境の坂井に咲く水守
篠崎琴子
はじめ
参る、参る、御前が参る。
城下からは
世は乱れがちだと伝われど、ここは辺鄙な山奥の小国である。山岳の他に隣り合う西領とは数代前に和議もなされ、今や相争う相手もいない。なれば古い慣習に立ち返り、
だから、行かないでなどと。
そんな祝いではない言葉は、嫁ぎゆく姫に向けられてはならないものだ。
なにせ、彼女は瞠にとってだけでなく、この国においても大切なひとなのだ。抱える知恵と知識において、
ほんとうはそんな彼女の嫁入りを、異形の瞠は祝わねばならない。
瞠は先祖の性状が色濃くあらわれた、人ならぬ獣返りの子である。そう言われている。
同じ神域を重んじ、同じ御山の神を奉ずる東西の双領の一帯では、時折その身に自身の
領主一族の御祖たる霊狐にその見目まこと似通う、こども。そのような、
「ひとりになっちゃう」
彼女とは二度と会いまみえること叶わぬと、これが今生の別れであるからと今や養母となった叔母に言い含められてはいたけれど、それでも瞠は祝えない。だってそんな言葉やならわしに黙して従い耐えられるほど、瞠は大人ではないのだ。
「お嫁になんて行かないでよ、母上……」
隠されるようにして城に留まる、涙にまみれた
『ねえ、瞠。この先、東の土地から稔りが去って行ったその時は、きっとあなたはどこへだってゆける。宮の威光や領主の力が翳ったならば、きっとあなたを無理に籠める必要も、余力も、この家からはなくなるもの。そうしたら、瞠は好きなように生きられる。どこへだって行ける。なんだって、誰だってあなたは選びとれる』
そんな言葉を別れ際、瞠の異質な
――生き
東領嫡流の血を継ぐ獣返りのこどもは、たったひとりの味方と信じて慕った母を失った。
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