第二話 戦闘


 帝都を出て半月。

 アレスが目指したのは、リーン王国との国境沿いにある城塞都市ケフェウス。アウストラリスとリーンの間には高い山脈がそびえ立っているが、唯一、通行路となる谷間があった。アウストラリスの建国当時から、リーンとはこの山脈に眠る不可思議な鉱石を巡って大きな戦いが何度か繰り広げられていた。

 その鉱石は“魔石”と呼ばれていた。不思議な輝きを放ち、その石で打たれた剣は岩をも切り裂くという。しかし、魔石を扱えるのは山脈に住む人々のみであり、彼らは“魔族”と呼ばれ、双方から畏怖と畏敬の念を持って恐れられていた。

 いつの時代でも、どんな人々でも、未知のものには恐れを抱き、時には敬い、そして時には滅すべしと考えるのが当然だった。


 アウストラリスはリーンと表向きは“円滑”な国交を保つため、巨大な城塞を完成させた。アウストラリス側とリーン側それぞれに“千人壁”と呼ばれる巨大な城壁を作り、その間に街を興した。リーンからすれば、国境線が明確に引かれたと激怒すべきことではあったが、一方でその城壁を突破するには膨大な軍力が必要だと分かっていた。であるならば、素直にアウストラリスとの貿易を応じて利益を追求する方が得策だと考えたのである。

 そして、魔族と魔石は時代の流れと共に消え去る運命となり、アウストラリスとリーンはお互いに遺恨を残さぬように細かい条約を結び、徐々に人々の交流が復活してから既に二十年の月日が経とうとしていた。 

 ケフェウスへの道筋は非常に単純である。帝都から伸びる街道を真っ直ぐに南へ下り、途中にそびえる“清き雲の山脈”を抜けて三日もすれば到着する。大人の足であれば半月ほど、馬の足で駆け抜ければその六割ほどであった。


 アレスがケフェウスを目指したのは大した理由があったからではない。帝都は国際的な貿易都市として機能しており、海の向こうの人々やものには溢れているが、隣国リーンの人々は仕入れとしてやってくるだけで、その数は多くなかった。褐色の肌と彫りの深い顔立ちのリーン人は、異国人で溢れる帝都でも目立った存在だった。

 アレスは何度かリーン人を見かけたことがある。彼らは快活であり、饒舌だった。少し気の短い性格であると聞いたことはあるが、それ以上のことはよくわからなかった。しかし、アレスの目を引きつけたのはリーン人の女性だった。アウストラリス人ともタイシャ人とも違う彼女たちは、とても健康的で魅力に溢れていた。


(リーンにあれだけ美人が多いなら、ケフェウスはさぞかし活気があるんだろうな)

 不純な動機ではあるが、行動の原点としては申し分ない…などと、アレスは自分に言い聞かせた。

 旅はアレスにとって驚きの連続だった。剣術学校の指導で野戦訓練を行う時などに何度か帝都の外に出てはいたが、訓練場となる場所は歩いてもせいぜい一時間程度。漠然と広がる空と野原に放り出されて、あれやこれやと言われて訓練するだけの退屈な時間に過ぎない。

 しかし、帝都から一日歩いただけでその世界は大きく広がっていた。広大な農地には様々な作物の花が咲き乱れ、多くの虫が飛び交い、鳥がさえずっていた。石造りが基本の帝都とは大違いで、今まで食してきた野菜などがこの農地から運ばれてきたことを考えると、なぜだか自分がひどく矮小な考えの人間なのだと感じていた。


 道行く旅人と何度か挨拶を交わすうちに、ある旅人がちょっとした情報を教えてくれた。それは宿場にある安くてうまい飯屋のことだった。アレスは代わりに帝都の隠れた名物などを教えた。お互いに情報交換することで、旅がおもしろくなることが分かれば、アレスは積極的に動いた。もっとも、若い女性がひとり旅などをしているはずもないので、その点は諦めていた。

