13 『詰問と虚飾』
「──さてぇ、アリスちゃん。あたしがこれから尋ねられること、判ってるぅ?」
「いえ、全く。私としては皆さんと一緒にダンジョンへと洒落込みたかったのですが、わざわざ私に何の御用でしょう?」
甘い響きのあるフィンダルトの声音に、有栖は顔色に些かの色も含ませずに素っ惚けた。
二人が対面しているのは、有栖が滞在している宿屋の一室である。
窓からはちょうど橙黄色の斜陽が差し込んでおり、それは寝台に腰掛ける有栖を背後から照らしていた。
後光のようだ、と表現するには有栖の徳が低すぎて笑い話にしかならないが。
目の前の椅子に座るフィンダルトは、その日光が当たらない影に椅子を置いて座っている。
彼女は昼時のエプロン姿のままであり、着替える暇を惜しんで訪れたことは明白だ。
吊り上がった紅の瞳は、鋭く有栖を貫いている。
──え、何この面接官が発する変に威圧的な空気。
中学受験しか経験したことのない有栖でも、こういう圧力には滅法苦手意識がある。
ボロを出さない、という得意技を持つ有栖でも胃に悪い雰囲気には耐え難いのだ。
智謀に長けたように見せかけているハリボテ有栖は脳筋だった。
実際の筋力は皆無であるため、なんとも救いようがない。
何故に、このような状況におかれたのか。
サラの食堂にて、皆で腹空かしにダンジョンへ浅い階層を潜るためいよいよ出発した頃だった。
真の実力を知られるのも損だ、と虚栄に甘んじるため有栖は一人宿に戻ろうとしたのだ。
そのときにフィンダルトに呼び止められ「聞きたいことがあるから二人で話せる場所へ行こう」などと誘われたのである。
女性に誘われたことは初めての有栖。
しかしお相手が吸血鬼で、自身を遥かに凌ぐステータスともなれば、浮き立つことはできない。
寧ろ、浮き足立つ羽目に陥った。
さらに意味深長にも、先ほどの集まりを遠目に見ていた柄の悪い冒険者たちにも目配せをしていた。
なんだ喝上げかと慄きながらも、観念してこの有様である。
圧巻のステータスには勝てなかったよ……物理にも弱い有栖はかっくりと項垂れたのだった。
と、有栖が回想するのも長かったが、フィンダルトがこちらを凝視する時間はそれ以上に長い。
むず痒い。
居心地の悪さで言うなら、男がチアリーダーの格好で電車に乗るくらいに。
無論、経験はないのだが。
経験があったら変態の烙印を押されている。
しかしそれはそれで、世の中に絶望し首吊ったあと、普通の異世界トリップができたかもしれない。
──なんてこった、そんな裏技があったなんて。
変態神を避けるあまり、自分が変態になってどうするのか。
根本的に、有栖は考えが足りていなかった。
妙な間のあと、フィンダルトはカマかけを止めたのか遂に話を切り出してくる。
「ジャラ達から話を聞いたようだとぉ、貴女は一歩も引かずに異世界人と対峙したそうじゃない。それが、ちょっと頭に引っ掛かってねぇ。相手は異世界人、近代兵器にして各国で濫用される『世界を荒らし尽くした者』なのよぉ? 余程の──まぁ、殆どありはしないだろうけど、南東の辺鄙な地域でもなければ、お伽話の悪役として登場させるくらいの恐怖の象徴ねぇ。しかも、それが猛威を振るった光景も見たはずよぅ。なのにぃ平気な顔で相手取って、あまつさえ皆が掛かったスキルの影響を受けなかった」
「……話が迂遠すぎませんか? とどのつまり、何が言いたいのです」
「初級魔術師にしては、肝が座りすぎじゃないかしらぁってことよ」
それでもまだ遠回しな言い方だ。
抗議しようと口を開きかけたところ、彼女の次いでの言葉が補足する。
「貴女は、初級魔術師の皮を被った『別物』じゃあないのぉ、って言いたいのよぉ……どうかしらぁ?」
大正解だった。
それにしても前口上が長すぎて、一言で済ませれば良いのにとも思わなくもない。
──正解正解、だけど俺、この美味しい認識は解きたくないんだよなぁ。
有栖は『傲慢』との一件の後、冒険者達に「姿を偽装した実力者」と評されている節がある。
その根拠は、有栖と七瀬の会話だ。
畏怖の対象である異世界人を、自信満々に翻弄し切ったのだからそう思うのも当然である。
あれが全て虚言という方がおかしい。
それが真実なのだから、なかなかに狂っている。
有栖は一度表情を消してのち、「そうかもしれませんね」と笑みを零す。
不気味な強キャラアピールを忘れない有栖。
これでフィンダルトの気に触って殴られたら、特急であの世行きである。
強者臭を出した直後に即死、あまりにシュールすぎる展開だった。
そのため、『心眼』を起動させて逐一彼女の心境を覗き見ることにする。
ただそこは、本物の実力者たるフィンダルトだ。
チンピラよろしく掴みに掛かることはしないらしい。
彼女は有栖の余裕の笑みに対しても腹立てることはなく、やれやれと肩を竦めた。
