第七話 計略

「あの男のガキとは、丁度良い土産だな」ザガンは落ち着いて剣を拾い上げた。

 あまりにも悠然としたその態度に、二人とも動けなかった。

「さてと、今度はテメェが相手するってか?」

「そのつもりだ。私にはその男よりも価値がある。貴様が相手をするのに不足はないはずだ」

「確かにな…!?」


 突然、アレスは思い切りカイルを殴り飛ばした。

「ふざけんじゃねぇ!邪魔しやがって!」

「アレス様!?」レインが驚いて声を上げた。もちろん、周りで固唾を飲んでみていた者も一様に驚き、ザガンも呆気にとられていた。

「な、なにをする!」尻餅をついたカイルが頬をさすって立ち上がる。

「うるせぇんだよ、この格好つけが!おい、ザガン、お前の相手は俺だ!」アレスが怒鳴った。

「ハッ、アーハッハ、これは面白ぇ、面白すぎるぜ」ザガンは剣をふらふらさせながら、大笑いした。

「笑い話を見せてくれた礼だ…まとめてかかってこいよ、ガキども」剣を構え直したところで、手下の男の一人が走り寄ってくる。

「頭領、ケフェウスの警備士です」男がケフェウス側を指さすと、その先には馬に乗った騎士達が見えた。

「チッ、仕方ねぇな、面白くなるところだったが…」ザガンは剣を納めると、馬に飛び乗った。

「おい、ふざけるな!」

「落ち着け、アレス!」

「おい、アレス。頭突きの借りはいずれ返すぜ。あとよ、グランのガキ、今度割り込んで来やがったら真っ先に殺してやる」言い終えるやいなや、ザガンは馬の手綱を引くと、走り去って行った。

「くそ、ちくしょうがっ!」アレスは力任せに剣を地面に突き立てた。


(あの野郎、初めから俺を殺す気なんてなかった…)

 悔しさがこみ上げると同時に、全身に負った傷が激しく痛み始め、重くなり始めた瞼を開けようと必死に試みたが、そのまま膝をついて倒れた。

「アレス様!」レインが青ざめた顔で駆け寄るが、彼はそのまま混濁した意識の中で微かな呼び声を聞いたのを最後に、気を失った。


***


 ザガンは風を受けてひりひりと痛む鼻を押さえる。

「あのガキ、骨が折れるところだったじゃねぇか」

 ザガン達、山賊一味の隠れ家は“清き雲の山脈”の中腹に位置している。馬が辛うじて通れる獣道を抜け、街道からは見えずとも逆に見渡せるという絶妙な場所だった。

 いくつかの洞穴と丸太で組んだ小屋があるものの、住んでいるのはザガンと数人の信頼が置ける手下のみである。普段はめぼしい獲物を麓のヨリ村で物色し、警護士の数と気候条件、襲撃場所を吟味した上で襲って金品の略奪を繰り返していた。

 馬を下りたザガンは手下に労いの言葉をかけると、小屋の扉に手をかけたまま振り返った。すでに陽は暮れかけている。

「首尾は上々のようだな」

「驚かすんじゃねぇよ、短剣使い」ザガンは警戒した素振りを崩さずに答えた。

 短剣使いと呼ばれた男は、口元に笑みを浮かべてはいるものの、一定の距離を保ったまま、ザガンに近づこうとはしない。

「双剣のザガンが、このくらいで驚くとはね、それで?」

「馬車の下に入れておいたぜ」

「助かるね、礼を言う」

「礼だと、笑わせるぜ。あとはテメェの仕事だ、きっちりやれ」

「もちろんだ」男が踵を返しかけると、ザガンが言った。

「あの中に、グランのガキがいたぞ。テメェ、知ってたな?」

「何のことだか…」男は身軽な動作でザガンの剣を避けると、体を暗がりの中に溶け込ませた。

「…不気味な野郎だ」ザガンは暗がりを睨み付けて呟いた。


***


 ケフェウスの隊商検閲所。

 バレンスタイン商会の隊商人達は、ようやく安堵の顔を浮かべ、荷下ろしなどを始めていた。

 そんな中、検閲所の小部屋では、ロズワルドがクラウス、ジェナス、カイルと会っていた。


「父上、面目次第もございません」カイルは項垂れていた。実地訓練とは言え、警護士としての仕事を全うできなかったことを悔いていた。

 ケフェウスの警備士達が駆けつけた時には既にザガン達はおらず、山脈に逃げ込んだ彼らを追うことは不可能だ。

 さらにアレスはザガンとの戦いで全身に傷を負い、早急な手当が必要となった。

 カイルはアレスに殴られたことで自尊心を傷つけられていた。決闘に割り込むことは剣士として、本来あってはならない。カイルはザガンのような山賊がいくら剣士と名乗ったところで、それを認めてはいなかった故、アレスを助けるという行動に出てしまったのだ。