 そうしているうちにアレスは旅が好きになっていた。時間にも人にも縛られることなく、自分がしたいことをする。帝都の暮らしは嫌いではなかった。しかし、アレスは自分が何に縛られ、何を嫌い、何に対して諦めていたのかが分かり始めていた。

 帝都を出てから程なくして、彼はアロウスから最後にもらった革の小物入れを開けてみた。予想に違わず、それはマキからのものだった。

 中には手紙と紐がついた綺麗な布袋があった。布はマキの瞳を思わせる淡く美しい緑色をしている。

 手紙には布袋がお守りであることと旅の安全、そして一言だけあった。


(今更こんなこと言われてもな…)

 アレスは書かれた言葉を自分の胸にしまい込み、タイシャ国のお守りをしっかりと懐に収めた。


 “清き雲の山脈”の麓にある宿場のヨリ村にたどり着いたのは、旅に出てから半月が経とうという頃である。旅慣れした者より遅いとは言え、上々の出来だった。アロウスからの餞別はなるべく節約し、旅人情報を元に格安の宿、時には川で釣りをして野営するなどで食いつないできた。剣術学校では野戦訓練時に、野営の仕方も教わるから、彼にとってはもってこいの実践の場と考えて実行してきたのだ。

 旅人から聞いた話を元に格安の宿に泊まり、明日からの山脈越えに備えることにした。“清き雲の山脈”は山頂部分に常に雲がかかり、その頂を誰も見たことがないという。故に、昔から頂に上ることは禁止され、いつしか清き雲と呼ばれるようになった。

 比較的緩やかな山脈のため、帝国は交通路として山脈筋の谷間に近い箇所を舗装し、公道としていた。旅人や貿易商は必ずその道を使うことにしていたが、ここ一、二年の間に山賊が出るようになると、慣れたものは危険と時間短縮のために細い獣道を使うことも多い。

 ヨリ村は穏やかではあるが、山脈越え直近ということもあり、旅人や商人が多く、土産物屋と宿屋、飯屋が軒を連ねた賑やかな場所だ。村の人々は旅の者にはとても親切で聞きもしないことまで教えてくれる。アレスはとりあえず宿をとると、教えてもらった飯屋に入った。

 

 雑多な人の声、飯の匂いが漂い、アレスの空腹は限界に達していた。

 適当な席に着いて、店のものにおすすめを聞く。頭の中で勘定をして折り合いがついたものをいくつか頼んだ。

 そこへ、ひとりの男がやってきた。


「お兄さん、相席よいですかね?」人の良さそうな笑顔を浮かべた男だった。歳はアレスより少し上くらいの二十代前半といったところか。左の腰に短剣を二本差し、両肩背負いの革鞄を手にしていた。

「どうぞ」アレスは注意深く、短剣を見た。主に短剣使いは相当な手練れとされる。剣士の多くは長剣を使うが相手の懐に飛び込まなければ攻撃できない短剣は、身体能力はもちろん、かなりの技術力を要した。

 アレスも一応は修練しているが、短剣は主に野営の準備用、戦いなら手投げ用か最後の手段という認識だ。

「ありがたい。いやいや、どこもかしこも混んじゃってね」男は慣れた感じで注文をすると話を続けた。

「さすがヨリ村、明日は晴れるそうだし、仕方ないんだけどね」男の話し方は少し独特だった。アレスはなんとなく相槌を打って話にのった。

「晴れるって、そんなことがわかるものなんですか?」

「ああ…山脈を越えるのは初めてなのかい?」

「ええまあ」

「なるほど。なに、簡単な話でね。山に雲がかかってるだろう?あの雲が中腹手前まで来たときは雨、頂に少しのっているくらいは晴れなんだよ」

「へえ!」アレスは素直に感心した。そんな見た目で明日の天気がわかるなんて、思っても見なかったからだ。

「でもね、気をつけなきゃいけない。山の天気は変わりやすいから、雨の用意はいつもしておくことだよ」

「それなら多分、問題ない」

「足はどうだい?」

「足?」アレスは怪訝な顔で聞き返した。

「緩い山脈とはいえ、お兄さんの靴じゃつらいよ。悪いことは言わないから、足首をしっかりと保護する丈夫な長靴に履き替えておきなよ。平地と違って、斜面が多いからね、蔦や木の枝、その先に毒を持った蛇や虫がいることもある。

