6 『冒険者との接触』
「……ちょっと、ジャラぁ? 確かにあたし初級魔術師連れて来いって言ったわぁ」
「おおともさ! だから俺は君を幸せにするために、死に物狂いで探したんだ。嬉しくなった?」
「あんた食堂の入り口に行っただけじゃない──それによ」
有栖と酒場のテーブルで隔て対面して座る女性は深い溜息をすると、
「こんなか弱い子に頭下げて『何でもします』じゃあ、あたしらの威厳がなくなるでしょうがぁッッ!」
「いや、それはさ。ほら何としてでも連れて来いって言うからさ」
「にしたってよぉ! 誘拐とか騙すとか金で釣るとかあるでしょうが」
「フィンダルトはそっちの方法が嬉しかったのかい?」
有栖を指差して、その隣に椅子に腰掛ける金髪の男に怒声を上げていた。
先刻、有栖に近づいた変質者ことジャラ・デンボルトンは首を竦めてそれでも笑顔を崩さない。
反省した顔くらいしろよ、と有栖は思うのだが咎めたりはしなかった。
こういうところがチキンたる所以である。
有栖は言い合う二人を、他人事のように見つめながら息を漏らす。
──やっぱ、この誘い無視したほうが良かったかもな。
自分の選択を後悔しつつ、有栖は眼前で繰り広げられる罵声の嵐を遠目に見ていた。
……――……――……――……――……
「ああ、ちょっと落ち着いたわぁ(ふぅ)」
「賢者モードって奴ですか。お姉さんお疲れ様です」
「? え、ええ。ありがとう……? (褒められてるのかしら……)」
相手の女性が理解できないのを良いことに、有栖は下劣なスラングで相槌を打つ。
──鬱憤晴らしなワケじゃねぇよ? ただほら……ヒステリー女って嫌じゃん?
要するに鬱憤晴らしでしかなかった。
有栖ら三人はサラの食堂のカウンター席から離れた一角、四人用のテーブルを囲っていた。
周囲に目と耳を向けると、外から窺ったよりも食堂内は賑わっているのが判然とする。
年齢層と服装を見るに、やはり二十才ほどの冒険者が多く客席を埋めているようだが、厳つい四十代の冒険者たちも疎らだが見掛ける。
冒険者以外の者は──いるにはいるが、全体の一割程度ではなかろうか。
ダンジョンへ通ずる都市の主要道ということで、客層が偏るのも仕方のない話だろう。
サラの食堂は、冒険者御用達の店という認識で良いのかもしれない。
唐突に「うぐっ」と有栖は顔をしかめそうになる。
この店内に響く垂涎ものの焼ける音、そして白煙と熱気を伴って漂う匂いのせいだ。
厚目の肉を熱したときに発する快音と、猛烈に鼻腔を刺激する芳ばしい香り。
それら全てが、有栖の腹の虫を鳴らそうと執拗に攻撃をしてくるのだ。
──ヤバイヤバイ。節約しねぇとなのに……金にも限りってモンはあるんだ。俺が持てる程度にアルダリアから貰ってっけど、それを食い潰すだけじゃ終わりが来るのも早くなる。だからとりあえず仕事とか見つけて、金稼ぐ方法見つけたりとかした後じゃねぇと無闇に使わねぇって決めてたのに! でもすげぇ腹減ってて、つまりこの空間は俺にとって地獄でしかないぐおお……
忍耐強く、店側からの無言の「食いたきゃ金払え」の威圧に有栖は耐える。
そう言えば今日は昼食をとっていなかった。
体が少女ということもあって、昼食抜きで平気かと高を括っていたのだ。
それが裏目に出た有栖は、この酷な苦行を少し俯いて我慢する。
「それはそれとて、貴女。まだあたしたちと自己紹介してないわよねぇ」
「ホントだ……俺としたことがうっかりしてたよ、こんな皆ハッピーになれる行事を失念するなんて! これが俺のステータスだ!」
「あっはい、ありがとうございます……」
空腹で渋い顔をしていた有栖へ、ジャラが笑顔でステータスを送りつけてくる。
不意を突かれた格好になって、一度は目を回したもののそれに目を通す。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ジャラ・デンボルトン Lv63
年齢:32
種別:人類種
《アクティブスキル》
【────】
《パッシブスキル》
【────】
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
Lvも高ぇしHPすげぇな、殺しても死にそうにないって数値だろこれ。
言い換えれば、有栖十二人分のHPである。
そう思うと、自分で何だか悲しくなった。
自発的なステータス公開のため、スキル欄が伏せられているのが残念だった。
これも全部、昼食を抜いている人の周囲に肉の香りが蔓延しているのが悪い。
正々堂々責任転嫁をして、有栖は目を対面する女性へと向ける。
その人を一目見て最初に思ったことは──でかい、だ。
