 胡乱に有栖がそちらへと目を向けると、甲冑姿の二人組の男が入り口付近に立っている。

 鈍色の鎧を装着してはいるが、兜は腰に吊り下がっているようだ。

 彫りが深い顔立ちだが、なかなかにイケメンと称することに何の抵抗もない。 

 死ねイケメン爆発しろ、と有栖は条件反射でそう思った。


 有栖の醜い私的な感情は抜きにしても、一体彼らは何者なのか。

 彼らの姿は、アリスの知識で言うのなら「騎士」のように見受けられる。

 いや、きっとそうなのだろう。

 あれで宗教勧誘や新聞配達員とは思えない、間違いなく騎士だ。

 色々とおかしな判断基準を持つ有栖であった。

 

 その声に返答したのは、奥の席で客の注文を聞いていたフィンダルトである。

 

「あたしならここに……と、あらぁ。騎士様がわざわざ何のご用事で」 

「はっ! この国でも指折りの実力を持つお二人を、王宮にとの命を預かっております」

「間が悪かったわねぇ、ジャラならダンジョン近くで聞き込みしているはずだけれどぉ……呼んできましょうかぁ?」

「それは是非。火急の用ではありませんが、半刻ほどで行って頂けると」

 

 結構急いでんじゃねぇか、半刻って大体一時間ぐらいだろうし。

 騎士の言葉に他人事で考えている有栖だった。

 有栖を王宮に呼び出しと言えばアルダリアが連れ戻しに来たと思うが、今回そうではない。

 あくまで呼び出されたのはフィンダルトとジャラ。

 つまり、何事かは知らないが有栖は無関係な物事であると考えるのが妥当だ。

 ──ってか飯くるの遅ぇな。


「あたしとジャラ二人、誰が何の用かは向こうでってことねぇ」

「……ああ、申し訳ありません。追加で顔のお広いディクローズ殿に一つ頼みごとが」 

「何でしょう? あまり無茶なことだったらお断りしますけどぉ」 

「いえ、無理でしたら大丈夫です。……可能であれば、貴女方を含めた五人以内で腕の立つ者を集めて欲しいと」 

「要するに、実力のある冒険者もあたし達同様にお呼ばれしている訳ねぇ。でも大抵の子はダンジョンに籠り切ってる人も多いしぃ。こう、上手いことすぐ近くに誰かいるか──と」  


 フィンダルトは店内を見回すようにして、ちょうど呆としている有栖と目が合う。

 不吉なことに彼女の紅の瞳は、ギラリと妖しく輝いたように見えた。

 まるで肉食獣が今晩の晩飯にぴったりの動物を発見したようである。


 薄ら寒い感覚が心中を通り抜けたが、もはや有栖に逃げる術はないらしい。

 小心者特有の予知能力で、腹痛を訴えて食堂を飛び出そうとしたがフィンダルトの言葉に阻止される。

 

「私、実は腹痛で」

「抵抗してあまり目立つことは、ねぇ?」

 

 サラの食堂内の冒険者、その視線が腹を抱えて立つ有栖に向いていることに気づく。

 ここで強引に言い訳をしても自分の株が下がるのみと悟り、有栖は素直を取り繕うことにした。

 非常に不本意ながら、だが。



「要望通りの子、集められそうだから安心して良さそうよぉ────ねぇー、アリスちゃん」 

「…………はーい」



 願わくば面倒ごとではありませんように、と有栖は神に祈った。

 普段は貶してるくせ、有栖は実に都合の良い人間であった。

 

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