 足の準備を見落とすと面倒なことになる。それから、その剣も必ず柄と鞘を繋ぐ留め具を使った方がいい」

「剣、ですか?」

「ああ。突然、剣が抜けて崖下に…なんてこともありうる。古い剣のようだが、その柄の装飾は見事だし、無くしたらもったいないよ」男が指さした柄を、アレスは見つめた。

 今までの旅では特に使うような事態にもならなかったため、特に気にしたことはなかったが、柄には複雑な紋様が描かれていた。


「なるほど、ありがとうございます」

「それがいい。ああ、ところでケフェウスに行くのだろう?」

「あ、はい」

「明日は晴れるから、皆、こうやって体力を付けて距離を稼ごうとするんだろうけど、本当はそれが危ういんだ」

「なぜです?」

「少しでも遠くに行くと、本来休むべきところを通り過ぎてしまうんだよ。そうすると、居心地の悪い場所で野営しなけりゃならない。特に人数が多い隊商なんかはよくそういったことをやらかすもんだよ。ここを抜けるには慣れたものでも二日はかかるからね」

「はあ、なるほど」

 男は声を潜めて、少し身を乗り出した。

「お兄さんとは相席になったよしみだ。一日で山を越える道を教えておこう。街道に入ってしばらく真っすぐに進むと、左手に川が見えてくる。ちょうどそのあたりの右側に少し変わった形の石がある。見たらわかるよ。大きさはこのくらいだ」男は肩幅くらいに腕を広げた。

「その石の裏側に細い獣道があるんだよ。二人分無いくらいの幅だ。道なりに進むとちょうど山を越えたあたりの街道にでる。そこに宿場となるアレ村があるからちょうどいいんだよ」

「なぜ俺に?」

「旅ってのはね、情報収集の仕方で大きく変わるからだよ。君だって今まで、色々な人から話を聞いたはずだよ」

「確かに」

「私はたぶん、君より少し年上くらいだけれど、旅はかなりしてきたものだよ。あちこちで色々な人に教えてもらったものさ。でも、私は旅暮らしだからその恩返しなんてできやしないからね。でも、皆同じことを言うんだよ」

「それは?」

「簡単なことさ。恩は売るものでも返すものでもない。次の誰かにあげるものだ、ってね。というわけで、私はお兄さんにあげることにした」


 アレスは不思議な顔で男を見つめ返した。『恩をあげる』なんて言葉を聞いたことがなかったからだ。それが旅の面白さでもある、と考えたのはもっとあとになってからだった。

 男は立ち上がって、勘定を置くと荷物を持ち上げた。

 アレスは立ち上がって礼を言おうとしたが、男はそれを制して真顔で言った。

「これはね、私からの精一杯の情報だよ。明日は獣道を行くと良いことがある」


***


 ヨリ村を出てから三日、アレスは未だに“清き雲の山脈”から抜け出せずにいた。念のためと持ってきた食料は既に底を尽きかけ、水はなんとか湧き水をすするという有様だ。


「なにが近道だ、ふざけやがって」

 アレスは何度言ったかわからない悪態をついていた。男の顔を思い浮かべると腹が立って仕方なかったが、今まで旅先で親切にしてくれた人々のことを思い出すと、本当に男が言ったことが出鱈目だったのかは確信が持てなかった。

 もしかして道を間違えたかもしれない、そう何度か思った。男の言った変わった形の石は確かにあったし、道の幅も人が二人横に並ぶにはきつくても一人なら十分といったところだった。

