空の王国
島ひとつ無い果てのある海の上に、王国はあった。
空は、王国の王と貴族たちのものだった。
王国は空に浮かぶ島々の連なりによって構成されていた。その歴史は長く、そして、少なくとも王国の記録が残るこの数百年の間は一度たりとも外敵や内乱などに脅かされることは無かった。王国の人々は、常にこの平和な国の一員であることに誇りをもち、自分たちの国こそがこの世界で唯一無二の王国であると信じていた。
空には、魚の群れのように大小様々な島が浮かんでいた。それぞれの島には山も水も緑も、もちろん、空気も豊富にあったが、空高く浮かぶこれらの島で雨が降ることは稀であった。
空の島々の中心には、すべてを統べる首都“ユリオプス”がある。
ユリオプスは決して大きな島ではないが、統治者である女王と貴族たちが政を行う白亜の王宮と、貴族や学者、一部の優秀な職人が住む王国の要である。
ユリオプスにはそれを囲むように浮かぶ、“東西南北”の四つの島がある。
“東の街エウロス” “西の街ゼピュロス” “南の街ノトス” “北の街ボレアース”。どれも商業が中心の活気のある島だ。
ユリオプスを中心に東西南北の島、それを囲んで雲のように広がるたくさんの島々…………。
それが元々の“王国”の形であった。
空に浮かぶ王国の下には島ひとつない海が広がっている。
海面に海底から突き出た小さな岩の先端が見える程度で陸地は無いように思えた。だから、この世界の海鳥たちは強靭な身体を持ち、高く高く舞い上がって王国の浜辺で羽根を休めるか、岩場か海の中で眠っていた。
平和に過ごしていた王国の民だが、漠然とした不安も持っていた。
王国の島々は長い時間をかけてほんの少しずつ、ゆるゆると空を動いている。
そして、この海には果てがあるという────。
はるか昔、王国から旅立ち、遠く遠く漂流して還って来た奇跡の旅人の遺した言葉によれば、「海の果てには、海水を飲み込む大きな滝つぼと暗い空がある」という。
王国の人々は島々がこのまま進んで海の果ての暗い空へ飲み込まれることをひどく恐れていた。平和が続くほどに時が流れるほどに。
やがて、王国の人々はその漠然とした不安を払拭するために、島々を固定するために、『錨』と呼ばれる巨大な楔を海に打ち込むことにした。
だが────錨が皮肉にもその争いを呼んだ。
海中へ錨が打ち込まれた瞬間、海がうねり、大きく波打った。そして、何かの咆哮が空に響き渡り空に浮かぶ大地を揺るがしたのだ。
王国の人々は、島ひとつない広大な海の底に別の世界が広がっていたことを、その日初めて知った。そこには後に王国の人々が『マーマン』と呼ぶ生き 物たちの大きな世界が広がっていたのだ。
マーマンたちの姿は多種多様。竜のような獣のような姿のものも居れば、人間に近い姿をした者たちも居る。彼らは打ち込まれた『錨』を攻撃と見なし、今まで大した興味も持っていなかった空の王国を敵として認識した。
結局、安寧を願って打ち込まれた楔は、そのまま海底の禁忌の扉を開く鍵となった。
マーマンたちは『錨』を伝い空へ昇り、長い戦が始まった。広大な海に住まうマーマンたちの数は尋常ではなく、まるで卵から孵った蜘蛛の子が空を目指すように、多数の敵がぞわぞわと『錨』から島までの鎖を伝って行った。
牙と爪を持ち獰猛なマーマンに対して、長い間平和だった王国は慌てた。辛うじて、数は少ないながら存在した戦士たちが集まって必死に抗った。彼らは海に近付いて漁をする猟師たちを海竜から守って戦うものたちだ。 『ボード』と呼ばれる空を飛ぶ板に乗り、『雲』と呼ばれる技を使い、三人一組で戦う。
そうして、王国側のすべての戦士たちは武器を取って鎖を這い登るマーマンたちと戦った。
無論、多勢に無勢、王国側の不利は明らかだったが、戦士たちの稼いだ時間のおかげで王国側は一度打ち込んだ『錨』と空の島々を切り離すことができた。
切り離された鎖からばらばらと海へ落ちて行くマーマンたち――――――。
王国の人々はほっと息をついたが。それからは、王国とマーマンたちの『錨』を巡った争いが続くことになる。
そして、『錨』を打ち込んでから数十年が経ち………………、ひとつの『錨』を海と結ぶことも叶わないまま、空の島々はゆっくりとそれぞれ動き続けた。
結果、王国は以前の姿を崩し、島々の距離は大きく開いていた。
――――――このままでは、他の島々に渡ることすら容易にできなくなってしまう――――――そして、いつか――――――。
王国の人々は、王国の崩壊と海の果てのヴィジョンに怯え、新たな技術を使ってもう一度『錨』と島々を固定しようとしていた。
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