 しかし、倒れたアレスを介抱したレインが放った言葉が、追い打ちをかけるように彼の自信を喪失させた。


『ようやくわかりました。あなたとアレス様の考え方の違いが…』


 アレスはザガンとの戦いを決闘とした。それはアレス自身がザガンを剣士として認めていたからに他ならない。

(俺は…間違っているのだろうな…あいつを見くびっていた。剣士としての誇りを持たないと、勝手に思い込んでいた)

 

 沈痛に満ちたカイルを察してか、父親であるロズワルドは彼の肩を軽く叩くと「全てがうまくいくとは限らん」とだけ言った。

「閣下、この度は私どもの準備不足。ご子息を危険にさらし、言い訳もできません」クラウスは片膝をついて頭を下げた。

「クラウス、息子のあの通り五体満足だ…警護士三人が犠牲になったのは残念ではあるが、それを悔いても仕方ないだろう。それより、あのザガンと戦ったアレスという剣士は?」

「思った以上に深い傷がひとつありまして、私の屋敷で休んで頂いております」

「そうか。そのアレスは帝都から雇ったわけではないと聞いたが…」

「はい。山脈を抜ける直前で山賊に襲われた私たちに加勢した者です」ジェナスが答える。

「クラウスの屋敷にいるのであれば問題ない。ジェナス、帝都の警護士にこんなことを頼むのもなんだが、傷が癒えるまでその剣士についておいてくれ」

「承知いたしました。では、私はこれにて」ジェナスは一礼すると部屋を出て行った。

「父上、あの男は私の剣術学校時代の学友です。何か疑っておられるのであれば、私が責任を持って見張ります」カイルが割り込んだ。

「カイル、特に何かがあるわけではない。旅の者であれば、突然いなくなることもあるだろう。話をしてみたいからな、それだけのことだ」

「しかし…」

「久しぶりの帰郷だ。母やエリスに顔をみせてやれ」

「…わかりました」カイルは唇を噛みしめて、部屋を出て行った。


「すまぬな、クラウス。今のままではご息女との結婚にはまだ経験が足りないようだ」

「いえ、滅相もございません。山賊襲撃の際には随分とご活躍いただきました。それに、あのザガンの剣を止められたのも見事でした」

「そう言ってもらえるだけありがたい。話は変わるのだが、何か妙な荷物を受けたりはしなかったか?」

「妙…と言いますと?」

「クラウス、あなたとは長い付き合いだ。単刀直入に言おう。ライエ国の武具…特に剣などは仕入れたりはしていないか?」

「ライエはありません。閣下もご存じの通り…」

「タイシャ国や我が国には劣る…か」

「はい。装飾剣はまれに入手しますが、ほとんどがタイシャからの輸入品です」

「わかった。念のため、荷はあらためさせてもらう」

「それはもう…しかし、閣下が自らとは」

「同じ事をランドルースにもグランザックに言われた」ロズワルドは思わず苦笑して答えた。


(しかし、バレンスタインにも無いとなると…単独で持ち込んだか?)

 ロズワルドは一瞬、険しい顔をしたがクラウスの怪訝な目に慌てて平静さを取り繕った。

「それでは閣下。明日にでもレインを連れて、改めて」

 クラウスが出て行くと、ロズワルドはアレスという剣士のことを考えた。

(状況から考えれば、一番怪しい男だ。怪我を負うことで関所をほぼ素通りしたことになる。しかし、山賊とライエ、リーンが関係しているとも思えんが…)

「閣下」不意に気配がして、声がどこからともなく響いた。

「ギルダか、報告しろ」

「カバルという男ですが、申し訳ございません。見失いました」

「お前でもか」

「はい。相当な手練れです。ヨリ村で若い剣士と食事していたのを見た者がおりました」

「剣士の名前は?」

「アレス・トゥロッドという者です」

「アレスだと!そうか…わかった。引き続き、カバルの行方を探れ。それから、アレスの出自を調べろ。帝都出身で、カイルの剣術学校の同期だ」

「承知いたしました」ギルダは気配を消した。

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