何がとは言わない有栖は、しかし目線が露出した胸部にいく辺りまだ男である。
吊り気味の紅い瞳に病的なまでに白い素肌の彼女は、非常に見目麗しい顔立ちをしていた。
それこそ、彫像や絵画に描かれたような美。
しなやかに伸びた手足は、彼女が着ている胸元を露わにした淫靡な黒白の服と絶妙に似ついてそそる。のではないだろうか。
──やんちゃな息子もいないからだな、イマイチ興奮できない。
そんな個人的な有栖の感覚はともかくとして、だ。
率直に、彼女は非常にけしからん人物である。
風貌だけで見るなら、マゾなら一度は蹴られたいと思うのではないだろうか。
俺はマゾじゃないけど、と有栖は胸元から目を離して全体的に観察してみる。
膝まで伸ばされた艶やかな紫の髪を垂らし、直立すれば百七十を超えるのではないかと予想させる身長。
やはり彼女は目立つようで、同じテーブルに座るのもどうかと躊躇われるくらいに衆目を集めている。
有栖もローブを被っているとは言え、顔面偏差値を偏重する神が作り変えた顔だ。
それも相まってか、店内の客の視線を多数感じる。
特段、耳目を集められて悦ぶ性格でもない有栖は肩を萎めていた。
無駄に色っぽい服の女性は、それを見咎めたのか同情するように、
「やだわぁ、じろじろ見ちゃってねぇ。貴女は慣れていないんでしょう? ……はいこれ、あたしのステータス(あたし達のこと知らないみたいだし、ホントに『駆け出し』みたいねぇ。あんまり萎縮させない方が良いかしらぁ?)」
──ここだ!
女が指の操作でステータス表を飛ばしてくる直前に、『心眼』で彼女のステータスの全貌を視る。
ジャラの際はタイミングを逃したが、側にいる誰かの戦闘力は知っておきたかった。
有栖は隠蔽の施されたであろう女のステータス表を受け取りながらも、真実のそれに目を通し。
そして、唖然とした。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
フィンダルト・エマ・ディクローズ Lv98
年齢:148
種別:吸血種
《アクティブスキル》
【我、主らに寵愛を与えん】 射程:── 魔力消費:なし
吸血種の基本スキル。
フィンダルトの紅い魔眼を直視した者を、催眠状態に変えることが出来る。
魔眼を所持する相手ならば、対抗することも可能。
【揺らめき相克する憎愛】 射程:近〜中距離 魔力消費:なし
両腕を代償に獣の顎を具現化させて、全てを噛み砕く。
身悶える痛みは憎悪と愛情を生む。
絶対的な孤独に崩壊しかけた女の、破綻思考の一。
【動く屍体】 射程:近距離 魔力消費:なし
INTが100未満の、吸血で致命傷に至った相手を強制的に
屍人はフィンダルトの意のままに動き、当然体躯は腐敗していく。
吸血種は墓地を漁る者も多かった。
それは、早すぎた埋葬をされ生き埋めとなった者へ噛み付き、眷属を増やさんが為だ。
吸血種が強盛する以前、人はその現象を「土葬すると悪霊が取り憑く」と取り違え、吸血種の住処一帯の地域では火葬が一般的となった。
《パッシブスキル》
【吸血種】
神に創造されし、原初の十三族の第六位。
姿を煙、蝙蝠、鼠に変異することが出来、自己蘇生能力、不老不死が最大の特徴。
しかし致命的な弱点が多数存在する。
日光を長時間浴びると焼死。
銀製の杭を心臓部に突き刺せば即死。
流水を渡ることは出来ない。
また、家人の許可がなければ建物に入ることも出来ない。
吸血種は食事として血液を摂る。
最も美味にして、食事の効率が良いのは人類種の血液である。
【独り切りの少女】
フィンダルトは幼少期に孤児であった。
永劫の森に迷い込んだ幼子は、孤独と絶望の淵を彷徨った。
助け出された際には、既に精神が崩壊しかけていた。
五十年間心を閉ざした少女は、『笑う男』と出会う。
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何だこのボスみたいな馬鹿みたいな数値は。
ステータスもスキルもレベルも破格。
相変わらずの説明文と、訳の分からない過去。
そして種族名が示す通り、この女性──フィンダルトが人外であることに違いはないようだ。
吸血種とは、蚊の類いではなく十中八九『吸血鬼』のことだろう。
冷や汗が滝のように流れ出した。
──あれ、俺死ぬの? 化け物すぎんだけどこの人。
そもそも二人は、少女に何の用件があると言うのだろう。
飲料水のように有栖の血を飲み捨てようという腹なのか。
ペットボトル有栖か。
想像すると恐怖心が急激に膨張し始めて、遂には頭を抱えたくなった。
ちくしょう! 何で俺にこんな奴らが寄ってくんだよファック糞神!