「貴女が何者かなんて、あたしは本質的に問いたださないわぁ。そういう、あたしにとって無意味なことに心を奪われたくないもの──だから、問うのは一つだけよぉ。貴女はこの街の冒険者に、何か害を加えるつもりなのかしらぁ?(頷いたら殺さないとねぇ、異世界人に顔色一つ変えずにあしらった実力がどうであれ。ジャラ達を正体不明の危険に晒すなんて、あってはならないわぁ)」
──なんか心中が酷く物騒なんですがそれは。
ガタガタ部屋の隅で震える準備がOKな有栖に選択肢などないらしい。
それにしても至極真面目にフィンダルトはそう問うたことは意外だった。
如何な身の上だろうと良いが、害を為すものは誰であろうが排除する。
その信条が第一とは、なんて人情味に溢れた吸血鬼だろう。
彼女からとってみれば、人間など飲料水程度の認識で問題ないはずだろうに。
有栖は努めて軽い調子で、
「大丈夫ですよ、私の目的は単に気紛れな観光ですから。万に一つも害することなどありません」
正確には危害を与える行動すらできないだけである。
その言葉に、深く安堵したようにフィンダルトは「ふー」と空気を吐いた。
「だったら、この話はこれでお終いねぇ──終わった後で言い訳がましいけどぉ、一応牽制のためだったのよぅ。さっきは素直な連中が囲っていたけど、当然出る杭を打つ連中も少なからずいるわけよぉ。その連中がアリスちゃんに手を出してくる前に、あたしが話を、ね」
「そうですか。ありがたいことです」
「時間を取ったことは謝るわぁ……あたしとしては、異世界人から救ってくれたアリスちゃんには本当に感謝しているんだからぁ(魔眼持ちというところからして只者ではなさそうよねぇ。出来る限り見張っておく必要もありそうだわぁ)」
ストーキングとか、え、マジで?
吸血鬼が四六時中見守ってくれるらしい。
あまりの感動で、有栖は全てを白状したくなった。
……正直、勘弁願いたい。
そもそも最初からゴロツキへの牽制だって話せよ、無駄に緊張しただろうが!
回りくどい言い方へも憤慨する有栖は、それでも寛容そうに微笑んだ。
内外の態度が乖離甚だしいことこの上ない。
この後、つつがなく話し合いを終えた。
フィンダルトに忠告として「あまり目立つ行いは当分控えること」を約束させられた。
それもそうだ。
有栖を目障りに感じている人間が、フィンダルトに「おい釘刺したんじゃねぇのかクソったれ仕方ねぇ俺が調子こいてる嬢ちゃんに大人の階段登らせてやるぜうげへへへ」と言う姿が目に浮かぶようだった。
きっと有栖と同種だから想像しやすかったに違いない。
有栖とフィンダルトがサラの食堂に戻った時分となると、既にどっぷりと日は沈んでおり、ダンジョン組は既に帰還していたようで、酒を派手に飲み交わす宴会騒ぎとなっていた。
独特な酒の芳香が、昼間よりも濃厚に鼻を突く。
ただ、飲み比べなどを始める酔っ払いどもを眺めていると自然と顔がほころんでしまうのはどうしてだろう。
財布係こと冒険者Aと思われる悲鳴に、酔ってもハッピーハッピー煩わしいジャラの声、近付くロリコン冒険者を無視しつつ、隣で中年の頭髪も薄い冒険者が泣きながら自らの故郷の家族を語っているのを聞く。
コップに注がれた、オレンジに近い飲料をちびちびと舐めながら有栖は思う。
──つまみが欲しい。
当然、有栖が、飲んでいる物はジュースだ。
背伸びしたい年頃なのだろう。
飲めや歌えや脱げやの騒ぎは深夜でも続いた。
幕を下ろしたのは、日付も変わった頃だ。
サラの食堂の椅子や床に転がる男どもの屍を乗り越えて、有栖は宿へと戻った。
そして即、ベッドに飛び込んだ。
死戦を何度も通り抜けた一日だった。
あまりの疲労が、小さな体にのしかかり何も考えられない。
宴会では常に誰かと絡まれたせいで、
ただ、泥みたく眠りたかった。
横たわってすぐに、有栖は思い出したかのようにステータス画面を開いた。
有栖のこの体力消費が、一体ステータスに如何な変化を与えるのか確かめたかったのかもしれない。
このとき有栖は特に何も考えていなかったため、その後の推測でしかないのだが。
──あ? んだ、このスキル。
霞む視界に、見覚えのないスキルが見えた。
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アリス・エヴァンズ Lv1
年齢:──
種別:人類種
《アクティブスキル》
【
視界範囲内の、精神を宿した者の心を
抱え込む隠匿はこの能力の前に等しく無力である、女神の澄み切った瞳。
《パッシブスキル》
【言語翻訳C】
世界を移動する際に自動付与されるスキル。
他世界の標準言語を、アリスが認識できる言語に自動翻訳する。
【虚飾】
人の罪を司る伝承性のスキル。
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傲慢と併合されていた旧き大罪。
身の丈に合わぬ言動は、時として運命をも覆す。
無論、大いなる代償も危難も抱え込むことと成る。
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