 しかし、歩いても歩いても街道筋には出られず、かといって戻るには歩きすぎたし、半ば意地になっていた。

 ここ二日ほどは座り込んで寝たせいで、体の節々が痛み、疲れは抜けない。道の片側は下り、もう片側は登りの斜面といった感じで結局のところ、進む以外には選択肢はなかった。


「疲れた」誰に聞いてもらえることもなく、アレスは道ばたに座り込んだ。山は幸い晴れが続いており、険しい木々の隙間から日が差して心地よいのだけが救いだった。

 男が言ったことでもっとも正しかったのは靴だった。臑まである革の長靴は買ったばかりだというのに、外側がすでに傷だらけだった。

 ヨリ村で買った滋養に効くという甘い菓子をいくつか買い込んでいたのは正しかったが、いつまでもそれが持つとは限らない。指先二つ分くらいの大きさしかない上に、菓子とは言え、それほど長持ちするとは思えなかったからだ。

 アレスのすべきことはすくなくとも今日中に街道筋に出ることだ。そうすれば、誰かに会うこともあるだろう。

 とにかく前へ、アレスは立ち上がって再び歩き始めた。

 黙々と歩くこと二十分ほど経ったときのことだ。


「悲鳴?」

 立ち止まって耳を澄ますと、人の怒声と悲鳴が入り交じった声が山の中に反響していた。距離からしてそれほど遠くはない。生い茂る木々の中で、遠くの声がそれほど伝わることはないからだ。

(向こうか!)

 アレスは剣と鞘の止め具を外し、疲れも忘れていつでも戦闘に移れるようにして走り出した。幸いにして唐突に今まで下りの斜面であったところが低くなり、開けた場所になる。その少し先で貿易商の隊商らしき一団の警護士と武装した男達が対峙していた。隊商を守っているのは帝国認定の警護士たちだ。一様に同じ服と兜のためにわかりやすい。守られている隊商には多くの男女が固まっている。

 規模からして三十人ほどだが、警護士は十人ばかりが剣と盾で構えている。対する武装した男達は武骨な出で立ちで、二十人ほどいた。どう考えても十人で三十人は守れない。


(山賊か?随分と分が悪いな…)

 アレスは思わず舌打ちした。ヨリ村までは平和な旅だったが、獣道を歩いてようやく街道筋にというところで、こんな場面に出くわしては助ける以外にない。

 アレスは茂みに隠れながら、山賊達の背後に回りつつ、様子を窺うと隊商が人数以上に窮地に立たされていることがよくわかった。アレスが獣道を歩いてた時、常に右手は斜面だったが、街道の右手は斜面どころではなく崖そのものだったのだ。そして、隊商は崖を背にして固まっていた。斬られるか落ちるかのどちらかしかない。


「クラウスのおっさんよぉ!」山賊の真ん中にいる大男が叫んだ。肩幅までしかない革鎧を着ており、筋骨たくましい腕をさらけ出していた。しかし、威圧感は十分にある。

「いい加減、俺たちに通行料を支払ってくれませんかねぇ!」男はさらに怒鳴って続けた。

「端金に若い女の一人や二人、お前にとっちゃ屁でもねぇだろうによぉ!なあ、お前ら」男がわめくと、他の男達はオオッ!と声を上げ、笑い声を上げた。

「黙れ!貴様らのような連中にくれてやるものは何一つない。話をしたければザガンを呼んでこい!」初老の男が怒鳴り返した。どうやら隊商主らしい。

「おいおい、俺たちはよ、頭領の手を煩わせたくはねぇんだよ。わかるだろう?頭領は忙しいから、雑用はぜーんぶ、俺に任せてくれてるんだぜぇ?それがわからねぇようなら、テメェらみたいなのに用はねぇんだわ。あ、気が変わった、今変わっちゃったよ俺。お前らよぉ、男どもは全員ぶっ殺して、後は好きにしていいぜぇ」大男の言葉に、男達は奇声を上げて、剣を突き上げた。

 アレスは柄を握りしめた。


(どうする?ここいれば気が付かれることはないが…しかし)

 討って出るには今が最良だ。しかし、加勢すべき相手にまで驚かれては元も子もない。

 手が、体が震えた。アレスは人を斬ったことがない。アロウスからいかに剣の手ほどきを受けても、他の武術を学んでも人を殺したことはないのが、当たり前の時代だからだ。

 だが、悩むのは後にするしかない。アレスは静かに深呼吸して、山賊達を手の付けられない『獣』と考えた。


(狩りだと思えばいいだろうよ!)