天運に恵まれないのは、神に暴言を吐いているせいではないかとは欠片も思わない有栖だった。
それでも巧妙に表情を操った有栖は、辛うじて平生を保つ。
その様子にフィンダルトは、赤目を細めてにっこりと笑顔をつくり、
「あたし達、SSランクの冒険者でねぇ。貴女みたいな、初級魔術師を探してたのよぉ」
「そうそう! 今ダンジョンで低レベルのモンスターが上層に上がっててね。初級の人たちは楽しく笑顔でレベル上げ中なんだよ。だからあんまりいなくて弱ってたんだ(俺は皆がハッピーなら良いけどな!)」
隣で肩を落とすジャラはニコニコしながら言う。
その言葉を継いで、フィンダルトが本題に入った。
「初級の人に聞きたいことがあってねぇ──あたし達、行方不明のリーダーを探してるのよぉ。最近初級の子たちの間で目撃したって人が多くて聞き回ってたの。ガイアールっていう人なんだけど知っていたら、教えてくれないかしらぁ?(さぁて、ガイアールはこの子に遭遇しているのかしらねぇ? 知らなければ首を振ってねぇ?)」
紅い双眸をわざわざ有栖の目線に合わせて、 フィンダルトは首を傾げながら言った。
高レベルの者達に何をされるかと思えば、つまりは人を探していただけのようだ。
──ふぅ、ビビらせんなってマジでさ。
命でも取られると勘違いして、無駄に緊張してしまった。
有栖が勝手に誇大妄想しているだけなのだが、これは矯正しようがない性分だ。
「いえ、私知りません」
「……!? そ、そう。なら、良いんだけどぉ(あれ、どうして? あたしの魔眼が効いてないの……!?)」
何故か動揺するフィンダルト。
不思議そうに有栖が眉を寄せると、彼女は咳払いをして、
「だったらぁ、見かけたら知らせてねぇ。あたし達、大抵昼間のここにいるからぁ。いなかったらここの主人にでも伝えてくれたら嬉しいわぁ(とりあえずは)」
「うん、俺もハッピーだ!(イェア、ハッピー)」
「そこだけ強調しなくても良いわぁ! ともかくぅ、よろしくねぇ?」
「はい、分かりました」
それにあっさりと有栖は首肯し、隣のジャラに向き直った。
「……あの、ジャラさん。さっきの約束、忘れてませんよね?」
「ああ、勿論だ! あれ、でも俺的にはガイアール見つけたら──のつもりだったんだけど(あちゃー俺。何かやらかしたかぁ?)」
「条件、言ってませんよね? それに私、そっちの方が嬉しいです」
「……そうか嬉しいか! だったら問題ないな! で、何をして欲しい?」
サムズアップまでするジャラに、有栖は笑いかけた。
ちょろいな。
「少し、決めきれなかったので……明日の昼頃いいですか? 場所はここで」
「問題なしだよ! 低レベルのモンスターが登ってる今、俺らも頭もハッピーになるくらいに暇だからね(フィンダルトが俺を暇潰しにするくらいに)」
「人聞きの悪い言い方ねぇ、頭がハッピーなのはジャラだけでしょう?」
憎まれ口を叩くフィンダルトに苦笑しつつ、用があると言って席を立った。
──とりあえずこの場から一旦離脱して、頭を整理しないともう訳分かんねぇ。
恐ろしげな二人の元を去り、有栖は五体満足で店を後にした。
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