12 『融和と最期』
昼下がりのサラの食堂は、いつもながらに盛況だった。
腹を空かせた冒険者たちが机を囲み、ダンジョンの構造やら雑談などに花を咲かせる。
そして室内には、思わず涎が垂れそうになる肉の香りが充満しているのだ。
ただ今日は、それが少し異なっていた。
有栖は作り笑いをする裏側で、周りをぐるっと男共に囲まれた状況に辟易していた。
サラの食堂の真ん中を占める席に座らされた有栖は、先刻の広場にいた冒険者たちに担がれてきたのだ。
ただ、貞操の危機とかそういうことではない。
「嬢ちゃん、小せぇのにスゲェのな! 異世界人に一歩も退かずになぁ」
「姉さんと話してても退かなかったクソ根性、グッドだぜ」
「初級の癖に生意気だが、認めないこともない」
「やはり俺が見込んだ女だぜ」
「お前は一体何様のつもりなんだ……」
「誰か担架を持ってきてくれ! こんな子を女と見てる奴がいるんだ!」
「まぁまぁ皆、感謝してハッピーなんだね! これじゃ俺もますます嬉しくなるなぁ!」
「役立たずのSSランクが何か言ってんぜ」
「肝心な時に役立たねぇのがジャラだろ! いい加減にしろ」
と、同時多発的に喋ったあとに周囲の皆で大笑いしている。
賞賛されたり、男のツンデレを見させられたり、ロリコンが紛れ込んでたり……聞くだけで精一杯だ。
ここまで大人数に囲まれた中、『心眼』を使うと視界が文字で埋め尽くされるため使用していない。
連れられてくる際に一度使って、大丈夫そうだと点検してはおいたが。
とりあえずロリコンは出て行け、と有栖は思う。
どうにも、七瀬を成敗したことで冒険者から気に入られてしまったらしい。
『傲慢』により硬直はしていた彼らだが、有栖と七瀬の対話は耳に入っていたようである。
物怖じしない様子で、気に食わない異世界人を去なした事実は冒険者に衝撃を与えたようだ。
ちなみに、あの後の七瀬については滅多打ちにされて王国へと引き渡されることになった。
何処から派遣された異世界人なのかを尋問しなければならないようで。
とりあえず拷問にでも架けられるのではなかろうか、など偏見丸出しの憶測を垂れる。
また、負傷した者の大半は診療所らしき場所へと運ばれたらしい。
軽傷の者は、その場に居合わせていた回復系統の魔術を専門的に扱う回復魔術師の世話になっていた。
ただそれが、筋肉逞しい男だったため夢を壊された気分だ。
こういうポジションは女性ではないのか、と有栖は叫びたくなる。
有栖の勝手なイメージの押し付けは止めてもらいたいものだ。
──それにしても、俺が黒髪なこと口に出さなくてホント良かったわ。
こんなときでもローブを目深に被る有栖は、ほっと安堵のため息を吐く。
自分が異世界人だとしれたら、果たして良い印象を抱かれるかどうか。
そういう部分を打算的に考えるところが、やはり小物じみている有栖だった。
それにしても男が多い。
女性も確かにあの場にいたようだが、群がってきたのは二十代以上の男ばかりである。
人良さそうな者に、悪人面の者、気乗りの良い中年に、調子良さそそうな腑抜けた面の者。
バリエーションに富んだ逆ハーレムと言えば聞こえは良いかもしれない。
寧ろ悪いか。
勿論、元男の有栖は全く嬉しくない状況である。
女性の皆さんは急遽俺をここから連れ出してちやほやしてくれ、と思っていた。
そしてできればヒモになりたい、とも。
有栖は典型的なクズであった。
有栖が当惑し内心嫌悪感満載にしていると、ジャラがそう言えば、と切り出してきた。
「フィンダルトと俺は自己紹介したけど、君とはまだしてなかったね。名前も聞いてないとはとんだ失態だ」
「あ、そうでしたね」
言われて思いついたように有栖ははにかんだ。
げっ、ステータス見せたくなかったから流してのに余計なこと思い出しやがって。
歯軋りする有栖は、それでも周囲の誰にもそれに気づかせずに名前を言った。
「アリス・エンドーです」
意地でも神の名前を口に出したくない有栖は、本名をひっくり返して名乗っておいた。
ざまぁみろ糞神、と無駄に心の中で勝ち誇る小心者の有栖だった。
加えて、見栄のために伏せる箇所が多すぎてステータスを渡さない点もなかなかポイントが高い。
ポイントとは、チキンポイントのことである。
「自己紹介実に嬉しいよ! それにしてもへぇ、変わった名前だね。じゃあ俺はエンドーちゃんって呼べば良いのかな?」
「アリス、で構いませんよ」
「分かったよアリス! うん良い名前だ」
ああ、良い名前だな。男に付ける物では絶対にないけどな!