 アレスは茂みからそっと顔を出した。山賊と警護士の間に緊張感が走っていた。人数で勝る山賊の誰かが斬り込むのは時間の問題だ。しかし、山賊とて命は惜しいからこそ、じりじりと間合いを計っている。

 警護士の誰でもいい、気がついてくれと祈りながら、音を立てないように少しずつ体を立ち上がらせた。ほんの一瞬の出来事だった。警護士の一人が狼狽えた目でアレスを捉えた。アレスは瞬間的に人差し指を口に当てると、指を全部立てながら手のひらをごと傾けた。その警護士はすぐさまに剣を少し斜めにして構え直した。剣術学校で習う独特の合図…手のひらの傾きは『味方』、剣を構え直すのは『了解』。他の警護士達も気がつき、一斉に構え直す。それは『攻撃』の合図だった。


 アレスは剣を抜き、雄叫びを上げながら斜面を駆け下りつつ体を跳ね上げて、一番手前にいた男の背後から首筋を切り裂いた。男は声を上げる間もなく、血しぶきを上げて崩れ落ちる。

 突然の事に驚いて振り返ったのが山賊達の運の尽きだった。警護士達は一斉に飛びかかり、瞬く間に十人ほどの山賊を切り捨てる。


「だ、誰だテメェはぁぁ!」大男が吼えて、肩に担いだ大剣を振り回すと警護士の一人がそれをまともに受けて絶命した。

 山賊の真っ直中に飛び込んだアレスはあっという間に囲まれるが、アレスの体はそれが予定されていたかのように自然と動いた。右から飛びかかってきた男の腹を水平に切り裂くと、体を屈めて背後にいた男の足をなぎ払った。倒れた男がいた場所に転がるとすぐさまに起き上がり、追撃してきた男の顎に下から剣を突き刺して蹴り飛ばす。

 その素早さにたじろいだ他の山賊たちを斬り倒し、アレスは大男に向かっていった。既に戦いの流れはほぼ警護士達に傾き始めていたが、大男は大剣で警護士を二人倒していた。

 街道と斜面の草木に血が飛び散り、うめき声と悲鳴が充満していく。


「ガキのくせに、ザガン様一党に逆らうとはクソがっ!」大男は吐き捨てるようにいうと、大剣を肩から力任せに振り下ろす。人の身丈はあろうというその剣は、斬るというよりは相手を叩き潰すといった方がいいだろう。使い込まれたであろう刀身は、既に傷だらけだ。

 アレスは打ち合う姿勢で剣を構えた。大男がうすら笑いを浮かべる。彼と大男の身長差は頭三つ分ほど。自分よりも大きい相手に打ち合おうなどは、ただの格好付けに過ぎない。


「バカかぁ、テメェは!」大男は右に左に大剣を振り回して打ちおろしたが、その瞬間、剣はそのまま地面へと力なく落ちた。

 アレスは初めからまともに打ち合おうなどとは思ってはいない。どんな大男が大剣を振るおうとも、大振りをすれば隙ができるのは当然だった。大剣は大男の腕を付けたまま横たわり、当の本人は茫然とした顔で目を見開いた後、悲鳴を上げて倒れ込んだ。アレスはその首筋を容赦なく切り裂いた。

 わずかばかりに生き残った山賊たちは散り散りになって走り去っていく。


「ふざけんなよ、親父」アレスは剣を持った腕を力なく落とし、空を見上げたまま目を閉じた。彼の体と剣からは、止めどなく血が流れ落ちていった。

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