久々に有栖のコンプレックスを内心で発露する。
当然ながら囲う冒険者たちもその名前を聞いているため、有栖の実名は拡散することとなった。
だがデメリットはない。
アルダリアも、有栖の名前を知らないのだ。
ステータス確認に来た彼女を、開口一番脅迫した有栖は最善手を取っていたのかもしれない。
やはり天才か……と有栖は自画自賛をしていた。
結果論でしかないとは考えないのが有栖クオリティ。
色々と盛り上がりを見せていた冒険者達は、不意に更に色めき立った。
彼らの視線が厨房の方向を向いており、有栖が何事だろうかと人垣の合間から覗き見る。
そこにいたのは、ボスステータスさんことフィンダルトだ。
なぜか、サラの食堂の従業員が着用するエプロン姿である。
盛り上がった胸の双丘に目を奪われてしまう、悲しい男の性に翻弄された。
しかし天下の吸血鬼様がバイトでもしているのだろうか。
「アンタら、一体何やってるのよぉ。営業の邪魔でしょ、ほぉら散った散った」
「姉さん今まで何処にいたんだよ! さっきまで俺たちうっかり死にかけたんだぜ!?」
「はいはい、冒険者なら当たり前でしょうがぁ」
それもそうだな、と有栖も頷く。
戦闘能力必須の冒険者ならば、死の瀬戸際を体験するのは日常茶飯事だろう。
そこに割り込んできたのは、笑顔が満点なジャラである。
「待ってよフィンダルト。さっきは異世界人の襲撃に遭ったんだ」
「……それって一大事じゃない。なんで貴方達死んでないのぉ?」
「辛辣すぎねーか姉さん!」
「そりゃねーぜ!」
冒険者の叫びを微笑んで軽く流し、ジャラはこちらを指し示す。
「フィンダルトも昨日あったよね。このアリスって子が手助けしてくれて、俺達はハッピーエンドを迎えたって訳さ」
「そういうことだよ、分かったか姉さん」
「よくもまぁ、格下から助けてもらった分際で偉そうに語れるわねぇ。……アリスちゃんは、この馬鹿共を助けてくれてありがとう。可愛いし、パーティに欲しいくらいだわぁ、メンバーを一人外して、ねぇ?」
ウインクした先には、先刻叫びを上げた一人である冒険者Aが。
それに焦ったのか、手を合わせ頭を下げ全力で懇願している。
「今日の晩飯奢るから俺は勘弁してくれ!」
「あらぁ? 聞いたかしら皆ぁ、今晩は幾らでも食べて良いそうよぉ」
「マジか、じゃあ昼は食べない方が良いな」
「夜に備えて、一旦ダンジョンに潜る?」
「ハッピー! 名案だな」
「だったらこの場にいる連中でパーティ組むか?」
「どうしても、と言うなら行ってやらんこともない」
「行く奴挙手で…………二十七か。少し多いな」
「とりあえず俺、このメニュー全品頼むんだ。夢だったんだよ、大人買い」
「では、私もそうしましょうか」
「テメーら鬼畜すぎんだろ!? 人の財布を何だと思っていやがる──ってか、アリスちゃんも乗らなくて良いから!」
冒険者Aの悲鳴は店内に響き渡る。
有栖はふと思い出して、嘆きの冒険者Aに優しく声を掛けた。
「あの、ちゃん付けは止めて下さい。慣れてませんから」
「姉さんのときに言って欲しかったなー俺は! タイミング的に慰めてくれるのかと期待しちゃったよ俺!?」
──こうして有栖は、穏当にサラの食堂で昼を過ごしたのだった。
……――……――……――……――……
「七瀬黒、と言ったか。君は何処の国から来たんだ?」
「嘘だ──嘘だ──嘘だ──」
眼前の少年が幾度も同じ言葉を繰り返すのを聞いて、アルダリアは嘆息する。
広場で回収した彼を独房まで運び、尋問まで行う王女というのも随分とおかしな話だ。
しかし異世界人については、自分が最も知らねばならない。
そう気負って、護衛もなしで石造の独房に二人でいるのだから実に愚かな話である。
騎士や牢番からは必死で止められていたが、無理に押し通って今に至るのだ。
勿論広場にいた人が「人づてに聞いた」と言う『傲慢』のスキルへの防護策もしており、非常に耐久性の高い特殊な素材で製造された鎖で、雁字搦めに縛ってはいるのだが。
アルダリアは一旦方向を変えて、少年の言葉を問う。
「君が言う嘘とは……何が嘘なんだ?」
「──何が嘘かって? ……全部だよ全部に決まってるじゃないか!? あんな餓鬼に負けたことも僕様の『傲慢』が
泣き笑いで叫び散らし、七瀬は転げ落ちる。
……駄目だ。会話になりそうにない。
何が引き金だったのかは定かではないが、既に彼は壊れてしまっていた。
いや、以前誰かに壊されていたのかもしれない。
そうでなければ、十五にも満たない少年が強行に及ぶはずがないのだから。
アルダリアは、そう思う。思いたい。
だから彼女は騎士を呼んだ。
辛い夢の続きを見るのは、きっと本当に苦しいことだろうから。
「宜しいのですか?」
「……ああ。一応、召喚した国の情報は解ったからな。成るべく、早く幕を下ろしてやってくれ」
「──了解しました」
アルダリアは外に出ると、蒼穹の空を仰いだ。
「私もやはり、甘すぎるな」
自嘲するようにそう呟いて、王宮へと足を向けた。
ミリス王国──七瀬を召喚したであろう周辺国の一つの情報を、集めねばならないからだ。
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